異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?

雪詠

文字の大きさ
上 下
110 / 138
第三章 王立学校

忍び寄るストーカー

しおりを挟む
 左腕の感覚がない。だらんと生命が抜けたように下がり、動かそうとしても信号がすべて弾かれているかのように反応がない。

「く……なんで……」

「なっ、なんでだと? おめでたいやつだな。ぽっ、ポイントを手に入れられるチャンスがあるなら、奪うに決まってるだろ!」

 そう俺の甘えた思考を罵り、ゲルニカは杖を取り出す。いよいよ、本気で俺を倒そうとするらしい。
 空気を杖先に集め、それが球体となっていく。

「——————エア・ボール!」

 啖呵を切ったわりにはあまりにも矮小な魔法。魔法で相殺するまでもなく、刀で薙ぎ払うと簡単に霧散した。

「なっ!?」

 舐めているわけではなく、本気でそれが通用すると思っていた驚き方だ。

 ゲルニカの戦闘力はお世辞にも高いとは言えない。魔法実践の授業やこの武闘祭を通して見てきた上での分析だ。使える属性は風と光の二種類だが、どちらも攻撃に転用できるほど洗練されているわけではない。

 そんなこと本人が一番分かっていると思うが。

「さっきの時点で、腕じゃなくて首を飛ばすんだったな」

「ぐ、ぐぅぅぅ!」

 俺をわざわざ倒さなかったあたり、きっと目的はポイントなんかじゃない。おそらく俺に対する恨み、あるいは嫉妬とかか。

 編入生で目立つ立場にある以上、ある程度は覚悟していたが、どうしてもこうモヤモヤとしてしまう。

「きっ、気にくわん……気にくわん気にくわん気にくわん気にくわん気にくわん気にくわん気にくわん気にくわん気にくわん気にくわん気にくわん気にくわん!!」

 激情のままにゲルニカは不満を吐きだす。一見するとただの嫉妬に思えるが、自己嫌悪の裏返しにも取れて、

「きっ、貴様のすべてが気にくわん! 途中から入った分際で周りから認められて!    二個も、三個も天から与えられて! さっきもなんだ!? 僕ちゃんを憐れんでいるのか!?」

 弾丸のように感情が飛び、俺の心を撃ち抜いていく。

「おっ、お前なんかこのクラスに――――」

 とゲルニカが言いかけたが、思いもよらないことで遮られる。

「——――え?」

 後ろから氷の剣で貫かれ、みるみる体が凍結していき、やがて人間の氷像となり果てた。

「な……にが……」

 起こったのか分からない。
 だが、その答え合わせをするように、

「ご、ごめん……ね? でも、流石に私の彼氏様を傷つけるのは許せない……かな」

 エメラルドグリーンの髪を靡かせながら、ゲルニカの背後に少女が現れる。まるでカメレオンが擬態を解いたかのような登場だ。

「れ、レインッ!? なんでここに……て、あ」

 言った後、己の失態に気が付く。

「ひ、久しぶりにな、名前……呼んでくれ、たね? ふふ、ふひっ」

 狂ったように顔を紅潮させ、不気味に笑う。これまで積み重ねてきた苦労が水の泡だ。

 顔に手をあてて猛省するが、やってしまったことは仕方ない。ここは切り替えて、

「え、ええとだな。まず、どうしてここに?」

「ず、ずっと後ろ、いたから」

「……ッ!?」

 衝撃のカミングアウトに思わず喉が鳴る。‘‘ずっと後ろに‘‘だと?

「健一君がD組の人と戦ってるときに偶然見かけて、それで……」

「そ、そうか……」

 だったら手伝って欲しかったが、まぁ最初に協力を求めなかったのは俺だ。そこは飲み込もう。

「それで、ゲルニカを突き刺したことだけど……」

「そっ、それはさ。ほ、ほら許せないじゃん。私の彼氏様に助けを求めておいて、恩を仇で返すようなことして。そんなこと許せないよね。優しさを向けられて、肩まで貸してもらって、あんなに密着させてもらってたのに」

 徐々に言葉の速度が上がっていき、彼女の怒りと嫉妬が織り交ぜられて、怒気を孕む。

「私だって……私だって、まだそんなことしてないのに……」

「レイン……」

 って、違うだろ俺。そもそも俺とレインは付き合ってないだろ。

 あまりにも自然に‘‘彼氏様‘‘なんて言うから、危うく受け入れそうになる。

「はぁ……で、そのゲルニカは生きてんのか?」

 刺されてから凍り付いたので、まだ生存しているっぽいが、

「あ、これで解放できる、よ」

 レインが氷像に触れると一瞬にして氷が砕け、それと同時に木人形も破裂する。ゲルニカは意識を失ったままだ。
 こうして、あっけなくゲルニカは敗退となった。

 ともあれ、問題はこれからどうするかだ。

 ゲルニカの策略にまんまと嵌まった俺の左腕は、もはや使いものにならない。利き腕じゃなかっただけ良かったが、ハンデにしては重すぎる。

 木人形で分かりにくいが、実際は腕が切断されている判定なのだろう。そこまでの重症は流石に因子では治せない。

 どうしたものか。

「そ、その腕……動かなそう?」

「ああ、こればっかりは俺の失態だからしゃーないけど、少し困るな」

 いつもと感覚が違うというだけで動きが鈍くなる。その結果、隙が生まれて即終了なんて未来が容易に描ける。

「そ、それじゃあ……私が腕の代わりになる、よ?」

「腕の代わりって……」

「文字通りだよ。何でもする、します。だって私は健一君の彼女なんだもん。尽くすのは当然……だよね」

「いや待て待て待て! だから、俺と君は恋人同士じゃない! それに、俺にはもう彼女がいるんだ!」

「ふふ、大丈夫だよ、健一君。私は全部わかってるから」

「分かってるって、何を……」

「いいのいいの、これは私の問題だから。気にしないで。それより―――」

 レインが俺の動かない腕の横へと来て、そこにピタリとくっつき、

「ふふ、これで左腕……だね」

「おい! 離してくれ!」

「だめだよ、腕はちゃんと腕のとこにいなきゃね」

 頬をすり寄せ、腕を絡め、その胸の中にうずめる。引きはがそうにも腕に力が入らず、拘束が解けない。

「もう、離さないから……ふふふふふふふ」

 やつれた顔に喜びの色を写し、とてつもなくヤンデレチックなセリフを吐く。

 そうして俺は、完全にあれは選択をミスった、と悟るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...