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第一章 幼少期編

第11話 『ガル・キマイラ』

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村長が帰った後、ラルフとエリスは子供達を呼び寄せた。

テーブルに並べられた昼食を取りつつ、村長が持ち込んだ『依頼』について、ゆっくりと語り始める。


「さて。ガタルキの爺さん・・・じゃない、村長からの話をお前達に話しておく。今まで俺とエリスがやって来た仕事について、だ」

「父ちゃんの仕事?・・・・・母ちゃんに怒られてばっかの、腕が立つ無職者プータロー??」

「リク。お前は次から訓練メニューを三倍にする」

「わああ!ごめん、ごめんってば!」

「リっくん・・・流石に、今のはちょっと酷いよ」

「普段から働いてる姿を見せないからよ。・・・・・リク、シルヴィア。私たちはね、村近辺を中心に魔物の討伐を時々しているのよ」

「「えええええっ?!」」


リクは割と本気で父親は働いてないと思っていたらしく、これまで生活費は母が魔具の制作や修理で稼いでいると考えていたのだ。

それをあっさりと覆す告白に、子供達は大いに驚いた。

ラルフもエリスも、嘗ては一流の冒険者であり、村では並ぶ者が居ない実力者だという事は既に知っていた。

魔具修理訓練で訪れる、村人達の家で度々、二人の昔の話を聞かされてきたからだ。

本人達は自分で語ろうとはしなかったが、皆が口を揃えて言うのだ。

『昔のあの二人は凄かった。きっと王都でも名の知れた存在だったに違いない』と・・・


「まあ、お前達の訓練の合間にな。二人で交代して討伐してたんだよ・・・帰りが遅い日があったり、夕飯が簡単な物になったりする日があったのはそのせいだ」

「片手間で狩るにも、最近は手間の掛かる魔物ヤツが多いのよ・・・ホント、面倒だったらないわ」


夫婦揃ってとんでもない事を言ってのける。何せ、現在進行形でヒヨッコとはいえ現役の王都騎士団員達が苦戦しているような存在、それが魔物だ。


それぞれが異常な戦闘力を誇り、種類や個体によっては、町一つ。或いは国そのものを破壊しかねない魔物の存在も確認されている。

魔物は冒険者ギルドによって、主な種類を脅威度毎にランク分けをして区分されており、最新の物では『Sクラス』が最も脅威度が高く、強い。

一国を壊滅させる、と言われるのがこのSクラスだ。そして今回、依頼されている討伐対象は・・・


「本題に入るぞ。今回は、騎士団員が苦戦している魔物討伐の尻拭いだ。対象の魔物は・・・エリス、何だっけ?」

「はぁっ・・・・・。大した事無いからって聞き流すからそうなるのよ?・・・『ガル・キマイラ』よ」

「ああ、それそれ。確か、脅威度『A+クラス』だな。ヒヨッコ達にはちょっと厳しいか?大した事ないだろうに」

「今の王都騎士団に聖堂騎士団、冒険者ギルドも力不足なんてものじゃないわ。無理よ」

「そんなもんか・・・っと。リクもシルヴィアも、討伐対象の魔物が居て、それを狩るって事は理解したな?」


簡単なおさらい、と依頼の概要とともに討伐対象の魔物について説明した後。ラルフが改めて子供達を見据える。


「・・・今回はお前達の実力を俺とエリスに見せて貰う。つまり、二人で魔物を討伐するんだ」

「えっ?!」

「ふえっ?!」

「さあ、出発の準備をするぞ。リクは剣を持って来い。シルヴィアは・・・メイスだな。エリスは野営用道具の準備を頼む」

「解ってるわ。アナタは馬車の用意をお願いね。馬は借りなくていいわよ?勿体ないから」

「ああ・・・・要するに、俺が引っ張ってくのね、馬車を・・・・」


自分達が魔物討伐依頼を受ける事になるとは・・・と驚き、放心しかける子供達に準備を促すラルフ。

そして、移動用の馬車を借り、夫にそれを引かせようとするエリス。

リクとシルヴィアの二人は、バタバタと準備を急ぎ・・・いつものエリス無双に気付く暇も無かった。

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村から王都へと向かう先に横たわる、広大な森林地帯。リクとシルヴィアの『狩場』でもあるそこに、魔物が現れた。

