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第一章 幼少期編

第27話 『二人の作戦』

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決戦は明日。そう告げられたリクとシルヴィアの二人は、午前と午後の訓練を自主練程度で軽めに切り上げ、早速準備に掛かる。

これまでの総決算の模擬戦闘。いやおうにも高ぶる気持ちを抑え、リクは左腕のリストバンド・・・シルヴィア謹製の魔法具へ闘気オーラ装填チャージする。

かなりの量の闘気オーラを貯めておける魔法具に、限界ギリギリまで自分の闘気オーラを込めておく。まずはこれで先手を取るつもりだ。

今日は早朝以外、殆ど闘気オーラを使用しなかったリクは、有り余るそれを慎重に完全装填フルチャージするのだった。

一方のシルヴィアは、連携戦術の確認を行っている。主にエリスとの魔法戦闘になる事は容易に想像出来るが、その際の立ち回りを、リクの動きを見ながら行わなければならない。

当然、ラルフはエリスの援護をするだろう。つまり、ラルフはリクの妨害と同時に、シルヴィアの戦闘不能を狙ってくる筈だと彼女は考える。

この予測を自分達は超えて行かなければ、一撃を入れる事は出来ないだろう。

決着を狙える技は、当然あの新技・・・まだ未完成ではあるが、師匠達にとって初見の技だ。これ以外の物が通用するとは思えない。・・・ならば、どうやって技を確実に当てられる状況に持ち込むか、だが・・・


「リっくん。・・・闘気の矢オーラ・アロー、出来るだけ威力を上げて撃つのって出来る?」

「うーん、一度試した事は有るけど・・・全開で撃つと、今装填チャージした分の半分位は使うかな?」

装填チャージに必要な時間ってどのくらい?」

「・・・そうだな、大体・・・急いでやれば30秒位で何とかなる。暴発するかも知れないけどね・・・シル?」

「んー・・・うん、解った。あのね、こういうのどうかな?」


闘気の矢オーラ・アローとは使う力が違うが、殆ど同種の特徴を持つ魔法の矢マナ・ミサイルは、消費する魔力マナに比例して、その威力や矢そのものの本数を増やす事が出来る。

シルヴィアはそこに着目したのだ。威力で大幅に勝る闘気の矢オーラ・アローを最大出力で放てば・・・と。

そして、更に思いついた作戦をリクの耳元で囁く。ふんふん、と聞いていたリクの表情が段々と笑顔になり、やがてポンと手を打った。


「・・・行けるかも知れないな、これなら」

「後は私達次第、だね・・・頑張ろうね、リっくん!」

「ああ!・・・父さん達に絶対に一泡ふかせてやろうぜ、シル!」


その頃、ラルフとエリスは家の地下・・・防音が施された小さな部屋の中に居た。子供達の邪魔をしない様に、そして・・・自分達の作戦会議、といった所なのだが・・・


「・・・なあ、エリス。あの二人・・・今更アカデミーで何か学ぶ事、あると思うか?」

「・・・・・一つも無いわね。リクもシルヴィアも、とっくに王都の一流とか言ってる連中の上を行ってるわよ。それも遥か上を」

「だよなぁ・・・正直、アカデミーまであんなに低レベルな事やってるとは思わなかったぜ・・・俺達の時代とじゃ大違いだ」

「平和だったから仕方ないわね。・・・簡単に、あの時の戦いの記憶を忘れて欲しくは無かったけれど・・・ね」


深く溜息をつき、どうした物かと悩むラルフとエリス。それは、先日の仕事で王都に赴いた際の事だった。久しぶりにかつての母校・・・アカデミーを訪問した二人は、悪い意味で衝撃を受けた。

そこで行われていた授業・・・訓練は、余りにもお粗末。としか言い様の無い物だったのだ。

自分達が在籍した十数年前は、それこそ悪魔族の一派との小競り合いが続いていた事もあり、アカデミーでは実戦を重視した内容で、生徒達を徹底的に鍛え上げていた。

その厳しい授業内容が故に、卒業した者達は一流への階段を駆け上がっていったのだ・・・ラルフとエリスの様に。

だがエリスの指摘通り、長く続いた平和な時間が、人々の危機感を薄れさせてしまった。その影響は王都騎士団や聖堂騎士団・・・そしてアカデミーにまで広がっており、はっきり言えば『平和ボケ』そのものの状態だったのだ。


