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第二章 アカデミー編
第51話 『加速する成長』
しおりを挟む右手に握った鋼鉄の剣をリクは上段から鋭く振り抜く。
陽の光を受け煌く剣閃はその速度故、魔力を纏わずとも猛烈な風を巻き起こすのだが・・・
ギインッ!!と高い金属音を奏でて、アルベルトの銀色に輝く左腕が難なくそれを受け止めた。同時に生身の右手・・・長剣でリクへ横薙ぎに一閃。後方へ跳躍し回避を余儀なくされる。
「その程度では俺の義手を砕く事はおろか、傷を付ける事すら叶わぬと知るのだな。そして・・・お前は攻撃が大振り過ぎるな」
「硬ッ・・・!!普通の金属じゃない。マルのボディと良く似た輝き・・・これが魔法銀って事か!」
「そうだ。このように魔力を通わせずとも高い防御力を得る事が出来る。さて・・・お喋りはそろそろ終わりだ」
リクにとって見覚えのある金属。それは風変わりな家族であるマルの体を構成する希少金属・魔法銀。
実際に相手にしてみてその頑強さに驚く。言葉通りアルベルトは魔力を使用する事無く、純粋な義手の防御力のみでリクの剣を受け止めた。
普通ならば、金属製の義手が切り飛ばされていてもおかしくない速度と威力であった筈だが、鋼鉄よりも頑丈とされる魔法銀はビクともしない。
更には、特に魔力の伝導率が優れると言われる特性もある。これでアルベルトが魔力を流したなら・・・と少し距離を取った位置でリクは戦法を考える。
だが・・・悠長に考える時間をアルベルトは与えない。低い姿勢の構えを取ると、風の魔力を纏い一気に距離を詰めて斬り掛かる。
一流の戦士の動きを見せつけられたリクは、同じく剣に風の魔力・・・【肆式・風裂剣】を発動し、剣で受け止めた・・・のだが。
そこでリクは信じられないモノを見る。剣に薄く纏わせた風の魔力がアルベルトの左腕に触れたと思った瞬間、急速に魔力の輝きが失われ・・・風が弱くなってしまったのだ。
「クッ・・・!?な、何だ?これって・・・魔力が消え・・・違う!霧散させられてる!?」
「気付いたようだな。魔法銀の特性を生かす・・・剣同士を打ち合わせている様でいて、この様に相手の魔力だけを左腕に流し・・・無効化させる事も出来る。それ相応の技量が必要ではあるがな」
「力任せじゃなく・・・剣を速く、鋭く・・・これでッ!!【壱式・紅蓮】最大出力だあッ!!」
「同じだ。魔力の属性を変えても、消費量を増やしても・・・こちらの手間が少し増える程度でしかないぞ」
「・・・クソッ!!これじゃ埒が明かない!!剣技も凄いし、何とか打開策を見つけないと・・・!!」
「だが・・・修正力はかなりの物だな。良い太刀筋になった・・・実に驚異的な対応力と言っておこう」
にわかには信じ難い現実。変わらない淡々とした口調でアルベルトは『魔法銀の特性を利用した魔力の霧散』をリクに説明する。
その間も剣を振るう右手は緩める事が無い辺り、教員である彼にとってもこの霧散化の技は相当に難度が高いのだろう。油断なくリクの接近を阻む様に彼は動き続ける。
何故ならば、先程『大振り過ぎる』と指摘したばかりの筈のリクの剣が、非常にコンパクトかつ鋭い振りの太刀筋へと変化していたのだ。
格段に隙が無くなった剣閃。これでは流石にアルベルトと言えども先程の様に左腕だけで受け止め、魔力を霧散させる事は困難になる。
一方のリクは風がダメなら火・・・それも魔力を大幅に増やし、紅蓮の業火を纏った剣を振り抜く。しかし、アルベルトはその一撃を受け止める魔法銀の義手に今度は自身の魔力を流し、先程よりもやや時間は掛かるものの、【壱式・紅蓮】の炎を掻き消してしまった。
またしても自分の戦技を無効化されたリクは、背中を冷たい汗が伝うのを感じる。これまでも技や魔法といった自分の【スキル】が通用しない相手とは何度も遭遇してはいる。
だが、目の前の担任・・・アルベルトの戦闘術は今までに経験した事のない異質な物だとリクは認識していた。こうまで的確に無効化されるのは初めての経験だ。
