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第二章 アカデミー編
第44話 『激突!狩人と神子』
しおりを挟む順位戦・女子の部。その事実上の決勝戦となったシルヴィアとミーリィの二人の対決は、真正面からのぶつかり合いで始まった。
剛風を纏った拳と鉄壁を誇る障壁の激突。防御を完全に捨てた様にさえ見える女子二人は、互いに至近距離で技を繰り出す。
「シャアアアアアアアッ!!」
「【鎌鼬】は前半の部で見せて貰ったからッ・・・ふッ!!」
直接息が届く距離で放たれるミーリィの【鎌鼬】・・・本気の彼女の放つそれは、拳や蹴りの速度が前半の試験とは段違いであり、威力も到底比べ物にならない強さの物だ。
それは吹き抜ける風が唸りを上げる事からも、観客席からでさえ容易に想像出来る程であるが・・・シルヴィアは極めて冷静に、ミーリィの拳を、蹴りを右手の【金剛の盾】で受け流す。
【肉体強化】を用いず、純粋に己の目と反射速度で嵐の様な攻めを捌くその姿は、一流の戦士の格闘を思わせる程で。
「・・・チッ!!なら・・・これでどうだい!?【火系統:炎の矢・連撃化】!!」
シルヴィアの動きを見て、単純に力圧しでは倒せないと即座に判断するミーリィは、至近距離での格闘戦を止める事無く、魔法攻撃をねじ込む。
少なくない魔力を消耗するが、手数を増やす為に【連撃化】という射撃系魔法の連射技術も投入する。相手が魔法使い系であるのは間違い無い以上、ここで速攻を止める訳にはいかないからだ。
だが、ここで戦況を一気に自分へと傾けたいと思う彼女の考えは、相手の行動であっさりと打ち砕かれる。
「格闘の最中に連射で魔法・・・ッ!やっぱり、ミーリィは強い・・・けどッ!!【水系統:水槍・連撃化】!!」
右手に展開した障壁での防御をそのままに、空いた左手ですかさず反撃の魔法を放つシルヴィア。ミーリィの放った【炎の矢】よりも太く、そして激しい水の槍が次々と炎を掻き消し、反対にミーリィへと襲い掛かる。
属性の相性からすれば、火系統と水系統のぶつかり合いは、大抵は互いを打ち消す『相殺現象』が起こり、両者共に損害を与える事が出来ない事が殆どだ。
しかし、シルヴィアの放った【水槍】は上位の魔法であり、更には連撃化と共に魔力を注ぎ込み・・・完全に相手の魔法を上回らせたのだった。
「マジかよ!?・・・チッ!!【鎌鼬】ィッ!!」
疾風の如き連続攻撃を叩き込んだ筈が、逆に反撃の魔法を放たれ、一転窮地に立たされたミーリィは驚愕の表情を浮かべ・・・舌打ちをしながら、右からの回し蹴りと共に【鎌鼬】を放つ。
全力の蹴りからの出力故、流石のシルヴィアの【水槍】も防がれる形となったが、その代償にミーリィは【鎌鼬】の反動で後退し、大きくシルヴィアと距離を開ける事になった。
ここで足を止めれば狙い撃ちにされる・・・迷う暇も無く、身に纏う風を更に強化し、ミーリィは全速力でシルヴィアとの距離を再び詰めに掛かる。
「このままじゃジリ貧だな・・・アンタ相手なら、コイツを使っても死にゃしないだろ!?行くぜッ!【獣化】ァッ!!!」
この順位戦における・・・いや、彼女にとってはここまでの人生で間違いなく最強の相手である目の前の少女。ここまでの交戦で確信へと至ったこの少女が相手ならば、自身の『切り札』を切っても大丈夫だろう・・・
寧ろ、切らなければ決して勝つことは出来ないとさえ考えたミーリィは、獣人族の持つ『獣の特性』を引き出す技・・・【獣化】の使用に踏み切る。
人狼族の特徴である狼の耳と尻尾がより大きくなり、手の爪は鋭さと硬度を増す。そして口元に光る・・・狼の牙。
人としての理性と引き換えに、爆発的に身体能力を向上させる獣人族の切り札・・・それが【獣化】なのだ。
当然ながら、理性を失うまでに【獣化】を行えば、逆に相手に対して隙を晒す事にもなりかねない諸刃の剣と言える技だ。故に、使用する者にはギリギリの境界を見極める高度な制御が求められる。