「・・・でもまあ、アイツ等はこの村しか知らない。人族以外とも殆ど会った事も無い。世界を知るいい機会だとは思う」


授業で学べる事は無い。そう断じた二人だが、そこで得られる物はそれだけではない事も当然知っている。

リクとシルヴィアは新たな土地で、様々な人や物に触れる事だろう。同世代の友達が他に居ない二人にとって、出会いは特に刺激になる筈だ。それには大きな期待を寄せていた。


「そうね・・・いい出会いがある事を祈るばかりね。・・・さあ、私達もまだまだ負けられないのよ?師匠として恥ずかしくない様に、準備はきちんとするわよ!」

「あいよ・・・ッ!!・・・まあ、まだ負けるつもりもないけどな?・・・どこまで喰らいついてくるか、楽しみだ」


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明けて翌朝。リクとシルヴィアは山への往復を一回のみにする事を決めていた。いつもの様に、土煙を立てながら山頂へと駆け上がり、早々とベアを起こしに掛かる。


「悪いけど起きてくれ、ベア。・・・今日は大事な頼みがあるんだよ」


山頂で眠るベアの背中をゆさゆさと揺すりながら、リクが声を掛けるとベアは大あくびをして目を覚ます。そして不機嫌そうに一声鳴いた。相変わらず目覚めが悪い、とリクは思う。


「ベアちゃん。私達ね、村から出て王都で勉強するの・・・また帰ってくるけど、私達が居ない間・・・山の皆を守ってあげてくれる?」

「・・・今日、父さん達に認められたらだけどな。頼むよベア、村は兎も角、ここの動物や自然を守れるのはお前しか居ないんだよ」


二人にとって、ベアは長い間一緒に過ごしてきた友達だ。村を離れる事を報告しない訳にはいかない、と考えたリクとシルヴィアは山の安全を守る役目を彼女に頼み込む。


「がうっ!!・・・・がうぅ~」

「いてて・・・今までずっと思ってきたんだけどさ、お前ホントに熊か?」

「時々、なんかベアちゃんってもっと凄い存在なんじゃないかって思うよね・・・あはは」


初めて出会った5歳の時と比べて、リクとシルヴィアはすっかり大人の体格になっていた。

リクは身長が伸び、170㎝程のがっしりとした男の体格に。シルヴィアはすらりと伸びた細い手足と、大きく育った胸が目立つ女性らしいスタイルへと成長した。

だが、ベアはそのままだった。いや、寧ろあれから『全く変化が無い』のだ。熊の寿命がどの位なのか、二人は考えた事も無かったが・・・

『頑張ってこい』とばかりに前足で、二人の背中をポン、ポン、と叩いてくれた友達に・・・リクも、シルヴィアも、笑顔でひと時の別れを告げるのだった。


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家に戻った二人は、いつも通り朝食の支度をし、食べた後は簡単な自主練を行い・・・昼食をとった後、いよいよ最後の仕上げに掛かる。

戦闘衣バトルクロスに着替え、各装備品の確認。魔法具と武器は特に入念にチェックした。

武器は使い慣れた鋼鉄製の長剣と、鋼鉄のメイスの二本のみ。予備を使う様な余裕は無いと予測を立て、重量削減を兼ねてそれぞれ得物は一本に絞ったのだ。

リクの両腕のリストバンドも、シルヴィアの青鋼玉サファイアのバレッタとブローチもそれぞれ、効果に問題が無いか確認したが、こちらの状態も良好である。

これで全ての準備が完了した、と頷き合う二人はしっかりと手を繋ぎ、決戦の地へと歩き出した。

ラルフ達が指定した場所は、村から少し離れた・・・丁度ベアの山の反対方向、かつて『ガル・キマイラ』と相対したあの森の、木々を消し飛ばしてしまった事で出来た広場だ。

あそこなら誰も近寄らず、周囲に危険が及ぶ事は無いとエリスが判断したのだ。それこそ【焔嵐フレアストーム】をもう一度放っても、燃える物も既に無い、模擬戦闘に打って付けの場所である。


