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第二章 アカデミー編

第36話 『入学試験開始!』

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南区域での買い物を終え、帰宅したリクとシルヴィアは残る2日間を筆記試験対策の時間に充てる事を決め、互いに勉強を教え合う事にした。

とは言っても、殆どシルヴィアがリクの苦手分野を見るだけになってしまうのだが、彼女にとっても教える事で自分の復習として身になるので、これはこれで良い効果をもたらす訳で。

空き時間は兎に角勉強に精を出し、頭が疲れたらマルによって用意されるお茶やお菓子で休憩。気分転換に屋敷の地下に行ってみたり・・・と二人は頑張った。

ところで何故地下に行ったのか、という事なのだが・・・


「まさか地下に訓練用の設備が作ってあるとは思わなかった・・・助かるけどさ」

「おじ様だよね、これ・・・王都だと走ったりとか、組手したりとか出来なさそうだったし・・・体をなまらせない為に作ったのかなぁ?」

「お陰でッ!ちゃんと体がッ!動かせるッ・・・っと!!」

「リっくん!?いきなりそんなに重い負荷掛けちゃ危ないよっ!!」

「そうか?・・・ってシルも結構やる気になってるじゃん。まあ無茶しない程度にするか・・・試験前に怪我したらシャレになんないしな」


リスティアに来て以来、マトモな訓練が出来なかったリクは、父親の拘りが随所に感じられる充実の設備を嬉々として使い始める。

最初から全開モードの彼は、体に装着するタイプの重りを片っ端から身に着けて行ったので、慌てたシルヴィアが注意する羽目になった。

そう言いながら、シルヴィアも結構な数の重りを体に着けており、そこを逆にリクに突っ込まれる始末である。

どうにもこの二人、何らかの形で訓練を行わなければ調子が狂うようで・・・マルが夕食の準備が整った事を伝えに来るまでの間、かなりの高負荷トレーニングをしてしまうのであった。


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試験までの時間は瞬く間に過ぎ、当日の朝を二人は迎える。受験票と筆記用具とを入れたカバンを肩からそれぞれ下げ、先日南区域の商店で買い揃えた服に着替えたリクとシルヴィアは、リビングで最終確認を行っていた。


「リっくん、忘れ物はない?ちゃんと確認しておかないと、走って取りに行くとかはここじゃ出来ないよ?」

「大丈夫だって、全部有るのは確認したからさ。寧ろ、今は勉強した内容が出ていきそうで怖いって感じだよ」


準備に怠りがない事を会話する二人に緊張した様子は無い。意気込みは十分だが、肩に力が入っていては実力が出せないのは実戦経験からもリク達は重々承知しているだけに、いい感じにリラックス出来ていると言えるだろう。

アカデミーに通う生徒達の衣服を参考にと思い、服屋で見繕ってもらった制服風のジャケットとズボン姿のリクと、同じ様なデザインのジャケットとスカートを身に着けたシルヴィアは、揃って玄関へと向かう。


「本当に馬車は必要ありませんか?今からでも直ぐに手配致しますが・・・」

「大丈夫だよ、マル。走って行ったりしないし、普通にのんびり歩いて行くよ。リスティアの道に少しでも慣れておきたいからさ」

「ありがとうね、マルちゃん。私もリっくんの言う通りだと思うの。お買い物とかいつもマルちゃんに頼りっきりだといけないし、ね?」

「かしこまりました。では、帰りに必要な際はこれをお使い下さい」


玄関まで数体のぷちマルを伴ったマルが見送りに来てくれる。アカデミーまで馬車で向かう事を提案してくれていたのだが、リクとシルヴィアはやんわりとその申し出を断った。

まだリスティアに来て数日の二人は、屋敷付近と王都騎士団の詰所、そして南区域の一部商店以外の地理に疎い。

アカデミーへの道に至っては、先日マルに一度連れて行って貰ったのみで、二人だけで行くのはこれが初めてであったのだ。

丁寧に説明を受けたので、迷う事は無いのだが・・・やはり自分達だけで問題なく通えるようになっておく必要がある、とリク達は考えていた。

その考えを聞き、マルも無理に勧める事は無いだろうと判断し、代わりに小さな魔具を二つ、リクへと差し出す。マル自身に搭載されている拡声器スピーカーの様な、片手で持てる大きさの何かであるが・・・


