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第三章 王立学校
水瓶の聖女
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「よし、まずは一人目。ありがとな、クロバ」
「このくらいはねー」
クロバがアシストして、俺がとどめを刺す。決勝に進んだ強者といえど、流石に二対一を覆すのは難しいだろう。
「でも本当にいいのか? 俺が全部ポイントもらっちゃって」
「いいよー別に。私の目的はそこじゃないし」
「ならいいけど……しっかし、こんな広い空間でばったり会えるもんかね……」
「会えるよ……絶対」
そう力が籠った声で言い張る。
するとまるで予見したかのようなタイミングで、少し離れたところに水の柱が出現し、クロバが一目散にそちらへと走り出した。
「お、おいっ!」
「こっち! 今のがたぶんそう!」
急いで向かうクロバの後を追い、その柱の発生地付近へと行くと、そこには人影が一つ、倒れた人の傍に立っていた。
「お姉ちゃんっ!」
「あれっ! クロバちゃんじゃん! 偶然!」
ショートヘアにクロバと同じ水色の髪、スレンダーな体型と姉妹ということは見るに明らかだ。そして何となくだが、佇まいからも似た雰囲気を感じる。
「それにそっちの君は……ええと……」
「あ、俺は石動健一っていいます」
「イスルギ君……ね。君とクロバちゃんはどういうご関係?」
どういう関係……うーむ、友達……なのか?
いや、まぁ友達というよりは共犯者とかの方がしっくりくる。
ただまぁ、普通に考えれば、
「先輩と後輩ってだけです」
そう言いきった俺の腰をクロバがつねって、ビリっと痛みが走る。やめろ、とクロバの方を向くと、すごい渋い顔でこちらを睨みつけていた。
クロバ姉はパンっと手を叩き、
「そっかそっかぁ。あ、ごめんね。私はイコ・ユーリシア。クロバちゃんのお姉ちゃんでーす」
自己紹介をしてクロバに飛びつく。
「あ、汗つくから抱きつかないでっ」
頬をすり寄せて顔を崩す姿に、なんとなく二人のいつもの感じが分かってくる。
「もうっ、つれないなぁ。それで、お姉ちゃんに何か用? 会いたくなっちゃった?」
「違うよ。昨日言ったでしょ……私と戦ってって」
「えぇ~やだよう。可愛いクロバちゃんを傷つけたくないもん」
こうやって見ていると、クロバの方がお姉ちゃんに見えてくるな。俺は今、普段の日常風景を垣間見ているのだろう。
腰にへばりつく姉を引き離し、
「お姉ちゃんがそのつもりじゃなくても、私はやるからね」
腰の杖を引き抜いて相手方に向ける。それに一切動揺せず、
「それはー、ちょーっと困るなぁ」
クロバ姉はさっきまでと変わらない口調でそうこぼすが、そこには何か恐ろしい裏の顔を感じさせるような雰囲気があり、思わずゾクッとする。
一瞬、クロバは怯むが、
「……分かったら戦って」
あらためて力強くそう言い放ち
「お願い」
芯が通った目で姉を見据えるのだった。
▷▶▷
数分前
「その代わり私からも条件」
「なんだ?」
「私がお姉ちゃんと戦うのを、手伝って欲しい」
‘‘お姉ちゃん‘‘ その単語から、この前見たBブロックの生存者の名を思い出す。
「もしかして、イコ・ユーリシアってクロバのお姉ちゃんか?」
「知ってたの?」
「知ってたっつーか、こないだ名前見て」
「あー、ね」
やっぱりあれはクロバの姉だったのか。何となくだけどコイツ妹っぽいし、そんな気はしていたが。
「それで、手伝うって共闘すればいいのか?」
「いや、むしろ手を出さないで欲しいの」
