王子殿下の慕う人

夕香里

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幼い頃は

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タタタっと小さな身体で一生懸命走る少女が見つめる先には、一人の少年が大量の本を抱えて回廊を歩いていた。

「リー!!」

やっと少年に追い付いた少女は嬉しそうに日向のような笑みを浮かべ、後ろからガバッと抱きついた。
対して、後ろから抱き着かれると思ってなかった少年は驚いて肩が上下し、抱えていた書物は大きな音を立てて地面に落ちる。

「うわっ本がっ………レーナ? 後ろからいきなり抱きつくのは驚くからやめてって、あれほど強く言ったはずだけど」

地面に落ちた書物をしゃがんで拾いながら、少年は少女を問い詰める。

「だって、リーがいるのみつけたら後ろからぎゅってしたかったの。それに驚かせることの何がいけないの?」

舌っ足らずの口調で悪いことをしたと思ってない少女は、首を傾げて答える。

「レーナ、今回は書物だったからまだ大丈夫だったけどこれがもしとっても熱いティーポットだったら?」

「え?」

「今みたいにティーポットを落としてしまったらポットは割れて、零れた熱い紅茶がその人にかかって火傷してしまう。そして一生残る痕になってしまったらレーナはどうするの?」

ティーポットを持ちながらここを歩く人はいないが、大事なのは驚かせてはいけない。ということだ。少年は優しい口調で諭すようにそれを少女に伝える。

「あ……と……? それは痛い痛いなの? レーナが転ぶよりも痛いなの?」

「そうだね。レーナが転ぶよりもっともっと痛いし、転んだら痛い所が赤くなるだろう? その赤いのがずっと残るんだ」

「……わたしそんなつもりじゃっ。だって、リーがいたからっ。リーが赤くなるのいやだよぉ」

何となく何がダメなのか理解した少女は、瞳に涙をためて今にも泣き出しそうだ。

「ごめんごめん。僕が悪かった怖がらせてしまったね。お願い泣き止んで?」

ただ諭したかった少年は慌てて拾った書物を下に置き、泣き出す寸前の少女を慰める。

「大丈夫だよ。僕は赤くなってないし、次から気を付ければいいんだ」

慰めながら少女が落ち着きを取り戻した頃合を見計らって、少年はずっと気になっていたことを尋ねる。

「……所でレーナは何故ここにいるの? この回廊、普通の人は入れないはずなんだけど」

「んっとね。リーに会いに行きたいっていったらこっちにいるよってへいかが」

屈託ない笑顔で少女は言った。

「父上か……警備上それはそれで問題なんだけど……。レーナ、お父さんと一緒に来たんでしょ? そこまで送っていくから場所分かる?」

「おとうさまはね、陛下のしつむしつ……? って所に居るって」

「……着いたら父上に小言を言おう」

「リー、何か言った?」

「何も言ってないよ。ほら、おいで」

一瞬顔を顰めていた少年は、すぐに少女が転ばないように手を差し出す。
その手を見て少女は顔を輝かせ、一回り小さな手で握り返し、楽しそうに少年に話しかけている。
そんな幼い二人の光景を、周りの大人たちは微笑ましそうに見守っていた。
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