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第二章 アカデミー編

第52話 『紅蓮と烈風』

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「・・・属性を乗せる時は魔力マナの流れを整えながら・・・うん、これもッ!!分かったッ!!」

「ひいいいいい!?マズイマズイっ!!本ッ気で勝てる気がしないわああああ!!」


 レジーナの魔法を『盗んだ』シルヴィアは、更に応用とばかりに火属性の魔力マナを【鞭化】により右手に具現化させて、勢いよく振り下ろす。

 最初の【九尾鞭ナインテイル】と比べ、一本のみの制御故か・・・彼女は易々と属性を乗せた【鞭化】を使いこなしている。

 最早ブラフなど打っているような余裕を完全に無くしたレジーナは、なりふり構わずに逃げ回りながら水系統の障壁である【激流壁アクアウォール】を展開。殆ど半泣きになりつつも防御を試みるのだが・・・


「先端が触れる寸前に魔力マナを増やして・・・これがッ!!【火系統:加具土命カグツチ】ッ!!」

「ウソっ!?【激流壁アクアウォール】が蒸発!?・・・うっきゃああああああ!?」

「・・・あっ!!・・・や、やりすぎ・・・ちゃった・・・?・・・あっ!?あっちはリっくん達の方向!?やっちゃったぁ・・・」


 シルヴィアの鋭い一撃を間一髪で受け止めるレジーナ。しかし、障壁で止められる事を予測していたシルヴィアは、火の鞭の先端が【激流壁アクアウォール】に達する瞬間を狙って魔力マナを追加で注ぎ込む。

 相殺反応により本来なら互いに消滅する筈の火の鞭と水の障壁・・・レジーナの防御戦術を打ち破るために仕組んだシルヴィアの作戦は、相殺反応を上回る力をぶつけるという実にシンプルなものだった。

 しっかりと『集束化』の技術も駆使して強化された火の鞭は・・・先にレジーナが放った【火竜鞭フレイムウィップ】よりも激しい炎を噴き上げ、火の神の名を借りるに相応しい威力をもってレジーナへと襲い掛かる。

 荒ぶる炎はあっという間に【激流壁アクアウォール】を飲み込み、激しい水蒸気を残して消滅させた。

 そして、その勢いは殆ど削がれる事なく、レジーナ本人へと叩きつけられ・・・彼女は悲鳴を残して遥か後方へと吹き飛ばされる。

 但し。飛ばされていく方向は・・・アルベルトとリクが激闘を繰り広げている側である事はレジーナにとっては幸運であったと言えるだろう。偶然だがこれで何とか合流を果たせると言うものだ。

 すぐさま追撃に移ろうとしていたシルヴィアは、あんまりな勢いで吹っ飛ばしてしまった事に少し狼狽える素振りを見せていたのだが、レジーナが猛烈な速度で到達しようとしている方向を確認して慌てた声を上げる。

 新たな【スキル】の制御や応用法に気が行き過ぎた結果だろう。普段の彼女からすれば考えられない痛恨のミスで、これまで上手く分断してきた教師陣を合流させてしまう事になってしまうのはもう避けられない。


「すぐにリっくんと合流しないと・・・!!【肉体強化フィジカル・ブースト・脚力集束化】!!【風の疾走・超速加速マキシブースト】!!・・・いっけえええええええッ!!」


 ならば、とシルヴィアは限界を超える加速を自らに施し、地を蹴りつけて駆け出す。猛烈なスタートでグラウンドの表面が大きく陥没し、ドンッ!!という音と共に衝撃波が辺りに放たれる。

 一蹴りで最高速に到達する、常軌を逸したその走りは退避区域のアレイ達も思わず衝撃波に構えてしまった程、強烈なインパクトを一同に与えた。


「クソったれ!!まだ速くなれるんじゃねえか!!道理でアタシの【獣化】にアッサリ対応出来た訳だぜ・・・つーか、こうなるとアイツ等に全く勝てるビジョンが見えてこねえ」

