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第8話 ハーレムの中心でJ( 'ー`)しに電話という羞恥プレイを強要される
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十五分後、五人は再度第二理科室へ集合した。虎太と小林がアユムさんと遭遇した現場には何も痕跡がなかったことを日誌に追加し、本日メインの活動に移る。
「まず、クラブ紹介のページを開いて家庭科部員の顔を把握。次に卒業生一覧から部員を探し、奥付の住所を確認。ここから近そうだったら教えて。ノルマは一人二冊」
「はーい」
「りょうかーい」
各自、アルバムを二冊づつ手に取り、それぞれの指定席に散る。なかなか面倒な作業だと思われた。家庭科部の部員は十中八九が女子で、女というのは髪型一つで印象が大きく変わるからだ。あと特殊効果も手強い。
作業開始早々、小林がはしゃいだ声を上げた。
「見て見てー、コタくん。牛島典子、だってー。これ、コタくんのママじゃない?」
「小林は馬鹿なの? 旧姓が牛島だったら、結婚して名字変わるだろうが」
「あ……そっかー。ゴメンナサイおねーちゃん、馬鹿とか言わないで」
大林に頭をグリグリされている小林がいる林密集地帯に、虎太が近づく。ひょいとアルバムをのぞき込んで、あっけらかんと言った。
「あ、コレ、俺の母親です」念のため奥付の住所を確認してさらに「父親が婿養子なんで。住所も俺んちだし」
「なぜそれを先に言わん……」
「まあまあ、大林先輩。コタさんが真っ先に、お母様のことを思い出していたら、『このマザコン野郎が』と仰るつもりだったのでしょう?」
「相変わらず鋭いねえ、翔子。まさにその通り」
聖母のごとき翔子の口からマザコン野郎という単語が飛び出した違和感に固まる虎太。アゲアゲな前髪もダダ下がるというものだ。
「丑寅」
そこから瞬時に少年を復活させるのは、もちろん加賀千種(かがちぐさ)の落ち着いていてひやりとした声だ。
「は、はいっ」
「今、お母様の都合はつくかしら? 当時のことを聞かせてもらいたいのだけれど」
「もちろんです! 今日は犬の散歩くらいしか出ないはずなんで」
ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、素早くコール。授業参観の日はいつも「おまえの母ちゃん、テンション高いな」と言われる母親が、明るい声で応じる。
「あら虎太、どうしたの? 今日は部活じゃなかったっけ」
「ああ、うん……そう」
電話機からダダ漏れの声になんとなく気恥ずかしさを覚え、虎太は他のメンバーに背を向けて話を続けた。
「あのさ、ちょっと学生時代の話を聞かせてほしいんだけど。高校の」
「ええっ? やだ、もう三十年近く昔のことなんだから、そんなに覚えてないかも」
「ああ、記憶になければ別に構わないんだけどさ、アユムさんって知ってる?」
すぐに大きな明るい声が返ってくるものと思いこんでいた虎太は、突然広がった沈黙に、まずは電波障害を疑った。
「あれ、もしもし?」
「通じてるわよ」
怒っているときともまた違う、奇妙に落ち着いた母親の声に、得体の知れない不安が足下から這い上ってくるのを感じる。だから努めて笑い声混じりに応じた。
「なんだ、おどかさないでよ。で、アユムさん、知らない?」
「アユムさんの怪談、まだあったのね。懐かしいわあ」
「そんな昔からある話だったのか。詳しく知ってる?」
「知ってる――というよりね、アユムさんを作ったの、母さんたちなの」
「作った? え、なに、人造人間?」
あまりの混乱に、つい突拍子もないことを口走った。背中に大林から、「阿呆か」と突っ込まれる。
「違う違う。アユムさんの怪談を作ったのよ。こういうの、なんて言うんだっけ? 難しげな言葉で、ホラ、政治家とかがよくする……」
「捏造」
「それそれ、ネツゾー! 母さんね、高校のとき占いクラブにいてね、怖い話とかそういう神秘的なことにすごく興味があったのね。でも学校にはインパクトのある怪談がなかったのよ。怪談の段数が変わるとか、地味なのはあったけど」
「うん、今もあるね」
「だから、こんなのが出たら怖いなって思える幽霊を友達とアイデア出し合って考えて、地道に噂を広げたの」
「えっ、じゃあ」虎太は携帯電話を持つ手を変えて、さらに声を落とした。「アユムさんって、実在しないの?」
「そういう名前の子くらいはいたかもしれないけど、母さんがいた頃は少なくとも自殺した人なんていなかったし、それも裁縫針飲んで死ぬなんて、ありえないでしょ」
電話からは朗らかに笑う声がしていた。それからすぐに、虎太は「ありがとう、なんでもない」と言って、一方的に電話を切った。
漏れ聞こえていた声により、加賀千種と大林の二人は何かを悟ったような雰囲気だった。翔子と、姉と自分を交互に見つめる小林のために――そしてみずからの確認のために、虎太は改めて宣言した。
「アユムさんは、起こるはずのない怪談です」
「幽霊じゃないから、翔子が感知できなかったのね」
「えーっ。じゃあ一体、なんなのかなー? あたしもコタくんも、確かに見たのに……」
「思念体や言霊、考えられる可能性はいくつかあるわ。二十五年の歳月、大勢の生徒たちによって噂され続けた中で、恐怖心や『もしかしたら』という気持ちに宿る力が何らかの存在を生み出したとしても不思議はない。エネルギー保存の法則があるのだから」
