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第二章 アカデミー編
第54話 『ナーシャの提案』
しおりを挟む模擬戦闘などとはとても言えない激闘に終止符が打たれた教練グラウンドでは、終了と殆ど同時に・・・アレイ達がリクとシルヴィアの所へと駆け寄ってきた。
真っ先に到達したのは、一番前で観戦していたアレイだ。スタートダッシュに遅れたものの、ミーリィ達もすぐに追いついてくる。
「まさか勝ってしまうとは思わなかったぞ・・・所で、左肩や腕は本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。て言うか・・・ちょっと治癒の魔力が過剰すぎて・・・悪酔いしそうだけどな」
「あうぅ・・・ゴメンね、リっくん・・・私、心配で心配で・・・」
「アレイ!!一人先走って飛び出すんじゃねーよ!!・・・ったく、心配したのはアタシ等も同じだってのによ」
「む、すまん。つい・・・」
離れた退避区域からでも、アルベルトの剣を肩で受けた際の鮮血。そして闘気破砕砲の反動による多量の出血はしっかりと見えていた。
明らかな重傷に、皆一様に心配していたのだが・・・特に先頭で見ていたアレイは居ても立っても居られず、アルベルトの終了宣言と同時に走り出したようだ。
追いついた途端大声で抗議するミーリィが言う通り、皆の思いは同じであり、アレイも素直に頭を下げて詫びる。
Z組の八人全員が輪になる形で集合し、激闘を終えた二人を労い・・・称えるのだが、そんな中でナーストリアとイリスの二人はシルヴィアがリクに施した治癒魔法に興味津々の様で・・・
二人掛かりでリクの左肩と左腕。そして怪我を負っていない右腕や背中といった箇所に手で触れながら、完全治癒の効果を確かめていた。
「・・・うん、確かに・・・傷一つ残ってないようねぇ・・・【完全治癒】ってホントに凄い魔法ね!リク君には悪いけど、見られて感謝だわ!」
「でも、ナーシャ。シルヴィアが使ったのって・・・多分、強化版の魔法だよ?・・・私達、もしかしなくてもホントの治癒魔法の頂を見れたんじゃ・・・」
「どうでも良いんだけど・・・ナーシャもイリスも、俺の体をペタペタ触りながら確認しなくても良くないか?」
「だって、こうしないと何処をどうやって治癒の魔力が通って効果を及ぼすのか分からないじゃない?」
「そ、そんな事しなくても・・・私が後でちゃんと説明するから、二人とも取り合えずは『リっくん』から離れて?ね?」
「「・・・『リっくん』?」」
「・・・・・あっ!?」
余程気になるのであろうナーシャとイリスは、尚もリクの体に僅かな傷も残っていない事を不思議そうに確かめていたのだが・・・堪らずシルヴィアが二人にリクから離れるようにやんわりと頼む。
そして・・・先日のリクと同じ様に、シルヴィアは『痛恨のミス』をやらかした。
別に二人に対して嫉妬した、とか言う訳ではなく。単にリクに施した自分の治癒魔法が過剰であった事を今更ながらに気にしていただけだったのだが・・・
その余裕の無さが、普段通りの呼び方でリクの事を呼んでしまうというミスを引き起こしたのだ。思わず口を揃えておうむ返し気味に問うイリスとナーシャ。
漸く自分が口にしてしまった『リっくん』呼びをしっかりバッチリと聞かれていた事に気づき、シルヴィアは両手で口を覆うが・・・時既に遅し、である。
「あう・・・えっと、その・・・何ていうか、ね?・・・あうぅ・・・」
「・・・これは詳しく話を聞かせて貰わなくっちゃねぇ・・・わざわざ呼び方を変えてた、って所が特に気になるわっ♪」
「あ・・・もしかして、シルヴィアとリク君って・・・同じ所で修業した・・・恋人同士、って事なの・・・かな?」
「ふえっ!?こ、こここ恋人!?そ、それはその、違うっていうか、まだっていうか、その・・・あうううう」
ニヤリと良い笑顔を浮かべてシルヴィアに詰め寄るナーストリア。『しまったぁ』という表情を浮かべ、一歩後ずさるシルヴィアは既に真っ赤っかであり、混乱し始めているのだが、そこへ悪気ないイリスの問いかけが追い打ちを掛けた。
更に混乱に拍車がかかり、シルヴィアの目がぐるぐるし始め・・・頭から湯気が吹き出しそうな程、一層赤面して俯いてしまう。
女性陣の話が殆ど恋バナへと移行しつつあるのを離れた場所の男性陣・・・特にリクは何とも言えない困った表情で見つめていたが、このままでは埒があかないと思ったらしく・・・
「・・・まあ、この前俺もやらかしたし。これでお互い様って事だよなあ・・・で、取り合えずは反省会?って事になるのかな?・・・アルベルト先生、これからどうするんですか?」
「本来の予定では一度教室に戻ってホームルームで総評と反省点を話し合って貰うつもりだった。が、余計な邪魔が入りそうだ・・・」
「そうですねえ。さっき、結界が吹き飛んだ時に警報が流れましたから・・・間違いなく、学年主任が乗り込んで来ると思いますよ?」
「・・・実に鬱陶しい。すまんが、お前達は今日はこれで帰宅しろ。明日改めて朝のホームルームで総評を伝える。出来うる限り、迅速にこの場から離れて貰いたい。良いな?」
「承知しました。では、Z組の全員は自分が馬車でそれぞれ自宅まで送り届けます・・・皆、すまないが正門前に馬車が来ている筈なので移動してくれ」
