王子殿下の慕う人

夕香里

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初めて知る事実(1)

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恋心と失恋を同時に自覚しても、慕う気持ちは簡単には消えない。

だから十七歳になった今でも、表に出すことは無いがずるずると引きずり、送られてくる縁談を受け入れられないのだ。

そんなエレーナは足が遠のいていた王宮に来ていた。

何故ならエレーナの父であるルイス公爵が、珍しく大切な書類を忘れていき、それに気が付いた公爵夫人が持っていくように言付けたからだ。

王宮を訪れたらリチャードに会う可能性がある。ゆえに「ぜっったい! 行きたく! ない! です!」と猛抗議したのだが、無言の圧力に負け、渋々馬車に乗って王宮へと足を運んでいた。

馬車から降りると身元確認のための紫水色のブレスレットを門番に見せ、中に入る。
そして誰にも合わずに早く帰りたいと思いながら、早足に父の元へ急ぐ。

「えっと……お父様の仕事場は何処だったかしら?」

きょろきょろと辺りを見回すが、視界に入る扉は全て閉ざされていて中の様子を窺うことは出来ない。
それに加えて前回来た時から部屋の配置換えが行われているようで、何処に何の部署があるのかがわからなくなっていた。

「……あっ!」

足元をちゃんと確認していなかったからだろう。段差につまずいて、持っていた封筒から飛び出した書類が宙を舞う。

「どうしよう……ほんとにドジなんだから……」

散らばってしまった書類を集め、枚数を数える。床に落としてしまったことで少し汚れてしまったが、破れてはいないので読む分には大丈夫……なはずだ。

(バレないバレない。バレたとしてもお父様ならごまかせる)

エレーナは父を舐めていた。なぜなら大抵の事はいつも誤魔化せるからだ。この前も弟のエルドレッドが父の大切な万年筆を壊してしまったが、言葉で丸め込んで────

「レーナ、ここで何をしているの?」

「え?」

後ろから呼び声が聞こえ、振り返るとそこに居たのはリチャードだった。

刹那、自分の感情と裏腹に大きく心臓が跳ねる。
心に秘めて閉じ込めたはずの感情が、呆気なく外に溢れ出す。

「えっと……お父様の忘れ物を届けに」

大きく波打つ鼓動と、赤くなる頬がバレていないだろうか。普通に見えるだろうか。
段々小さくなる己の声を聞きながら心配してしまう。

「あぁ公爵の所に行くのか。僕も丁度公爵に用事があるんだ一緒に行こう」

「本当ですか!? 実は私、お父様の仕事場が分からなくて困ってたので助かります」

助かった。これで父に忘れ物を届けることはできるので心の底から安堵する。

「道理で普通なら遠回りになるこの回廊にレーナがいる訳か」

エレーナの歩調に合わせてリチャードはゆっくり歩き出す。

鼓動が早くなるのを抑えながらちらりと見ると、リチャードは窓から差し込む日光によって光り輝いていて。まるで絵本の中の王子様のようだ。まあ本物の王子殿下なのだが。

「王宮に来たのは久しぶりだったので道を忘れてしまいました……本当に殿下に会えて助かりました」

王宮は広い。庭園は迷路のように入り組んでいて、宮の中は中で扉や階段が多く、今自分が何処にいるのか分からなくなる。

軽く頭を下げるとリチャードはいつものように優しい笑顔を浮かべる。

「それは良かった。久しぶりにレーナに会えて嬉しいよ。小さい頃のように君も王宮に来ないから全く会わなくなってしまった」

「そうですね」

「昔は僕に会いによく来てたよね。ここ数年でぱったり来なくなってしまったけれどやはり忙しいの?」

「それは……」

想定外の問いに言葉が詰まる。王宮に来ることはあるにはあるが、まさか「貴方に遭遇するのが嫌だから極力控えている」とは言えまいし、かと言って直ぐに嘘が付けるほどエレーナは器用ではない。

「……お父様が忘れ物をしませんし、殿下の婚約者では無い私が殿下に会いに行くのも……おかしな話ですから」

苦し紛れに答えれば心が軋む。

「ふーん。僕の婚約者ねぇ」

「殿下はご成人されていますし、公表してないだけで婚約は内々には決まっているのでしょう? それなのに婚約者でもない私が殿下に会いに行くのは、良くない噂が立ちます」

返答によっては傷付くことが分かっているのに、口からはスラスラと言葉が紡がれていった。
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