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7.ぼくら以外だれも知らない
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ぼくとドクは食堂に着くと、昨日夕食を食べたときと同じ席に座った。
女子二人はまだ来ていない。
ドクに聞きたいことや確認したいことはたくさんあるはずなのに、結局なにも言葉にならないまま。
ぼくらはじっと座って見つめ合っているだけだった。
時間ギリギリになってサツキとユリがやってきて、ぼくらの正面の席に座った。
座りながらドクのとなりの空席に目をやって、「どうしたの?」とでもいいたげな視線を寄越してくる。
いつものように忘れ物を取りに戻っているんでしょ、とでも思っているような表情だ。
どう切り出すべきか、ぼくは迷いに迷った。
でも結局、当たり障りなさそうな、直球ではないところから話をスタートさせることにした。
「ケンなんだけど、昨日トラブルがあって……」
「トラブル?」
そう聞き返してきたサツキに、心底ホッとした。
彼女にまで「ケンって誰?」なんていわれたら、どうしたらいいかわからなくなるところだったもん。
「そう。朝から姿が見えないんだ」
「どうせトイレじゃないの?」
ちょうど「いただきます」が終わったので、サツキは真っ先に納豆をかき混ぜながら半笑いでいった。
ぼくの探し方が悪いんだと、そう決めつけているような口ぶりだったけれど、不思議なほど腹が立たないんだ。
そうであったらどんなにいいか、という気持ちが勝っていたせいだと思う。
「ドクと二人がかりで探したけれど、どこにもいない」
サツキはぼくが怒って「違うって!」と食ってかかると思っていたんだろうな。
沈んだ様子で淡々と話すぼくの様子がおかしく感じたのか、納豆を混ぜる手を止めて、じっと顔を見つめてきて。
それにぼくは、笑顔を向けることさえできない。
サツキは茶化すのをやめて、マジメなトーンで「先生は?」と聞いてきた。
うん、そう来るよね。
そう思って答えを用意しておこうと思ったのに、言葉が全然まとまらないんだ。
サツキたちをパニックにさせずに事実を伝えるテクニックを、ぼくは持っていない。
続きはドクが引き取ってくれた。
「もちろん聞いてみたよ。でも答えは、まったく予想もつかないものだった。どうやら先生は、ケンのことを知らないみたいなんだよねぇ」
「知らないって、どういうこと?」
うんうん、そうなるよね。
ぼくがサツキの立場でも、間違いなく同じ反応をしたと思う。
サツキが「先生がユリを知らないみたいなの」なんて言いだしたら、「どういうこと?」ってなるに決まっている。
だって、意味がわからないよ。
今だってわからないけれど。
だから、出席番号や出席簿を確認したことをふくめてくわしく説明した。
「つまり……理由は不明だけれど、なぜか今、ケンはこのクラスに存在しないことになっているってわけ?」
「そう、まさに」
「そういうことになるねぇ」
ぼくらがそろってうなずくと、サツキは難しい顔でコーンスープをかきまぜはじめた。
きっと頭の中を整理したいのだと思う。
それから急に思いついたように横を向いて、四組の生徒に話しかけた。
「ねえ、ケン知らない? 倉田健人って人」
急に話しかけられた相手はびっくりして、手にしたトーストを取り落としていた。
それからようやく自分が話しかけられたとわかったみたいで、サツキをめずらしげに見ながら答えた。
「倉田健人? 誰それ、芸能人?」
「ううん、ここの生徒の名前。四組じゃなかったっけ、倉田健人」
すごい、女優だ!
なんでもない様子で、ほかのクラスにケンがいないか調べてくれているんだ。
ぼくにもドクにも絶対できっこない芸当。
なにかの間違いでケンが他のクラスになっていた……ということであってほしい。
ぼくらの願いを受けて、サツキは同じ調子でほかのすべての組の生徒にケンのことを聞いて回った。
「食事中に立ち歩かない!」って先生に怒られても、あきらめずに。でも、結果は……。
「ダメね、誰もケンを知らないみたい」
「忘れ物の王様が……自分が忘れられてる……」
ユリの消え入りそうなつぶやきに、ぼくはお腹がムズムズするような気分になった。
そうだぞ、ケン。
忘れ物王は、忘れ物をしまくるヤツの称号なんだ。
ケン自身が忘れられちゃ意味がない。
「そうとも限らないんだよねぇ。ボクの思いつく範囲だと、可能性は三つある」
「どういうこと?」
思わずたずねた。
ドクのいうことが全然わからなかったから。
「まず、一つめの可能性は、ユリがいったとおり。ボクらの世界からケンの存在が消えてしまったというもの」
サツキとユリがうなずく。
ぼくも同感だ。
ほかの可能性なんて思いつかないぞ。
「二つめは、ぼくたち四人がケンの存在しないパラレルワールドに移動してしまった可能性」
「待って。わたしたちが、ってどういうこと?」
「ゲームやマンガでもよくでてくるよね、パラレルワールド。またの名を並行世界。世界は一つではなくて、似たような世界が無数、同時に存在しているって説だよ」