それがしよりも余程早いミーリィ殿でも及ばぬでござるか・・・いや、ここまで二人との差がありすぎると今後それがし達は相当に訓練を積まねば・・・」

「完全にリク達の足を引っ張る存在になるだろうねえ・・・これは本気で責任重大だよ。俺達が弱くてZ組の評価が悪くなったりしたら・・・」

「・・・それは・・・嫌。わ、私も・・・精一杯頑張ります・・・皆の力になれるように・・・!」


 順位戦でシルヴィアと死闘を繰り広げたミーリィが、吐き捨てるように愚痴る。怒っている訳ではないが、心底悔しそうな表情をしており・・・後で一悶着ありそうだ。

 そして、またしても異常な能力を見せつけられた事で、半ば放心したようにポカンと口を開けていた面々もミーリィの言葉に我に返る。

 シード、ルーカス、イリスがそれぞれに今よりも相当に自身を鍛え上げなければならないと決意を口にし、黙って聞いていたアレイとナーストリアも大きく頷く。


「上等だよ・・・アタシ等にも意地ってもんがあるからな。大討伐演習とやらまでにキッチリ強くなってやる!!」


 最後にミーリィが力強く宣言し、今やZ組の心は完全に一つになろうとしていた。目の前で戦い続けているリクも、そしてシルヴィアも自分達と同じ思いを抱いているに違いない。

『全員で絶対に強くなる。そしてZ組の名をアカデミー中に轟かせて、自分達を厄介者と見なした連中の度肝を抜いて見せる』

 戦闘が苦手なイリスでさえも、瞳の奥に強い意志の光を灯す程に。戦いを見守るアレイ達の心は燃え上がって行くのだった。


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(・・・都合よくこちらに飛ばされて来たか。良いようにボコボコにされた様だが・・・これで魔力マナをも使い切っているようならアイツも再教育が必要だな)


 シルヴィアの【加具土命カグツチ】の直撃を受け、矢の様な速度で自分の方へと吹き飛ばされてくる後輩・・・レジーナの姿に溜息を吐きつつ、アルベルトはリクの二刀を剣と義手で受け止める。

 先程より速度と鋭さが一層増したリクの剣。しかも左手は【闘気剣オーラブレイド】という、彼の戦闘経験をもってしても未知の代物である。

 普通に闘気オーラを纏わせた剣であったとしても、その破壊力は並みの武具を容易く砕き、断ち切る事が可能なまでに高まるものだ。

 ならば闘気オーラそのものを剣の形に具現化したこの戦技の威力はというと・・・普通にやって防げるものでは無い事は想像に難くない。

 アルベルトは迷う事無く左腕に自身の魔力マナを流して受け止める事を選択する。これまでよりかなり多めに魔力マナを使用すれば、魔法銀ミスリルの防御性能で止める事は出来る筈だと。

 しかし、レジーナの接近を背中で感じつつもリクは右手に握る鋼鉄の剣に・・・大量の魔力マナを注ぎ込んでいた。まるで左手の一撃は囮だと言わんばかりに。


「今だッ!!火の魔力マナと風の魔力マナを・・・【紅蓮・烈風ぐれん・れっぷう・・・同時発動】ォッ!!」

「何だと!?この戦闘の最中に・・・二系統の魔力マナを片手で制御したというのか!?」

「これが今、この場で考えられる多分・・・最大の戦技!!名付けて・・・【紅蓮剛爆剣ぐれんごうばくけん】だあああああッ!!」


 目を見開いて驚愕するアルベルト。リクが右手の剣に注ぎ込んでいた魔力マナ・・・それはリクが最も得意とする『火』と『風』の魔力マナ

 それを片手だけで同時に制御し、暴発させる事無く【壱式・紅蓮いっしき・ぐれん】と【壱式改・烈風いっしきかい・れっぷう】の同時発動までやってのけた。

 流石のアルベルトと言えど、これは全くの未経験の出来事であった。両手にそれぞれ異なる系統や属性の魔力マナを制御する事は、高度な技術ではあるが多くの使用者が存在する。先程までのレジーナとシルヴィアの戦闘が良い例だ。

