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第二章 アカデミー編

第58話 『問題発覚』

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 ハーダル家の馬車の中、登校中のリク、シルヴィア、アレイの三人は今日から始まる訓練…Z組の特訓の内容について簡単に話し合っていた。

 昨夜、徹夜にまで至る程苦労を掛けたと勘違いするアレイに、物凄く疲れた顔でリクが事情を説明すると、アレイもげんなりとした表情になってしまった。


「……何というか、俺の心配を返せと言いたくもなるな…ナーシャの奴、悪気は無いのだろうが…」

「そうだな…普通の服なら何も問題なかったんだよ…普通なら…」

「……あううぅぅ…リっくん、アレイ君も……そ、その話はもう無しにしよ?」

「………うむ、話を本題に戻そう。今聞かせて貰ったプランを俺が代表して先生方に提案する。それで良いな?」

「ああ。俺達のリーダーがアレイだって事を知って貰う為にも、それが一番分かりやすいだろうし良いと思う」


 昨夜の大惨事は思い出したくもないシルヴィアは、朝の挨拶からもう真っ赤なまま俯いており…専らリクがアレイに大体のプランを説明し、アレイが疑問に思った点を彼女が補足する形で話は進む。

 二人対六人、という模擬戦には正直驚いたアレイだったが、リク達ならきっとより良い方向へと導いてくれるだろうとの期待もあってか、大筋で了承する。

 圧倒的な強者との対戦に心が躍った、という個人的事情も多分にあるのは事実だが…この際、それも成長の一助となる筈だ。

 そして、リーダーの初仕事としてアルベルトとレジーナ…二人の担任への説明と許可を取る役割は、アレイに一任する事も決める。

 何せ、昨日自分達だけで話し合って決めた事だけに、まだアレイがZ組のリーダーになる事を教師陣は知らない。その承認もここで得ておきたいリク達は、アレイが堂々とリーダーシップを発揮する場面を作るのに絶好の機会と捉えていたのだ。

 昨日も送り迎えをしてくれた御者の青年は、三人の会話の邪魔をする事無く、そして十分な意見交換が出来る様にと走る速度を緩やかに保ちつつ…アカデミーへの道を進む。

 おかげでアレイはリクとシルヴィアの訓練プランをしっかりと頭に叩き込む事ができ、正門前で馬車を降りる頃には完璧に説明可能な程、自分の物にしていた。

 ハーダル家へと戻っていく馬車を暫し見送り、リク達はZ組の教室へと向かう。かなり早めにガーディ邸を出た為、正門からの道すがらですれ違う生徒は殆ど居なかった。

 だが…いざ自分達の教室についてみると、既にミーリィ達全員が登校しており……三人は大いに驚く。


「お?…一番かと思ったら、まさかの最後か!?おはよう、皆早いな?」

「おはよう、三人とも。いや…実は、今日からの事が気になって…あまり眠れなくってねえ。つい早く来ちゃったよ」

「なら安心した。早めに出たつもりで遅れたのでは洒落にならんからな」

「…ま、ルーカスの言う通りアタシ等全員、ちっとばかし早起きしすぎったって訳さ。別にお前等が遅い訳じゃねえから気にすんな」


 先頭で教室に入ったリクは、驚きつつ皆に朝の挨拶をする。出遅れたのか?と思い、教室の壁に据え付けられた時刻みの魔具…要するに時計を見るが…明らかに早い。

 そのリクの疑問に、席に座ったままひらひらと右手を振って見せるルーカスが、苦笑交じりに答えた。

 昨日の盛り上がりからの興奮をどうにも抑えきれなかった彼等は、床についてもなかなか眠る事が出来ず……更にはやたらと早く目が覚め、そのまま登校して来たらしい。

 特に、ミーリィは拳を握ったり開いたりと…既に臨戦態勢の様で、やる気を漲らせている。この様子なら説明すら不要かも知れないと、リクに続いて教室に入ったアレイは思う。

 そして、リクとアレイに遅れて教室へと入ってきたシルヴィアは…制服ではなく、見慣れない服を着ているミーリィとイリスの姿に驚く。

 自分達は入学時に支給されたアカデミーの制服を着用しているのだが、そもそも服装に関する規定はアカデミーには存在しない。

 なので、著しく風紀を乱す様な恰好でもない限り、どの様な服を着ていても良いのだが、大体の生徒は制服を着ている。

 そんな中、ミーリィはライダースジャケットの様な袖の無い、革で作られた濃い茶色系の色の上着と白いシャツ。そしてジーンズの様なパンツルックという行動的な衣装を。

 一方のイリスは、彼女の髪の色に合わせた様な、薄い水色の生地を用いたロングのワンピースを着ていた。大人しい性格の彼女にはピッタリな服装と言える。

 そして……その二人の姿に満足気に頷き、大きな胸を反らせて誇らしげにしているのは…ナーストリアだ。彼女は何故か制服を着ていたが。


「……お、おはよう…?あれ?ミーリィ。それにイリスも……制服じゃないの?凄く良く似合ってるけど、私服?」

「ん?……ああ、これか?昨日お前も貰っただろ、ナーシャの服。アカデミーは別に制服でなきゃ登校しちゃいけねえって規則、無いらしいしな。気に入ったから着て来たんだよ」

