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第一章 幼少期編

第4話 『登頂 -はじめての戦闘- 』

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風の魔法で木を切り、加工し、組み合わせ、大地属性の土魔法で練った粘土を隙間に埋めて・・・水を汲む。


「・・・漏れてない?」

「・・・・・・大丈夫、みたい」


二人は木で出来た細い四角い花瓶、のような水筒を作っていた。恐る恐る川の水を汲み入れると、水漏れする事なく溜まって、満水になった。


「「はぁ~~~っ・・・よかった・・・・・」」


安堵の溜息を吐き、リクとシルヴィアは同じく木で作った蓋を取り付け、それぞれ手に持って立ち上がる。

既に日は真上に上がり切り、少しずつ西の方角へと傾き始めたように見え、二人は帰り支度を急ぐ。


「シル、そろそろ行こう。このままだと夜になっちゃうよ。何があるかわかんないし、急ごう」

「うん。あとは頂上の旗を持って帰ればいいんだよね?・・・リっくん、慌てちゃダメだよ?知らない場所に行く時は、万全の準備を整えなさいって・・・」

「確かにかーちゃんそう言ってたっけ。でも、準備出来る事はしたし、あとは行くしかないよ」


未知の場所。かつて、冒険者として鳴らしたリクの両親は常々、二人に事前準備の重要さを説いていた。

何が起こっても対処出来る様に備えるのが、一流というものだと。

特に、魔法系冒険者で理論派のエリスは、リクよりもシルヴィアが物事を考えて行動する節があると見て、主に彼女に言い聞かせていた。

ただ現状は、リクの言う様に時間が迫っており、行動を起こさなければならない。

迷っている様な余裕は無いのだ。

意を決して、二人は水筒を握り締めて駆け出す。水が零れないように、それぞれ風の魔法と土の魔法で蓋を固定しているので、気を配る必要なく、それぞれが全力で走る事が出来る。

