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第一章 幼少期編
第21話 『決戦!!ギド・スパイダー』
しおりを挟む「ギシャアアアアアア!!!」
「・・・こりゃあ厄介だな。これじゃ火も風もマトモに使えそうに無い・・・」
禍々しい、濃密な瘴気が広間を満たしていく。息苦しささえ感じるその濃厚さに、リクは戦法を大きく制限された事を悟る。
ギド・スパイダーの威嚇を苦々しく睨んで、長剣を腰の鞘に戻すと、背中に背負って来たもう一振りの剣・・・大剣を抜刀して両手でしっかりと構える。
リクが戦法を制限された、と感じた理由は二つ。
一つは、囚われた精霊達の存在。【壱式・紅蓮】の炎は、魔物本体や蜘蛛の巣に有効な攻撃手段なのは、子蜘蛛との戦闘で実証済みだ。
しかし、ギド・スパイダーの巨体を相手に有効打を与えるには、かなりの魔力を注いだ炎を使う必要があるだろう。
そうなれば炎は飛び火し、身動きが出来ない精霊達を害する可能性がある。同様に、風系統・・・例えば【鎌鼬】も、魔物の頑強な体を切り裂くには、通常以上の威力に高める事を余儀なくされる。
結果は同じ様に・・・精霊達を危険に晒す事になると考えた。
もう一つは、瘴気の影響で空気が薄くなっている事だ。穴の入口で行ったように、換気が出来れば空気は確保出来るかも知れない。
だが、部屋を満たさんばかりに広がる瘴気を吹き飛ばす様な風を起こせば・・・それは最早【鎌鼬】の比ではない暴威となってしまう。
圧倒的に不利を強いられる戦場を、初めて経験するリク。止む無く【弐式・灼熱剣】と【肉体強化】を発動させた。
一方、シルヴィアは【燈明】を広間の天井近くへと飛ばして固定し、【肉体強化】を両手と両足に限定して発動させる。『集束化』の技術の応用だ。
全開使用でもリク並みの身体能力には至らない彼女が、部分的に集束化を行った【肉体強化】は限定箇所ながら、通常の倍以上の効果をもたらす。
尤も、魔力のコントロール難度が飛躍的に上がる難点があるが、シルヴィアは完璧に操ってのけて見せた。そのまま、彼女は次の魔法をリクに先んじて放つ事を決める。
「この状況なら・・・私の魔法の方が相性良い筈!【障壁:魔力盾壁】・・・そして【凍結系統:氷嵐】!!」
今や、彼女の代名詞と言っても過言ではない魔法の複数同時発動。精霊達を守るための障壁を張り、水系統魔法の応用である凍結系の魔法を、ギド・スパイダーを中心に指定して放つ。
局地的に超低温の嵐が吹き荒れ、氷の礫が一斉に襲い掛かる。正に氷嵐の名の如く、魔物の周囲の空間が凍てついてゆく。
「すげ・・・。シル、これ倒せたんじゃないか?」
「だったら良いんだけど・・・・多分、無理だと思うよ。・・・ほら、まだ動いてるし・・・うう、気持ち悪いよぉ」
氷嵐が治まった時、そこには白く凍り付いているギド・スパイダーの姿があった。構えも警戒も解く事無くリクが尋ねるが、シルヴィアは頭を振る。終わっていないという確信があったからだ。事実、魔物は凍結してはいるものの、まだ動いていた。
「この魔法は動きを制限するのが目的って感じの魔法なの。だから・・・威力はそんなにないんだ。でも、これで・・・」
「ああ!大分戦いやすくなった、ありがと!!」
彼女の意図を理解したリクは、笑顔を見せて前傾姿勢を取った。動きが鈍くなったのなら、充分戦り様はあると、大剣に帯びさせた熱を更に上げて【疾走】を発動させた。
「喰らえ!デカブツ!!【灼熱剣、剛断】!!」
裂帛の気合と共に、自分の身長とほぼ同じ長さの大剣をリクは【疾走】状態のまま、駆け抜けざまに横薙ぎに力強く振り抜く。
赤熱化するまでに加熱された刃は、全力展開された【肉体強化】と相まって、ギド・スパイダーの長い足を氷諸共まとめて斬り飛ばす。
「ギシャアアアアアアッ!!」
「・・・今ッ!・・・・・たあああああッ!!」
後ろ側の四本の足を残したが、バランスを崩したギド・スパイダーの巨体が前のめりに倒れ込む。そこへ、何とシルヴィアが後方から一気に距離を詰め飛び掛かった。
「普通にやっても通じないだろうけど・・・これならッ!!」
地を蹴り、跳躍したシルヴィアは両足の【肉体強化】を解除し、両腕にのみ集束発動に切り替える。つまり、この一撃の為に全ての強化を集中させるつもりなのだ。
『どんな魔法でも、集束させれば威力を上げられる』という師の教えからヒントを得た、彼女独自の直接戦闘方法が今、花開く。
飛び込みの勢いと、全力の振り下ろしをもってメイスを魔物の大きな背中へと叩きつける。グシャアッ!!っという鈍い音と、緑の体液を噴き上げ、ギド・スパイダーの背が大きく凹む。
そして、シルヴィアは尚も追撃を試みた。だが、氷の拘束が解かれた魔物も同時に動き出す・・・
「ギイッ!!ギギイィィィィ!!!」
「【暴風・零距離発動】!!・・・・!?きゃうッ!!!」
「!?・・・シルッ!!・・・・クソ蜘蛛・・・この野郎・・・ッ」
