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第二章 アカデミー編

第50話 『Z組が目指す先』

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 他の新入生達がホームルームのみで下校する中、リク達Z組の生徒八人は担任となったアルベルトの指示により教練グラウンド・・・つい先日、順位戦の為に訪れた場所に集合していた。

 とは言うものの、グラウンドの中央に立つのはリクとシルヴィア。そしてアルベルトとレジーナの四名。アレイ達六人は『退避区域』に指定された防護結界の外に居るように、と言われた為なのだが・・・

 それぞれがアカデミーより支給されている訓練着に着替えている中・・・リクとシルヴィアは自前の戦闘衣バトルクロスと魔法具、そしてこれまた自前の鋼鉄製の剣とメイスを装備し、ここアカデミーで初めて完全武装をする事となった。

 使う事は無いだろうが念の為、と収納用魔具に格納して常時携帯していたとはいえ、自分達の装備を身に付けた上でグラウンドに来るように指示されたリクとシルヴィアは戸惑う。

 これから何が始まるのかと互いに顔を見合わせるZ組の面々を前に、アルベルトが大きめの声で全員へと話し出す。


「まずお前達が大討伐演習までに最優先で身に付ける事。それは・・・Z組全員で連携して戦えるようになる事だ。その為には皆がそれぞれの力、そして特性を十分に理解しておく必要がある」


 大討伐演習は、その名の通り『魔物の討伐を目的とした演習』の事である。レジーナが先に伝えた通り、アカデミーでは毎年一回、新入生が入学して一か月後に全校生徒参加の下、行われる事が慣習となっている。

 通常、クラス単位で役割が割り当てられ、各クラスは協力して魔物の討伐にあたる・・・というのが大筋の内容だ。

 評価はクラス全体の撃破数と貢献度を主として算出される為、個人が突出した成績を上げたとしても評価は上がりにくい傾向がある。

 その為、Z組の評価を変えさせるという目標を達成する為には、まずクラス全体の力を『連携戦術』によって引き上げていく必要がある、とアルベルトは説明する為にこの『特別授業』を受けさせる事にしたのだ。


「これから一か月は徹底して全員の連携を磨くつもりだ。差し当たって、今日は・・・リク、シルヴィア。同門の出のお前達ならば連携戦術は問題ない筈だな?皆の手本になって貰う」

「えーっと・・・アルベルト先生。それはつまり、先生達と模擬戦か何かで連携を見せろ、っていう事ですか?」

「察しが良いな、その通りだ。お前達二人と俺とレジーナのチームで模擬戦を行う。退避区域に居る者は少しでもいい、俺達の戦いから自分の役に立つと思う事を見て盗め」

「一応、魔具でグラウンドの結界は強化するけれど、もし壊れちゃったら各々で避けるか防ぐかしてね?先生はそこまで余裕ないと思うから」

「おいおい・・・何気に酷い事言ってるし。こりゃあ結構離れてた方がいいな。シルヴィア、せいぜい先生方をブッ飛ばしてやりな?」

「そっちの方が酷いと思うけど・・・あはは」


 つまり、アルベルトの特別授業は具体的な連携がどういった物かを実際に見せる為の模擬戦、という事だ。

 教師であるアルベルトとレジーナは、これまでに何度もチームを組んで戦った経験があるのは間違いない。ではその相手はどうするのか、という事でリクとシルヴィアに白羽の矢が立つ事となったのだ。

 これには先の言葉通り、二人がZ組の中で最も連携が取れるであろう事を見越しての指名ではあるが、リクとシルヴィアの二人の力の底を見る、というアルベルトの思惑もある。

 しかし、相当激しい戦闘が予想される事からか、教練グラウンドに張り巡らされた防護結界を強化する為の魔具を次々に起動させていくレジーナも、笑顔が若干引きつっている辺り・・・

