異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?

雪詠

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第三章 王立学校

浸食と穴

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 武闘祭二日目の午後

 会場近くで待っていると、向こう側から見知った顔が駆け寄ってくる。

「ごめん、待ったかな」

「いんや、今来たとこだ。それより行こうぜ」

 何かを忘れている気がするが、席取りの方が大事だ。出来るだけ見やすいとこがいいしな。なんて考えながら歩いていると、後ろから奇声とバタバタと足音が聞こえてくる。

「ちょちょちょちょ! 俺さんをナチュラルに置いていこうとしなさんな!」

「あ」と俺もグラントもこぼす。そういえば、「俺さんもご一緒しようか」とか言ってたっけか。

「あーわりぃ、忘れてた」

「ショーーーーック!」

「うるせぇ! 道の真ん中で叫ぶんじゃねぇ」

 ただでさえイベントで人の数が多いのに、悪目立ちするようなことはやめてほしい。ほら、他の通行人が白い目で俺達を見ているぞ。

「じゃあ行こっか」

 キルバスの奇行を宥めるようにグラントがニコっと微笑み、俺達は空いている席に向かった。

「そんで、今日ぶつかるとこは……三年か」

 これはまた、運の悪い。もちろん三年生とはいえ強さはピンキリだが、少なくとも俺が見たことのある三年生は全員かなりの実力者だった。それが団体戦で六人も……かなり厳しそうだな。

 険しい顔をしている俺に、

「そう絶望することないと思うけどなぁ」

 グラントは楽観的にそう呟く。

「いやでも、俺たち昨日散々な目に合ったしなぁ」

「ま、まぁね……」

 俺もグラントも三年生の被害者だ。昨日の記憶は苦い思い出として刻まれている。そんなどんよりした空気をかき消すように、開戦の合図がなされた。

「おっ、始まったな」

 この団体戦は先に相手の大将を倒した方が勝ちというものだ。なので、大将を守りつつ、どれだけ他の人が積極的に動けるかが鍵になる。

 開始と同時にキリヤはモグラの使い魔を呼び出し、敵陣地に向かわせる。おそらくは索敵ということだろう。

「キリヤはちゃんと働いてるみたいだね」

「ハナビがいるから、なおのこと燃えてそうだな」

 敵の位置を把握したところで、ハナビが何やら指示をだす。そうして、カペラともう一人の男子がとある地点に向かった。

 三年生は攻撃隊三人という采配で動いている。やがてそれはハナビの目の前まで進軍してくるのだが、いつの間にかそこにはハナビとキリヤしかいなくなっている。もう二人はどこに行ったんだ?

 そうして戦闘が始まり、数的に不利なハナビたちは守りで精一杯となる。大将のハナビを傷つけまいとキリヤがどうにか持ちこたえるが、崩れるのは時間の問題だ。

 ハラハラしながら見ていると、さっきまでハナビと共にいたメンバーが敵の後方から出現し、戦況が一変する。

 動揺の走る敵の攻撃隊は連携が乱れ、あっという間に撃破されてしまった。

 そうして仲間を失った敵の本隊は攻撃に転じるしかなくなり動き始めたのだが、進軍する道中、隠れていたカペラが大将目掛けて魔法を放ち、咄嗟のことで対応が遅れた敵の大将はまともに魔法を食らって討ち取られた。

 あまりにもスムーズな展開に俺は脳が追い付かなくなる。これら一連の動きが出来すぎていて、敵の行動を完全に読んでいたとしか思えない。

 まず、カペラが潜んでいた場所だ。敵から見て右回りの森にいたのだが、そこを敵の本隊が通るなんて保証はなかった。

 いや、待て。まさか途中のあれか?

 試合中盤、左側で魔法が空中に放たれた時があった。それをやったのはもう一人の男子生徒。敵の本隊がそこを通ることを避けるようにしたってことか?

