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第一章 幼少期編
閑話 『ある日のリクとシルヴィア』
しおりを挟むこれは、二人が旅立つ一年程前の、とある一日のお話。
「今日は一日休みにするぞ。自主練はしても構わないが、くれぐれもやり過ぎないようにな」
早朝、山から戻って来たリクとシルヴィアは、ラルフから一日を通して訓練無しの旨を告げられ戸惑う。
取り敢えずどうしたものか、と二人は悩みだした。訓練が無い日、というのは今までにもあったが、毎回この二人はどうしたものかと困り、悩んできたのだ。
訓練のし過ぎで、感覚がおかしくなってしまっている事に全く気付いていない、とても残念な少年と少女である。
「丸一日かぁ、色々出来そうだけど・・・どうするシル?」
「訓練がお休みなら・・・薬の調合とか、礼拝所でお手伝いとか一緒にする?」
「シルの邪魔になりそうだよ、それ。・・・折角だし新技の開発でもしようかな」
シルヴィアはこのところ滞っていた製薬と、時間を見つけては通っている礼拝所の手伝いをすると言う。
一緒に、と誘う彼女だったが、リクは苦笑交じりに断った。自分では足を引っ張るだけだと。
以前、調合を手伝おうと高位回復薬を作ろうとした時、物の見事に爆発させてしまった事があり、少々苦手意識があった。
それならば、役立つ技の開発でもしていた方が今後の為になるだろう、とリクは考えたのだ。シルヴィアは少し残念そうな顔をするが、リクの考えを受け入れる。
「じゃあ、終わったら様子見に来てくれる?私、夕方まで掛かると思うから・・・」
「分かった。じゃあ、また後で!」
「うん、また後でね!」
こうしてリクとシルヴィアは、別々に『休日』の様な一日を過ごし始めるのだった。
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家へ帰っていくシルヴィアの背を見送り、リクは家の裏へと移動する。訓練着のまま、ラルフとの真剣勝負用に普段から使っている鉄剣を手にすると、勢いよく素振りを始めた。
「うーん。灼熱剣みたいな技をもっと開発した方が良いんだけどなぁ・・・」
適当に100回程素振りを行い、リクは考えだす。今の段階で剣を用いた戦技は『紅蓮』『灼熱剣』『闘気斬』の三種がある。
他に武器を選ばない『鎌鼬』などもあるが、これらに次ぐ新しい技を編み出したいとずっと思っていた中で、特に風系統の技が少ないとリクは感じていた。
距離を問わない技が多い中、近接特化の灼熱剣は使用機会が非常に多い。ただ、火系統の技に耐性を持つ魔物を相手取るには分が悪い面があり・・・
そんな時、やむを得ず周囲へ被害が及ぶ恐れがある、他の技を使用してきた事への反省から・・・他系統の近接技を開発するべきだとリクは結論づける。
「よし、まずは風だな・・・刀身を鎌鼬で覆う様に、風を纏わせれば・・・ッ!」
早速、風の魔法を試しに発動したリクは、鎌鼬を魔力で強化する時の様に風を鉄剣へと纏わせる。すんなりと刀身に風の魔法が薄い刃を青く輝かせる。
「これで、試し斬り・・・っと!!」
丁度いい的・・・家の脇に積み上げた場所から、地面にたまたま落ちて転がっていた大きめの薪に向かい、リクは鉄剣を軽く振るう。スパン!という小気味いい音を立て、風の刃を纏った剣は易々と薪を真っ二つにする。
「お!良い感じ!・・・いつもより剣が軽いし、風の影響かな?十分使えそうだぞ!」
「ほう、風の剣技をやってるのか?・・・いい感じに切れてるじゃないか」
「あ、父さん。接近戦で使える技を増やしたくてさ。灼熱剣が効きにくい相手用に・・・なんだけど」
「中々の出来だ。もう少し風を薄く纏わせる方が切れ味が良くなるぞ。磨けば使える技になるさ」
「よし!・・・じゃあ、これは【肆式・風裂剣】って名前にしよう!」
「おお!リク、なかなかカッコいい名前じゃないか!技ってのは、カッコいい名前が大事!・・・カッコいい名前を付けるには磨かれたセンスが必要だからな!」
「そ、そうかな・・・・?」
「俺的には【烈風鎌鼬】とか【斬空剣】とかも良いと思うが、お前の技だしな。お前が決めるのが一番だ」
「・・・父さんって、カッコいい名前付けるの得意だよね。俺も色々考えようっと」
嗚呼、何たる悲劇だろう。やはり親子、血は争えないのか・・・リクはラルフの残念なネーミングセンスをしっかりと受け継いでしまっていたのだった。