あくまで戦うのは自分だけで、協力はいらないと言う。そしてそのまま、クロバは語り始めた。
「私ね、ちっちゃい頃からずーっと、お姉ちゃんと比べられてきたんだぁ。優秀なお姉ちゃんと平凡な私。まぁ、私も同い年の中だと出来る方だったけど、相対的にいつも評価されて、誰も私を見てくれない」
少し視線を落とし、投げやりに言葉を吐く。
「私のお姉ちゃんはね、性格も私なんかよりずっと良くて、私のことも大好きだって、いつも言ってくれる。でも、私にはそれが、時々辛くなるんだ」
姉と比べられ、自己嫌悪に陥る。俺にもその経験があったので、クロバの話がまるで自分のことかのように深く突き刺さる。
周りの人間もきっと悪意はない。そんなことは重々承知だが、他者が心のどこかで比較しているのが分かってしまう。
いっその事、不出来だと罵られた方が楽かもしれない。そうすれば、煮詰まった嫉妬心を、込み上げてくる怒りをぶつける先がハッキリするからだ。
だからこそ、無自覚の悪意はタチが悪い。
「お姉ちゃんはきっと、こういうイベントとかじゃないと相手してくれない。だから、私はお姉ちゃんと同じ学校に来たの。たった一回、一緒に武闘祭に出られるこのタイミングのために」
「クロバ……」
「お姉ちゃんは全然悪くない。こんなこと考えてる私が悪いのはわかってる。でも……それでも、一回本気のお姉ちゃんと戦ってみたい。それで、勝ちたいの」
意志が宿った声に、空気が震える。この子の願いを、気持ちを理解できる俺が手伝わないわけにはいかない。
「……わかった。じゃあ、俺はクロバのお姉ちゃんを見つけるのと、邪魔が入らないようにすればいいんだな」
「いいの?」
「ああ。条件って言ったろ……それに———」
「それに?」
「いや……その代わり勝てよ、約束だ」
「うん、ありがとね」
こうして、俺とクロバの契約が結ばれた。
▷▶▷
現在
「お願い、戦って」
再度、クロバは姉に言い放つ。その揺るがない意志に折れたのか、
「はぁ、もうしょうがないなぁ。その代わり、手加減はできないからね!」
「……っ!? うん!!」
姉の返答に心底嬉しそうな顔をする。クロバ姉は俺の方に視線を移しながら、
「それで、イスルギ君は……」
「あ、俺は戦闘中も後も手出さないんで」
あくまでこれはクロバの戦いだ。約束のこともあるし、何より俺が手を貸すんじゃ意味がない。
「そっか。別に私は二人がかりでもいいけどね~」
「お姉ちゃん!!」
「あはっ、怒られちゃった」
姉の余裕なのか天然なのか分からない発言にクロバがツッコむ様子に苦笑しながら、俺は少し離れた草陰に隠れ、戦いに横やりが入らないように監視する。
二人はそこそこ距離を取って、姉が手をブンブン振りながら準備完了を伝える。
「じゃ、こっちの準備はできたからいつでもいいよー」
姉は杖を取り出すものの、構えようとしない。その姿にクロバは戸惑うが、「ふぅ」と息を軽く吐き詠唱を始めた。
「——————氷界よ、氷の精よ、その息吹を持って天地を凍てつかせ」
「えっ――――」
比較的長い詠唱、これは上位の魔法だ。クロバ姉もこれは予想外だったのか、顔色が一瞬で変わり、慌てて杖を構える。
「——————フロストノヴァ!」
大気が一気に冷え、俺のとこまで冷気が伝わってくる。吐息が白くなり、指先がみるみる悴む。
杖の先端からは氷の光線とでも言うべきであろう、キラキラと輝く光の流れが放たれる。通過した地面を凍てつかせ、一直線に敵へと向かっていき、弾ける音と共に炸裂した。
あんなもの、生身で受けたら間違いなく死ぬだろう。
どうだ? 結果はどうなったんだ?
