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第二章 アカデミー編
第61話 『特訓と成長、そして…』
しおりを挟む早朝の弾丸マラソンを終えてもZ組の特訓は続く。
アレイが西門まで馬車を手配しておいてくれたお陰で、一同はアカデミーまでの道を休息に充てる事が出来たのだが…
「…俺はもう何が何やら分からなくなってきた。アリシア様のあのノリは一体何だったのだ…」
「深く考えない方が良いぞ、アレイ。俺も最初はちょっと驚いたけどさ…あの人、アレが素だから」
「近衛騎士って偉いさんだろ?アタシは逆に気さくで気に入ったけどね。確かに威厳とかはサッパリだったけどさ」
「三人とも、もう少し声を落としてあげて?イリスとシード君、疲れ切って寝ちゃってるから…ね?」
「……こうして見ると、この二人って姉妹って感じよねぇ…背丈も同じ位だし、シード君って綺麗な顔してるし」
「流石にそれはシードが嫌がると思うよ……いや、実際僕も否定できないけどさ」
二人の近衛騎士…と言っても元凶はアリシア一人なのだが、あのやり取りの後…馬車に辛うじてという感じに乗り込んだシードとイリスは、座席に着いた途端すやすやと寝息を立て始めた。
体力はシルヴィアに回復して貰い、更には体力回復薬まで飲んだものの…完全に気力が尽きた二人は、肩を寄せ合い…というより、互いにもたれかかる様にして眠っている。
その二人の様子がどうにも…シードの容姿も相まってだが、双子の姉妹の様に見えて仕方がないと、穏やかな笑みを浮かべたナーストリアが呟く。
常に立派な男子になりたいと公言していたシードからすればとんでもない話だろうが、残念な事に誰一人としてナーストリアの呟きに反論せず…寧ろ同意してしまう。
起きている一同はシルヴィアの気遣いを見習い、二人を起こさない様にと小声で話しつつアカデミーへと向かうのであった。
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Z組の教室に入ったリク達は、アルベルトとレジーナに早朝訓練の報告を行い…ホームルームへと移行する。
午前中の授業時間は、昨日も行った座学。主に戦術や戦技、魔法についての理論や考察の時間に割り当てられているのだが…
アルベルトの方針により、この時間も大討伐演習までの間はより実践的な内容にしていくと決められていた。
そこでリクとシルヴィアは、まず全員の装備を整える事と魔力制御能力の向上を図る事を同時に行おうとする旨を、アルベルトとレジーナの二人に伝えていたのだ。
しかし、その内容は…早朝の弾丸マラソンが霞んでしまう程ハードな内容であった。
座学の時間を使っての訓練という事で、教卓を借り受けたシルヴィアがその説明を行うのだが…取り出された小さな紅榴石。そして黒板に書き記されていく魔力回路図を見たレジーナが真っ先に悲鳴を上げた程に…
「…ええっと、リク君、シルヴィアさん。今日の座学は『魔具制作』をしたいって話を聞いてはいたけれど……まさか、コレがお題なの…?」
「はい。レジーナ先生はご存じですよね?最終的には戦闘衣も作って貰いますけど、最初はコレです」
「待って待って!!私がアカデミーの卒業試験の実技でやったのって…この魔力貯蔵具制作なのよ!?そ、そんな高難度な物を!?」
「魔力貯蔵具だって!?うわ、マジで!?……やっては見たかったんだよねえ、それ。工房じゃ許可して貰えなくってさ…」
シルヴィアが提示した『お題』とは、かつてリクと二人で初めて魔法具の制作を行った際に、師・エリスから課題とされた『魔力貯蔵具の制作』だった。
彼女も、そして自分の席に座ってシルヴィアの説明を聞いているリクも、これを5歳の時に作って以来…何度も改良型を作成させられてきた為、難易度の高い物という意識がない。
しかし、実際にはレジーナが悲鳴を上げて止めようとするように、アカデミーの卒業試験での実技部門に組み入れられる程度の難易度、というのが一般的な認識らしい。
この『認識の剥離』こそ、彼等の師匠であるラルフとエリスが嘆息した理由なのだが……教師も驚く訓練内容に、にわかにざわつくZ組の中で逆に嬉々とした声を上げる者が居た。ルーカスである。
流石に自作で魔法具を作り上げるだけあってか、この手の事への反応は人一倍早い。今すぐ始めたいと言わんばかりの態度に、諦めの表情でミーリィが溜め息を吐く。
