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第一章 幼少期編

第9話 『実戦訓練は狩りだった』

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訓練がグレードアップした。

まず、準備運動替わりだった、朝一番の野山ランニングフルアタックが、村を出た先・・・あの裏山まで距離が伸びた。


「もう、村の中程度じゃ物足りないだろ?麓まで行って帰ってこい。今日から毎日、朝飯までにな」

「とーちゃん!!この前は俺達帰ってくるの夜になったんだぞ!?」

「あうあう・・・・・」

「何言ってる。山に登る訳でも無いし、いつもの障害も無い。ただ距離がやたら長いだけだ。ほれ、無駄口叩いてないで行ってこい!」


リクの抗議もどこ吹く風。ラルフはひらひらと手を振り、これ以上ない良い笑顔で二人を送り出す。

渋々。といった表情で、リクとシルヴィアは夜明けの村を掛け出ていく。

いつものペースよりはかなり早いが、シルヴィアが何とか付いて行ける程度には抑えて走る。


「リっくん・・・・・」

「・・・シル、諦めよう。なんか、ロイおじさん達が帰ってきたあたりから、正直こうなる気がしてた」

「お父さんとお母さんが?・・・そう言えば・・・『しっかり頑張るんだよ』って昨日も言われたけど、もしかして・・・」


シルヴィアの両親、ロイとメルディアの夫婦は一か月程村に滞在して、あちこちに薬を届けた後、また旅に出てしまった。

娘の事をラルフ夫妻に「一切合切」託した上で、だ。

それはつまり、リクと同じ訓練をこれからも施して構わない。という免罪符を鬼教官に与えた事に他ならない。

そこで早速、ラルフが日々の訓練メニューを変更した。まず、ランニングの距離を騎士団の訓練レベル程度まで強化。更に帰った後には、乱取り稽古を実施。

昼食を取った後は夕食用の食材を集めに、実戦訓練として森へ狩りに行かせる。・・・と、一気に内容が膨張した。

狩りは実戦感覚を養う為に、以前からやらせてみようと考えていた。が、流石に5歳の女の子にまでは・・・と自重していたのだが、お墨付きが出た事で解禁することにしたのだ。

これは『ラルフの部』とでも言うべき訓練であり、徹底した肉体強化と、戦闘センスを磨く事に特化したものだ。


「でもまぁ・・・出来ない、って感じはしないんだよね。ほら、小川が見えてきた。シル、頑張れー」

「うぅ~っ、待ってよぉ~・・・・・」


折り返し地点まで先に到着し、リクは速度を緩めてシルヴィアを待つ。やや遅れて、彼女が追いつくと、並んでまた走り出す。


「ちゃんと待ってるよ。シルを置いて行った事なんかないだろ?」

「うん・・・・・そうだけど、わたしね。リっくんにずっと付いて行けるかな、って時々不安になって・・・」

「シルは俺よりすごいんだし、大丈夫だよ。それに、心配しなくてもさ。ずっと一緒だよ。約束する」

「リっくん・・・・・!・・・・うん、約束ね。絶対だよ?」


奇妙な事に、お互いがお互いを『自分よりすごい』と思っている二人。シルヴィアの不安はそんな気持ちの裏返しだ。

いつかは付いて行けない、追いつけなくなる、そんな日が来るんじゃないか。それでも・・・と思うからこそ、泣きそうになる。

そんな心を、リクの言葉が救った。

ずっと一緒だ。と約束を交わす事で、シルヴィアの不安は和らぎ、笑顔が戻ったのだ。

まだ男女を意識する訳もない二人。しかし、その相手は家族同様に大切な存在・・・たった一人の幼馴染。

指切りをして誓う姿に迷いなど無かった。


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無事、朝食までに新ランニングコースを走破して。午前中の訓練を一つ一つ、死ぬ気で取り組むリクとシルヴィア。