 だが、片手のみでこの様な事を行った者はアルベルトの記憶に存在しない。そしてリクは火と風が混じり合い・・・渦巻く業火を宿した剣を鋭く振り抜く。

 裂帛の気合、そして注ぎ込む魔力マナを更に増やして放たれる新技。それはリクが個人で制御した・・・極小版【焔嵐フレアストーム】と言えるものだった。

 シルヴィアと放つ本来の技には範囲・威力共に及ぶべくも無いが、現状でリクが繰り出せる物としては剣を用いた戦技では恐らく、これ以上の威力はないだろう。

 ほぼアルベルトだけを包み込むサイズの炎の嵐が、教練グラウンドを黒く焼け焦げた見る影も無い状態になるまで舐め尽くして行き・・・


「これなら・・・装填魔法チャージマジックを温存出来ない筈!!全部使い切って・・・貰うッ!!」

「止むを得ん・・・【装填解放チャージリリース・金剛の盾・・・三重展開】!!」

「ちょ・・・ッ!?何か物凄くヤバいとこに私落ちて行ってるっ!?・・・【障壁:魔力盾壁マナ・シールド】ぉッ!!」

「そうはさせませんッ!!【鞭化:火系統】・・・全力の魔力マナで上乗せ・・・これがッ!!【八岐大蛇ヤマタノオロチ】ッ!!」


 愛用の剣が耐えられるであろうギリギリまで火力を上げ、紅蓮剛爆剣ぐれんごうばくけんの威力でアルベルトを追い込んだリクは、そのまま更に左の闘気剣オーラブレイドで斬り掛かる。

 こうなってはアルベルトも切り札を温存出来る状態ではなく、リクの目論見通りに装填魔法チャージマジックの使用を余儀なくされた。

 だが、更に厄介な事に・・・【障壁:金剛の盾】でさえも、今のリクの戦技には単発では耐えられない可能性が高いとアルベルトは感じた。

 臍を噛む思いで残り少ない障壁魔法を解放リリースし、三重展開にして受け止める体勢に入った所に・・・レジーナが落ちてくる。

 状況を殆ど把握出来ていない中での合流。そして、アルベルトへと放たれたリクの異常な威力の戦技に驚く間も無く・・・彼女は必死に障壁を展開させ、自分とアルベルトを守る『壁』を更に強化する事を狙ったのだが・・・

 今度はあり得ない速度で追いつき、駆け込んで来たシルヴィアが・・・火系統の魔力マナを全開にした、八本の鞭を一斉に振り下ろした。

 暴れ狂う大蛇オロチの姿そのものな、八本の炎の鞭は、紅蓮剛爆剣ぐれんごうばくけんの炎の嵐。そして闘気剣オーラブレイドと一体となって・・・多重の障壁を打ち砕く。

 結果として、アルベルトとレジーナの合流は許したものの、教師陣の魔力マナとアルベルトの装填魔法チャージマジックを一定以上は消費させた。

 そしてこちらも本来の力が発揮出来る・・・二人での戦いに戻る事が出来る。


「こっちにレジーナ先生が飛んできた時はちょっと驚いたぞ?・・・兎も角、ここからが本当の勝負だ。行くぞ、シル!!」

「あはは・・・ゴメンね。今度はちゃんと方向も見るね・・・ここからは後ろは任せて!リっくん!」


 短い言葉と視線を交わし、頷きあってリクとシルヴィアは構えを取る。壮絶な展開を続けてきた模擬戦は最終局面を迎えたのだ。


「絶対に・・・勝つッ!!俺達は・・・もっともっと強くなるんだ!!」


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