焦燥感にかられつつ、リクは不利な戦況をどうにか打開する手を一刻も早く見つけるべく・・・【肉体強化】のみを発動させて純粋な剣技のみで再び挑みかかる。
魔力を使用した攻撃でないのなら、とアルベルトも剣で応戦。互いの速過ぎる剣戟は文字通りの火花を散らし・・・益々異次元の戦闘の様相を呈して行くのだった。
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「・・・あの四人の戦闘は何を参考にして良いのか分からんでござる」
「そうよねぇ・・・シルヴィアがレジーナ先生の魔法を『盗んだ』のも凄いんだけど・・・何がどうなってるのか分かんないよね、あれ」
「それ以上なのがアルベルト先生とリクじゃないかなあ。僕には殆ど二人の動きが見えないんだけど・・・」
「凄いよね・・・で、でも・・・あれって、どっちも連携って出来てないんじゃあ・・・?」
退避区域で半ば茫然としつつ、眼前で繰り広げられる模擬戦の感想を口々に呟くシード、ナーストリア、ルーカス、イリスの四人。
数日前に自分達が体験した順位戦の激闘とは次元の違う戦いに、開いた口が塞がらないといった様子ではあるが、それぞれの目はリク達の一挙手一投足に釘付けとなっていた。
そんな中、右手を顎に当て真剣な表情で戦況を見守り・・・沈黙を保ってきたアレイが異なる意見を口にする。
「確かに傍目にはリクもシルヴィアも単独で・・・一対一の状況で戦ってはいる。ただ、それがある意味で『連携』となっている、とは言えないか?」
「と、言うと・・・リク殿とシルヴィア殿は、先生方の連携を断つ事を主眼にあのような戦いをしたという事でござるか?」
「分断して・・・アイツ等の本命はアルベルトって方の先生だな。レジーナって先生の方は自分で言ってるみたいに、アカデミーの教師としちゃあ戦闘向きじゃなさそうだしな」
「ん~・・・要するに、リク君がアルベルト先生を抑えてる間に、シルヴィアが先にレジーナ先生を無力化しちゃおうって作戦、って事かしら・・・」
実力未知数の・・・しかもアカデミー教師の二人を同時に相手取る事は、どう考えても得策ではない。それはZ組の全員が同意するところである。
事実、アルベルトの方はリクをかなり一方的に押し込んでいる状況であり、レジーナとまともな連携戦術を取られれば・・・あの二人と言えども今以上の苦戦は免れないだろう。
そこでリクとシルヴィアは先ず教師二人の連携を断ち、一対一の戦闘に持ち込もうとしたのではないか、というのがアレイの見立てだった。
シードはアレイの発言の大体の意味を察したらしく、自分の考えと合わせて答えを確認するが、それにはミーリィが代わって口を開いた。
両腰に手を当て不機嫌そうな表情でミーリィは『レジーナを先に倒して、アルベルトを二人掛かりで倒す』腹なのだろうと読んだ事を語る。彼女から見てもレジーナは『勝てない相手』とまでは思えない、と。
それを理解したらしく、今度はナーストリアがかみ砕いてリク達の取っている作戦・・・二人の『連携』の意図を口にする。
「何にせよだ。シルヴィアの様に直接的に【スキル】を盗めなくても、この模擬戦は俺達にも学べる点が非常に多い。それを一つでも多く理解し、心に焼き付ける事が・・・『技術と知識を盗む』事になるだろう。俺達も・・・リク達に負けてばかりはいられないからな」
話を締めに掛かるアレイは、自分達がこの模擬戦を見学する中で、一つでも多くの経験・・・即ち『技術と知識』を学び、掠め取る事を皆を見回しながら再確認する。
自分達もZ組。今はまだリクとシルヴィアに遠く及ばない事をそれぞれに自覚する者達は、貪欲に、そして真剣に模擬戦の行方を見つめるのであった。
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(・・・驚異的、だな。既に順位戦の時とは別人かと思う程の進化を感じさせる・・・【闘気】なんて物をこの年齢で使いこなすだけでも規格外だが・・・)