「じゃあ、つまり……どうするんです?」
「検証は完了。この怪談を実話と認定し、執筆活動に移りましょう」
「まず、クラブ紹介のページを開いて家庭科部員の顔を把握。次に卒業生一覧から部員を探し、奥付の住所を確認。ここから近そうだったら教えて。ノルマは一人二冊」
「はーい」
「りょうかーい」
各自、アルバムを二冊づつ手に取り、それぞれの指定席に散る。なかなか面倒な作業だと思われた。家庭科部の部員は十中八九が女子で、女というのは髪型一つで印象が大きく変わるからだ。あと特殊効果も手強い。
作業開始早々、小林がはしゃいだ声を上げた。
「見て見てー、コタくん。牛島典子、だってー。これ、コタくんのママじゃない?」
「小林は馬鹿なの? 旧姓が牛島だったら、結婚して名字変わるだろうが」
「あ……そっかー。ゴメンナサイおねーちゃん、馬鹿とか言わないで」
大林に頭をグリグリされている小林がいる林密集地帯に、虎太が近づく。ひょいとアルバムをのぞき込んで、あっけらかんと言った。
「あ、コレ、俺の母親です」念のため奥付の住所を確認してさらに「父親が婿養子なんで。住所も俺んちだし」
「なぜそれを先に言わん……」
「まあまあ、大林先輩。コタさんが真っ先に、お母様のことを思い出していたら、『このマザコン野郎が』と仰るつもりだったのでしょう?」
「相変わらず鋭いねえ、翔子。まさにその通り」
聖母のごとき翔子の口からマザコン野郎という単語が飛び出した違和感に固まる虎太。アゲアゲな前髪もダダ下がるというものだ。
「丑寅」
そこから瞬時に少年を復活させるのは、もちろん加賀千種(かがちぐさ)の落ち着いていてひやりとした声だ。
「は、はいっ」
「今、お母様の都合はつくかしら? 当時のことを聞かせてもらいたいのだけれど」
「もちろんです! 今日は犬の散歩くらいしか出ないはずなんで」
ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、素早くコール。授業参観の日はいつも「おまえの母ちゃん、テンション高いな」と言われる母親が、明るい声で応じる。
「あら虎太、どうしたの? 今日は部活じゃなかったっけ」
「ああ、うん……そう」
電話機からダダ漏れの声になんとなく気恥ずかしさを覚え、虎太は他のメンバーに背を向けて話を続けた。
「あのさ、ちょっと学生時代の話を聞かせてほしいんだけど。高校の」
「ええっ? やだ、もう三十年近く昔のことなんだから、そんなに覚えてないかも」
「ああ、記憶になければ別に構わないんだけどさ、アユムさんって知ってる?」
すぐに大きな明るい声が返ってくるものと思いこんでいた虎太は、突然広がった沈黙に、まずは電波障害を疑った。
「あれ、もしもし?」
「通じてるわよ」
怒っているときともまた違う、奇妙に落ち着いた母親の声に、得体の知れない不安が足下から這い上ってくるのを感じる。だから努めて笑い声混じりに応じた。
「なんだ、おどかさないでよ。で、アユムさん、知らない?」
「アユムさんの怪談、まだあったのね。懐かしいわあ」
「そんな昔からある話だったのか。詳しく知ってる?」
「知ってる――というよりね、アユムさんを作ったの、母さんたちなの」
「作った? え、なに、人造人間?」
あまりの混乱に、つい突拍子もないことを口走った。背中に大林から、「阿呆か」と突っ込まれる。
「違う違う。アユムさんの怪談を作ったのよ。こういうの、なんて言うんだっけ? 難しげな言葉で、ホラ、政治家とかがよくする……」
「捏造」
「それそれ、ネツゾー! 母さんね、高校のとき占いクラブにいてね、怖い話とかそういう神秘的なことにすごく興味があったのね。でも学校にはインパクトのある怪談がなかったのよ。怪談の段数が変わるとか、地味なのはあったけど」
「うん、今もあるね」
「だから、こんなのが出たら怖いなって思える幽霊を友達とアイデア出し合って考えて、地道に噂を広げたの」
「えっ、じゃあ」虎太は携帯電話を持つ手を変えて、さらに声を落とした。「アユムさんって、実在しないの?」
「そういう名前の子くらいはいたかもしれないけど、母さんがいた頃は少なくとも自殺した人なんていなかったし、それも裁縫針飲んで死ぬなんて、ありえないでしょ」
電話からは朗らかに笑う声がしていた。それからすぐに、虎太は「ありがとう、なんでもない」と言って、一方的に電話を切った。
漏れ聞こえていた声により、加賀千種と大林の二人は何かを悟ったような雰囲気だった。翔子と、姉と自分を交互に見つめる小林のために――そしてみずからの確認のために、虎太は改めて宣言した。
「アユムさんは、起こるはずのない怪談です」
「幽霊じゃないから、翔子が感知できなかったのね」
「えーっ。じゃあ一体、なんなのかなー? あたしもコタくんも、確かに見たのに……」
「思念体や言霊、考えられる可能性はいくつかあるわ。二十五年の歳月、大勢の生徒たちによって噂され続けた中で、恐怖心や『もしかしたら』という気持ちに宿る力が何らかの存在を生み出したとしても不思議はない。エネルギー保存の法則があるのだから」
「じゃあ、つまり……どうするんです?」
「検証は完了。この怪談を実話と認定し、執筆活動に移りましょう」
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