「時間通り来たな?・・・では、これより模擬戦闘を行う。武器はそれぞれ何を使っても構わない。魔法も戦技も制限無しだ」

「どちらかのチームの二人共が気絶、または降参するまで続行。但し、アンタ達は私かラルフのどちらかに『きっちりと一撃を』入れられれば、その時も終了よ」

「・・・解った。・・・じゃあ、お互い距離を開けてから、父さんの合図で開始、で良いよね?」

「そうだ。・・・シルヴィアもそれで良いな?」

「はい!!・・・頑張ります!」


広場には軽装鎧ライトアーマー姿のラルフと、戦闘衣バトルクロスの様な長衣ローブ・・・【魔法衣マギ・クロス】を纏ったエリスが既に待っていた。

四人で模擬戦闘の打ち合わせを簡単に済ませ、それぞれが思う場所へと散り・・・遂に、師匠達による『試験』とも言える戦いの幕が上がる。


「始めッ!!!」


ラルフの号令が森に響き渡る。と、同時にリクが動いた。素早く左腕から魔法具の石弓クロスボウを展開させ、速攻を仕掛ける。


「【闘気の矢オーラ・アロー全力射撃フル・バースト】ォッ!!」


刹那、リクの叫びと共に赤い光を伴い、闘気の矢オーラ・アローが一斉に射出される。それは十重二十重に、折り重なるようにラルフとエリスの方へと殺到した。


「うおっ!?いきなり来やがったな!」

「【障壁:金剛の盾】ッ!!・・・やるじゃない、リク。良い速攻よ」


次々と着弾する闘気の矢オーラ・アローだが、その全てはエリスの展開した障壁によって阻まれる。だが、リクとシルヴィアにとってそれは予測済みの事だ。

着弾の勢いで周囲に土煙が舞い上がり、互いの間の視界が塞がれた。ついでに相手の出鼻を挫く事が出来た・・・これだけで十分なのだ。

二人は作戦通りに、左右に走り出す。

魔物討伐で潜伏行動を何度も行い、その中で発現した【隠密行動】という【スキル】だ。無論、その内ラルフやエリスは看破してしまうだろうが、取り敢えずの時間を稼ぐ為には有用な技である。


「気配が消えたな・・・こりゃ隠密系の【スキル】使ってやがるな?」

「ただ、闘気オーラは丸見えなんだけどね。その辺り、まだまだ甘いわね・・・【光槍レイ・ランス】!!」

「・・・・!!」


ラルフとエリスは冷静だった。即座にリク達の行動を見極め、エリスの魔法がリクの闘気オーラを追う様にして放たれる。光槍レイ・ランスは光系統の魔法で、高威力かつ貫通力に優れたものだ。

思わず声を上げそうになるのを抑え、リクは迫りくる光の槍を間一髪で身を捻りひねり回避する。その動きを察知したラルフが動こうと構えた時・・・シルヴィアが先に魔法を放った。


「【氷結弾アイスブリット全力射撃フル・バーストッ!!】」


今度は氷の弾幕・・・拳大の大きさのひょうが、ラルフとエリスを目掛けて無数に飛来する。

闘気の矢オーラ・アローよりも物理的な破壊力を持つ氷の弾丸は、エリスが先程展開した障壁にまたしても阻まれる・・・のだが、シルヴィアはそれを承知で放っている。


「チッ・・・良い攪乱かくらんだ!今度はこの凍気が目眩まし、って訳だ。・・・だがなぁ。何度も同じ様な手は通じないって教えた筈だぜ?」


妻の障壁が問題なく氷の弾丸を防ぐのを横目で見たラルフは、一言宣言した後、エリスの真横に素早く移動する。そして・・・


「行くぜ!【壱式・紅蓮いっしき・ぐれん】!!・・・からのッ!【円刃鎌鼬えんじんカマイタチ】ィッ!!」


吠えるラルフが手にした剣に炎が宿る。そして、間髪入れずに自分とエリスを中心に、大きく回転しながらそれを横薙ぎにラルフは振りぬいた。

丁度、円形に炎を纏った風の刃を放つ・・・全方位への攻撃である。氷結弾アイスブリットによって発生し、辺りを覆っていた白い冷気は炎に相殺され、更に風がその全てを吹き飛ばす。