白い霧がかかり、うまく相手の様子が見えない。
徐々に霧が晴れていき、無傷の姉が現れる。そしてその背後には謎の水瓶が浮かんでいた。
「くっ……『永遠の水瓶』……」
どうやら巨大な水瓶から出てきた水流が魔法を防いだようだ。
俺はその魔法を見て、前にグラントから聞いた話を思い出した。
「『水瓶の聖女』……たしか四天王の一人……」
この学校には、三年生に上がるときに四天王というモノが決められる。これは古くからの伝統で、直接的な恩恵はないものの、その称号を持つ者は羨望の対象になるらしい。
あくまで生徒間での呼び名だから、ただ箔がつくだけだが、思春期真っ只中の学生にとっては相当な意味を持つとのことだ。
そんな四天王の中に『水瓶の聖女』という二つ名を持つ者がいた。その通り名しか知らないが、あの後ろにある水瓶を見るに、ひょっとすると彼女が……
「あはは、まさかそんな魔法が使えるなんて、お姉ちゃんびっくり」
悪意のない、純粋な言葉でイコ・ユーリシアはそう言うが、無自覚の刃がクロバの顔を曇らせる。しかし、その反応はほんの一瞬、すぐに切り替え杖を強く握りしめる。
「じゃあ、次はこっちの―――」
「まだっ、まだ!」
言葉を遮って歯を食いしばり、杖を上に掲げる。電気が空中に迸り、それが氷に閉じ込められて無数の剣になる。10…20……どんどんと増えていき、やがて100本ほどの剣が空を覆いつくした。
「す、すげぇ数だ……」
杖の動きに合わせ、それらが一斉に敵の方へと向く。そして、
「——————フリーズ・ライトニング!」
詠唱と共に剣の雨が降り注ぎ、氷が割れる音と雷の音が入り乱れ大地を鳴動させる。
鳴り響く轟音に弾ける電気、チカチカと光が暴れ回り、眼が眩む。
雷光に包まれた中、かろうじて見える敵の周囲は、氷結と焼痕の跡地となっていた。
全てを出し切ったクロバは両膝をつき、深く息を吐く。
「……これ……なら……」
だんだんと収まる光を、確信めいた表情で眺めていると、
「……ッ!?」
「流石、私の妹だね。でも、まさかこんなにできるとは思わなかったよ。ごめんね」
依然として立っている姉の姿に顔が蒼白する。
文字通り、全身全霊、全魔力を込めた。
なのに……なのにまだ、届かない……
「だから、こっちも真剣にやんなきゃ失礼だね」
少しヒビが入った水瓶から水が流れ出て、空中に水流が蛇のように漂う。杖の周りを旋回しながら一点に集中していき、
「——————水葬流崩激」
冷徹に発せられた詠唱に世界が揺れる。荒れ狂う暴流は身動きが取れないクロバを飲み込み、やがて水の柱となって天にのぼった。
「このくらいはねー」
クロバがアシストして、俺がとどめを刺す。決勝に進んだ強者といえど、流石に二対一を覆すのは難しいだろう。
「でも本当にいいのか? 俺が全部ポイントもらっちゃって」
「いいよー別に。私の目的はそこじゃないし」
「ならいいけど……しっかし、こんな広い空間でばったり会えるもんかね……」
「会えるよ……絶対」
そう力が籠った声で言い張る。
するとまるで予見したかのようなタイミングで、少し離れたところに水の柱が出現し、クロバが一目散にそちらへと走り出した。
「お、おいっ!」
「こっち! 今のがたぶんそう!」
急いで向かうクロバの後を追い、その柱の発生地付近へと行くと、そこには人影が一つ、倒れた人の傍に立っていた。
「お姉ちゃんっ!」
「あれっ! クロバちゃんじゃん! 偶然!」
ショートヘアにクロバと同じ水色の髪、スレンダーな体型と姉妹ということは見るに明らかだ。そして何となくだが、佇まいからも似た雰囲気を感じる。
「それにそっちの君は……ええと……」
「あ、俺は石動健一っていいます」
「イスルギ君……ね。君とクロバちゃんはどういうご関係?」
どういう関係……うーむ、友達……なのか?