「わ、私も……これ、凄く可愛くって…気に入ったから、ナーシャにお礼を言いたくって…」

「ふっふっふ。流ッ石私!!服のデザインとか、裁縫とかこう見えて得意なの!気に入って貰えて何よりだわ~」

「…………どうして……」

「……へっ?……な、何?どうかした、シルヴィア?……さ、寒っ!?……な、何この冷気!?」


 昨夜、帰り際にナーストリアが慌てて自室に戻り…女性陣にお土産として渡した紙袋。どうやら、ミーリィとイリスが貰ったのはこの服だったらしい。

 ナーストリアが無意味に胸を反らし自画自賛するが、実際その腕はなかなかの物で…それぞれのイメージに合った良い出来の服だ。

 だからこそ…シルヴィアは納得がいかなかった。何故、どうして自分にくれた物は『どちゃくそエロいネグリジェ』だったのかと…

 そして、Z組の教室の室温が急激に下がった。ゆらり…とナーストリアの正面に立つシルヴィアから放たれる凍結系統の魔力マナ…即ち『凍てつく視線』である。

 正面からその視線。そして強大な魔力マナに当てられたナーストリアは、両腕で体を抱えて震え出す。


「…どうして私だけ『アレ』なのよぉッ!ナーシャアあぁぁッ!!」

「だ、だって!?私とあんましサイズ変わらないし!?それにシルヴィアにこそ必要な筈……」

「ま、ま、まだ早過ぎるのぉッ!!あ、あんな……もう!!【凍結系統:氷嵐ブリザード・極地指定】ッ!!」

「ひいいいぃっ!?ご、ゴメンってばあっ!?」

「……知らないッ!ちょっと反省してて!」


 真っ赤な顔でまくし立て、ナーストリアに詰め寄るシルヴィア。やはり悪気は無く、親切心で渡したつもりだったナーストリアは必死で意図を説明しようとするが…

 再び昨夜の恥ずかしさがぶり返すシルヴィアの耳には届かない。容赦なくナーストリア個人を指定した魔力マナ制御を施した上で、【凍結系統:氷嵐ブリザード】を放つ。

 極低温の氷の嵐が吹き荒れ、堪らず泣き声交じりで許しを請うナーストリア。普段なら…風邪を引かない程度で止めるのがシルヴィアだが……今回は無理かも知れなかった。


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「……成程な。アレイがこのクラスのリーダーになってくれるのは、俺としても正直有難い。それに、この申し出だが…中々良く考えられているな」

「A組に対抗する為の切り札って事よね?皆、私達が言わなくても考えて行動してくれるなんて……楽…じゃない、自主性があって嬉しいわっ」


 リク達の予想通り、アレイのリーダー就任の報告と、これから自分達が強くなる為に行いたい訓練プランの提示を…Z組担任、アルベルトはすんなりと受け入れ、了承した。

 副担任のレジーナは『楽が出来て助かる』との本音を思わず漏らしかけるが、横眼で睨む先輩教師に気付き、慌てて訂正していた。


「気付いてはいるだろうが、俺の義手は昨日の模擬戦で使い物にならない。右手一本では十分な指導は出来ない以上、お前達のプランに乗らせて貰う」

「ただ、午前中は座学を受けて貰う事にはなるのよ?一応、アカデミーの規則で実技や模擬戦っていうのは午後からって事になってるからね」

「だが……大討伐演習まで四週間しかない今は、座学の内容も大幅に変える。普段通りのカリキュラムでは到底間に合わんからな。お前達の訓練を補完する物にして行くぞ」


 通常なら、アカデミーの新入生は午前中に各種の基礎を座学で学び、昼食を挟んで午後から実践的な内容の授業を受けるという流れが決められている。

 しかし、大討伐演習で圧倒的な成績を叩き出し、A組を超えるという目標を掲げるZ組は…そんな悠長な事はしていられない、とアルベルトは言う。

 四週間で全員の大幅なレベルアップが求められる。その為にとリクとシルヴィアの二人が考えた訓練プラン…それに最も利する内容に座学も変更する。

 つまり、授業の全てをZ組の特訓となるように組み替えると言うのだ。大胆過ぎる行為だが、こうでもしなければ到底目標には届かない、と。

 それを本来なら自分が指導しなければならないのだが、リクとシルヴィアの二人が見ていた通り…彼の義手はやはり大きく破損しており、戦闘行為は不可能であった。

 アカデミーでも最強と噂されるらしいアルベルトも、流石に片腕での模擬戦は困難だ。まして、このクラスにはリクとシルヴィアと言う…自分に匹敵、あるいは上回る強者が居る。