「…ルーカスが食いつくって事は、相当厄介な魔法具って事だよな?シルヴィア、それアタシ等に出来るような代物なのかよ?」
「ミーリィ、何言ってるの?…当然、出来るまでやって貰うよ?」
「「「………………へっ?」」」
「午後からはまた模擬戦か、実戦で役立つ何かの訓練をするから…お昼までに出来なかったら、放課後居残りね?」
有無を言わせぬ一言である。いつも通り、優しい笑顔を浮かべてはいるが…シルヴィアの目は全く笑っていない。更には居残りまで示唆する辺り、殆ど師匠と同じノリである。
やる気その物をどこかへ投げ捨てそうな空気を醸し出していたミーリィも、このシルヴィアの様子に思わず背筋を伸ばして真剣な顔になる。
対照的に…自分の母親そっくりな言い回しをした幼馴染の姿に、楽し気な声を上げるリクは、皆の張り詰めかけた空気を和らげようとフォローに回る。
「ははっ……懐かしいなぁ。最初、俺達もそう言われて一日中魔力回路を彫らされたんだよな。あの時の俺達と比べたら、今の皆の方が全然上手く出来ると思うぞ?」
「うう……ハードルがどんどん上がっていくよぉ…」
「大丈夫だよ。魔力貯蔵具は実際にやってみると二系統の回路だけだし、細く精密に魔力を操作する事を意識すれば良いだけだからね?」
「ふふふ……燃えて来たわ!これを完成させれば、今まで以上に魔力制御能力も向上させられる訳よね?良いこと尽くしじゃない?」
「いや……ナーシャ殿は爆発させない様に、細心の注意を払う事に専念して欲しいでござるよ…」
それぞれにやる気と諦め、泣き言も混じる面々であるが…兎に角、やらなければ家に帰る事も許してくれそうにないシルヴィアに押され、早速課題に取り掛かる。
「……わ、私もやっておこう、かな?…このままだと教師としての沽券に係わりかねないし…」
「…既に手遅れだがな。だが、向上心を少しでも持てたのなら良い傾向だ。この時間はシルヴィアに任せる。リクはフォローに回ってやってくれ」
生徒が皆、真剣に高難度の魔法具制作に取り組む姿に触発されたのか、教師であるレジーナもシルヴィアから紅榴石を一つ受け取り…久方ぶりの魔力貯蔵具制作に挑戦し始めた。
先輩教師であるアルベルトからすれば、何かとやる気を見せようとしない後輩が自分から動き出した事は喜ばしい事らしく…好きにやらせておこうと彼女の行動に許可を出す。
自身は魔具や魔法具の制作に不向きであるらしく、指導の大半をシルヴィアに任せる旨を伝え、その補佐もリクに一任し…監督役として見守るつもりのようだ。
あくまでも生徒の自主性を重んじ、間違った方向に進もうとした時に指導するという教育理念が彼の信条である。その為、今の状況はある意味で理想的と言えるだろう。
各員、悪戦苦闘はするものの…結果から言えば、ルーカスは早々と初の魔力貯蔵具を完成させて小躍りし、続いてイリスとレジーナが。そしてシード、アレイ、ミーリィの順に続き…
最後にナーストリアも無事に完成させる事が出来た。彼女のみ昼休憩ギリギリまで掛かったのだが……理由は当然、アレである。
「いやー……まさか爆発しちゃうとは思わなかったわぁ。一気に彫り進めようとするとダメなのね……失敗失敗♪」
「………予想通り過ぎて言葉も出ねぇよ、ホント…」
ゆるふわな筈の桃色の髪はアフロヘアーの様に派手な爆発状態となったナーストリアは、完成した魔力貯蔵具を首から下げ、無意味に胸を反らしながら満足気な様子を見せる。
ただ一人、魔力貯蔵具を爆発させるという大失敗をしでかした事への反省は微塵もない。鋼の様な精神にミーリィが疲れ切った声でツッコむが、どこ吹く風だ。
紆余曲折はあったものの、初日としては上々の結果に指導役のシルヴィアも笑顔で皆を労う…のだが、続く言葉にリクとアルベルト以外のメンバーはまたしても言葉を失う事になった。
「うん!やっぱり皆凄いね!私もリっくんも、最初は丸一日掛かったけど…ちゃんとお昼までに完成出来たし…これなら、明日からもっと難易度を上げて行けるね!」
「「「………は!?」」」」
「そうだなあ……この調子で行けば、予想より早くに『魔力貯蔵具・改』まで作れそうかな?」
師匠譲りのスパルタぶりを発揮するシルヴィア。流石のアルベルトもこれには苦笑するが、止めようとはしない。
この位でなければ到底間に合わないとの考えあっての事だが、彼もまたスパルタな教育者なのだ。アレイ達にとっては不幸が重なったとも言える。