いや、まぁ友達というよりは共犯者とかの方がしっくりくる。
ただまぁ、普通に考えれば、
「先輩と後輩ってだけです」
そう言いきった俺の腰をクロバがつねって、ビリっと痛みが走る。やめろ、とクロバの方を向くと、すごい渋い顔でこちらを睨みつけていた。
クロバ姉はパンっと手を叩き、
「そっかそっかぁ。あ、ごめんね。私はイコ・ユーリシア。クロバちゃんのお姉ちゃんでーす」
自己紹介をしてクロバに飛びつく。
「あ、汗つくから抱きつかないでっ」
頬をすり寄せて顔を崩す姿に、なんとなく二人のいつもの感じが分かってくる。
「もうっ、つれないなぁ。それで、お姉ちゃんに何か用? 会いたくなっちゃった?」
「違うよ。昨日言ったでしょ……私と戦ってって」
「えぇ~やだよう。可愛いクロバちゃんを傷つけたくないもん」
こうやって見ていると、クロバの方がお姉ちゃんに見えてくるな。俺は今、普段の日常風景を垣間見ているのだろう。
腰にへばりつく姉を引き離し、
「お姉ちゃんがそのつもりじゃなくても、私はやるからね」
腰の杖を引き抜いて相手方に向ける。それに一切動揺せず、
「それはー、ちょーっと困るなぁ」
クロバ姉はさっきまでと変わらない口調でそうこぼすが、そこには何か恐ろしい裏の顔を感じさせるような雰囲気があり、思わずゾクッとする。
一瞬、クロバは怯むが、
「……分かったら戦って」
あらためて力強くそう言い放ち
「お願い」
芯が通った目で姉を見据えるのだった。
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数分前
「その代わり私からも条件」
「なんだ?」
「私がお姉ちゃんと戦うのを、手伝って欲しい」
‘‘お姉ちゃん‘‘ その単語から、この前見たBブロックの生存者の名を思い出す。
「もしかして、イコ・ユーリシアってクロバのお姉ちゃんか?」
「知ってたの?」
「知ってたっつーか、こないだ名前見て」
「あー、ね」
やっぱりあれはクロバの姉だったのか。何となくだけどコイツ妹っぽいし、そんな気はしていたが。
「それで、手伝うって共闘すればいいのか?」
「いや、むしろ手を出さないで欲しいの」
あくまで戦うのは自分だけで、協力はいらないと言う。そしてそのまま、クロバは語り始めた。
「私ね、ちっちゃい頃からずーっと、お姉ちゃんと比べられてきたんだぁ。優秀なお姉ちゃんと平凡な私。まぁ、私も同い年の中だと出来る方だったけど、相対的にいつも評価されて、誰も私を見てくれない」
少し視線を落とし、投げやりに言葉を吐く。
「私のお姉ちゃんはね、性格も私なんかよりずっと良くて、私のことも大好きだって、いつも言ってくれる。でも、私にはそれが、時々辛くなるんだ」
姉と比べられ、自己嫌悪に陥る。俺にもその経験があったので、クロバの話がまるで自分のことかのように深く突き刺さる。
周りの人間もきっと悪意はない。そんなことは重々承知だが、他者が心のどこかで比較しているのが分かってしまう。
いっその事、不出来だと罵られた方が楽かもしれない。そうすれば、煮詰まった嫉妬心を、込み上げてくる怒りをぶつける先がハッキリするからだ。
だからこそ、無自覚の悪意はタチが悪い。
「お姉ちゃんはきっと、こういうイベントとかじゃないと相手してくれない。だから、私はお姉ちゃんと同じ学校に来たの。たった一回、一緒に武闘祭に出られるこのタイミングのために」
「クロバ……」
「お姉ちゃんは全然悪くない。こんなこと考えてる私が悪いのはわかってる。でも……それでも、一回本気のお姉ちゃんと戦ってみたい。それで、勝ちたいの」
意志が宿った声に、空気が震える。この子の願いを、気持ちを理解できる俺が手伝わないわけにはいかない。
「……わかった。じゃあ、俺はクロバのお姉ちゃんを見つけるのと、邪魔が入らないようにすればいいんだな」
「いいの?」
「ああ。条件って言ったろ……それに———」
「それに?」
「いや……その代わり勝てよ、約束だ」
「うん、ありがとね」
こうして、俺とクロバの契約が結ばれた。
▷▶▷
現在
「お願い、戦って」
再度、クロバは姉に言い放つ。その揺るがない意志に折れたのか、
「はぁ、もうしょうがないなぁ。その代わり、手加減はできないからね!」