斜面を駆け上がり、木々を潜る様にして避け、岩場を跳び越えて。

日が西の空を赤く染める頃、遂に疾走するリクの眼前がパッと開けた。そこは・・・


「頂上・・・・ッ・・・だぁーーーーーーーーーーッ!!」


両の拳を天に突き上げ、叫ぶ。「だぁーーーーーーッ!!」と山彦が響く中、やや遅れてシルヴィアが駆け込んで来た。


「つ、着いたぁ・・・・・・・」


こちらは肩で息をしていた。やはり、全速力で山を駆け上がった事で、かなり体力を使ったようだ。

ふぅふぅ、と上がった息を整えると、彼女は魔法を行使するべく自分の中の魔力マナを意識する。

魔法と分類される【スキル】を行使する際には、必ず魔力マナが必要となる。

リクの風の刃も、シルヴィアの大地を操る力も、その輝きが放たれたように。

万物全てに宿ると言われる力、それを消費する事で様々な現象を引き起こす。それが魔法なのだ。


「【体力回復】・・・二人分、えいっ!」


シルヴィアが小さく叫んで魔法を発動させた。

無論、言葉にする必要はないが、こうした方が何となく上手く狙った効果が出るような気がした。それだけだった。すぐさま淡い、緑色の光が二人の体を包んでゆく。

発動したのは【魔法:治癒系統】のスキル。対象を指定し、効果を体力の回復のみに絞った物をイメージ。故に【体力回復】と呼んだのだろう。

緑の光は暫く二人の体を包んだ後、明滅を繰り返すとパッと消え去った。効果時間が終わったのだ。


「ふぅ・・・。シル、これ凄いね。疲れがぶっ飛んだよ!・・・・あ、でも魔力マナは大丈夫?今日、結構使ってるだろ?」

「えへへ、上手く行って良かった。魔力マナはまだ大丈夫だよ。リっくんより私の方がマナが多いって知ってるでしょ?だから、まだまだあるんだよっ」


笑顔で答えるシルヴィア。確かに、とリクは納得する。

かなりの体力が回復した感覚から、シルヴィアの魔法は魔力マナの消費が大きいのでは無いか、と思ったが、どうやら杞憂らしい。

魔力マナは確かに誰でも持っている力だが、その量には個人差がある。

生まれ持った物は人によって大小の差が激しく、魔力マナ総量の多い者は得てして、「魔法の才能が有る」と認識されるのがこの世界での常識だ。

ただ、総量その物は、精神を鍛える事で増やせる事が広く知られており、魔法系冒険者のみならず多くの人々が、何らかの修練を積み、魔力マナを増やそうと努力するのである。

リクとシルヴィアの場合、走り込みをはじめとする様々な訓練メニューをこなす事によって、ほぼ毎日、身体と精神。両方を鍛え続けられていた。

特にシルヴィアは、生まれつきの魔力マナが多い方だった。

師匠の一人であるエリスをして『魔法を行使する際の魔力マナ消費の効率が良く、効果も応用力に富んでいる』と舌を巻く程の、類稀な能力の片鱗を見せている。

彼女は魔法系の【スキル】において、リクを大きく上回っている。これはリク自身が一番知っている事だ。

だからこそ、彼女の自信を疑う事無く受け入れる。シルヴィアがそう言うなら大丈夫だと。


「さて、それじゃ旗を抜いて・・・!?・・・ッ、シル!!」

「え?・・・ふえぇえぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


頂上に突き刺さった片手サイズの旗。鉄製の短い旗竿を引き抜き、振り返ったリクの目に・・・

シルヴィアと、その後ろにのっそりと立ち上がる・・・熊の姿が見えた。

リクは叫んで後ろを指さし、思わず振り返ったシルヴィアも、驚いて叫んだ。


「グルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・・・・」

「!!・・・・・くそッ!シル、後ろに下がって!俺が戦う!!旗を持って先に行って!!」

「リっくん!?ダメ!!一人じゃ危ないよ!」


冬眠から覚めたてなのか、現れた熊はかなりご機嫌ナナメな様子だった。

風の魔法を発動したリクは、大慌てでシルヴィアと熊の間に移動して、旗を後ろに投げ捨てる。


「勝てないのは解ってるって。・・・ただ、負けるつもりもないよ。『ここなら』 多分、いける」


恐らくは風の魔法を全力で展開して、刃で切り刻めば熊には勝てる。

但し、それは魔力マナを全て使い切る事になる。そうすれば、今までのように走る事も
困難になるだろう。

魔力マナの使い過ぎは、著しい疲労を招くのだ。それこそ、精魂尽き果てるという感じに。

それでは、この訓練は「失敗」となり・・・後日、更に酷いペナルティが課せられるに違いない。

それだけは絶対にゴメンだった。自分だけなら兎も角、彼女巻き込みたくないとリクは強く思ったのだ。


「コイツをぶっ飛ばして帰る。逃げれればそれでも良い・・・・一人がダメだっていうなら」

「・・・うぅ~・・・解った。わたしも手伝う。リっくんに怪我なんてさせない!」

「・・・そうなるよなぁ。じゃあシル、絶対離れるなよ?」


渋々、涙目になったシルヴィアは妥協案として、自分も支援として参加する事をリクに承諾させる。

二人掛かりならまだ少しは安全だろう・・・と、少年と少女はそこで折り合いをつけることにした。

二人にとって初めての実戦。ラルフを相手に組手や乱取りといった稽古は既に経験済みではあるが、5歳児に熊はあまりに大きく、とても正面からやり合える相手ではない。あっさり死んでしまう。

もっとも【スキル】を駆使して戦えばその限りではないだろう。但し、リクの考え通りに消耗は激しくなり、最悪、帰るどころか・・・やはりここで死ぬ事になる。何らかの作戦が必要なのは明白だった。