右手の長剣、そして魔法銀の左腕でリクの猛攻を捌きつつ、アルベルトは目の前の生徒の力量を推し量る。
三日前の順位戦で見たリクの戦闘力は、アカデミー受験生としては明らかに規格外・・・次元の違う強さを持っていると感じたものだった。
但し、それが少年の全てでは無い事を、その時既にアルベルトは看破していた。コイツはまだまだ力を出し切ってはいない。意識してか無意識かは分からないが、どこかで力をセーブしている・・・彼はそう見ていた。
自分の受け持つ生徒の事はしっかりと知っておく必要がある。そうでなければ的確な指導が出来ないばかりか、限界を見誤り怪我を負わせたり・・・最悪の事態が起こらないとも限らない。
その為、他の生徒達にこれからの指導方針を直接見せる意味も込め、この模擬戦を行う事にしたのだが・・・想定よりも急速に成長するリクに内心で驚く事になっていた。
「普通の戦技じゃダメだ・・・新しい、もっと強力な技を・・・作るッ!!【壱式改・烈風】!!」
「魔力に頼った戦い方では、幾らやった所で俺の防御を破る事は難しいぞ?」
「・・・魔法銀にだって限界はある!だから・・・それを上回る威力をッ!・・・まずはこれだッ!名付けて【斬空鎌鼬】ッ!!」
「!!・・・魔力よりも振り抜く剣の速度、そして副次的に発生した風を全て鎌鼬の刃に制御したのか・・・だが、まだ足りんぞ!」
「受け切られた・・・!なら・・・!【闘気】解放!!そして、新技・・・【闘気投擲槍】ッ!!連撃だああああッ!!」
「これは・・・!!【装填解放・金剛の盾】!!」
あらゆる戦技を駆使して尚、強固なアルベルトの守りを打ち崩せずに居たリクであったが、何度も挑み掛かる間に一つの活路を見出していた。
確かに魔法銀の頑強さを活かしたアルベルトの防御は、本人の技量も相まって鉄壁と言えた。
だが、いかに魔法銀とはいっても耐久性能を超える力を加えられれば当然壊れる。つまりリクは、今までの攻撃の威力が不足している事が苦戦する最大の原因であると考えたのだ。
そして・・・シルヴィアの【結界:暴風】を彷彿とさせる激しい風を剣に纏わせ、先ずは試しとリクは全力で鎌鼬を放つ。
【壱式改・烈風】の風の魔力を全て注ぎ込まれた鎌鼬は巨大な・・・人の背丈の優に三倍を超えるサイズにまで到達する刃と化し、アルベルトへと襲い掛かる。
その巨大さと速度にアルベルトは僅かに目を見開き驚くが、しっかりと義手に自身の魔力を走らせて鎌鼬の威力を受け止めていく。
だがそれはリクにとって予想済みの事であった。今までの攻撃よりも強烈な一撃となった【斬空鎌鼬】は確かに防がれはしたが・・・その威力を完全に消滅させる為、アルベルトの動きを制限する事にも成功している。それこそがリクの狙いなのだ。
間髪入れず、ここまで使用してこなかった闘気を解放。普段から牽制に良く使用する【闘気の矢】の威力を向上させて放つ新技・・・【闘気投擲槍】を次々と打ち出したのだ。
威力は【闘気破砕砲】には及ばないが、それでも【闘気の矢】の速射性をある程度残した・・・言わば中間威力の射撃技、と言えるだろう。
今度こそアルベルトは初めて驚愕の表情を浮かべ、漸く消し去った【斬空鎌鼬】の風の残滓を振り払いつつ、そのまま銀色の左手を前に突き出し・・・障壁を展開する。
一切のタイムラグ無しに張られる【障壁:金剛の盾】はリクが連続して放った高威力の【闘気投擲槍】に軋みつつも何とかその全てを受け切り・・・消滅した。
アルベルトは消滅した障壁を再度展開させる事はせず、ゆっくりとリクに向き直る。
「今の【金剛の盾】って・・・先生の魔法じゃない!?何かこう・・・凄く懐かしくて、それでいて凄く怖い・・・メチャクチャ似てる感じが酷い!」
「・・・大体答えに到達している様なものだが、今は伏せておこうか。模擬戦が終わったら全員に説明してやる。何にせよ俺の切り札の一つ、装填魔法を使わせたのはアカデミーではお前が初めてだ」
「色んな事が気になるけど・・・今はそれどころじゃないか!どんどん新技で攻めさせて貰いますよ、先生!!」