「マル、これは何の道具なんだ?」

「これは離れた場所でもワタクシと会話をする為の専用魔具で御座います。リク様とシルヴィア様、お一つずつお持ち下さいませ」

「す、すごいね?・・・これもおば様が作った物なの?」

「左様で御座います。旦那様と奥様もお持ちですので、ワタクシを通してにはなりますが、ライラックの村との通話も可能で御座います」

「・・・驚きすぎて言葉が出ない・・・っていうか、今の衝撃で昨夜勉強した事全部吹っ飛びそうだ・・・・」


マルを介在した遠距離通信用の魔具。それは未だ世界で例を見ない画期的な発明と言える物である。

何せ、単距離での通信さえままならないのが世界の常識である。情報伝達は専ら伝令が走るか、隊商等に依頼して手紙を送る位しか無いのだ。

その常識を根底から覆す魔具を既にエリスが開発・実用化していた事実にリクとシルヴィアは途方もなく驚く。

昨日遅くまでシルヴィアに試験対策の追い込みを見て貰った筈のリクは、その内容の殆どを忘れそうになりながら・・・玄関を開けるのだった。


「じゃ・・・行くか、シル・・・じゃない・・・行こうか、『シルヴィア』」

「うん、行こっ!リっく・・・じゃなかった、『リク君』・・・やっぱり慣れないよぉ」

「それは俺もだよ・・・でも、色々と知られるとマズい事が多いからなぁ。勘ぐられない為にも我慢、我慢・・・」


昨夜、試験勉強と共に練習したお互いの呼び名を呼び合い、余りのぎこちなさに吹き出しそうになる二人。

リクとシルヴィアは、アカデミー入学試験に挑む前に決めていた事があった。それが『二人の生活環境を秘密にする』という事だ。

親しい・・・信用のおける友人が出来た時は別として、自分達が一つ屋根の下で生活している事が知れれば、無用な詮索や混乱を招きかねない。

アカデミーは男女交際や、何なら婚姻さえも認める程自由が認められた機関ではあるが、それと人の感情とは別のものである。

用心に越したことはないと、二人は夜遅くまで練習をしていたのだが・・・その成果は微妙なものであった。

こうして、手を振るマル達に見送られながら二人は入学試験の会場、アカデミーへと歩き出す。

手を繋ぐ様な事はしないものの、並んで歩くその姿は誰がどう見ても親しげな様子で・・・リクとシルヴィアの努力は早くも暗礁に乗り上げそうな雰囲気を漂わせているのだった。


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アカデミーまでの道程みちのりはガーディ邸から然程さほど遠くはなかった。

その敷地は通称『職人街』と呼ばれる東区域と、住宅街である北区域の丁度中間辺りに大きく取られており、実際徒歩で向かったリクとシルヴィアは20分もかからずに正門へと辿り着く。

ただ、同じ様に徒歩で訪れる受験生は殆どおらず、多くの馬車が正門前に止まり、高級な衣服を身に着けた受験生とおぼしき人達が次々と降りて来る。

どうやら、貴族の子弟でなくとも数名、または幾つかの家とで馬車をチャーターしてアカデミーまで来る事が主流のようだ。


「マルが馬車を用意しようとしてたのは、こういう事だったのか・・・正直、よく分からない拘りだなぁ」

「そうだね。勿体無いと思うなぁ・・・こんなに良いお天気なのに、歩いた方が気持ち良いよね?」


試験を受ける会場が張り出されているという、大掲示板へと歩みを勧めながらリクとシルヴィアはのんびり会話する。

辺境の田舎育ちである彼等にとっては、歩くことが日常であり、馬車を借りてまで移動する・・・という発想自体が無い。

てくてくと歩いてきた二人は、馬車組の受験生から不思議そうな視線を向けられていたりするのだが、特にそれを気にする事も無く大掲示板の前へと移動し、自分達の試験会場を確認する。


