4 / 150
初めて知る事実(2)
しおりを挟む
誰だって思うだろう。この歳になって王族で婚約者がいないのはおかしいと。ましてや彼は王太子なのだ。花嫁を迎え入れない選択肢は有り得なかった。
だからきっと何か理由があって公表できていないだけなのだ。
隣国の王女様はまだ滞在しているらしいし。結局はそういう事だとエレーナは思っていた。
「……決まっている令嬢はいないよ」
クスリと笑いながら、リチャードはまるで妹にするようにエレーナの頭を撫でた。上から降りてくる手に反射的に目を瞑る。
小さい頃から見てきたから分かる。彼は嘘をついていない。その事に安堵している自分がいて、我ながら未練がましいなと感じてしまう。
「だけど────」
「え、今なんと……?」
続けられた言葉にエレーナは目を見開いた。
「慕っている令嬢はいるよ」
言葉はたちまち鋭利な刃物となってエレーナの心に突き刺さった。
感情が、表情が、急降下した。
自分で失恋を確信した時の悲しみとは比べられないほど、グッサリ刺さる。
自分は馬鹿だ。阿呆だ。間抜けだ。やっぱり慕うご令嬢がいるんじゃないか。一番近くでリチャード殿下のことを見てきたと思っていたけど、それはエレーナの勘違いで彼にはもっと親しい人がいる。
それを知ってしまって、信じたくなくて、今にも泣き出したい衝動を必死に押さえ付けて、笑みを貼り付ける。
この国の中でリチャードと一番爵位と年齢が釣り合いそうなのはエレーナだった。何故なら近い年齢の令嬢達は既に婚約もしくは結婚していたからだ。
だからもしかしたら、奇跡が起きて、彼の婚約者になれるのではないかとこの歳にもなって、微かに希望を抱いていた自分に気が付き、恥ずかしくなる。
羞恥心と二度目の失恋に打ちひしがれ、表情を失いつつあるエレーナとは反対に、他の人には内緒だよと微笑むリチャードの温度差が激しい。
だが、幸いなことにエレーナは淑女教育の一環で、感情が表に出ないよう抑える教育を受けていた。そのことが功を奏し、彼女は普段より少しだけ表情が無くなる程度に抑えることが出来た。
エレーナは心の中で自分を叱咤する。泣いてはいけない。笑って、言葉を紡がなければ。
「隣国の王女殿下だと思っていましたのに、違う方が居たのですね」
純粋に、驚いているように、抱いている感情は表に出さないように、少し空元気な声を出す。
「隣国の王女ではないよ。あの方は少し事情があって通常よりも滞在はしているけど。それに僕の気持ちは父上も母上も知っているから」
「陛下と王妃様も知っているのにその御方を殿下はずっと待っていると?」
驚きだ。そんな鈍い令嬢がいるなんて。
「そうだね。ずっと気づいてもらえないからいい加減直接アプローチしようかなって。僕も周りもそろそろ我慢の限界だから」
周りと言うのはきっと後継者問題を心配している小煩い大臣たちのことだろう。そこまで言うのなら、慕う令嬢がリチャードの気持ちに気づいたら、即婚約が発表される。
そうなったら……笑顔でおめでとうございますと言えるのだろうか。いや、多分言えない。だって今でさえ泣き出しそうなのだから。
書類を握る手に力が篭もる。
「エレーナ!」
「あっお父様」
突然名前を呼ばれて、いつの間にか地面を見ていた顔を上げる。すると正面の扉が開き、中から出てきたのはエレーナの父であるルイス公爵だった。公爵は娘のエレーナに気づくと慌てて駆け寄ってきた。
「エレーナ、書類はあるかい!?」
「ええ勿論です。どうぞお父様」
すぐさま手に持っていた書類を渡す。
「ありがとう。これから会議なのだがこれがないと財務のログウェアルを納得させるどころか、逆に詰められるところだったよ……で、殿下は何故エレーナと?」
「レーナが道に迷っていたようだから案内を。レーナ、一週間後の王宮の舞踏会は来るよね?」
「行きますが……」
唐突に話題に出た舞踏会。そんなことを考える余裕なんて、リチャードの発言で身も心も滅多刺しにされた今のエレーナにはなかった。
だけど年に一回の王家主催の舞踏会だ。行かない理由はない。既に参加する趣旨の返信を両親が手紙で送っていた。
「そうか。ならよかった」
「よかった……とは?」
キョトンと首をかしげれば、殿下は「内緒」とだけ言ったのだった。
だからきっと何か理由があって公表できていないだけなのだ。
隣国の王女様はまだ滞在しているらしいし。結局はそういう事だとエレーナは思っていた。
「……決まっている令嬢はいないよ」
クスリと笑いながら、リチャードはまるで妹にするようにエレーナの頭を撫でた。上から降りてくる手に反射的に目を瞑る。
小さい頃から見てきたから分かる。彼は嘘をついていない。その事に安堵している自分がいて、我ながら未練がましいなと感じてしまう。
「だけど────」
「え、今なんと……?」
続けられた言葉にエレーナは目を見開いた。
「慕っている令嬢はいるよ」
言葉はたちまち鋭利な刃物となってエレーナの心に突き刺さった。
感情が、表情が、急降下した。
自分で失恋を確信した時の悲しみとは比べられないほど、グッサリ刺さる。
自分は馬鹿だ。阿呆だ。間抜けだ。やっぱり慕うご令嬢がいるんじゃないか。一番近くでリチャード殿下のことを見てきたと思っていたけど、それはエレーナの勘違いで彼にはもっと親しい人がいる。
それを知ってしまって、信じたくなくて、今にも泣き出したい衝動を必死に押さえ付けて、笑みを貼り付ける。