 無理をして完全に義手を破壊する様な事にでもなれば、大討伐演習までに作り直す事は不可能に近い。ならば、生徒達の自主性を重んじる意味でも…任せてみようと彼は考えたのだ。

 それが可能な強さ。そして、信念を持ったこの二人が居れば…大丈夫だと信じて。


「ならば午後からは教練グラウンドで、最初の模擬戦を行いたく思います。その結果を見て、今後の方針を相談させて貰えれば、と」

「良いだろう。審判役にはレジーナを付ける。俺はこのザマだからな、周囲への被害を抑える為の結界を担当する。全員、それで問題ないな?」

「「「はいッ!!!」」」

「意義あり!!それって私が一番巻き添え食う配置じゃないですか!?先輩!!」

「お前の意見は聞いていない。さっさと座学の用意をして来い。全員、レジーナが戻ってくるまで自由にしていて良いぞ」

「鬼!!悪魔!!先輩の人でなし!!奥さんと娘さんに言いつけてやるからーッ!!」


 午前中の予定、そして午後からの模擬戦について最終的な確認をアレイが行い、それをアルベルトがZ組担任として正式に承認する。

 念の為、皆にもう一度異存がないかと確認するアルベルト。生徒達の目はやる気に満ちており、間髪入れずに大きな返事が返ってきたのだが…

 一人、泣きそうな顔で必死に抗議する者が居た。レジーナである。

 どうにも彼女は、シルヴィアに散々吹き飛ばされたのが相当堪えているらしい。比較的前に出なければならない審判役は嫌だとアルベルトに縋るのだが…彼は完全にその訴えをスルーした。

 早く座学の用意をしなければ、朝のホームルームが始まるぞと教室を追い出しに掛かると…レジーナは泣きながら悪態をつき、廊下へと走り出て行った。

 その背中を茫然と見送るリク達。一方のアルベルトは……深々と溜息を吐くのだった。


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 予告された通り、午前中はリクとシルヴィアの考えた訓練プランの再説明を中心とした、午後からの注意事項といった感じの座学となった。

 初日の為、二人対六人の模擬戦における連携の練習である点だけを忘れないように、全力で戦う事。というシンプルな物だ。ただ、これは日を追うごとに内容が濃くなっていくのは間違いない。

 まずは全員の力の再確認…それが先決なのだ。

 そして、昼食後。それぞれが待ちに待った模擬戦が開始されるのだが…ここでリクとシルヴィアは大きな問題に気が付く事になった。


「……これは想像してなかったなあ…」

「…うん……大幅にプランを変えるか、何か手を考えないと…ダメだね」


 二人にとっては想定外の展開。並んで立つアカデミー用訓練着姿のリクとシルヴィアは、困り顔を見合わせる。

 模擬戦を開始してから、時間にしておよそ20分。教練グラウンドには二人と……肩で息をするアレイ、そして震える膝を拳で殴りつけているミーリィが立っているだけだった。

 他の面々はと言うと、ルーカスとナーストリアは大の字になって仰向けに倒れ…荒い呼吸を繰り返しており、イリスとシードの二人に至っては…うつ伏せに倒れたままピクリとも動かない。