「えーっと・・・私達は、っと・・・3階の教室みたいだね。受験番号も続き番だし、間違いないよ?」

「そっか、じゃあ早速行こうか。遅れないようにしないといけないし」


手早く自分達の番号を見つけたシルヴィアは、会場の位置をリクに伝える。続々と受験生が集まってくる場所で長々と話す事も出来ないので、早めに移動する事にする二人。

想像していたよりも多い受験生の数にやや圧倒されつつ、人の波に乗るように歩くリクとシルヴィア。こうして見ると、実に多種多様な種族が居る事に気付く。


「四種族の殆どが居るんだな・・・人族以外の『人間』に殆ど会った事ないから、正直新鮮だなあ」

「そうだね。村は人族が多かったし・・・たまに隊商の人達に他の種族の人が居た位だったもんね」

「・・・これから一杯知り合えると良いな。シル・・ヴィアもそう思わないか?」

「うん、私もそう思うよ。リ・・・ク君。・・・うぅ」

「・・・・我慢だ。試験に集中するって事で・・・家に戻るまで辛抱してくれ」


最初は普通の声量で話しながら移動していた二人だったが、途中から小声になる。

やはり慣れない互いの呼び方から今にもボロが出そうになるのを、人知れず必死で抑え、リクとシルヴィアは筆記試験に臨むのであった。


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「では、各自行き渡った問題と解答用紙を確認して下さい。試験開始1時間後から途中退出を認めますので、希望する方は手を挙げて監督官まで知らせるように」


筆記試験は途中退出が認められている、と教壇に立つ教員が説明を行う。その隣に立っているのが監督官らしいが、その人物は少し変わった外見をしていた。

後ろの方の席となったリクとシルヴィアから遠目に見ても、その姿には違和感・・・というかとても目を引く特徴があったのだ。


(・・・何だろう。あの監督官の左腕・・・義手なのか?気のせいか・・・良く知ってる様な気がする)


解答こそ開始してはいないが、既に試験は始まっている。二人は同じ事を疑問に感じ、心の中でその違和感の理由を考えるのだが・・・


「それでは開始します。解答用紙に記入を始めて下さい!」


説明役の教員の掛け声と共に筆記試験の解答記入が開始され、二人は思考を中断して解答に取り掛かる。・・・・・が


(・・・なんだこりゃ?思ってたよりずっと・・・いや、簡単すぎるぞ?)

(これじゃ昨夜あんなに追い込み勉強しなくて良かったのに・・・リっくんに悪い事しちゃったなぁ)


まさかの展開だった。あれ程真剣に試験対策を講じ、勉強に勤しんで来たリクとシルヴィアにとって・・・筆記試験の問題はあまりにも簡単過ぎたのだ。

戸惑いながらも二人は次々と問題を解き進め・・・30分も掛からずに記入を終えてしまう。何度も見直しもしてみるが・・・時間が余りに余って仕方がない。

結果、1時間が過ぎるのをまだかまだかと待ち侘び。途中退出が可能になった途端、二人は揃って手を挙げた。周囲に驚く空気が流れるが、気にしてなど居られない。これ以上はもう拷問だった。

これがアカデミー史上初となる『途中退出による最高得点獲得者』が二人も誕生する事件として語り継がれる事になるのを、この時の二人は知るよしもなかった。


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さっさと試験会場を後にしたリクとシルヴィアは、アカデミー内の食堂で早めの昼食を取り、夕方の結果発表まで別行動をする事を決める。

