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第一章 幼少期編
第18話 『精霊と暗闇の穴』
しおりを挟む二人にとって、親の同伴が無い初の単独調査依頼。シルヴィアは準備の為に一度家に戻り、リクもまた、自宅の地下・・・武器庫へと足を運び、出発の用意を整え始めた。
討伐依頼とは異なり、調査が主な目的という事で、用意するべき物が大分と違う。単に武器防具と食料だけ、という訳にはいかない。
詳しい状況は牛飼いのおじさんこと、ゴドゥを訪ねて直接聞くつもりだったが、今の所『底が見えないデカい穴がある』という事以外は何も解ってはいないのだ。
あれもこれもと、大量に持ち運べるものなら楽なのだろうが、12歳の子供二人では、運搬用の魔具を用いたとしても限度がある。
悩みに悩んで、シルヴィアは自分が作成した回復薬を数種類と、鋼鉄製のメイスと魔法具の戦闘衣を選び、戻ってくる。
戦闘衣は、綿と麻から成る混紡製で、魔力回路を構成する銀糸を織り込んだ特別製の魔法具になっている。
度重なる魔物討伐に、訓練着のまま出かけて行くリクとシルヴィアの危険緩和の為にと、エリスが二人の物を作ってくれたのだ。
シルヴィアの戦闘衣は、白を基調としたワンピースとインナーに、足首までを守るカーゴパンツの様なボトムスのセットになっている。
一方、リクの物は、赤み掛かった黒をベースにした、ジャケットとインナーとブーツ。そして、シルヴィアの物と同デザインのボトムスである。
動きやすさを重視した作りであり、素の防御力は普段の訓練着と大差はない。しかし、魔法具としての効果がこの戦闘衣を優秀な防具へと変質させる。
常に、微弱な物ではあるが【衝撃緩和】【硬化】の障壁効果が発動しており、更に魔力を注ぐ事によってその障壁を強化出来るという・・・
一流の冒険者達もこぞって欲しがるであろう、全く自重しないで制作された逸品であった。
リクもやはり同じ様に感じたのか、戦闘衣を着用し、背中と左腰に大小一振りずつ、鋼鉄製の剣を装備していた。
そして、収納用魔具に・・・水と食料、ロープ等、およそ三日分程度の必要物資を詰め込み、ベルトの右の腰辺りへぶら下げる。
収納用魔具は、詰めようと思えば十日分程度の物資や、何なら天幕さえも収納できる。しかし、中身を取り出す際に必要になるスペースはかなり広く、運んだは良いが肝心な時に物資が取り出せない・・・となりかねない。
故に、行き先や目的に応じた分量という物を考えなければならない。これは、いつの時代も変わらない悩ましい問題であった。
いつも以上に万全、と思える用意をそれぞれに整え、二人はまずは詳しい状況を知るゴドゥの家を訪ねるべく歩き出した。走って無駄に体力を使う理由はないのだから、と。
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「お前達がウチに歩いて尋ねてくるとはなぁ・・・」
「いつも朝は騒がしくてゴメン。でも苦情は父さんまでお願いします」
「ゴドゥおじさん、いつもごめんなさい。・・・えっと。私達、村長さんからおじさんが伝えてきたっていう、穴の調査を依頼されて・・・」
毎日早朝から家の前を爆走していく二人を、同じく牛の世話をしつつ毎日見送っている、村外れの牛飼い・ゴドゥは普通に歩いて自分を訪ねてきたリク達に、感慨深そうにうんうんと頷いた。
「村長から話を聞いてくれたのか。・・・ていうか、お前達が受けてくれるのか?ラルフ達に言うもんだとばかり思ってたんだが。ああ、お前達が頼りないとか、そういう事じゃないからな?」
「父さんや母さんみたいな経験も無いし、俺達じゃ不安かも知れないけどさ、任せといてよ。俺もシルも、これでもそれなりに強くなったんだ」
「危ないと思ったらちゃんと逃げるし、安心して待ってて下さい。あくまでも『調査』だし、魔物が関わってるかどうかも解らないから・・・」
「・・・二人共、立派になったなぁ。ちょっと前まではただの子供だと思ってたんだが・・・解った。おじさんが見た事、全部話そう」
ゴドゥの話してくれた内容は、大体が村長から聞かされたものと同じだった。ただ・・・
