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第二章 アカデミー編

第68話 『A組とZ組』

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 リスティア南部に位置する広大な森林地帯。切り立った険しい山々がそびえる北部とは対照的な『深緑の大森林』と呼ばれるこの地に、アカデミーに所属する全生徒と職員達が続々と集結していた。

 リク達Z組は、現地への到着を職員…この場合は担任のアルベルトと副担任のレジーナへの報告という事になるが、クラス代表としての責を果たしに行っていたが…

 待っている間にもやるべき事は多い。ようやく目を覚ましたシルヴィア達3人も加わり、各自の装備の確認等の準備作業を手分けして行う。

 中でも複数の収納用魔具を持ち込んだリクは、中身の確認と整理にそこそこの時間を必要としている様で…


「リっくん、4つも収納用魔具持ってきたの?おば様が作ってくれた外套マントが増えたのは分かるんだけど、他にも何かあるの?」

「ん?ああ、この演習って2泊3日の予定だろ?だから皆が野営する為の天幕テントとかシルが使う調理道具一式とか…色々必要になりそうな物を全部持ってきた」

「ええっ!?ぜ、全部!?」

「うん、全部。食料は狩りもやんないと絶対足りないとは思うけどね…初めての討伐の時は俺達も腹ペコになったし、皆もいつも以上に食べる事になるんじゃないかな」


 普通は収納用魔具を1つ持ち込んだだけで事足りる筈…それを4つも用意してきた事を疑問に思ったシルヴィアがリクに問うと、彼が予想以上の装備を準備していた事実が明らかになった。

 男女別に宿泊する為の大型の天幕テントが2つ、シルヴィアが昔から使っていた遠征用の調理道具一式、狩りを行う際に使用する罠や仕掛け…

 要するに、リクは大規模な遠征討伐を想定した際に用意するべき道具全てを詰め込んできた、という事になる。確かに大規模な討伐演習には違いないが…ここまでの用意は過剰である。

 しかし、それは魔物討伐を既に何度も経験しているリクとシルヴィアに限定した話だ。

 これが初めての経験となるアレイ達は、緊張感から普段以上に疲労するであろう事はほぼ間違いない。となれば…十分な食事や快適に休息を取れる環境を整える必要が出てくる。

 リクは自身が初めて魔物討伐を行った際、両親がやってくれた『下準備』を自分なりに考え…皆の為になりそうな物を出来る限り用意してきたという訳なのだ。


「…実はこれでもまだ足りない物があってさ。それはアレイに調達を頼んでおいたんだけど……なかなか戻って来ないなぁ」

「ま、まだ足りないって…あっ!?もしかして…『あれ』?」

「もしかしなくても『それ』だよ。今回は男女8人も居るんだから、ちゃんと用意しておかないと困るだろ?」

「お話中に失礼。君達がZ組…の人かな?報告に時間が掛かっているアレイから伝言を預かって来たんだが…少し良いかな?」

「ん?……ええっと、俺達がZ組で間違いないけど。アレイから伝言?」


 収納用魔具4つに詰め込んだ道具についてシルヴィアと話し込んでいたリクの耳に、知らない声…男性と思しき人物がいつの間にかすぐ傍に居た。

 紺色の長い髪と同じ色の瞳。緩やかに吹き抜ける早朝の風に揺れる髪がサラサラと流れる姿は、それこそ女性も羨む程に美しい。

 パッと見ではそれこそ女性と間違えかねない整った顔立ちと、丁寧な物腰にリクは慌てて向き直り、自分達に『伝言』を持ってきたと言う彼の話を聞く体勢となる。


「まずは自己紹介を。私は『カイン・フォン・フレーダ』…フレーダ子爵家の子で、アレイとは幼馴染という奴でね。昔から親しくさせて貰っている者、と言えば分かりやすいかな?」

「アレイの幼馴染……なんか正反対、って感じだなあ…。あ、俺は『リク・ガーディ』アレイの家とは最近ご近所さんになったけど、俺は平民なんだ。だから言葉遣いがちょっとアレなのは見逃して欲しい」

「成程…君が……ああ、貴族といってもアカデミーでは関係ないのでそこは気にしないでくれ。私はA組の代表という立場でもあるので、担任に現着報告をしていたのだが…アレイがいやに手間取っていてね。君達…いや、君に伝言を頼まれたという訳さ」

「…俺に?なんか嫌な予感するなあ…絶対文句言ってそう…」

「その通りだね…『面倒事を持ち込む時は最低でも前日までに言え!』だそうだよ。あの剣幕は正直、アカデミーに入学する前とは別人かと思った程だよ。何にしても、レディとの会話を邪魔して悪かったね」

