王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
5 / 150

後悔と悩んだ末に決意した心(1)

しおりを挟む
王宮からどうやって帰ってきたのかは覚えて無いが、エレーナは気がつくとルイス邸の廊下を歩いていた。
ふらふらと自室へ続く廊下の左右の壁に身体をぶつけながら歩く。

「ひぇっ! おっお嬢様……!? 一体どうなされたのですか? 王宮で何かありましたか?」

部屋の掃除をしていた侍女のリリアンは、勢いよく開かれた扉から盛大に転びながら入ってきたエレーナを目撃し、軽く悲鳴をあげた。

「リッリリアン……居たのね」

エレーナは床に打ちつけて真っ赤になった顔を、ボサボサになって見るに堪えない金髪と共にあげた。

ただ事では無いと思ったリリアンは、持っていた布巾とモップをその場に置いて直ぐにエレーナに駆け寄った。

「はいお嬢様。部屋の掃除とドレスの整理を他の者としようと思っていましたので」

濡れた手をポケットに入ってた布で拭いた後に、リリアンはしゃがんで取り敢えず主の顔にかかっている髪を耳にかける。すると髪の間から生気を失った瞳が出てきて再び悲鳴をあげそうになった。

「リリアンお願いがあるの」

「はい。なんでしょうお嬢様」

エレーナがこのように落ち込むことはよくあることで、リリアンは扱いに慣れていた。直ぐに切り替えて落ち着きを取り戻す。

「掃除は明日にして、今日は誰もこの部屋に入れないで」

「分かりました」

こういう時はそっとしておくのが一番だ。
だから何も尋ねることはせず、静かに部屋の外に出ていく。

部屋に誰もいなくなると、エレーナは床から起き上がって寝台にダイブした。

「もう泣いていいわよね……うぅ……ひっく」

我慢していた涙が堰を切ったように金の瞳から流れ落ちていく。

「振られる覚悟で……伝えておけばよかったのかしら……ひっく」

今さら後悔してももう遅い。何も変えられないし変わらない。諦めきれない気持ちが彼女の中で大きくなっては小さく萎む。何度も何度もそれを繰り返しては傷口が広がっていく。

「私の意気地なし! ふぇっ……全部忘れられればいいのに」

手で拭っても拭っても瞳から流れ落ちる涙は減ることはなく、ぽたぽたとシーツに落ちては吸い取られていく。

この恋心も、後悔も、小さい頃からの殿下と過ごした想い出も。全部全部、紙を燃やせば何も残らないように、全て忘れてしまえばどれほど楽になれるだろうか。

楽になりたい。
忘れてしまいたい。

そう考えてしまう自分がいる反面、忘れたくない、楽にならず、ずっと好きでいたいと思ってしまう自分もいて、感情が複雑に入り交じっている。

ぐちゃぐちゃの感情に任せて寝台に整えられていたクッションに腕を振り下ろせば、縫い目が裂けて中に入っていた羽毛が辺りに舞う。
ふわりと浮き上がった羽毛はエレーナの頭にも落ちてくた。

「エレーナ、貴方は馬鹿よ。大バカものよ!」

止めることの出来ない涙によってぼやける視界は、自分の中途半端な立ち位置を示しているようで余計にエレーナを追い詰める。

そして何よりリチャードを追いかけていただけで何もしてこなかったのに、悲しんで泣いている自分自身が一番恨めしく、嫌いで、許せなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ

基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。 わかりませんか? 貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」 伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。 彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。 だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。 フリージアは、首を傾げてみせた。 「私にどうしろと」 「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」 カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。 「貴女はそれで構わないの?」 「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」 カリーナにも婚約者は居る。 想い合っている相手が。 だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

処理中です...