ミーリィはその限界を僅かに超えない、自身が制御可能なギリギリの所まで理性を切り捨てる。危険ではあるが、出し惜しみして負けたのでは元も子もない。
己の全力であの障壁を打ち砕き、シルヴィアに勝利する・・・その為の一撃を生み出す事が出来る、彼女にとって唯一と思われる手段でミーリィは勝負に出たのだ。
「・・・なら、私も。本当に全力で応えなきゃ・・・ねッ!!【肉体強化・全開】ッ!!」
「!?・・・な、なんだ・・・?この感覚・・・空気が、冷たくなってんのか・・!?」
ミーリィの切り札である【獣化】の発動は、退避区画と観客席の受験生達を大いに驚かせた。その圧倒的な威圧感に腰を抜かす女子も居たほどだ。
だが、彼女と相対するシルヴィアは【肉体強化】を発動させたかと思うと・・・ゆっくりと目を閉じ。数秒、そのまま何かを考える様に静止した後に、再び目をゆっくりと開く。
その途端、戦場の空気が一変した。
比喩ではなく、場の温度が数度下がった様な・・・戦いを見ている者全てがそう感じる、冷気が教練グラウンドを満たす感覚。
その変化を最も敏感に感じ取る者が二人居た。一人は一息にシルヴィアとの距離を詰めるべく駆けていたミーリィ。
そして・・・もう一人は、観客席で戦いの趨勢を見つめていたリクである。
全身をぶるりと震わせ、自分の母親を彷彿とさせる空気を纏ったシルヴィアを見つめてリクはぼそりと呟く。
「・・・怖っ。アレはか・・・もとい、師匠のあの目と同じになってるな。やっと本気になったって事なんだろうけど・・・やっぱ怖いって」
「今までは本気では無かったのか!?・・・お前達は一体どんな修行や訓練をしてきたんだ・・・」
「いや、本気でやってたとは思う。ただ、シルヴィアは優しいからさ・・・ミーリィが全力を出して来た事でやっと分かったんだろうな」
「・・・一体何をだ?」
「自分が本気になっても『死なない相手』だって事さ。丁度俺がアレイ、お前に感じたのと同じ様に、さ」
リクの呟くに驚愕するアレイ。リクは自分達の訓練については答えず、シルヴィアが纏う空気の変化を『ミーリィの実力を認めたから』である事を説明する。
心根が優しすぎる少女の事を誰よりも知る彼だからこそ、相手の全力に応える為に決意したとはいえ、本当に全力を出しても大丈夫だろうか?とどこかに迷いがあったのだろう。
それがミーリィの切り札である【獣化】の発動を見せられた事で吹っ切れた、とリクは見た。そして、彼女が全力で戦う事の証左が・・・あの目、師匠譲りの『凍てつく視線』なのだ。
そしてその視線に正面から射抜かれる形となったミーリィの表情も驚きに染まっていた。
「・・・マジか・・・ギリギリまで理性を切り捨ててるのに、アタシが・・・恐怖を感じてるってのか!?」
「ミーリィ、もう遠慮しないよ?今のあなたなら、絶対に大事には至らないって分かったから・・・覚悟して」
「虚仮威しって感じじゃないね・・・【獣化】したアタシの尻尾が総毛立つ恐怖なんて、今まで一度も無かったからね・・・」
「うん。悪いけど、勝たせて貰うね・・・絶対、主席で合格するって約束したから・・・行くよッ!!」
「やれるもんならやってみな!!・・・その前にアタシの全力で叩き潰してやるよッ!!」
心まで凍て付かせそうな視線に、ミーリィは背中に嫌な汗が流れるのを感じる。紛れも無い『恐怖』の感情に、狼の尻尾と耳が激しく反応し、総毛立つのを気合で押さえ付けて彼女は吠える。
飲まれたら負けだ、と己を奮い立たせるミーリィとは対照的にシルヴィアは冷静・・・寧ろ、冷淡とさえ取れる声音で告げる。勝つのは自分である、と。
そして・・・二人は再び激突する。ぶつかった瞬間、これまでとは比べ物にならない衝撃波が迸り、退避区画のみならず、観客席の防護結界をも激しく揺さぶる。
暴風と化したミーリィの拳と、鉄壁の障壁を展開したシルヴィアの右手が魔力の輝きを散らしながら、拮抗して押し合う形となり・・・そのまま両者は全力を込めて相手を押し切ろうとする力比べの体勢となった。