 この『指導』というものは・・・凡そ普通の模擬戦の枠には収まらない事は、全員が容易に想像出来た。

 シルヴィアに凄く適当なエール(?)らしきものを送って、いち早く退避区域の奥へと移動するミーリィに皆が続き、全員の『避難』が完了するまで殆ど時間は必要なかった。

 それぞれが順位戦で二人の戦いぶりを間近で見てきた者達である。距離が近すぎて巻き添えになってはたまらない、と全員が思ったのは間違いない。


「ルールは特に設けない。お前達は普段やってきた訓練や討伐の時同様の力で俺達と戦えば良い。但し、皆に連携戦術を見せる事が目的だと言う事は忘れるな」

「二人は魔物討伐経験者なのよね?その時と同じ様にやってみせてね?・・・あー、あと出来れば私の方はあんまり狙わないでいて貰えれば非常に助かるというか・・・」

「・・・二人共容赦はするな。質問が無いならすぐに開始するが・・・どうだ?」

「うわ、スルーされた・・・鬼ですか、先輩は」

「俺達は特に問題ありません・・・だよな?」

「はい。レジーナ先生にも全力で・・・良いんですよ、ね?」

「・・・うう・・・私は戦闘向きじゃないのよぉ~」


 ルール無用の連携戦術を前提とした模擬戦、とだけの取り決めを告げられたリクとシルヴィアは、アルベルトへ問題が無い事を返答して距離を開ける為に移動していく。

 レジーナが最後までうだうだと文句を言っているが、アルベルトはどこ吹く風で聞き流している。なかなかに酷い扱いだ。

 互いに中距離、と言える程度に離れた後・・・リクとシルヴィアは視線を交わして頷きあい、戦闘衣バトルクロスの機能を起動。戦闘態勢へと移行する。

 王都に来て以来、初めてとなる完全武装での戦闘に二人の気合は否が応にも高まっていく。闘気オーラ魔力マナをいつでも全力開放出来るようにと構え・・・開始の合図を待つ。


「それではこれより模擬戦を開始する!!」

「先手必勝!!【強化版ブーステッド魔力の矢マナ・ミサイル全力射撃フルバースト】ッ!!」


 アルベルトが声を張り上げ、戦闘開始を宣言する・・・とほぼ同時にまず動いたのはレジーナである。

 通常よりかなり多くの魔力マナを注いで【魔力の矢マナ・ミサイル】を打ち込んできた。

 全力射撃フルバーストで放っている為、その本数は相当に多い。正にグラウンド全域を覆う勢いでそれはリクとシルヴィアに降り注ぐ。

 本来ならば教練グラウンドで放つ様な規模の魔法ではなく、退避区域で見学するアレイやミーリィ達は一様に驚くが・・・


「【障壁:金剛の盾・広域展開】ッ!!」

「嘘っ!?あっさり防いじゃうの?・・・これは話に聞いてたよりずっと強いわねえ・・・どうしよう」

「レジーナ先生・・・驚いてる暇は無いと思いますよ、っと!!」

「きゃッ!?」

「容赦するなって言われてもなあ・・・ええい!【剛爆】ッ!!・・・って、そっちかァッ!!」

「・・・どうやらただ甘い子供、と言う訳では無い様だな。良く俺の一撃を防いだ、見事だ」

「アルベルト先生には・・・師匠達に挑むつもりで行かせて貰う事になりそうです、よッ!!」


 轟音、そしてグラウンド中を土煙で埋め尽くす【魔力の矢マナ・ミサイル】だったが、リク達二人へと着弾する筈であった大多数のそれはシルヴィアが展開した障壁により受け止められた。

 彼方此方に小規模なクレーターが出来る程の衝撃にも関わらず、シルヴィアの【金剛の盾】はビクともせず・・・彼女は平然とそこに立っていたのだ。

 レジーナとて若くしてアカデミーの教員となった優秀な人物である。自分の放った魔法の威力は十分に把握しているし、順位戦でのシルヴィアが用いた障壁の強固さは話に聞いていた。

 だが、実際に見てみるとそれは強固などという表現では到底足りないと感じるものだった。

 まさか傷一つ付ける事さえ出来ない、という事態は流石にレジーナの理解を超えていた。驚くのも無理は無い・・・が、その暇さえも許さないとリクが間近にまで迫るのだが・・・彼は思わず警告してしまう。