なるほど、とうなずきかけたけれど、ふと引っかかりを覚えた。
女子二人はまだ来ていない。
ドクに聞きたいことや確認したいことはたくさんあるはずなのに、結局なにも言葉にならないまま。
ぼくらはじっと座って見つめ合っているだけだった。
時間ギリギリになってサツキとユリがやってきて、ぼくらの正面の席に座った。
座りながらドクのとなりの空席に目をやって、「どうしたの?」とでもいいたげな視線を寄越してくる。
いつものように忘れ物を取りに戻っているんでしょ、とでも思っているような表情だ。
どう切り出すべきか、ぼくは迷いに迷った。
でも結局、当たり障りなさそうな、直球ではないところから話をスタートさせることにした。
「ケンなんだけど、昨日トラブルがあって……」
「トラブル?」
そう聞き返してきたサツキに、心底ホッとした。
彼女にまで「ケンって誰?」なんていわれたら、どうしたらいいかわからなくなるところだったもん。
「そう。朝から姿が見えないんだ」
「どうせトイレじゃないの?」
ちょうど「いただきます」が終わったので、サツキは真っ先に納豆をかき混ぜながら半笑いでいった。
ぼくの探し方が悪いんだと、そう決めつけているような口ぶりだったけれど、不思議なほど腹が立たないんだ。
そうであったらどんなにいいか、という気持ちが勝っていたせいだと思う。
「ドクと二人がかりで探したけれど、どこにもいない」
サツキはぼくが怒って「違うって!」と食ってかかると思っていたんだろうな。
沈んだ様子で淡々と話すぼくの様子がおかしく感じたのか、納豆を混ぜる手を止めて、じっと顔を見つめてきて。
それにぼくは、笑顔を向けることさえできない。
サツキは茶化すのをやめて、マジメなトーンで「先生は?」と聞いてきた。
うん、そう来るよね。
そう思って答えを用意しておこうと思ったのに、言葉が全然まとまらないんだ。
サツキたちをパニックにさせずに事実を伝えるテクニックを、ぼくは持っていない。
続きはドクが引き取ってくれた。
「もちろん聞いてみたよ。でも答えは、まったく予想もつかないものだった。どうやら先生は、ケンのことを知らないみたいなんだよねぇ」
「知らないって、どういうこと?」
うんうん、そうなるよね。
ぼくがサツキの立場でも、間違いなく同じ反応をしたと思う。
サツキが「先生がユリを知らないみたいなの」なんて言いだしたら、「どういうこと?」ってなるに決まっている。
だって、意味がわからないよ。
今だってわからないけれど。
だから、出席番号や出席簿を確認したことをふくめてくわしく説明した。
「つまり……理由は不明だけれど、なぜか今、ケンはこのクラスに存在しないことになっているってわけ?」
「そう、まさに」
「そういうことになるねぇ」
ぼくらがそろってうなずくと、サツキは難しい顔でコーンスープをかきまぜはじめた。
きっと頭の中を整理したいのだと思う。
それから急に思いついたように横を向いて、四組の生徒に話しかけた。
「ねえ、ケン知らない? 倉田健人って人」
急に話しかけられた相手はびっくりして、手にしたトーストを取り落としていた。
それからようやく自分が話しかけられたとわかったみたいで、サツキをめずらしげに見ながら答えた。
「倉田健人? 誰それ、芸能人?」
「ううん、ここの生徒の名前。四組じゃなかったっけ、倉田健人」
すごい、女優だ!
なんでもない様子で、ほかのクラスにケンがいないか調べてくれているんだ。
ぼくにもドクにも絶対できっこない芸当。
なにかの間違いでケンが他のクラスになっていた……ということであってほしい。
ぼくらの願いを受けて、サツキは同じ調子でほかのすべての組の生徒にケンのことを聞いて回った。
「食事中に立ち歩かない!」って先生に怒られても、あきらめずに。でも、結果は……。
「ダメね、誰もケンを知らないみたい」
「忘れ物の王様が……自分が忘れられてる……」
ユリの消え入りそうなつぶやきに、ぼくはお腹がムズムズするような気分になった。
そうだぞ、ケン。
忘れ物王は、忘れ物をしまくるヤツの称号なんだ。
ケン自身が忘れられちゃ意味がない。
「そうとも限らないんだよねぇ。ボクの思いつく範囲だと、可能性は三つある」
「どういうこと?」
思わずたずねた。
ドクのいうことが全然わからなかったから。
「まず、一つめの可能性は、ユリがいったとおり。ボクらの世界からケンの存在が消えてしまったというもの」
サツキとユリがうなずく。
ぼくも同感だ。
ほかの可能性なんて思いつかないぞ。
「二つめは、ぼくたち四人がケンの存在しないパラレルワールドに移動してしまった可能性」
「待って。わたしたちが、ってどういうこと?」
「ゲームやマンガでもよくでてくるよね、パラレルワールド。またの名を並行世界。世界は一つではなくて、似たような世界が無数、同時に存在しているって説だよ」
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