「ハハッ!!まさかここまで格闘でも張り合ってくるとは思わなかったぜ!・・・ホント、強いな・・・シルヴィア!」
「・・・ミーリィもね。でも、私の本質は・・・分かってるよね?」
「この状況で魔法ってか?・・・そんな余裕・・・」
「私の本気って・・・こういう事、だよッ!!【障壁:金剛の盾・四方結界展開】ッ!!」
【獣化】による影響か、殆ど獣そのものな獰猛な笑みを浮かべ、力で押し切ろうとするミーリィ。人族であるシルヴィアよりも人狼族の自分の方が身体能力は上だ。
まして全開の【肉体強化】の出力も自分が上であると、激突の際に確信したミーリィはシルヴィアに魔法を使う様な余裕はない、と見ていた。
だが、彼女はまだシルヴィアの本気を完全には理解していなかった。
シルヴィアは甘さを捨てただけではない。自分自身、知らず知らずの内に力をセーブしている彼女だが、師匠譲りのこの目をしている時だけは事情が全く異なる。
冷徹に、間違い無く目標と定めた相手を無力化する為に・・・己の力を躊躇いなく使う事が出来るのだ。
右手の障壁で、ミーリィの猛攻を確実に捌きつつ、シルヴィアは更に【金剛の盾】を複数同時に発動。都合5枚の障壁を同時に扱うという常識外れの魔法を制御し・・・ミーリィの四方を障壁で囲む。
「チッ!!動きを封じたつもりかい!?だけど・・・上がガラ空きだよッ!!」
「・・・うん。そうしておかないと・・・トドメが撃てないからね?」
「!?・・・ウソだろ!?・・・」
自分の四方を鉄壁の障壁に囲まれ、舌打ちをしながらもミーリィは脱出と反撃を諦めず・・・ぽっかりと空いた上部を見上げて、跳躍の体勢に入る。
速さなら決して負けてはいない筈・・・そう考え、離脱できると思うミーリィだが・・・シルヴィアはこの状況を『敢えて』作り出したと彼女に告げた。
そう、全ては最後の一撃を確実に当てる為に仕組んだ事だと・・・
「風邪ひいちゃったらゴメンね?・・・【凍結系統:氷結陣・最大出力】ッ!!!」
決着をもたらす為の魔法を放つ寸前、普段の優しい眼差しに戻るシルヴィアは、ミーリィに対して謝罪の言葉を口にし・・・魔力を解き放った。
6つ目の同時展開となる魔法は、ミーリィが脱出を図ろうとしていた『上方の穴』から一気に下方向へと猛烈な冷気を放つ。
空気さえも瞬時に凍結させるその冷気は、対象を氷の中へ閉じ込めて拘束する魔法である【氷結陣】だ。
かつて『A++ランク』にまで到達した魔物・・・『ギド・スパイダー』さえも完全に拘束せしめた、シルヴィアの凍結魔法は、当時よりも威力を増している。
その威力は流石に【獣化】を発動しているミーリィと言えども、抵抗できるものでは無かった。
唖然とした表情を浮かべたまま、全身を凍らされ・・・完全に動きを止めるミーリィ。誰の目にも戦闘続行が不可能である事は明白だ。
「・・・ふうっ。やっぱり強かった・・・ミーリィ、ごめんね。えっと・・・先生?これで、戦闘終了で良いでしょうか?」
「・・・・・はっ!?・・・は、はい。そ、そこまで!!・・・勝者は、シルヴィア・セルフィードとしますっ!!」
自身の勝利を確信し、ふうっ・・・っと大きく息を吐き安堵するシルヴィア。だが、ミーリィを一刻も早く【氷結陣】から解き放つ必要がある為、のんびりとはしていられない。
遠慮がちに、教官役である教師に決着の確認をするシルヴィア。あまりに常識外の戦いを繰り広げられ、呆然としていた女性の教師は声を掛けられた事でハッと我に返る。
そして、シルヴィアの細い右腕を取って天へと掲げ・・・彼女の勝利を宣言する。
ここに、女子の部の実技試験後半・・・順位戦も、圧倒的な強さを見せつける形でシルヴィアが勝利した事で、幕を下ろしたのだった。
応援ありがとうございます!
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