更に聞いた事の無い魔法具の名を口にするシルヴィアに、普通にレジーナが疑問をぶつけた。
「ちょ、ちょっと待って?シルヴィアさん、その『魔力貯蔵具・改』って何?」
「あれ?レジーナ先生がご存じ無いんですか?……と、言う事は…お師匠様は発表しなかった研究なのかなぁ…えっと、魔力回路だけ書くと…大体こういう感じなんですけど」
困惑するレジーナに、小首を傾げながらシルヴィアはその『魔力貯蔵具・改』なる魔法具の魔力回路の図面を黒板へスラスラと書き記していくが…
「………な、何これ………ざっと見て、普通の5倍はある回路数!?こ、これを彫るの!?こんな小さな石に!?」
「いえ、流石にそれは無理です。実物だと…この位になりますね。ちょっと大きめの翠玉を使いますけど…今はこれと、リっくんが作った物の二つだけです」
更に絶叫するレジーナに、今度こそ教室は騒然となる。無理もない。彼女が書き記した図面は、先程まで苦労して作っていた魔力貯蔵具とは次元が違う複雑さが一目で分かる物だったのだ。
これを小さな紅榴石に彫るなど、到底人間技では無い。誰もがそう思うのだが、流石にそうでは無い様で…シルヴィアは細いチェーンで吊り下げられた翠玉を懐から取り出して見せる。
サイズ的には彼女の手にすっぽりと収まる程のやや大きめの石で、これならば何とか…と思わせる物だが、それでも難易度は桁外れな代物だと一目で分かる。
ともあれ、そんな物を既に実際に作っているというだけで十分に驚嘆に値するのだが…手元に回って来る実物を眺め、感嘆とも絶望とも取れる溜め息をレジーナは吐く。
「実物!?実際に作ったの!?これ……」
「兎に角、何度も何度も同じ様な回路を精密に彫り続けるから…疲れるんだよなあ。ただ、普通の魔力貯蔵具より大量に魔力を貯蔵出来るし…そんでもって魔力の貯蔵・展開速度が圧倒的に早いんだ」
「これと戦闘衣を最終課題にするから…皆、頑張ろうね!絶対出来るから!」
「……正直、頭が痛くなってきた……いや、俺が泣き言を言う訳にはいかんな…」
「…言っても良いと思うでござるよ、これは……」
食い入るように魔力貯蔵具・改を見つめるルーカスを除き、最早リクのフォローも届かない様子のアレイ達は…この座学の時間こそ、最も厳しい物になるのではないか…と死んだ目で考えるのであった。
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昼食をどうにか予定通りに取る事が出来たZ組一同は、午後の実技訓練時間を『戦技と魔法の習得』に充てた。
いきなり模擬戦を連発しても、昨日と大差ない結果になる事が見えている以上、体力の強化に目途が立つまでは【スキル】の向上と強化に主眼を置こうという考えだ。
そこでリクがアレイ達男性陣に【壱式・紅蓮】と【壱式改・烈風】を。
そしてシルヴィアはミーリィに【風の疾走】、イリスに【障壁:金剛の盾】、ナーストリアに【光系統:光槍】を教える事に決めた。
それぞれの特性に合わせた魔法と、汎用性に富む戦技を…嘗てはラルフとエリスの二人に伝授されたリクとシルヴィアが、今度は仲間達へとそれを教える。
どれも相当に難易度の高い戦技と魔法ではあるが、圧倒的な強者である二人の技とあって全員の熱意は物凄く…皆真剣そのものな態度で訓練に励んだ。
放課後居残って特訓したいと言い出す皆を宥めるのが大変な程、この訓練が一番反応が良かった事にリクとシルヴィアの二人は、顔を見合わせて笑うのだった。
そして……気が付けば瞬く間に3週間が過ぎようとしていた。
この頃にもなると、最初は走り切るだけでやっとの思いであった早朝のマラソンも、全員が難なくこなせる様になっていた。それも…両手両足にそれぞれ5㎏の…総計20㎏の重りを身に付けた上で、である。
徒に距離を伸ばしても効果が薄いと感じたリクの発案だが、当の本人とシルヴィアは倍の40㎏の重りを身に付けている。
負荷を掛けた弾丸マラソンに、当初は体力回復薬の使用頻度も上がったものだったが…アレイ達は日毎にそれを乗り越え、著しい成長を遂げて行った。
結果、今は全員が回復を行うことなく、余裕を持って朝食を兼ねた休憩を挟んでも……二往復出来るまでに至ってしまった。
魔法具の制作技術も格段に向上し、通常の魔力貯蔵具ならば最早10分と掛からず完成させる程の速度で、緻密な魔力制御が可能となっている。