この国の中でリチャードと一番爵位と年齢が釣り合いそうなのはエレーナだった。何故なら近い年齢の令嬢達は既に婚約もしくは結婚していたからだ。
だからもしかしたら、奇跡が起きて、彼の婚約者になれるのではないかとこの歳にもなって、微かに希望を抱いていた自分に気が付き、恥ずかしくなる。
羞恥心と二度目の失恋に打ちひしがれ、表情を失いつつあるエレーナとは反対に、他の人には内緒だよと微笑むリチャードの温度差が激しい。
だが、幸いなことにエレーナは淑女教育の一環で、感情が表に出ないよう抑える教育を受けていた。そのことが功を奏し、彼女は普段より少しだけ表情が無くなる程度に抑えることが出来た。
エレーナは心の中で自分を叱咤する。泣いてはいけない。笑って、言葉を紡がなければ。
「隣国の王女殿下だと思っていましたのに、違う方が居たのですね」
純粋に、驚いているように、抱いている感情は表に出さないように、少し空元気な声を出す。
「隣国の王女ではないよ。あの方は少し事情があって通常よりも滞在はしているけど。それに僕の気持ちは父上も母上も知っているから」
「陛下と王妃様も知っているのにその御方を殿下はずっと待っていると?」
驚きだ。そんな鈍い令嬢がいるなんて。
「そうだね。ずっと気づいてもらえないからいい加減直接アプローチしようかなって。僕も周りもそろそろ我慢の限界だから」
周りと言うのはきっと後継者問題を心配している小煩い大臣たちのことだろう。そこまで言うのなら、慕う令嬢がリチャードの気持ちに気づいたら、即婚約が発表される。
そうなったら……笑顔でおめでとうございますと言えるのだろうか。いや、多分言えない。だって今でさえ泣き出しそうなのだから。
書類を握る手に力が篭もる。
「エレーナ!」
「あっお父様」
突然名前を呼ばれて、いつの間にか地面を見ていた顔を上げる。すると正面の扉が開き、中から出てきたのはエレーナの父であるルイス公爵だった。公爵は娘のエレーナに気づくと慌てて駆け寄ってきた。
「エレーナ、書類はあるかい!?」
「ええ勿論です。どうぞお父様」
すぐさま手に持っていた書類を渡す。
「ありがとう。これから会議なのだがこれがないと財務のログウェアルを納得させるどころか、逆に詰められるところだったよ……で、殿下は何故エレーナと?」
「レーナが道に迷っていたようだから案内を。レーナ、一週間後の王宮の舞踏会は来るよね?」
「行きますが……」
唐突に話題に出た舞踏会。そんなことを考える余裕なんて、リチャードの発言で身も心も滅多刺しにされた今のエレーナにはなかった。
だけど年に一回の王家主催の舞踏会だ。行かない理由はない。既に参加する趣旨の返信を両親が手紙で送っていた。
「そうか。ならよかった」
「よかった……とは?」
キョトンと首をかしげれば、殿下は「内緒」とだけ言ったのだった。
402
お気に入りに追加
5,987
あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。


【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。
大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」
「サム、もちろん私も愛しているわ」
伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。
告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。
泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。
リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。
どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ
基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。
わかりませんか?
貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」
伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。
彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。
だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。
フリージアは、首を傾げてみせた。
「私にどうしろと」
「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」
カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。
「貴女はそれで構わないの?」
「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」
カリーナにも婚約者は居る。
想い合っている相手が。
だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる