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第二章 アカデミー編

第39話 『実技試験後半 - 男子の部開始』

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測定用魔具であるデコイ人形の破壊と消滅。

アカデミーの職員達が予想だにしなかった事態の発生に、実技試験前半の会場・・・屋内訓練場では代わりの人形を運び込み、復旧作業が行われた。

リク達の後となった6組目以降の受験生達は、試験の再開をかなり待たされる事になったのだが・・・そんな中、またしても事件が発生する。

更にデコイ人形を破壊してしまう受験生が数人出てきたのだ。現場はその度に騒然とし、新たな物を用意する為に試験はまた遅れ・・・といった有様で、予定が大幅に遅れていた。

その結果、余裕をもって昼までには終わる筈であった前半部の実技試験は、午前中一杯掛かる事となり、午後の後半部の開始が1時間遅らされるという通達が受験生達にされるのであった。


「・・・という事なのだが、後半部の試験は配属されるクラス分けの順位付けの為のものらしくてな。午前中に不合格扱いとして弾かれた者以外は実質もう合格という事になるようだぞ」

「ふーん。順位決定戦かぁ・・・要するにこれで優勝みたいなものになれば、主席合格って事になるのか」

「合格って事なら取り合えずは安心だよぉ・・・ね、ミーリィ?」

「分かった分かった・・・もう敵だのなんだの言わないから、不安そうな顔でアタシを見るんじゃないよ。だからって勝負は勝負だかんな?それは勘違いすんなよ?」


午前の試験を終えた受験生達でごった返す食堂内。何とかその一角に席を確保したリク達は、午後の予定を教員に確認してきたという、アレイの報告を聞いていた。

ミーリィもシルヴィアによってやや強引に同席させられ、日替わりランチをそれぞれに注文し食事を取りつつ話す事にする四人。

戦力測定用のデコイ人形に一定以上のダメージ・・・即ち、基準戦力値を超える力を発揮出来なかった受験生は全体のおよそ三分の一程度だったようで、残る者は現時点で合格であるという事がまずは重要だった。

四人は揃ってアカデミーへの入学が確定した事で、ある程度気持ちに余裕が出たからだ。これで憂い無くそれぞれが『勝負』に挑む事が出来る。

ややあって、四人分の日替わりランチが出来上がったとおばちゃんから声がかかる。そこでリクとアレイが二人分ずつをトレイに乗せて席に運び、ようやく昼食にありつく四人。

ミーリィとシルヴィアは普通の量、リクは大盛り、アレイは昨日同様に大盛三人前の食事をテーブルに並べており、山と積みあがる食事を次々に平らげていくアレイの姿にミーリィが半ば感心、半ば呆れた声を出す。


「・・・にしても、アンタ凄い量食べるね。見てて気持ち良い食いっぷりだけどさ・・・戦う前にそんなに食って大丈夫なのか?」

「腹が減っては何とやらという奴でな。まあ八分目程度には抑えるさ・・・そういえば自己紹介もしていなかったな。失礼した、自分はアレイ・フォン・ハーダルだ。宜しくな?」

「・・・人狼族ウルブスのミーリィ。あんま馴れ馴れしくしないでくれよな・・・コイツみたいにさ」

「私?・・・馴れ馴れしいのかな?どう思う?リク君」

「照れてるんだろ?嫌そうな感じじゃないし、シルヴィアはいつも通りで良いんじゃないか?」

「そこ!勝手にアタシの事を分析して結論出してるんじゃない!!・・・ったく」


既に合格は確定、という安心感からかミーリィの態度も軟化しており、一同は落ち着いて満足いく昼食を取る事が出来た。午後からの準備はこれで万端という所だろう。

その後半部は、男女別の試験・・・クラス分けの為の順位戦はリクとアレイを始めとする男子の部が先に実施され、それが終了次第女子の試験が開始される予定になっている。

試験に参加しない受験生は他者を観戦する事も許されており、シルヴィアはミーリィと共にリク達の戦いぶりを見る事にする予定だ。


「それじゃあ、私達は観客席で応援してるからね?リク君、アレイ君、二人共頑張ってね!」

「せいぜいアタシの参考になるような戦いしてくれよな。ま・・・怪我するんじゃないよ」


片付けは自分達が、と立ち上がり微笑んでこちらを振り返るシルヴィア。そしてぶっきらぼうにエールらしき物をくれるミーリィが空になった器や皿をトレイに乗せ返却口へと向かう。


「じゃ・・・俺達も試験会場に行くか、アレイ」

「ああ。正々堂々勝負だリク。手加減は無用だぞ?」


この後観客席に向かう二人を見送ったリクとアレイは笑みを交わし、揃って戦技教練グラウンドへと歩き出すのだった。


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「既に知っているとは思うが、午後の部はこの後のクラス分けの参考とする為の順位戦だ。成績不振の者は下位のクラスとなるので、授業開始後はそれ相応の訓練を受けて貰う事になるからそのつもりで挑め」


順位戦、と位置付けられた午後の試験・・・その監督役の教員は、リクとシルヴィアが筆記試験を受けた際の教官。あの左腕が義手らしき壮年の男性である。

淡々とした口調で言葉を紡ぐその姿は、ただそこに立っているというだけなのに、周囲の者に緊張感をもたらしていた。


(・・・やっぱあの教官、相当強いな。これまでみた教員の人の中でもダントツだぞ・・・)


説明を聞きながら、見覚えがある・・・というより一目見た時から、何故か既視感を覚えた教官の実力を計るリクは一人考えていた。どこかで会ったような、会っていないような・・・


「尚、この順位戦では装備の持ち込みが認められる。希望者はこれより順番に使用の可否を判定するので前に出るように」


更に説明は続き、試験は許可された装備の持ち込みが可能である事、順位戦は受験者全員が一斉に戦うバトルロイヤル形式で行う事などが伝えられる。


(結構人数多いしなぁ。アレイと戦う前にあまり消耗はしたくないし・・・先手を取るか)


借り物の鉄の棒以外に持ち込む装備が無いリクは、他の受験生達が武器や魔具の類の使用許可を得ようと並ぶのを横目に見つつ、作戦を練る。

強敵と見定めたアレイは勿論だが、他にも強者と呼べる受験生が居るかも知れない。そう考えると、乱戦状態が長く続くのは避けたい所だった。

一対一なら兎も角、次々と相手が変わるような戦況では魔力マナ闘気オーラの消費が多くなってしまう恐れがあるからだ。

無駄な消耗を避ける事が戦いの基本であると考えるリクにとってこれは当然の判断と言える。

そして15分後、全ての持ち込み装備の使用可否が告げられ、受験生達は広い戦技教練グラウンドに散っていく。開始はそれぞれの思った場所に到達した後に号令が掛けられるとの事だ。


「・・・全員位置についたな。それではこれより順位決定戦を開始する・・・始めッ!!」

監督官が義手とおぼしき左腕を高々と掲げ、試合の開始を宣言する・・・と、同時にリクが猛烈な風を纏い・・・全速力で駆けだした。


「いきなりで悪いけど・・・【疾走】!!からの即興技【壱式改・烈風いっしきかい・れっぷう】!!!」


【疾走】と【激走】の効果により、一瞬でトップスピードに到達するリク。そして、たった今考えた技・・・【壱式・紅蓮いっしき・ぐれん】の炎を風へと置き換えた【壱式改・烈風いっしきかい・れっぷう】を右手に持った鉄の棒へと纏わせる。

そのままリクは出来るだけ受験生が多い場所を狙い、縦横無尽に駆け抜けていく。一瞬、何が起こったのか分からない程のスピードで通過する姿を、多くの者は目で捉える事も出来ず・・・

遅れてやってくる衝撃波にまとめて吹き飛ばされる。そこかしこで「ぎゃああああ!!」という叫びを上げ、錐揉みしながら地面に叩き付けられて脱落者が増えていく。


「これなら大怪我させる事はないだろうし・・・悪いけど、一気にぶっ飛んで貰う!」


駆け続けるリクは更に右手の棒を、右へ左へと振り回す。その度に辺りには竜巻が発生し、更に多くの犠牲者が順位戦から脱落していく。

その様子は、さながら台風が狙いを定めて突っ込んで来る・・・普通の受験生達にとっては悪夢そのものの光景であった。

こうしてリクの開始早々仕掛けた速攻により、受験生は大幅に人数を減らし・・・残りは数名程度になっていた。その中に遠くで戦うアレイの姿を確認したリクは、ここからが本番だ、と気を引き締める。