開戦直後から不明瞭だった視界が漸くクリアな物になり、散開していたリクとシルヴィアの姿がついに曝けさらけ出される。


「・・・まだ、自分の魔力マナしか使ってないわね?あの・・・何か、策を残しているって事ね」

「!!・・・まずい、エリス!!障壁の強度を上げろ!!」

「何よ、いきなり・・・」

「ああ、もう間に合わねぇ!!・・・・ええいッ!!暴れんじゃねーぞ!?」

「!?・・・きゃあっ!!」

「逃がすかァッ!!・・・行け!!【闘気破砕砲オーラ・ブレイカー】ァッ!!」


先に円刃鎌鼬えんじんカマイタチの危害範囲から、からくも脱していたシルヴィアの姿を見つけたエリスが、その意図を考えようとした時だった。

逆方向を見ていたラルフが血相を変え、障壁を強化する様に叫ぶ。その切迫した声に訝しげな表情を向け、疑問を口にしようとしたが・・・慌てる夫は炎を消した剣を鞘に戻し、妻を強引に抱きかかえて跳躍の態勢に入る。

そこへ・・・ラルフの視線の先にいたリクの攻撃が着弾した。先程の闘気の矢オーラ・アローと同質の技・・・ただ、その太さと速度が桁違いだった。

正しく砲撃、と言えるその威力は凄まじく、周囲の木々と大地を抉り飛ばしながら突き進む極太の赤い暴威を、ラルフの機転が辛うじて回避させる。目標を逸した砲撃はそのまま森を抉りながら、遠くの崖に直撃し、やっと消滅するのだった。


「危ねぇ・・・ってか、アイツ等本気で俺達を殺しに来てるんじゃねえのか!?」

「ちょ、ちょっと・・・子供達の前でこれは無いでしょう!は、早く降ろして!降ろしてったら!」

「だから暴れるなって!?」


大跳躍で危地を脱したラルフは冷や汗を流すが、それ以上に真っ赤な顔で抗議してくる妻が怖い。慌ててその場に暴れるエリスを降ろし、再び抜剣して反転する。

遠くにリク達も態勢を整える為に合流する姿が見えた事で、警戒しつつも追撃は無いだろうとラルフは判断する。


「リクの奴・・・闘気オーラを溜め撃ちしやがったのか。エリス、こいつは一杯食わされたな。ありゃワザと闘気オーラを感知させてたぞ」

「・・・やられたわ。シルヴィアから目を逸らすのが目的だったんだろうけど、それを利用してあの石弓クロスボウ装填チャージしていたって訳ね」

「て、事は・・・シルヴィアも今頃は、だな」

「これはもう、本気でるしかないわね。あの子達・・・本当に強くなったわ」


ラルフとエリスはお互いに顔を見合わせて笑う。正直これ程とは思っていなかったが、リクとシルヴィアは自分達の予想を超え、飛躍的に成長を遂げていたのだ。

親としても、師匠としてもこんなに嬉しい事は無い。一昨日までは見せなかった【スキル】を連発しているのも・・・自分達に少しでも追い付く為のとっておきとして隠していたのだろう。

まだまだ乗り越えられる訳にはいかないが、それでも・・・本気を出すのに最早遠慮はいらない領域に子供達は到達した、と二人は認めたのだ。

そんなラルフ達の空気の変化を、リクとシルヴィアは敏感に感じ取る。ラルフの予想通り、闘気破砕砲オーラ・ブレイカーで作り出した『時間』を利用して、シルヴィアは魔力円環法マナ・サークルを展開していた。

ここからは更に時間を稼ぐ必要がある。シルヴィアが魔力マナを集めきる為の時間が・・・


「・・・ここまでは大体作戦通りだ。・・・後はシルの準備が出来るまで、俺が乗り切れるかどうかだけだな・・・」

「リっくん・・・無理はしないでね?」

「ははっ・・・無理しないでどうにかなる相手じゃないだろ、あの二人・・・さあ、行くぞ!シル!」

「・・・うんッ!!」


作戦の最終段階に移行するべく、遂にリクはシルヴィアを横抱きに抱えて立ち上がる。その首に両手をしっかりと回し、落とされない様にしがみつくシルヴィア。

流石にこの状況で恥ずかしいも何も無い、二人は真剣そのものの表情で、自分のやるべき事をやるだけだと覚悟を決めたのだ。

そして、見た目には何ともしまらない、二人の『必殺技』・・・その決死の準備行動が始まった。


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