「あはは……リク君、後でちゃんと謝らなきゃダメだよ?…初めまして、私は『シルヴィア・セルフィード』です。今は打ち合わせをしていただけなので、気にしないで下さい」

「そう言って貰えると助かる。やはり……Z組は『厄介者集団』などとのたまう我らが担任殿は相当に歪んでいるようだね。こうして言葉を交わして確信したよ」

「……やっぱり、そういう評価をされてるんだな。ええっと…『カイン』で良いかな?俺の事も『リク』で良いからさ…ちょっと話づらい」

「構わないとも。君は真正直な性格の様だね、リク」


 彼の名は『カイン・フォン・フレーダ』…アレイとは旧知の仲だと言う彼は、フレーダ子爵家の子弟…即ち貴族であった。

 自分達の事を棚に上げ、二人から感じる印象が正反対な幼馴染だとリクは思った事をそのまま口にする。初対面の相手に対し遠慮の欠片も無い言葉遣いも相まって、隣のシルヴィアがリクの袖を引っ張って自重を促す。

 幸いにもカインはアレイと親しい関係という事もあってか、リクの正直な態度を気に入ってくれたらしく…三者の間には和やかな空気が流れる。

 簡単な自己紹介をお互いにした後、アレイからの伝言…もとい、リクに対する文句を伝えてくれるカインは、自身がA組の代表も務めている事を明かす。

 彼自身も自分のクラスの担任…件の学年主任の先生に、A組全員が到着した事を報告に行ったのだが、そこでアルベルトとアレイが綿密な打ち合わせの様な話をしているのを見かけたらしい。

 他のクラスの内情を盗み聞きする様な事を良しとせず、立ち去ろうとした時…こちらに気づいたアレイから、Z組への伝言を頼まれたという事だったそうだ。

 アレイが戻ってくるまで、と暫くの間リク達は異なるクラス間での交流を楽しむ。そこへ…今度は蜂蜜色の髪の女性が二人やって来た。


「カイン様!!幾らアレイ様からの頼みとはいえ、私達を置いて勝手な行動は控えて下さい!」

「姉さんの言う通りです、カイン様。A組の皆も待っていますから…早くお戻り下さい」

「ああ、すまない…リナ、レナ。どうしてもZ組の人達とちゃんと話をしておきたくてね。この機を逃す訳にはいかなかったのだ」


 線の細い体つき。そして瓜二つの顔をした二人の女性は、カインの姿を見つけるなり慌てて駆け寄って来る。

 会話の内容からして、Z組に向かう事を殆ど告げる事なくカインはここへ赴いたのだろう。先に怒った様子の声音で突っ込んできたのは、肩の辺りで蜂蜜色の髪を切り揃えた女性だった。

 やや遅れて、その後ろから今度は落ち着いた声音で…先に駆け出して行った『姉』を宥める様にしつつも、やはりカインに戻るようにと話しかけたのは、同じ蜂蜜色の髪を腰辺りまで伸ばした女性。

 正直、髪の長さと言葉遣いから感じられる性格の違い以外に殆ど見分けが付かない…どこからどう見ても双子、といった女性二人に責められる形となったカインは素直に自分の非を認め謝罪する。


「それは…前々からお聞きしてますけど!レイモンド様もカイン様を呼び戻しに向かって来てらっしゃいますから…絶対、ややこしくなりますよ!?」

「A組の代表と副代表が揃って集合場所に不在になるのは…とお止めして、私達がこうしてお知らせに来ましたけど……今のレイモンド様はきっと聞いては下さらないでしょう」

「何かA組はA組で色々大変そうだな…彼女達の言う通り、早いとこ戻った方が良いんじゃないか?わざわざ知らせてくれて助かったよ。ありがと」

「A組の問題など、Z組の境遇に比べれば大した物ではないさ。しかし……レイ、か……いや、今アイツをどうこう言っている場合ではないな。要件は既に済んだ。お前達、簡単にでも挨拶だけはしておきなさい」


 彼女達が急いでカインを呼び戻しに来たのは…出発時間が迫りつつある中、Z組に出掛けて行ったまま帰って来ない『クラス代表』に業を煮やした『副代表』の生徒がカインを連れ戻しに行こうと動いた為らしい。

 怒りを隠そうともしない様子であったらしい『彼』をどうにか説き伏せ、双子姉妹は一度アレイの元を訪れてZ組の集合場所を聞き……追いかけて来たのだそうだ。

 その副代表…『レイモンド』という名前を聞いたカインは、端正な顔を曇らせ…顎に手を置き黙考する。一方、ここまで彼等の会話を邪魔しない様に、と黙っていたものの…カインの表情から不穏な空気を感じ取ったリクは、三人に早く戻る様にと声を掛ける。