「……っ!? うん!!」
姉の返答に心底嬉しそうな顔をする。クロバ姉は俺の方に視線を移しながら、
「それで、イスルギ君は……」
「あ、俺は戦闘中も後も手出さないんで」
あくまでこれはクロバの戦いだ。約束のこともあるし、何より俺が手を貸すんじゃ意味がない。
「そっか。別に私は二人がかりでもいいけどね~」
「お姉ちゃん!!」
「あはっ、怒られちゃった」
姉の余裕なのか天然なのか分からない発言にクロバがツッコむ様子に苦笑しながら、俺は少し離れた草陰に隠れ、戦いに横やりが入らないように監視する。
二人はそこそこ距離を取って、姉が手をブンブン振りながら準備完了を伝える。
「じゃ、こっちの準備はできたからいつでもいいよー」
姉は杖を取り出すものの、構えようとしない。その姿にクロバは戸惑うが、「ふぅ」と息を軽く吐き詠唱を始めた。
「——————氷界よ、氷の精よ、その息吹を持って天地を凍てつかせ」
「えっ――――」
比較的長い詠唱、これは上位の魔法だ。クロバ姉もこれは予想外だったのか、顔色が一瞬で変わり、慌てて杖を構える。
「——————フロストノヴァ!」
大気が一気に冷え、俺のとこまで冷気が伝わってくる。吐息が白くなり、指先がみるみる悴む。
杖の先端からは氷の光線とでも言うべきであろう、キラキラと輝く光の流れが放たれる。通過した地面を凍てつかせ、一直線に敵へと向かっていき、弾ける音と共に炸裂した。
あんなもの、生身で受けたら間違いなく死ぬだろう。
どうだ? 結果はどうなったんだ?
白い霧がかかり、うまく相手の様子が見えない。
徐々に霧が晴れていき、無傷の姉が現れる。そしてその背後には謎の水瓶が浮かんでいた。
「くっ……『永遠の水瓶』……」
どうやら巨大な水瓶から出てきた水流が魔法を防いだようだ。
俺はその魔法を見て、前にグラントから聞いた話を思い出した。
「『水瓶の聖女』……たしか四天王の一人……」
この学校には、三年生に上がるときに四天王というモノが決められる。これは古くからの伝統で、直接的な恩恵はないものの、その称号を持つ者は羨望の対象になるらしい。
あくまで生徒間での呼び名だから、ただ箔がつくだけだが、思春期真っ只中の学生にとっては相当な意味を持つとのことだ。
そんな四天王の中に『水瓶の聖女』という二つ名を持つ者がいた。その通り名しか知らないが、あの後ろにある水瓶を見るに、ひょっとすると彼女が……
「あはは、まさかそんな魔法が使えるなんて、お姉ちゃんびっくり」
悪意のない、純粋な言葉でイコ・ユーリシアはそう言うが、無自覚の刃がクロバの顔を曇らせる。しかし、その反応はほんの一瞬、すぐに切り替え杖を強く握りしめる。
「じゃあ、次はこっちの―――」
「まだっ、まだ!」
言葉を遮って歯を食いしばり、杖を上に掲げる。電気が空中に迸り、それが氷に閉じ込められて無数の剣になる。10…20……どんどんと増えていき、やがて100本ほどの剣が空を覆いつくした。
「す、すげぇ数だ……」
杖の動きに合わせ、それらが一斉に敵の方へと向く。そして、
「——————フリーズ・ライトニング!」
詠唱と共に剣の雨が降り注ぎ、氷が割れる音と雷の音が入り乱れ大地を鳴動させる。
鳴り響く轟音に弾ける電気、チカチカと光が暴れ回り、眼が眩む。
雷光に包まれた中、かろうじて見える敵の周囲は、氷結と焼痕の跡地となっていた。
全てを出し切ったクロバは両膝をつき、深く息を吐く。
「……これ……なら……」
だんだんと収まる光を、確信めいた表情で眺めていると、
「……ッ!?」
「流石、私の妹だね。でも、まさかこんなにできるとは思わなかったよ。ごめんね」
依然として立っている姉の姿に顔が蒼白する。
文字通り、全身全霊、全魔力を込めた。
なのに……なのにまだ、届かない……
「だから、こっちも真剣にやんなきゃ失礼だね」
少しヒビが入った水瓶から水が流れ出て、空中に水流が蛇のように漂う。杖の周りを旋回しながら一点に集中していき、
「——————水葬流崩激」
冷徹に発せられた詠唱に世界が揺れる。荒れ狂う暴流は身動きが取れないクロバを飲み込み、やがて水の柱となって天にのぼった。
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