 動揺するレジーナの姿に少しだけだがリクは気後れしたのだ。

 何故なら彼が今まで戦った事がある女性と言えば、常に組手の相手をしてくれたシルヴィアと・・・あの母親しか居ない。

 シルヴィアとエリスではそもそも相手取った時の対応が違うのだが、その二人と比べるには・・・レジーナは『普通の人』に見えてしまったのだ。

 とはいえ、ここでアルベルトとの連携を一早く断っておきたいリクは、止む無く殺傷力を抑えやすい【剛爆】を放とうとし・・・刹那、左方向から迫る気配を察知し咄嗟にそちらへと標的を変えた。

 ギィン!!という金属音が響き、吹き荒れる風を受け止めたその気配の主は・・・アルベルトだ。

 自分の気配を察知し、即応してみせたリクを端的な言葉で賞賛しつつも彼はリクとレジーナの距離を離すべく、生身の右手に握る長剣で斬り掛かる。

 負けじとリクも剣を抜き放ち応戦。この間にレジーナは風の魔法を発動させ、大きく後方へと跳躍して体勢を立て直しに掛かるのだが・・・


「こ・・・これは私じゃ先輩の足手纏いにしかなんないなあ・・・兎に角今は二人から距離を取らないと・・・」

「逃がしませんよ、先生!今度はこっちから・・・【光系統:光槍レイ・ランス・連撃化】!!」

「わわっ!!【障壁:暗黒の壁・多重展開】ッ!!・・・ひゃああああ!!!重い重いッ!!」

「・・・障壁を抜けない。なら・・・【肉体強化フィジカル・ブースト】全開ッ!!近接戦でッ!!」

「・・・掛かったッ!そこまでは近づかせないわよ!【鞭化:火竜鞭フレイムウィップ】!!」

「ふえっ!?・・・【風の疾走・最大加速フルブースト】ッ!!・・・あ、危なかった・・・あんな魔力マナの使い方、初めて見た・・・」


 リクとアルベルトの剣による近接戦闘から距離を取る事には成功したレジーナを、シルヴィアが【光槍レイ・ランス】の連撃で攻め立てる。

 弾速と貫通力に特に秀でる光系統の魔法に、相性の良い闇系統の障壁を左手で展開し対抗するレジーナ。但し、連撃化され次々と着弾する威力の大きさに慌てた声を上げて防戦一方となる。

 その様子を好機と見たシルヴィアは、一気にカタを付けるべく【肉体強化フィジカル・ブースト】を全開で発動し、メイスを手に近接戦を挑みにかかるが・・・

 それはレジーナが仕掛けた『ブラフ』であった。彼女は防戦一方である風を装いながら・・・右手に火系統の魔力マナを不可思議な形へと変化させ制御していたのだ。

 そして放たれたのは・・・名の通り、お伽話に出てくる火の竜を思わせる『魔力マナで作られた鞭』の鋭い一撃。

 振り下ろされる鞭の先端速度は音速にも到達すると言われるだけあり、更には虚を突かれた形となったシルヴィアには防御は困難なものだった。

 予め相手の行動を予測出来るのなら、障壁を展開する余裕もあるだけに、完全にレジーナの策に嵌った事を悟るシルヴィアは、驚きつつも間髪入れずに【風の疾走】を全速で行使し、その場を一気に駆け抜ける事で辛うじて【火竜鞭フレイムウィップ】を回避した。

 そしてレジーナはこれまでとは打って変わった素早い動きで、今度は逆にシルヴィアを攻め立てに掛かる。


「これで私の距離・・・中距離戦闘になった。さあ!どんどん行くわよ!?【鞭化:水竜鞭アクアウィップ】!!【鞭化:風裂鞭ウィンディウィップ】!!」

「両手でッ!?・・・でもッ!!今度は避けられるッ!!・・・この魔法は魔力マナを制御して造形・・・形を具現化させる系統の技術・・・だねっ!!」

「流石主席合格ね!!優秀な生徒を持てて先生嬉しいッ!!・・・って、私の魔法を・・・解析してどうするの?戦闘中よ?」

「先生達、仰いましたよね?『見て盗め』って・・・だから、レジーナ先生のその技術と魔法・・・貰っちゃいますね?」

「・・・・・・え?」

「うん、大体だけど・・・分かった。ええっと、まずは属性は使わないで純粋に魔力マナだけで・・・こう!!【鞭化】!!」


 立て続けに水の鞭、そして風の鞭を両手で操り。自身が得意とするらしい中距離を保ちレジーナはシルヴィアを攻撃する。

 そのシルヴィアは今度は冷静に、レジーナの腕の動きを見て鞭の飛んで来る軌道を大まかに予測し、大きく左右に跳ぶことで回避する。

 確かに鞭はその速度故、正確な軌道を予測する事は難しい。但し、レジーナは戦士ではない為、この魔法の扱いに慣れては居るのだろうが・・・動きそのものは一流とは言い難いものがある。