実技の方も言う事無しで、それぞれが新たな戦技と魔法を自身の【スキル】として発現するにまで至っていた。リクとシルヴィアからすれば大成功と言って良い結果だ。
これならば、残りの一週間で総仕上げに入れる…二人はそう思いながら、今日もハーダル家の馬車でガーディ邸へと送ってもらい帰宅したのだが…
「……あれ?どうしたんだ?マルが出てこないぞ?」
「ホントだ……いつも帰って来たらすぐに出迎えてくれるのにね?…何かあったのかなぁ?」
帰宅して早々、いつものけたたましい足音が一向に聞こえてこない事に、リクとシルヴィアは思わず顔を見合わせる。
普段なら主の帰宅を一早く察知し、マルが二人を出迎える為に駆けてくる…のだが、今日は一向に姿を見せない。
いつもと違う状況に戸惑いつつ、リクが館の大きな扉を押し開け…中に入った。その後ろにシルヴィアも続き、丁寧に扉を閉める。
そして……二人は全てを理解し、その場に硬直する事になる。そこには、決してこの場には居ない筈の人物がソファーに腰掛け紅茶を飲んでいたのだから…
「おかえり。リク、シルヴィア。少し見ない間に色々と……やらかしているようね?」
「か、母さん!?」
「ふえっ!?エリスおば様!?」
金髪に緑色の瞳。優雅にお茶を飲む姿とは対照的に、鋭い視線を二人に向けるその人は…リクの母親、エリスであった。
誰よりも恐ろしい師匠の突然の訪問…もとい、この場合は帰宅と言うべきかも知れないが…リクとシルヴィアは驚きつつ、思わず直立不動の姿勢になってしまう。
エリスの言葉に思い当たる節が山の様にある二人は、背中を嫌な汗がダラダラと流れるのを感じる。
そこに遅れて…姿が見えなかったマルが現れる。どうやらエリスの紅茶の替えを用意する為、厨房に居たらしい。
「お、お帰りなさいませ。リク様、シルヴィア様……つい先程、奥様がお見えになりまして…お出迎え出来ず申し訳ございません」
「あ、ああ…ただいま、マル。気にしないでくれ…って、いうか…な、何で母さんがここに?」
「…あ、ただいま帰りました…エリスおば様、マルちゃん。あ、あの…」
二人を出迎える事が出来なかった理由は聞くまでも無いが、あくまでそれを許せないのか謝罪の言葉を口にするマルにリクは気にしない様にと右手を振って笑う……引きつっては居たが。
一方、シルヴィアはぎこちなくも丁寧にエリスとマルにお辞儀しながら、帰宅の挨拶をした。想定外の出来事に彼女の処理能力は今やオーバーヒートしかかっている。
そんな二人の様子にエリスは大きく溜め息を吐き、対面のソファーに座る様に促した。
未だガチガチに緊張するリクとシルヴィアの姿に、エリスは大方の事情を説明していくのだが…
「私がリスティアに出向いた理由は三つあるわ。一つ目はアル…アンタ達が模擬戦とやらで壊した、熱血バカ教師の義手の修理の為。よくもまあ、魔法銀製の魔法具をここまで壊せたわね…」
「やっぱりアレって母さんの作った物だったのか!……どおりでやけに知ってる魔力だった訳だ…」
「これを一週間で直せっていうのは、流石にここの設備を使わないと私でも無理。装填する魔法の相談もあるから仕方ないわね」
一つ目の理由に、ずっと抱いていた既視感に漸く納得がいくリク。
アルベルトが装填魔法を使用する際に感じた魔力の懐かしさも、異常なまでの性能も…そして、最強の障壁である無敵の盾も…
全ては母親であり、師匠であるエリスの存在を感じずにはいられないものであった。シルヴィアも同じ様に感じていた様で、納得の表情を浮かべている。
「あと二つは……マルから大体は聞いたけれど、直接アンタ達の言い分を聞いてからにしましょうか……内容次第では、今夜は一晩中お説教よ。覚悟しなさい」
「ふえぇぇぇ……り、リっくん……」
「………諦めよう。ちゃんと話さないと後がホントに怖い」
事情は聞いては貰える。しかし、エリスは言い訳の類は絶対に許さない。言葉にもそれを表す師匠としての姿にリクとシルヴィアは、リスティアに来てからの出来事を事細かに報告していく。
そして…話を聞き進める内、次第にエリスの視線が冷たい物へと変わっていく。この分では、明日の弾丸マラソンは徹夜明けで挑むことになりそうだ…とリクは覚悟を決める。
この日、王都リスティアに…本当の鬼が帰還したのだった。
応援ありがとうございます!
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