異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?

雪詠

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第三章 王立学校

第三章蛇足⑤ 記憶の底に

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 深い、深い夢の奥底に沈んでいく。
 そう、これは幻だ。そう分かっているのに、浸ってしまう―――

「もう十時だよ! 起きな!」

「んんーーー」

 下の階から聞こえてくる聞き慣れた声。

 不思議なことに、耳に入った瞬間に目がぱっちりと開き、さっきまでの眠気が嘘のように吹き飛んだ。

 飛び上がるようにベッドから起き、カーテンを開いて日光を顔面に浴びる。

 うん。これこそ一日の始まりに相応しい、気持ちの良い光だ。

 ゆっくりと階段を下りていき、下の階にいる母と目が合う。

「おそよー。随分寝たねぇ」

「なんか疲れてたっぽい?」

「とりあえず顔洗いな」

「んー」

 言われるがままに洗面台に向かい、顔を丁寧に洗っていく。

「あれ、こんなに髪短かったっけ」

 確かもっと耳に掛かっていたし、襟足は肩を超えていたと思ったのだが……気のせいか?

「朝と昼は一緒でいい?」

「うん」

「お母さんは今食べよっかなー」

「まだ食べてないの?」

「ううん。今日この後仕事だから出る前に食べようと思って」

「ふーん……やっぱり俺も今食べる」

「そう?」

 なぜそうしたいと思ったかはわからない。わからないが、そうしないと後悔する気がした。

「……うん、いつもの味だ」

「どういう意味よ」

「べっつにー」

 このゆで卵も、冷凍のウインナーも、全部がいつも通り。なのに、何故か懐かしく思える。

 不意に横を見た時に映った母の顔が深く心に刺さって、思わず涙が込み上げてきた。

 込み上げたソレはとどまることを知らず、やがて自身の頬を伝う。

「あ、れ……? なんで……?」

「ちょっと、急にどうしたの?」

「いや……なんでだろ……はは」

 必死に笑顔で繕ってみせるが、それでもなお涙が止まらない。

「……そうだ」

 その原因を探ろうとしたとき、ようやく自分が今どういう状態なのか思い出した。

 そうだ、俺は異世界にいるんだ、と。

「母さん、俺はっ―――!!」

 言いかけたところで、まるで泡沫のように世界が消え去った。そして、意識が段々と現実に引き戻されていき、

「……夢か」

 見知った天井、自分のベッド。横には耳が生えた少女が二人、まだ寝息を立てている。

「ふぅ……まだ深夜か……」

 時計を見ると三時少し前を指している。まだ早いな思い再び目を閉じた。

 すると瞼の裏の黒が俺に問いかけてくる。

 もしも……俺が帰れるとしたら……

 俺はこの世界と前の世界……どちらをとるのだろう

 そんな不確定な想像を闇が飲み込んでいき、意識が落ちていく。

 浸る、浸る、浸っていく。

 夢に、幻に、在りし日の記憶に。

 浸る、浸る、浸っていく。

 それがたとえ、現実じゃないとしても―――
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