「うひぃー・・・凄いな今の速攻。防御形態取ってたのに死ぬかと思ったよ・・・」

「ん?それって魔法具の装備か・・・衝撃波も竜巻も防いだって事は、相当物理よりの防具って事なのか?」

「よくぞ聞いてくれたね!これは僕が開発した、攻防一体の魔法具・・・名付けて『バスターソード』さ!」

「攻防一体・・・つまり、武器にも防具にもなる魔法具、って事か・・・凄く器用なんだな」

「分かる?いやあ、これがさ・・・こう瞬時に武器モードと盾モードを切り替える機構は特に気合入っててさあ!」


次の相手は、と周囲を警戒するリクの耳に、心底驚いた様子の声が聞こえた。見れば、大盾に身を隠す様に立っている少年が一人居る。他の受験生はかなり距離が離れているので、彼に間違いないだろう。

リクの放った強烈な衝撃波と【壱式改・烈風いっしきかい・れっぷう】が巻き起こした竜巻とを見事に耐えきった装備。

一目見て、魔法具の類である事を看破するリクは、物理防御に特化した装備なのかと問いかけるが、嬉々として返って来た言葉は意外な物だった。

自作の攻防一体の魔法具、と言い切る少年は『バスターソード』をこれでもか、とアピールする。実際、性能は大した物であり、よく使用許可が出たな・・・とリクは思う。

同時に彼の技術に舌を巻く。武器と防具をその形状を瞬時に切り替える事で攻防一体の装備とする・・・と少年は説明するが、魔力マナ回路は兎も角として、機構の部分・・・つまり職人が担当して作成する部分までも自作したという事に驚いたのだ。

自分も、そしてシルヴィアも魔法具の作成はそこそここなして来たのだが、複雑な機構を持つ魔具や魔法具は、魔力マナ回路を彫る事がメインの作業であり、機構部分はエリスや鍛冶屋のハルバーの手を借りる事が殆どだったのだ。


「じゃあ今度はこっちから行かせて貰うよ!バスターソード・武器モード!【大切断】!!」

「悪いけどそうはいかない!確かにその魔法具は凄いけど・・・動きはまだまだ甘いッ!」


自身の作品を認められたのが余程嬉しいらしく、少年はきっちりと宣言した上でバスターソードを剣状態へと変形させ・・・大上段から振り下ろす。

だが、リクはその動きをしっかりと見切っており、迫り来る大剣の腹を空いた左手でパン、と弾き剣の軌道を逸らしたかと思えば、逆に風を纏った右手の棒を少年へと突き付けていた。


「壊すのは勿体ないし、修理にも手間掛かるだろうからさ。どうする?まだやる?」

「・・・うーん、やっぱり使い手がイマイチだとこうなるんだよなあ。・・・降参するよ。僕の作品を壊さないでくれたし、これ以上なく完敗だよ」


相手に戦闘継続の意思が有るかを確認するリク。少年は自身の完敗を認め・・・そして大事な作品であるバスターソードを壊さない様に気を使ってくれたリクの心意気を汲み取ってか、笑顔で降参を宣言する。


「僕はルーカス。ルーカス・ボドルス。良かったらまた今度、これも含めた作品を見てくれないかな?君の意見をもっと聞かせて欲しいんだ」

「俺で良ければ構わないよ。あ、俺はリク・ガーディ。宜しくな、ルーカス」

「こちらこそ宜しく!このまま主席合格頑張ってくれよ!」


簡単な自己紹介をした少年・・・ルーカスとリクは握手を交わし、それぞれ離れていく。ルーカスはこの順位戦が始まって以来、最初の気絶する事無く戦いを終えた受験生となった。


「気を引き締めないとな・・・アレイ以外にもやっぱり強い相手が居る」


更に相手を求め、気合を入れ直したリクは駆け出す。その一方で、アレイは別の相手と思わぬ激闘を繰り広げていたのだった。


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