最初の被害は、街道を少し外れた場所で休憩をしていた隊商の一団だった。

悲劇の後をたまたま通り掛かった、第一発見者の旅人によれば、現場は凄惨の一言だったそうだ。

荷物や馬車は滅茶苦茶に破壊され、人も、馬も。生きていたモノは、殆どが雑に食い荒らされており、原形を留めていた遺体には恐怖の表情が張り付いたままだったと・・・

被害を恐れた隊商や旅人達は、冒険者ギルドを頼り、腕の立つ護衛を雇って安全を確保しようとしたが・・・効果は上がらず、被害は拡大する一方。

やがて、魔物に恐れをなした冒険者達が依頼を断る様になり、止む無く王都騎士団の若手団員達が派遣されたのだ。

彼等は王都のみならず、人族の脅威と戦うのが王都騎士団の使命である!と意気込んで出陣してきたのだが・・・・


「実力不足だったな。ガル・キマイラは腐っても『A+』の魔物だ。今のヒヨッコ騎士団員に倒せるような相手じゃない」

「巨体の割に素早く、筋力も知性も高い。おまけに魔法系の【スキル】を持つ個体も存在する・・・厄介な魔物ヤツよ」


四人は『馬よりも遥かに速く走る馬車』を駆り、日が沈む頃には森林地帯へと到達。

大人二人が慣れた様子で野営の設置を整えて、現在は焚き火を囲んでの夕食と、作戦会議を行っていた。


「でっかくて、素早い・・・・魔法も使うかも知れない・・・・」

「・・・どうやって倒せばいいんだろう・・・?」

リクとシルヴィアは、緊張した面持ちで考える。二人で討伐しろ、と言われた以上、大人の加勢は絶対にない。


「そう難しく考えるな。今までお前達がやってきた訓練、そこで得た力をぶつければ良いだけだ。全力で、な」

「私たちは、アンタ達がやり過ぎた時の後始末要員で来ているの。だから遠慮せずにやりなさい、存分にね」

やはり加勢はしない、但し後始末は請け負ってくれるという二人の言葉に、子供達は安心して、互いに頷きあう。

「・・・さて、今夜はもう寝るぞ。騎士団員も今は身を潜めて休んでいるだろうからな」

「夜が明け次第、正確な魔物の位置を確認して奇襲を掛ける。大体は把握しているけど、被害を出さない為にも万全を尽くすのよ?」

「「はいっ!!」」


決戦は明日の早朝。気合を入れて返事をするリクとシルヴィアは、先程までの緊張が適度に解れたのか早々に眠りにつく。

そんな子供達を見守るラルフ達は、念の為と防護用の結界魔具を起動し、交代で見張りにつくのだった。

そして、東の空が白み始める頃、四人は魔力マナを一人ずつ四方へと広がる様に解き放つ。

ただ単に魔力マナを一定の方向へと放出しているだけの行為・・・の様に見えるが、これはれっきとした索敵の方法だ。

魔力マナは自身の物と異なる魔力マナと接触すると、反発する性質がある。

つまり、特性を持たない魔力マナを放つことにより、反発する魔力マナを感知する事で敵の位置を探る事が出来るのだ。

本来は、円状に放つ方が効率的には良いとされるのだが、四人がそれぞれ東西南北を担当して放つことで、負担の軽減と索敵範囲の拡大を狙っている。


「・・・・遠くに何かいる。・・・・えっと、2㎞くらい先、かなぁ。大きい反応があるよ!」

「チッ・・・思った以上に移動してるな。恐らく、騎士団の連中が先に接敵するぞ」


東を担当していたシルヴィアが声を上げる。想定より遥かに遠い位置の反応にラルフが渋い表情をした。急がなければ、騎士団の者達が危険に陥りかねない状況だ。


「走るぞ!!・・・このまま奇襲を掛けて討伐する。二人共、準備しておけよ?」

「「はいっ!!」」

「・・・やれやれね。【風の疾走・対象拡大】・・・・最大加速フル・ブースト、行くわよ!」


作戦開始を告げるラルフに子供達が答え、エリスの風の加護が四人を包み込む。

刹那、猛烈な勢いで飛び出す四人。疾風の如く、まさに目にも止まらぬ高速移動だ。

薄暗い夜明け前の森を駆け抜け、木々を薙ぎ倒す勢いで走る。先程シルヴィアが感知した魔力マナは、禍々しい気配と共に、どんどんと近づき・・・


「・・・・居たぞッ!!・・・騎士団員もな」

「あ・・・あれが」

「魔物・・・・・」


唐突に森が開け、広場に出た瞬間。地に倒れ伏した騎士らしき人物を踏み潰そうとする異形が目に入った。

急停止し、各々が武器を手に臨戦態勢を取る。

そんなこちらの気配・・・或いは魔力マナに気付いたのか、魔物は獅子の顔を振り向かせ、血に濡れた牙をこちらへと向けた。

予断は許さないものの、間一髪で騎士の命は救われた格好だ。


「そうだ・・・・。あれが今回の討伐対象、ガル・キマイラだ」


始めてみる魔物の凶悪さに驚くリクとシルヴィア。これが討伐する相手、『A+ランク』の強敵。

獅子の顔と山羊の体。そして蛇の尾を持つ、身の丈凡そ3mはあろうかという巨体が夜明けの森に吠えた。

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