リクは自分達とは別の場所・・・主に先程リクとシルヴィアが大きく破損させてしまったグラウンドの箇所辺りを補修しているのか、陥没した地面へ大地属性の魔法を行使しているアルベルトの下へと移動し声を掛ける。
予想の通り、アルベルトは模擬戦闘の総評と反省会をこの後予定していたのだが・・・余りにも激しい戦闘になった為、教練グラウンドの結界が跡形も無く消し飛んでしまった際、非常事態を知らせる警報が教員室へと発せられたらしい。
その所為で、このZ組が編成される原因となったらしい『学年主任』の先生がここへとやってくる事がほぼ確実となったようだ。
苦々しい表情を浮かべ、レジーナと共に行っていた補修作業を一時中断したアルベルトはリク、そしてその後ろへと歩いて来たアレイに即時の帰宅を命じる。
詳しい事は明日改めて話す、という言葉だけで帰宅を急がせるのは・・・偏に『厄介事に生徒を巻き込ませない』という思いからであり、首を傾げるリクとは対照的に、アレイは意図を察して馬車の手配を申し出た。
未だわいわいと話し込む面々に、正門に集合して欲しい旨を伝え、同意を取り付けるとアレイは先頭を切って歩き出す。その後ろに小走りで追いつくリクが背中に問いかけた。
「それで?この後どうするんだ、アレイ?」
「記憶が鮮明な内に反省会はしておいた方が良いだろう。何処か集まれる場所があればいいのだが・・・」
「そ・れ・な・ら、私の出番ね!!Z組御一行様、リムラッドの酒場にご案内、ってどうかしら?」
「良いねぇ。正直、お腹減ってたんだよ・・・いや、観戦してただけなんだけどさ?何か妙に力入っちゃって」
「同感でござる。実に手に汗握る模擬戦闘故、某も血が滾る思いで見てしまい・・・恥ずかしながら空腹に堪えかねていたでござるよ・・・」
鮮烈な記憶も時間の経過と共に細部を忘れたりする。それが人間というものだ。
アレイは少しでも記憶が鮮明な今の間に反省会をしておくべきであると自分の考えをリクに伝える。
これには全員が同意するが、問題は八人全員が気兼ねなく話を出来る場所の確保である。
ガーディ邸やハーダル家の屋敷なら、広さには十分な余裕がある。しかし、アレイ以外の皆は平民であり・・・豪奢な屋敷で反省会、となれば余計な緊張をもたらす事になりかねない。
それを心配し、思案するアレイであったが・・・『待ってました!』とばかりにナーストリアが豊満な胸を大きく震わせながら、自宅である『リムラッドの酒場』での開催を提案する。
自己紹介の際にも言っていたが、食事ならお任せと自ら太鼓判を押す彼女の言に、空腹に耐えかねていた様子のルーカスとシードが飛びつく。
この際、親睦を深める為にも食事をしながらの会議の方が都合が良いのかも知れない。特に反対意見もなく、アレイはナーストリアの提案を受け入れる事にした。
「決まりね!じゃあ、アレイ君・・・南区域へお願いっ♪」
「分かった。御者に伝えてくるので皆、暫し正門付近で待っていてくれ。リク、ミーリィ。シルヴィアが固まったままだぞ?俺が戻るまでに何とかしておいてくれ」
「あいよ。ほれ、シルヴィア!いつまでもあうあう言ってるんじゃねーよ!諦めて飯食いながら洗いざらい吐いちまいな!!」
「ふえええええっ!?」
「いや、ミーリィ。それじゃ逆効果だって・・・シルを追い込むだけだぞ」
「そもそも・・・リク!アンタがはっきりしないから、コイツがこうなってんじゃねーのか?昨日聞けなかった事・・・全部話して貰いたいねぇ?」
「うわ!?そこで俺に飛び火するのかよ!?」
「・・・何をやっているんだお前達は。他の皆はもう馬車に乗ったぞ?いつまでもやっている様なら、歩いて行って貰うからな?」
「わ、悪い!・・・ほら、シル!行くぞ!」
「・・・あう・・・わ、分かった・・・今行くね」
ハーダル家の馬車は本来想定される下校時間に合わせて、既に正門外へ来ていたようで。アレイは御者に行先の変更を告げる為、先行する事を伝えつつ・・・未だに一人離れた場所で固まる人物をどうにかするようにミーリィ、そしてリクに告げる。
その人物・・・シルヴィアは、混乱の極みでふらふらしつつ未だに頭から湯気を吹き出しかねない状態であった。
見かねたミーリィは、いい加減諦めて全員に説明してしまえ!と檄を飛ばすのだが・・・言い方が問題だった。シルヴィアは一体何を何処まで白状させられるのか、と更に混乱してしまう。
付き合いの長いリクが、それでは逆効果だと諭しに入るのだが・・・今度はリクが煮え切らない態度を見せているのが原因ではないのか?とミーリィは噛みついた。
予想外の飛び火に驚くリク。ギャアギャアとやりあい始める二人に、戻ってきたアレイが呆れた声を上げた事で漸くリクとミーリィは我に返る。
流石にここから南区域の酒場は少し遠い。疲れた体で歩いて行くのは堪えると思ったリクは、歩き出すアレイとミーリィを追いかけようと・・・シルヴィアの手を取り駆け出す。
慣れ親しんだ幼馴染の手の感触に、やっとの事で少し落ち着いたのかシルヴィアは、やや引っ張られる様にしながらリクの後に続く。
だが・・・相変わらず赤面したままの彼女は『一体どうやって説明しよう・・・』と思いながらも、どこか幸せそうな表情を浮かべていたのだった。
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