「兎に角、デカくて深い・・・真っ黒な穴でな。子牛をそれこそ、こう抱えて後ずさって逃げてきたんだが・・・奇妙な声がしていてなぁ」
「声?・・・ゴドゥおじさん、それって動物の吠える声とか、唸り声みたいのじゃなくて、人の声って事?」
「ああ、人・・・そうだな、子供の声っぽい感じだったぞ。『助ケテ』とか『返シテ』・・・とか聞こえたんだ。正直、ビビってしまったよ」
謎の声。ゴドゥが聞いたという、何かが助けを求める様な、子供っぽい声を、リクは魔物の特徴を伝えて確認するが・・・恐らくは違うと感じる。
今まで、リクとシルヴィアが遭遇してきた魔物は全て、言葉を話すことは無かったからだ。
それは高い知性を持つと聞かされた、あの『ガル・キマイラ』でさえも例外では無かった。
魔物は総じて、獣の姿に似たモノが多く、大抵は吠えるか唸るかしかしなかった。稀に人型に近いモノも居るには居たが、やはり言葉を発するモノは居なかったのだ。
「リっくん、取り敢えず行ってみよう?・・・助けを求めてる誰かがまだ居るかも知れないし・・・」
「そうだな・・・おじさん、ありがとう。俺達、そろそろ調査に向かうよ。・・・もし、夜までに戻らない時は、悪いけど村長さんに伝えて貰える?」
「・・・夜まで、だな?解った、それは心配しなくていいから、ちゃんと無事に帰って来いよ?」
「大丈夫だよ。ヤバいって感じたらちゃんと逃げるよ。じゃ、行ってきます!」
こうして必要な情報を得た二人は、ゴドゥの見送りを受けて花園の中心部・・・突如現れた『穴』へと向かって行った。
今、季節は夏から秋へと変わり始めた頃で、春先に見事に花を咲かせるライラックの花園は、気持ちの良い風が吹き抜ける緑の草原だ。
村人達の憩いの場に出現した黒い穴は、直径にしておよそ10メートル。深さは深淵の闇に閉ざされはっきりとはしないが、かなり深いものだろうと思わせる、冷たい空気が漏れ出ている。そして何よりも・・・
「・・・リっくん、これ・・・!瘴気だよ」
「・・・だな。しかも、かなり濃い、な・・・やっぱ、魔物が居るのは間違いないっぽいな」
並んで歩いていたシルヴィアが声を上げ、リクは左腰の長剣・・・その柄に右手を掛け、警戒を強める。
穴から漏れ出ていたのは、冷たい空気だけではなく、魔物が放つ禍々しい瘴気。『かなりの濃さ』とリクが表現したのは、相当数の魔物が居るか、もしくは強力な個体が居るかのどちらかは間違いないと感じての事だ。
瘴気の濃さは、そのまま魔物の戦力・・・討伐難易度に直結する、一種のバロメーターでもあるのだ。子供らしからぬ経験則から、二人は『危険だ』と警戒の度合いを上げたのだった。
そして・・・リクとシルヴィアは『声』を聞いた。
「助ケテ・・・・オ友達、助ケテ」
「返シテ・・・・オ友達、返シテ」
「「・・・・!?・・・・」」
はっきりと聞こえた。ゴドゥの話にあった『子供っぽい声』が・・・思わず二人は武器を構えて、背中合わせで周囲を警戒するのだが・・・目に飛び込んできた『声の主』に言葉を失う。
「・・・・え・・・シル、これって」
「精霊・・・、なのかな・・・多分」
リクは思わずシルヴィアに尋ねる。エリスの蔵書を数多く読んできた彼女なら解るかも知れないと思ったのだ。そしてリクの期待通り、シルヴィアはやや自信なさげではあるが、答えを口にした。
二人の前に一人ずつ・・・半透明の昆虫の様な羽を持った、小さな女の子が浮かんでいた。・・・それは確かに『精霊』と呼ばれる存在だった。
精霊とは、主として豊かな自然の中に生まれる、妖精族の遠縁の様な存在である。厳密には『人』とは異なり、寿命が無く、環境に影響を受けて活性化したり、消滅することもある謎の多い種族と言われている。
自然豊かな地に自然発生し、その土地が豊かさを失わない様に守ってくれるとも言われ、四種族にとっては大事に、そして敬愛をもって接するべきとの共通認識があった。
その精霊が、たどたどしい言葉で助けを求めている。本来ならば、流暢な言葉を操るであろう筈の彼女達は、破壊の爪痕が大きく残る花園の影響か・・・弱っていたのだ。
「「・・・オ願イ。オ友達、助ケテ!!・・コワイ奴、サラッテイッタ」」
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