この後、父と息子は日が傾くまで、痛い技名を次々と考えて行くのであった・・・技は結局、風裂剣《ウインブレイド》一つが出来上がったのみだが。
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一方、自宅に戻ったシルヴィアは『薬師の作業着』に着替え、高位回復薬と魔力回復薬を調合していた。
すっかり慣れた工程を、淀みない手つきで次々にこなしてゆく。同時に複数本の回復薬を生成する事も、今のシルヴィアは苦にならない程の熟達ぶりであった。
結局彼女は、小一時間程で目標の本数を生成してしまった。・・・この所の遅れを取り戻すべく、3日分の本数なのだが・・・
充実した顔でシルヴィアは道具を片付けると、青鋼玉のバレッタを外し、緩く一本に纏めていた栗色の長い髪をほどくと、普段通りにハーフアップ気味の髪型へと纏め直す。
お気に入りの位置に青鋼玉のバレッタを戻し、姿見を使っておかしくないか、と確認するシルヴィア。
普段、自分の容姿の事など全く気にしない彼女だが、リクから贈られたバレッタとブローチの付け位置には、常に細心の注意を払っていた。
シルヴィアにとって、この2つのアクセサリーは何よりも大切な物となった様で、それが似合う自分で居たい・・・と彼女は思っているのだった。
「うん!・・・これで礼拝所に届ける分も出来たし、シスターの所にいかなくっちゃ!」
普段着に着替え、もう一度姿見を確認したシルヴィアは、鞄に高位回復薬を10本詰め込み、家を後にする。村の中央部、広場の外れにある礼拝所へと届ける為だ。
それほど遠くもない距離をのんびりとした足取りで歩く。髪を撫でる風を心地よく感じながら、シルヴィアはほどなく目的地へと到着するのだが・・・
「こんにちは・・・・!?えっ、これって・・・!?」
礼拝堂の扉をそっと押し開け、中に声を掛けつつ入って行ったシルヴィアは絶句する。そこには幾人もの旅人とおぼしき人達が寝かされていたのだ。
見た目にも重傷者だと分かる者が多く、苦し気に呻き声を上げるその姿に何事が起こっているのか、と彼女は中を見渡し・・・見知った背中を見つける。
「エリスおば様!?どうしてここに・・・いえ、一体何があったんですか?」
「あら、シルヴィア。何しに・・・って、薬を届けに来たのね?・・・うん、丁度良い所に来てくれたわね」
そこには完全武装したエリスが立っていた。後ろに礼拝所を管理するシスターの姿もある事から、どうやら、何らかの事件が起こり、その事の次第を聞いていたようだ。
「悪いけど、この連中の手当てしてやって?私はこれから原因・・・村の近くに出たらしい魔物を討伐してくるから」
「えっ!?・・・じゃ、じゃあ私も・・・」
「アンタ、今日は休みだってラルフに言われてるでしょ?ダメよ。大体、サラは治癒魔法苦手なんだから、アンタがここに居ないと困るのよ」
「わ・・・解りました。この人達は私に任せて下さい。おば様、気を付けて下さいね?」
「心配ないわよ、どんなに遅くても夕食までには戻るから。それじゃ、後はお願いね」
自分もついて行こうとするシルヴィアを、エリスは有無を言わせず黙らせる。ここの主、シスター・サラは優秀な神官ではある。
ただ、高位の神官位を持つにも関わらず、サラは治癒魔法がこの上なく苦手で・・・神聖系統の攻撃魔法を最も得手とする変わり者であった。
村には治療院の様な施設は無く、外からの怪我人や病人は治癒魔法を求めてこの礼拝所・・・神官の助けを得ようとするのだが、サラがこの有様の為、専らロイとメルディアの回復薬での治療になってしまっている。
魔物の被害が増えている昨今では、結構な勢いで回復薬を消費してしまい、実の所、今日シルヴィアが持ってきた回復薬が無ければ、在庫が尽きるところだったらしい。
かくして、エリスは後事をシルヴィアに丸投げする形で討伐に向かって行った。
「ごめんね、シルヴィア。私が攻撃一辺倒なシスターなばっかりに手間かけちゃうわね」
「ううん。気にしないで下さい、サラさん・・・・さて!それじゃあ、皆さんを治療して行きますね?怪我の酷い人から順に・・・」
「奥から順番に重傷者、軽傷者に並んで寝て貰ってるわ・・・まあ、エリスさんがそうなるようにしろ!って言ったからだけどね」
神官らしからぬ気さくさで、頭を掻くサラ。20代後半の彼女はシルヴィアにとって親しいお姉さんでもある。サラがエリスの暇な時間に鍛えられているあたりも、弟子同士の連帯感の様な感覚があるのかも知れない。