「シル、俺の体を出来るだけ硬く、重くして。あとは何とかする」

「・・・・うん。硬く、重く。だね?・・・絶対に、怪我しないで、ね?」


短く言葉を交わす二人。お互いに不安を打ち消そうと、端的な確認に留める。長く会話をしている心の余裕はない。ある訳がない。


「グルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

「来るッ!!・・・・【風魔法:疾走】!!」

「【補助魔法:肉体強化フィジカル・ブースト】・・・【硬化】、【体重操作】!!」


唸り声を上げて、遂にこちらへと突進して来た熊・・・およそ体長2.5m程の黒い塊が猛烈な勢いで突き進む。

ほぼ同時に、魔力マナが青い光を放ち、猛烈な勢いで風がリクの両足を包み込む。

更にシルヴィアの魔法が発動。暖かな赤と白の光がリクの全身を覆ってゆく。


「行くぞ、熊野郎ッ!!」

「ガアアァッ!!」


オスだと決めつけ叫ぶリク。違う!と言う抗議なのかただの威嚇なのか、吠えながら尚も突進してくる熊。

そして・・・・・

接触寸前、という所まで熊が近づいた時。リクは風を纏った両足で地面を蹴り、真横に跳んだ。

風魔法で強化された脚力は、爆発的な勢いを生み、超高速で移動できるようになる。

リクの体はそれこそ、熊からすれば掻き消えたように見えただろう。


「ガアッ?!」

「黙って体当たりされてたまるか・・・・よッ!!・・・・これでも・・・ッ」


目標を一瞬で見失い、戸惑いながら急停止しようとする熊を横目に・・・リクは体をひねって着地。と、同時に熊に向かって再び地面を蹴って跳ぶ。それも、蹴りの態勢へと移行しつつ。


「くらええええええぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!!」


全体重を乗せた跳び蹴りドロップキック。それは回避を許す事無く、熊の背中に命中する。

そして、風が爆ぜた。足に纏わせていた魔法全てを熊に叩き付け、自身を反動で逃がす為。何よりも・・・


「・・・・・こんだけの重さと風の勢いなら・・・転がって行く、筈・・・だろ?」


そう。

熊の正面に広がっているのは、さっきまでリクの背中側の風景。つまり、上ってきた山の反対側だが・・・

そこは木がまばらに生えるだけの坂道だった。

シルヴィアの魔法で通常よりも数倍の体重となった蹴りを受け。更に風魔法で押し出された熊は・・・・・


「?!・・・ガアァァァァァァァァァァァ・・・・・・・・・・」


驚愕の叫びを打ち上げつつ、ひたすらに坂道を転げ落ちてゆく。淡く、白い光を纏いながら。


「はぁ・・・・はぁ・・・・ま、間に合った・・・・」


心底ほっとした表情で、戦況を見守っていたシルヴィアは呟いた。リクが跳んだ瞬間、彼女はこの光景を何となく予見した。

急坂を転げ落ちる。それは熊の命を奪う事になるに違いない。

そう思った瞬間、居ても立っても居られず、熊の体に【硬化】をかければ・・・と魔法を使うことを決め、タイミングを計っていたのだ。

結果、転がり落ちる途中で魔法が届いた熊は、木々を薙ぎ倒しながら山を転がっていった。


「何とか・・・なった」

「リっくん!!・・・怪我してない?足、いたくない??」

「大丈夫、シルのおかげで何ともないよ。マナもまだあるし・・・・ああもう、泣くなって」

「だってぇ・・・・・怖かったよぉ・・・」


緊張の糸が切れたのだろう。すんすんと泣き出すシルヴィア。困った表情を浮かべ、落ち着かせようとリクは彼女の頭を撫でる。これは暫くかかるんだろうなぁ、と思いながら。


こうして、日が沈みかける頃。ようやく旗を手にした二人の「はじめての戦闘」は終わった。

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