「戦いの中でも次々と戦技を編み出すか・・・実に良く似ているが、これ程とは思わなかった。驚異的としか言いようが無いが・・・シルヴィアも相当な物だ。レジーナには正直荷が重いな」
「俺がアルベルト先生をきっちり足止めさえしていれば、シルなら間違いなく勝てる。俺はそう信じてます」
「急いでアレを回収しておかんとな・・・ここからは俺も攻めさせて貰おう。教師が簡単に生徒に負けたとあっては以後の指導に支障が出るからな・・・加減はせんぞ!」
魔法銀の左腕から緩やかに立ち上る白く細い煙。アルベルトの放った装填魔法の発動に伴い生じた熱を排出する為の機能が作動したものだ。
特別製の義手には数種類のギミックが内蔵されており、彼の切り札の一つとなっている。その中でもこの装填魔法は代表的なもので、数種類の魔法を予め『装填』の機能で封じておき、必要に応じて『解放』により使用する事が出来る優れものである。
装填する魔法は自身・他者を問わず、あらゆる物を封じて置くことが出来るらしい。とんでもない機能であるが、リクが驚いたのはそこではなかった。
普段からシルヴィアが良く使う障壁魔法である為、それ自体は見慣れたものなのだが・・・即時展開された魔力に妙な懐かしさと、背筋に冷たい物が走るのを感じたのだ。
それこそ幼い頃から慣れ親しんだ・・・ある意味で絶対に抗えない恐怖を呼び起こすような『何か』を。
一方で、アルベルトは次々と戦いの中で新たな戦技を生み出し、加速度的に成長する様を見せつけるリクに心底感心していた。
確かに【斬空鎌鼬】も【闘気投擲槍】も、既存の戦技をアレンジして生み出したものには違いない。
だが、いつも使っている戦技でも普通ならば、試行錯誤を重ねて編み出し【スキル】として発現するものだ。それをリクはその場で思いつき、実行し・・・一瞬で発現させてしまったのだ。
そして離れた場所でレジーナを相手取り、こちらの連携を断ち切ったままにするシルヴィアもまた、レジーナの魔法を盗み取り・・・【鞭化】を発現させた。
レジーナは決して弱くはない。アカデミーでは実戦には不向きとされる魔具制作教育担当ではあるが、そもそもここで教鞭を取る事が出来るのは優秀な人物のみだ。
つまり『不向きではあるが戦闘力が低い訳では無い』というのがレジーナの評価であり、生徒達とは当然かなりの実力差がある筈だ。
しかし、そのレジーナの戦術を僅かな時間で見切り、あまつさえ完璧に自分の技としてみせたシルヴィアはその遥か上を行っている。そして目の前で油断なく構えるリクの方は、更に常識を超えていた。
それはアルベルトが嘗て、共に剣を交わして腕を磨きあった・・・常識外れの人族を思い起こさせる、天性のセンス。それを十全に使いこなす発想力と直感がリクの驚異的な成長を支える一因だとアルベルトは見る。
内心でこの優秀極まりない生徒を中心に、Z組を鍛え上げる事を一層楽しみに思うアルベルトは、苦戦を強いられるレジーナを援護するべく自ら攻勢に打って出る事を宣言。風の魔力を纏い、一瞬でリクとの距離を詰めると雷光の如き速度で斬り掛かる。
瞬時に反応するリクも再び闘気を纏い、正面からアルベルトの剣を受け止めた・・・今度は左腕を起点とした赤い光を放つ剣で。
「これが【参式改・闘気剣】ッ・・・!俺だって簡単に負ける訳にはいかない!絶対にここで食い止めるッ!!」
右手には紅蓮の炎を纏う剣。そして・・・左手には闘気を長剣の形へと具現化させた闘気剣《オーラブレイド》という久方ぶりの二刀流で戦う事を選択したリク。
自分の相棒を守りきらなければならないのはこちらも同じ。今繰り出せる全てでアルベルトを足止めする事を決意し、リクは両手の剣を振るいアルベルトを押し返す。
より一層、他者の干渉を受け付けないバトルを展開していく二人。そして一方では・・・決着の時が訪れようとしていた。
応援ありがとうございます!
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