乱取り稽古でズタボロにされつつ、どうにか昼食まで生き残った。実際、シルヴィアの治癒魔法が無ければ何度か死にかけたのだが。

『ほんの少しだけ』手加減をやめたラルフに、二人は木剣で散々打ちのめされたのだった。


「昼ごはんの後は・・・・森に行って狩りだっけ」

「うん・・・体が、うまく動かないよ・・・」

「・・・やっぱ、失敗したら晩ごはん抜きなんだろうなぁ・・・」


ここまでの訓練で、既に二人は息も絶え絶えだった。

正直、マトモに狩りで獲物なんてとれるのだろうか。そもそも二人は狩りをした事がない。

罠の知識もなく、弓の扱いもまだ知らない子供達は、どうしたものかと悩む。


「あんた達、早くお昼食べちゃいなさいよ?休む時間が無くなるわよ」

「かーちゃん。狩りの獲物ってどうやって狩れば良いの?取り敢えず殴ればいい?」

「リっくん・・・・それは、無茶じゃない、かな?」


ようやくの思いで有り付いた昼食だったが、食べながらも真剣に悩んでいた子供達にエリスは声を掛けた。

たまらず、母に知恵を借りようとするのか・・・と思いきや、『取り敢えず殴る』と言い出すリクにシルヴィアは困り果てるのだが・・・


「それでも良いわよ。要は、相手を無力化すれば何でも良いの。魔法でも、戦技でも・・・力ずくでもね」

「お、おばさん・・・・」

「シルヴィアもよ?考える事は勿論、何よりも大事。でもね?時には動きながらでも、考えなきゃいけない事もあるの。先ずは思い付きでも試す、これも大事なのよ」


息子の考えを否定する事なく、シルヴィアにもエリスは理知的に諭す。当たって砕けては元も子もないが、行動を起こさないのはダメだと。


「思う様にやってみなさい。失敗したら、皆の晩ごはんがなくなるだけ。今日は本当に何も用意しないから・・・そのつもりでね」


子供たちは『全員分の食糧調達』を任された事で、その重圧にゴクリ、と唾を飲込み気合を入れ直す。

晩ごはん抜きは絶対に避けなければならない。

何故なら、明日はエリスの訓練が待っているのだ。今日以上のハードな何か、がある可能性が極めて高い。

万全の体調で臨まなければ、きっとどうにもならない。

リクとシルヴィアは、何が何でも獲物を取ってくる事を決意するのだった。


ライラックの村と人族の王都・リスティアとの間には、広大な森林地帯がある。

リク達二人が、朝から走って行った山とは反対の方向になるのだが、一応ながら街道としての機能を果たす道も通っており、危険は少ないと言われている。

中央部付近には湖があり、様々な動植物がそこを中心に繁殖している。

村の男達は時折、湖の近くまで行っては狩りをして、食料を得る事が、この村では一般的な事であった。


「夕方には戻らないといけないから・・・・シル、結界で動物を追い込んでくれる?」

「うん。・・・ええと、じゃあ・・・【障壁:風の壁・・・四方展開】、発動するよっ」


ぐるぐると右腕を回しつつ、臨戦態勢に入ったリクがシルヴィアに魔法を使うように、と声を掛ける。

頷いた彼女が選択したのは、四方から迫る風の壁で、動物を閉じ込める作戦だ。

傷つける程の威力を出さず、驚かせて追い込む事が出来ればいいだけなので、この場合は風の障壁が一番いいだろうとの考えである。

やがて、多数の動物と思われる足音や鳴き声が、四方から吹きすさぶ風に追い立てられ、一か所に集まっていく。

作戦は見事に成功したのだ。


「よしっ!さっすがシル!!・・・じゃあ、こっちに向かって一匹ずつ通れるくらいの『穴』、開けて」

「えっ?・・・いいの?それだと、全部リっくんの方に行っちゃうよ?」

「いいからいいから!・・・・今度は、俺の番だからねッ!!」


わざと一方向だけを開けるように、とシルヴィアに頼むが早いか、リクは魔力マナを練る事はせずに、ただ構えた。

今回は戦技だけでどこまでやれるのかを見てみるつもりなのだ。

そして、僅かな隙間から逃れようと殺到した・・・・獲物が飛び出して来た。


「【鎌鼬カマイタチ・・・・乱れ打ち】だあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

気合の叫びと共に、リクは上下左右に右腕を振り下ろし、風の刃を次々に放つ。狙いは正確ではないが、目標は真っ直ぐこっちに向かってくる。

これで外す方が寧ろ難しく、最初にイノシシが一頭。次にシカが一頭、と風に切り裂かれて倒れる。中には首を切断され、目の前まで走った挙句にようやく倒れるモノも・・・


「うわ・・・。・・・・へぅ・・・・」


狩りとは様相が全く異なる情景にシルヴィアが呻く。

血飛沫を撒き散らして、また一頭。今度は狼が腹を二本の刃に切り刻まれ、倒れる。残念だが、これは食べられそうにない。

そして、動物たちの猛攻ラッシュ染みた突撃が終わりを告げる。障壁で追い込んだ獲物をリクが全て倒したのだ。


「・・・・ふうっ・・・!・・・・ちょっとやり過ぎた、かな?」

「うぅ・・・ちょっとじゃないよぉ・・・」


額の汗を腕で拭い、獲物をロープで縛りあげて運ぼうと用意をするリクの姿とは対照的に、

最早、狩りというより凄惨な殺戮現場の体を成す光景に、泣きそうになるシルヴィアだった。


「今日はごちそうだーっ!!」



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