シルヴィアが自身の最大攻撃魔法・・・【結界:暴風】を零距離で発動し、魔物の体内へ直接流し込もうとした瞬間だった。
極短時間でリクに切り飛ばされた足をギド・スパイダーは再生し、シルヴィアが体に取り付いたままにも関わらず、壁面に向かって大きく跳躍。そして、自らの背中を壁に体当たりするように突っ込む。
突然の魔物の行動。そして、予想もしなかった再生能力に驚いたのもあるが、発動させた魔法を即座に中止させる事が出来ず、シルヴィアは壁へと叩きつけられた。
戦闘衣の【衝撃緩和】効果により、命に係わる程では無いが、大きなダメージを受けた彼女は、壁に当たった時に切ったのか、頬に一筋の血を流してふらふらと立ち上がる。
その光景を、駆けながら見せつけられたリクが・・・これまでに無い程の乱暴さで、ギド・スパイダーを蹴り飛ばす。先程まで使用を躊躇っていた火の魔法の様な、赤い陽炎の様に揺らめく何かを纏って・・・憤怒の形相で吠えた。
「・・・絶対、許さねぇぞ・・・この野郎・・・よくもシルに怪我させやがったなァッ!!!!」
それは、リクが初めて見せる『激怒』の感情。これまでは、熱くなって周りが見えなくなる程度の怒りならば時々感じる事があった程度で、本気で怒った事は一度も無かった。
リク自身は、幼馴染の少女の影響もあってか、めったに怒る事の無い、優しい性格の少年である。その彼が本気で激高している。
シルヴィアが傷つけられた事に、彼女を守り切れなかった自分の不甲斐無さに、リクは感情を爆発させ・・・遂に【闘気】の発現に至ったのだ。
【闘気】とは、戦技を極めた一流の戦士のみが扱えると言われる、主に身体能力を劇的に向上させる【スキル】である。
感情の爆発をきっかけとして発現する例が最も多く、一定数の使い手が居るとも言われているが、魔力以上にコントロールが難しく、発現させても使いこなせず封印したまま、という者の方が圧倒的に多いのが、戦士達の実感だ。
リクは既に発現寸前の状態にまで来ていた物が、この激高を切っ掛けとして、遂にコントロールしてみせた。感情の爆発が起こり得ない、父親との訓練で完全に発現する事がなかったのも頷ける。
「覚悟しろッ!!・・・シル!今からコイツを徹底的に潰すから・・・シルがトドメを刺せ!!」
「ふえっ!?・・・う、うん・・・」
言うが早いか、戸惑うシルヴィアを置き去りにする速度で、リクはギド・スパイダーへと再び突っ込む。今度は両手に赤く揺らめく【闘気】を纏わせた、大小二振りの剣を持って・・・剣舞を見舞う。
「これがッ!・・・【参式・闘気斬】だああぁぁぁッ!!」
長剣と大剣。左右から高速で放たれる赤い斬撃は、易々と魔物の体を切り裂き、彼方此方へと吹き飛ばして行く。それは【闘気】の活用法の一つ、『武器や防具に流し込む事で、一時的に性能を向上させる』という効果によるものだ。
早くから、息子の【闘気】発現を見越していたラルフは、リクに対して基本的な性質や、運用にあたっての注意を教えていたのだ。それが今、役に立っている。
「ギイッ!?ギャウウウウウ!!ギギギギイッ!?」
苦痛の鳴き声を上げる魔物。しかし、リクは耳障りだと言わんばかりに両手の剣を振るう。徹底的に、相手が動きを止める迄その蹂躙は続き・・・
「・・・良し、もう動けないよな?・・・シル!!」
「うん・・・お返しだよ・・・!!【局地指定・氷結陣】!!凍てつきなさいッ!!」
漸く怒りが収まったのか、それとも動かなくなった相手を頃合いと見たのか、リクは大きくその場を飛び退きシルヴィアに声を飛ばして合図を送る。
そして、ギド・スパイダーの周囲のみをシルヴィアの放った魔法が、白い冷気で覆いつくし・・・巨大な蜘蛛の形をした、氷の彫像を作り出した。
【氷結陣】は、シルヴィアがエリスから伝授された完全拘束を目的とした魔法だ。
直接的な殺傷能力は無いに等しいが、使い手の魔力次第では、永久に溶ける事が無い氷に対象を閉じ込める事が可能な魔法とされ、時間を掛ければそれだけで死に至らしめる事も出来る。
しかし、彼女はあくまで拘束の為に用いたのである。それにはどうしても譲れない理由があった。
「魔法だけじゃなく・・・ちゃんと戦えるって、リっくんに見て貰うんだからァッ!!」
地を蹴る様に駆け出すシルヴィア。両手にしっかりとメイスの柄を握り締め、地面スレスレを駆け抜けた彼女は強振の体勢に入る。
「砕けてッ!!」
短い気合の言葉と共に、振り抜かれる鋼鉄製のメイス。全力の一撃は凍り付いたままのギド・スパイダーの体へと吸い込まれ・・・
カシャアアアアアアアアアァン!!っと澄んだ音を立て、一瞬の内に崩れ去る。シルヴィアの全力が見事に届いたのだ。部屋に満ちていた瘴気も急速に消え失せてゆく。
辺りに凍気の残滓・・・白い空気が漂う中、駆け寄ってくるリクに対して、シルヴィアは今日初めて、心からの笑顔を向ける事が出来たのだった。
ギド・スパイダー。推定討伐難易度『A++』 -討伐完了-
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