 ならば直接戦闘、という面ではシルヴィアに及ばない訳で・・・彼女からすればレジーナの『体捌き』を見る事で、今度は比較的容易に避けられる、という事になった。

 そして・・・その余裕がシルヴィアに『相手の技を解析する時間』を与える。レジーナが鞭を自分の下へと引き戻す際の魔力マナの動きを観察し、分析する。

 都合三発の攻撃を受けただけ。しかし、シルヴィアにはそれで十分だった。

 それだけ魔力マナの扱いに関して修練を積んできた自負のある彼女は、その自信に違わず・・・きっちりと純粋な己の魔力マナのみでレジーナの【鞭化】を再現してみせる。

 完璧なまでに自身の魔法を『盗まれた』レジーナはただただ茫然とするばかりだ。


「うっそぉ・・・これって、結構高度な魔力マナ制御が必要なんだけど・・・それも属性の無い純粋な魔力マナでやってのけるって、完全再現じゃない・・・」

「・・・うん、安定してる。これならもうちょっと数、増やせそうかな?・・・取り合えずやってみよっと!!」

「ちょ、ちょっと待って!?いきなり数を増やすなんて危険なこ・・・って、もしかしなくても危険なのは私!?」

「九本位がギリギリかな・・・そうだなあ・・・たまには私も技名とか、付けちゃおうかな・・・うん」

「マズイわ・・・先輩と合流・・・ああもう、あっちはあっちで異次元なバトルしちゃってるし!?ここは・・・逃げるっ!!」

「だから逃がしませんッ!!・・・これが新技っ【九尾鞭ナインテール】ッ!!」


 中距離戦で互角の武器を手にされた以上、レジーナにとって状況の不利は明白である。しかもシルヴィアは次々と鞭の本数を増やす事を試しており・・・

 一旦アルベルトと合流して戦線を立て直す必要があると判断するのだが、そのアルベルトは彼方でリクを相手に全力で戦闘中の様子である。

 距離が遠すぎて良くは分からないが、激突する度に轟音と共にグラウンドが大きく揺れる・・・比喩ではなく軽い地震が起こっている事から、下手に近づけば大怪我をしかねない戦いをしているのは間違いない。

 ならばここはシルヴィアから少しでも距離を取る・・・つまり逃げるしかないと決断するレジーナであったが・・・それをシルヴィアが許す筈がなかった。

 戦闘中に盗み、そして編み出そうとしている技である為、十分な検証が出来ない。ぶっつけ本番で扱えるであろう限界よりギリギリ下・・・それが九本の鞭の生成、という事になったようだ。

 そして、折角編み出すのだからたまにはリクの様に・・・と彼女としては初となる『技名』を叫び・・・魔力マナで作り上げた九本の鞭を一斉にレジーナ目掛けて振り下ろす。

 操るシルヴィアの意思のまま、生き物の如く襲い掛かるその凶悪すぎる一撃は・・・咄嗟に展開された障壁諸共レジーナを吹き飛ばした。

 流石に編み出したばかりで放った新技故か、威力は大きく削がれたものの、アカデミー教師である彼女も防ぎ切るには重すぎる攻撃であった。

 驚愕の表情を浮かべるレジーナは、更にアルベルトとの距離を大きく離されてしまい、まだ当分の間シルヴィアとの戦闘を余儀なくされる。

 教師陣の分断に成功した形ではあるが、同時にリクとシルヴィアも互いに離れて戦う状況には変わりはない。

 この先、どちらが先に相手の動きを封じつつ連携を取れるのか・・・戦いのカギはそこにある。

 シルヴィアは再び魔力マナを制御し、両手に一本ずつの鞭を作り出すとレジーナへ向かって駆け出す。


「先に合流して・・・勝つのは私達ッ!リっくんならアルベルト先生にだって・・・絶対負けないッ!!」


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