 忙しい中、自分達の為にわざわざ伝言役を買って出てくれた事に礼を述べるリクの姿に、カインはふっと息を吐き…答えの出ない考えを一旦捨てる事にし、姉妹に自己紹介だけはしておくようにと伝え、帰り支度を始めた。


「むぅ……ホントに時間が無いんですってば……私は『リナ』でこっちは妹の『レナ』…フレーダ家に代々伝えている妖精族…『森妖精エルフ』よ」

「姉と私はカイン様と幼少より共に在る従者です。正式な御挨拶は追ってまた、という事で…」

「なんかゴメンな?引き留めるつもりはなかったんだけど…俺は『リク・ガーディ』それから…」

「私は『シルヴィア・セルフィード』です。今度ゆっくりお話しさせて下さいね?」

「あなた達が今年の首席なの?……ふぅん?……何か、イマイチ強そうに見えないわね……気になるわ…」

「ね、姉さん!失礼よ!!……あっ!ご、ゴメンなさい……帰ったら良く言い聞かせておきますので…」

「べ、別に気にしないで?私も…リク君も、そういうの全然気にならないから……ね?」


 それぞれに『活発さ』と『慎重さ』を感じさせる姉妹は挨拶と共に、そっと髪をかき上げて……その下に隠されていた細く、長い耳を見せた。

 リクとシルヴィアがこれまで一度も会った事が無い種族…『妖精族』の代表的な部族である『森妖精エルフ』の有名な身体的特徴だ。

 出来ればゆっくりと色んな話を聞いてみたい…と思うリクとシルヴィアであるが、カインの身支度はそもそも時間が掛かる事ではなく、元より自分達も時間は余りない。

 姉妹の方…とくに姉のリナの方は、首席合格にも関わらず…一切の『圧』を感じさせないリクとシルヴィアに興味を持った様子なのだが、こちらは妹であるレナが慌てて無礼を詫びる事になった。

 そしてふと気づけば、カインは既に馬に跨り出立の準備を終えていた。声を掛けられたリナとレナは慌てて自分達が乗って来た馬に飛び乗り…カインの左右にピタリと付ける。


「待たせたな。リナ、レナ。出立するぞ。それでは……Z組の諸君、互いの健闘と無事を祈る!失礼!」

「A組の皆さんもお気をつけて!お互い、無理をしないよう頑張りましょうねっ!」


 なんだかんだでかなりの時間話し込んでいた両者は、最後に互いにエールを交換する形で別れる。ここからは……仲間でもあるが、評価を競い合うライバルでもあるのだ。

 三人の遠ざかっていく背中を見送ったリクとシルヴィアは、これまで抱いていたA組への勝手な印象を反省しつつ、改めて演習に集中すべく…皆の元へと駆け出して行った。


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 Z組を離れ、馬を走らせていたカイン達がその進みを止める。

 林を抜け、一直線にA組に合流しようとしていた三人の前に…同じく馬に跨る男性が待ち構えていたからだ。

 その姿をいち早く視認したリナ。そしてレナが苦虫を嚙み潰したような顔をする。そこに待っていたのは……先に説き伏せた筈のレイモンドだった。


「……遅い帰還じゃないか、カイン。Z組の様な掃き溜めに一体何をしに行ったのかと思えば……遠見で見させて貰ったぞ。仲良くお喋りとはな」

「…レイ。同じアカデミーの生徒同士だぞ。失礼な物言いはするものではないだろう。我々は貴族だが、その暮らしも権限も、全ては国民の信託あってのものだろう。そもそも、今はお互い『家』の力に過ぎないだろう?」

「……フレーダ家とグリード家を同列に語るな。俺は…『レイモンド・フォン・グリード』はグリード家の現当主に等しい。責任も、権限も…違うのだ」

「…レイ……」

「………ふん。それにしても……掃き溜めにあんな上物が居るとはな…『シルヴィア・セルフィード』か。首席の実力以上に……美しい娘じゃないか、あれは」

「………良からぬ事は努々考えるな。場合によっては『俺』もお前の敵となる事になるぞ」

「…言っていろ。所詮平民は平民。アカデミー外で貴族に逆らう事は出来んのだからな……」


 とても同じクラス、そして代表と副代表といった空気ではない…一触即発の空気。そして……相容れない貴族間の『価値観や認識の相違』が暫し火花を散らす。

 やがて、レイモンドの方が先に移動を開始する事で漸く空気が弛緩するのだが……尚もカインは不穏な気配をレイモンドから感じずにはいられなかった。


「……レイ……お前に、男爵不在のグリード家に何があったのだ……許嫁の居るお前が、他の女性に目を付ける事など決して無かったではないか…」


 胸の内を絞り出すような、カインの呟きに…両隣に控えるリナとレナの姉妹も沈痛な面持ちを浮かべていた。


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