「……こ……これ程……差があるのか……」

「クソッたれ……お前等……どんな体力と……魔力マナ量…なんだよ……」


 辛うじて立っているアレイとミーリィも、実質は他の四人と変わらない。最早戦闘は到底不可能な程の疲労困憊ぶりだ。

 戦いに挑む前、アレイはそれぞれペアを組んでみる事を提案し…アレイとミーリィ、ルーカスとナーストリア、シードとイリス、という暫定的なパートナー編成をしていた。

 連携に不慣れな自分達でも、ペアならば比較的容易に呼吸を合わせられるだろう…との目論見であり、実際にそれなりに機能はした…のだが

 結果はと言えば、今立っているのは自分とミーリィのみであり…リクとシルヴィアの二人は息を切らせる事も無く、全くの無傷であった。


「……アレイ、ミーリィもだけど。その状態じゃ降参って事で良いな?」

「…ああ、もうこれ以上は戦えん」

「……これはもう、一から体力鍛え直さないとダメだな。あと…」

魔力マナ制御も、だね。特にミーリィとナーシャの二人は徹底的にやらなきゃダメだよ?」

「マジか……」


 残る二人に模擬戦終了を確認するリク。それに息も絶え絶えにアレイは返事をした。体力も魔力マナもそれなりに自信のあった彼だが、結果は無情な物だった。

 ミーリィは返事をする体力も残っては居ないのか、頷くだけであったが…リクとシルヴィアは耳を疑うような事を言い出す。

 それは…全員を一から鍛え直す、という事。

 模擬戦闘を行って、リクは皆の動きには無駄が多く…何よりも基礎体力が全く足りていない事を感じた。

 今日の戦闘において、リクとシルヴィアは分析の為…自分達からは一切手出しをしなかった。皆の戦技や魔法を受けて、得意と不得意を割り出し…それぞれに合った訓練を行おうと考えていたのだ。

 しかし、予想外の事態が起こった。開始して10分程で、イリスとシードが体力の限界に達して戦線離脱。

 更に5分後にナーストリアが魔力マナ切れでダウン。次いで彼女を守っていたルーカスも体力と魔力マナを同時に使い果たし…残ったのはアレイとミーリィの二人。

 その二人も20分が経過した頃…遂に力尽きた、という結果であった。当然と言えば当然だが、リクとシルヴィアは余力十分である。

 無論、リクもシルヴィアも、戦技や魔法による防御はしているので、体力も魔力マナも消耗はしている。ただ…他の六人とは違い、二人の基礎体力と魔力マナは鍛え抜かれているのだ。

 その差がはっきりと出ただけ。しかし、それは途轍もない差であり…今後の方針を大きく変えざるを得ない程の大問題であったのだ。

 自分達が幼い頃からやってきた訓練を、少しでも皆にこなして貰いたい…その為に遅くまで考えた訓練プランを実行して行く為にはどうすれば良いのかリクは考え…ポン、と手を打つ。

 足りない何かがあれば、努力で補う。その為に訓練をする…いつも自分達がやって来た事じゃないか、とリクは気が付いてしまったのだ。

 確かにそれは二人がラルフとエリスの指導の下、幼い頃からずっとやって来た事ではあるが……到底一般的なレベルの内容では無い事を彼は知らない。

 故に…アレイ達は悲劇に見舞われる事になる。


「…そうか。俺達がやって来た事を皆にやって貰えば良いんだ。そうとなったら…先生と、そうだな……オリバーおじさんに頼むか」

「……?リっくん、何か良い考えが浮かんだの?」

「ああ、俺達が毎日やって来た方法で…皆の体力と魔力マナを鍛え上げる。アカデミーの時間外で、さ」

「あ、そっか。じゃあ……早朝訓練、って事になるのかな?」

「そういう事。皆、明日の朝から…そうだな、最初だから3時にしよっか。西門に集合して……早朝マラソンをするから」

「「……は!?……さ、3時!?」」

「じゃ、俺はオリバーおじさんに許可貰ってくるから、シルはアルベルト先生に言って来てくれ。アレイは皆を起こして説明よろしくな?」

「リっくん、オリバーさんに宜しくね?…あ、皆にはこれ…『体力回復薬エナジーポーション』を人数分。ミーリィ、お願いね?」

「ちょ…ちょっと待てリク……」

「いや…シルヴィアも…お前等…何考えて……」


 自分の顔を覗き込むシルヴィアの問いに答える形で、リクは自分の考えを口にする。シルヴィアは成程、と頷き…反対する事無く納得した。

 彼女も同じ訓練を毎日やって来た事で…感覚が麻痺しきっている。早朝ならアカデミーの授業に差し支えないから良い、と笑顔で同意する程に…

 これに対し、心底驚くアレイとミーリィ。特にリクはまだしも、理知的な考え方をしている筈のシルヴィアが何の反対もしない所に更に不安の度合いが上がる訳で…

 テキパキと『早朝マラソン』の実施に向けて動き出す二人に、アレイとミーリィの二人は只々茫然とし…成り行きを見守るしかなかった。


「おーし!!明日から徹底的に鍛え直すぞ!!久しぶりに思いっ切り走るから、皆覚悟してくれよ?」

「……既にイリスとシードが返事も出来んのだが……出来るだけ加減してくれ…」


 気合を漲らせて宣言するリクに、アレイは懇願するように言い…力尽きる様にその場に座り込むのだった。


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