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第一章 幼少期編
第6話 『親と子は似通るもので』
しおりを挟む地獄のマラソン大会から生還した二人は、ラルフ夫妻によってベッドに運ばれた。
夕食を食べさせる前に、まずは休息を与えなければならない。流石に理不尽が服を着ている、と揶揄されるラルフにも、最低限は子供を気遣う心くらいはあるようで。
「うむ。初挑戦で夕飯に間に合うとは大したもんだ!全くもって、将来が楽しみだぞ!」
「・・・あのね。リクは良いとして、シルヴィアまでこんなにして・・・ロイとメルにどう言えば 良いのよ?く・れ・ぐ・れ・も!やり過ぎるな。と・・・私は言ったわね?」
声を上げて笑い、嬉しそうに子供達の偉業を褒めるラルフ。そんな夫をエリスはジト目で睨み冗談ではない、と凄む。・・・振り返る金色の髪の美女の表情は・・・本気で怒っていた。
因みに、ロイとメルというのは、隣に住む薬師夫婦で、シルヴィアの両親の事だ。
治癒魔法の暖かな光でリクとシルヴィアを包みながら・・・の筈だが、何故か部屋の温度が下がった気がする。まるで、凍結系の魔法を行使してるのではないかと錯覚する程に。
夫の訓練方針は間違ってはいない。そう、方針は・・・・・
問題はその匙加減だった。この世界、特に自分達が現役の冒険者として活動した時代には、物心つくかつかないかの頃から、子供に何らかの訓練を施す事が常識になっていた。
それは、いつ戦乱が起こるか解らない漠然たる不安と、現実問題として、増える一方の魔物の脅威への備え・・・自分の身は自分で守る為の、最低限の力は身につけて欲しい・・・・・
そんな世の親達の願い。
自分も母親となって、その気持ちがようやく解るようになった。
この子にも。そして、仲の良い隣の薬師夫妻の大切な娘も。自分に出来る全てを授けたい、と
エリスも願う様になったのだ。
但し。それは成人を迎えるまでに大成を見れば良い、と思っていた。器の容量を超えて水を注いだ所で、それは溢れて零れてしまう。
限界を超える修行や訓練は逆効果。寧ろ、害悪にすらなり得る・・・魔法系冒険者であり、研究者でもあった経験から彼女は、あくまで理知的な結論へと達したのだ。
故にエリスは、リクとシルヴィアの適正を見極め、それぞれの得意とする所を無理なく、時間を掛けて高みへ導こうと、日々、教師の真似事をしていた。
ところが、だ。
自分の夫が今日、二人の子供に課した試練は、王都騎士団の入団試験をアレンジしたものだった。
当然だが、本来の物は屈強な戦士系の者が受ける試練。
常識外れなんて生易しいものではない。過剰も過剰、難易度はハードモードどころか、間違いなく限度を振り切っていた。
それはエリスにとって度し難い・・・・許せない所業であった。
「い、いや。ちゃんとアイツ等に出来る程度にレベルダウンした内容にしたぞ?あの山には魔物が居ないのは確認したし、対処出来ないような難易度じゃあ・・・」
冷気に体を震わせ・・・いや、妻の様子に肝を冷やして、か。
ラルフが言い訳を口にするが、それが更にエリスを怒らせた。あれで、加減していた?と・・・
「ふぅん・・・・あれで?・・・・・どうやらお仕置きが必要なようね、ア・ナ・タ?」
「ご、ゴメ・・・・・」
「言い訳無用!!夕食は抜きよ!!!!」
遂に怒りが爆発したエリスは、左手から猛烈な吹雪を放った。正確に夫だけを対象に据えた、極小範囲の魔法。それも、右手は子供達二人への治癒魔法を発動させたままで。
さらりと超高等技術を駆使し、妻は許しを請おうとしていた夫を凍り付かせた。
「ホント・・・・・自分まで反対方向に倍の距離を走ってくるし、子供には無自覚スパルタ教官だし、私の苦労を考えて欲しいわ。・・・全くもう!!世話焼かせないでよねッ!」