実技試験が男女別々に行われる都合で、筆記試験の結果も男女別に発表されるらしい。それならば、空いた待ち時間でアカデミー内を知っておくのが得策だと思った二人は、手分けして調べる事にしたのだ。

試験結果を確認した後で、正門で落ち合う事を決めて二人は動き出す。


「じゃあ私は・・・校舎の外、他の施設とかを見て来るね。また後で・・・」

「ああ。それじゃ俺は食堂ここから順番に校舎内を見て来る。発表の後、正門で」


短く、真剣な表情で言葉を交わすリクとシルヴィア。作戦行動の様な会話になってしまうのは、魔物討伐で染みついた癖のようなものでどうにもならない。

自分の分の食事を載せていたトレーを返却口に返し、食堂を出ていくシルヴィアを見送ったリクは改めて人の居ない食堂を見回す。そろそろ筆記試験の時間が終わるので食事をする受験生も来るだろう・・・

そんな事を考えていた時、リクは人族の大柄な体格の男が食堂に入ってくるのを見かける。その男は体格同様の大きな声で食事を注文を食堂のおばちゃんに告げた。


「腹減った!!・・・すまんが、今日のランチセット?と言うのか。これを大盛で三人前頼みたい」

「「・・・えっ!?」」


受験生と思われる大柄な男は、声高らかにランチセットを大盛で三人前、と注文したのだ。思わず食堂のおばちゃんとリクはハモって驚きの声を上げる。

先程、リクも同じ物を大盛で注文して完食していたのだが、味も量も申し分なく、人一倍食べる方だと自覚のあるリクからしても十分満腹になるものだった。

それを三人前と言ったのだ。食堂のおばちゃんもランチセットの量には自信があるらしく『大丈夫かい?ウチのセットはボリュームあるよ?』と声を掛けるのだが・・・


「問題ない。自分は人の三倍は食べなければ足りないのだ・・・手間を掛けて申し訳ないのだが、宜しくお願いしたい」

「マジか・・・」

「む?先客が・・・確か、先程途中退出した人ではないか?」

「え?・・・ああ、同じ教室だったのかな。確かに途中で出たよ・・・簡単だったから」

「あの問題を簡単と言い切るのか・・・良かったら隣に座っても良いか?少し話がしたいのだが・・・」

「構わないよ。俺先に食べちゃったけど、話相手なら付き合うよ・・・丁度暇だしね」


大柄の受験生・・・ツンツンした短い金髪とマッシブな体。いわゆるゴリマッチョという体格の男はニカっと気持ちの良い笑顔で話しかけて来る。

悪い奴ではない。そして、かなりの実力を持っている・・・と思うリクは笑顔を返し、隣に座る事を快く受け入れる。尚、注文の品は後でおばちゃんが席まで届けてくれるらしい。


「突然ですまない。あの難問を短時間で解いたという君に興味が湧いてな。・・・自分は『アレイ・フォン・ハーダル』という。騎士の家系、ハーダル伯爵家の嫡男だ」

「騎士の家系の伯爵家!?・・・凄いな。あ、俺はリク・ガーディ。ライラックの村ってとこ出身の平民だよ」

「そうか、リクと言うのか。出来れば俺の事はアレイと呼んでくれ。実は家名は少々重荷でな・・・正直、肩が凝るんだ」

「じゃあ俺の事もリクで良いよ。その方がお互い気楽じゃないか?いや、丁寧な言葉遣いが苦手だからじゃないぞ?」

「ははは・・・正直だな。だがその方が俺も確かに気楽だ・・・宜しくな、リク」

「ああ、こちらこそ宜しくな。アレイ!」


ゴリマッチョな体格とは裏腹に、人懐っこい笑顔を浮かべるアレイとリクはがっしりと握手をする。

実技試験では有力なライバルとなるかも知れないのだが、それでもアカデミーで初めて出来た知り合いにリクは自然とアレイに笑顔を返すのだった。
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