シルヴィアは高位回復薬を詰めた鞄をサラへと渡し、彼女が中身を確認している間に治癒魔法の準備に掛かる。
そこでふと彼女は思いつく。リクは今頃新技の開発を行っている筈・・・自分も何か新しい物を開発できないだろうか、と。
幸い、発現しそうな感覚があった『ある魔法』が彼女の脳裏に浮かび、これだ!と閃いた。
「うーん・・・・・あっ!・・・これなら出来るかも」
「どうしたの、シルヴィア?」
「サラさん。ちょっと治癒魔法のアレンジを考えたんだけど・・・やってもいい?」
「まぁ・・・シルヴィアなら大丈夫だろうけど、無茶な事はしちゃダメよ?後で私も怒られるんだからね?」
「あはは・・・おば様に怒られるような事はしないから安心して?・・・じゃあ、いきます!!」
サラの許可を得て、シルヴィアはおもむろに自分の魔力を開放する。広く、濃密に・・・やがて徹底的に練り上げた、緑色の魔力が礼拝所全体を満たしていく。
「ちょ・・・ちょっと濃厚すぎない・・・・?」
「大丈夫、ちゃんと制御できます・・・それっ!!【完全治癒・広域展開】!!」
「って、オイ!!なんて魔法使うのシルヴィア!?」
シルヴィアの掛け声とともに、濃い緑色の魔力が一気に膨らんだかと思うと、それは怪我人達の上で破裂し、シャワーの様に降り注いだ。
思わずサラがツッコむのも当然の事。シルヴィアが使用した魔法は治癒魔法の最高峰の一つ、完全治癒・・・いかなる怪我をも瞬時に直すと言われる、超上級の魔法だったのだ。
あまつさえ、それを全員に行き渡るように広域化までやってのけた。結果、怪我人は全員が傷跡一つ残る事なく治療されたのだが・・・
「幾ら何でもやり過ぎよ。これはエリスさんが知ったら何て言うか・・・あ、ダメ。想像しただけで震えが・・・」
「ふぅ・・・上手くいったみたいだし、おば様ならきっと分かってくれるんじゃないかなー、って」
一瞬で痛みが無くなり、傷が癒えた事に気づき驚き。そして喜び出す旅人達の姿を見つつ、サラとシルヴィアは自分達の師匠がこの事を知ったら・・・と話す。
怪我人を治療した事は間違いないし、危険な行為をした訳ではない。本来なら怒られる様な事は無い、とシルヴィアは思っていたのだが、サラは年長者故かエリスがそんなに甘くはないだろうと考えた。
そして、サラの予想が的中した・・・二人の背後から凍て付くような声が響いてきたのだ。その声にビクリ!とサラとシルヴィアは身を強張らせる。
「・・・・だったら良いわねぇ。そう、本当にそうだったら・・・ね」
「ふぇっ!?」
「アンタは!!いつもいつも、や・り・す・ぎ・る・な!って言ってるのに!!・・・そこに正座なさい。サラ!アンタもよ!」
「ひえっ!?わ、私もですかぁっ!?」
二人が恐る恐る振り返ると・・・そこには宣言通り、あっという間に魔物を討伐してきたらしいエリスが、氷の微笑を浮かべて立っていた。
金髪で緑眼の美女である彼女の微笑は、知らない者からすれば、ただただ美しい、と映るのだろうが・・・
彼女達、弟子にとってはこの微笑みは死刑宣告に等しい。これから始まるお説教の嵐は何時間続くのだろうか、想像したくもない。
呆然とする旅人達をよそに、エリスのお説教はその後、日が暮れる寸前まで続くのであった。
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「そっか・・・シルは大変だったんだな」
「へうぅ~・・・何だかいつもより疲れたよぉ」
夕方遅く・・・というより、夜になってようやく解放されたシルヴィアはリクに事の顛末を話していた。精魂尽き果てた様子で、テーブルに突っ伏している彼女をリクは苦笑しつつ労う。
今夜はエリスとメルディアが食事の用意をしてくれるという事で、二人は『普通の休憩』をしていた。
エリスのお説教が相当堪えたようで、シルヴィアは立ち上がる事も出来ない程疲れてしまったのだ。泣きそうな目でリクに訴えかける。
「だからね、慰めて?」
「慰めてって言われてもなぁ・・・紅茶でも淹れようか?」
「・・・甘いミルクティーがいい」
「はいはい、ちょっと待ってろよ。すぐ用意するからさ」
幼馴染のおねだりにやはり苦笑し、リクは彼女の好きなミルクティーを淹れるべく台所へと乱入していくのだった。
応援ありがとうございます!
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