氷の彫像と化したラルフの姿に、盛大な溜息とともにエリスは愚痴っぽく。それでも、面倒を掛けられる事を、満更でもなく感じていた自分を自覚する彼女は、ほんの少し、頬を赤らめて言い。照れ隠しとばかりに・・・・・
夫を部屋の外へと蹴り出した。
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目が覚めると、そこは見慣れた天井。
どうやら帰り着いて、その場で力尽きたらしい事を、まだぼんやりとする頭でリクは悟る。
訓練の後に倒れ込む事は正直、慣れっこだ。この年になるまで・・・まだ5歳だが、物心が付いた頃には、疲れ果てて、こうしてベッドに寝かされている事はザラだった。
「あー・・・・・またやっちゃったか・・・」
思わず苦笑いしてしまう。余力を残せずに訓練を終えた事に。そして、何よりも・・・・・
「ごめんな。また、シルに無理させちゃったな・・・・・俺がもっと強くて、頑張れたらもっと上手くやれるのになぁ・・・」
隣のベッドに寝かされ、穏やかな寝息を立てている、栗色の髪の幼馴染に謝る。
シルヴィアの支えが無ければ、今回は本当に生きて帰れたか怪しいところがあった。
その分、彼女の負担は大きくなり、まだ眠りの中にいるのだった。
消耗した魔力は、睡眠など、十分な休息を取る事で回復する。
しかし、幼い精神で大量のマナを扱う事は、大きく体に負担が掛かり、体力も著しく消耗する。当然、回復にはより多くの時間を要する事になってしまう。
「・・・んう・・・ん・・・・・あ、リっくん・・・・おはよ?」
リクに遅れる事30分。ベッドの上に半身を起こし、寝ぼけ眼を擦りながらシルヴィアが目覚めた。
「シル!・・・ごめん、無理させて・・・・・」
「・・・?・・・・・えっと、わたし。またやっちゃった?」
「いや、シルは悪くないよ。俺がちゃんと魔力の残りとか、最後のブレーキとか、もっと考えて走ってれば・・・シルまで倒れなくて良かった筈だし」
「あはは・・・わたし、途中で何回か気絶したよ?・・・・・今更、だもん」
「・・・・・シ、シル?・・・・・・・」
開口一番、シルヴィアに頭を下げて謝るリク。それをきょとん、とした表情で見ていたシルヴィアは、自分が気を失ったのは仕方ない事だから、と慰めようとしたのだが・・・
少し意地悪をしたくなった。大分怖い思いをしたのだ、それ位は良いだろうと。
「やめてって言ったのに。全然スピード落としてくれないし。・・・飛ぶし」
「いや、それは・・・ええっと、ちゃんと風で守ってたし、怪我はさせないようにしてたし・・・」
「・・・・・怖かったんだもん」
「・・・・・・・・・・・ご、ごめんなさい・・・・・・」
ぷい、とそっぽを向いてシルヴィアは抗議する。しどろもどろにリクが言い訳するものの、取り付く島もない。
そして、リクは彼の父親とそっくりな動き・・・土下座をして謝ることになった。
その姿は生き写しの様に、不動の態勢。悲しい程に親子である。
そんなリクをチラリ、と振り返ったシルヴィアは思わず吹き出し・・・許すのだった。
「・・・・・ぷっ。・・・あははははっ、ごめんね。ちょっと意地悪しちゃったっ」
子供達が目を覚ました事に気付いて、夕飯を食べる様にと声を掛けに来たエリスは、その一部始終を
そっと見守っていたのだが・・・
「あっちゃー・・・・・リクの奴、もう尻に敷かれるの確定じゃない。・・・父親に似て欲しくない所ばっかり似るんだから・・・・」
あれではまるで、ラルフが自分にお仕置きされる寸前の姿そのものだ。違うのは、エリスは決して許さないという事なのだが・・・・・
幼い二人の他愛もないやり取りの中に感じた、一抹の不安。
息子の行く末が早くも決まってしまいかねない光景に、エリスは頭を抱えるのだった。
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