「驚いた? 確かに対人戦ならカペラちゃんの方に軍配があがるかもだけど、こういった指揮に関してはハナビちゃんの独壇場なんだ」

「なるほどな……」

 だから団体のメンバーを決めるときにすぐに話が進んだのかと、今になって合点がいく。

「ね? 心配いらないでしょ?」

「あ、ああ。正直、めっちゃびっくりした」

 あの三年相手に完勝をしたハナビ達に会場は拍手と歓声に包まれる。俺達も立ち上がってその波に乗るのだった。

 ▷▶▷

 試合を終えたキリヤ達を迎えようと、俺達はステージの出口付近までやってきた。

「いやはや、素晴らしい試合だったな、石動健一よ」

「たしかに。アホみたいにクマにやられた、どっかの誰かさんとは大違いだぜ」

「なっ、なにおう!?」

「あっ、ほら。出てきたぞ」

 勝者の凱旋にふさわしい顔つきで、チーム二年Aクラスが出てきた。特にキリヤは、わかりやすいくらい顔が崩れている。

「おう、お前ら! 見てたかよ、俺達の勇姿を!」

「ああ、ばっちり見てた。まさか完勝するなんてな」

「そうだろそうだろ!」

 上機嫌そうに頷き、キリヤは鼻の下を指で擦る。

「ルクシオもカイも、しっかり活躍見てたぜ」

「いやまぁ、俺達は……なぁ?」

「実際、ハナビの指示聞いてただけだしなー」

 二人を褒めると嬉しそうな顔をするが、あくまでそれはハナビのおかげだと謙遜する。たしかにそれもあるかもしれないが、途中のカイが魔法を放ったタイミングも良かった。

 ルクシオも敵を背後から強襲したときの狙う順番が的確だったな。あのおかげでだいぶ連携が崩れたはずだ。

「おつかれ、みんな。この調子なら今年こそは優勝できそうかな?」

「あはは、どうだろ。でも、負けるつもりはないよ!」

「そうだそうだ。なんか調子良いし、このまま優勝まで一直線だぜ?」

 闘志に燃えるハナビにキリヤが口を添える。

「キリヤはそうやって慢心しすぎない。悪い癖だよ」

「いいだろ別に! 少しは浮かれてても!」

「いや、キリヤ君はもっと落ち着いた方がいいと思うよ」

 同じチームのマリアにもそう言われ、キリヤはハナビに意見を求めるが、

「あはは……」

 なんとも残酷な反応が返ってきて肩を落とす。どんまい、キリヤ。

 それにしても、やっぱ団体戦のチームは雰囲気がいいな。仲がいいというか、自己中心的でないというか。

 みんなが試合の感想を言い合ってる様子を遠い目で見ながら、温かさを感じる。

 ん? なんかこれおじさんっぽいか?

 腕を組んでそう思い悩んでいると、見覚えのある金髪の少女が俺の隣に立ってくる。ツインテールに少し露出された胸元、そして気だるそうな目、大将を討ち取ったMVPだ。

 騒いでいる仲間の輪から離脱してきたらしい。勝利をつかみとった張本人だからとはいえ、ああやってワイワイするのは得意じゃないタイプだからだろう。

 そんな功労者にあらためて声をかけることにする。

「カペラもおつかれ。あの一瞬で大将を討ち取ったのカッコよかったぜ」

「ん、ありがと。イスルギも、昨日のあれ、見てた。決勝進出、おめでとう」

「ああ、サンキュー。ま、お互いがんばろーぜ」

 カペラは軽く頷き、会話が止まった。

 これは俺の返しが悪かったな。隣あっているのに会話がないという、気まずい状況に口の中の水分が一気に無くなる。

 カペラとの距離感は未だにわかっていない。少なくとも悪くは思われていないと思うが、実際のとこはどうなのだろう。

 チラッとその横顔を眺める。相変わらず薄く開いた目に、何を考えているのかわからない表情。カペラという人物は本当にわからない。

 そうして、横並びに立っている時間はキリヤの呼びかけで終わり、俺達は解散したのだった。

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「ふぅ、かっこいい姿も見せれたし。そろそろハナビも俺のことを……なーんてな!」

 寮へと戻る前に夕飯を買おうと屋台を巡る。グラントもイスルギも、今日はもう戻ると行ってしまったので久々の一人だ。

「ったく、ちょっとくらい付き合えよなー」

 そういえば前々から俺が買いだしに誘うとみんな苦い顔をするような……

 そう考え、グラントの言葉が甦ってくる。

『キリヤの買い物って長いんだよ!』

 いや言うほどか? とは思うが、たしかに優柔不断な節があることは認めよう。

「でもさぁ、後悔したくはないじゃんかね」

 文句を空に吐きながら歩いていると、自分と同じ学年の服を着た男とぶつかる。

「あっ、わりぃ!」

「いやいや、問題ない。吾輩こそ不用心であった」

 変な口調で自身の非を詫びる男の顔を見て、疑問が浮かび上がる。こんなやつ、同じ学年にいたか?

 男は黒髪の黒目で、ヤクモ王国出身かと思われる。他の国出身のやつは目立つから、知らないという方が珍しいのだが。

 少なくとも俺のクラスにはいない。他クラスだったとして、大体の顔ぶれは知っている。まさか編入生?

 いや、今年はイスルギだけのはずだ。

「ん? どうした? 吾輩の顔をじろじろ見て」

「あんた、何組だ?」

「……D組だ」

 少し間をおいてからそう答える男に、一層疑念が強くなる。

「いや、おかしいぞ。D組にお前みたいな奴はいなかった。てめぇ、誰だ」

 他のクラスを上げられていたら分からなかったが、D組に関しては俺達は詳しい。なにせ、俺達とD組は犬猿の仲だ。この武闘祭で勝つために、去年から互いの内情を探り合っているのだ。

 使っている魔法や性格など、互いの手の内を調べあげた。そんな中にこんな顔のやつはいなかった。

 だから、はっきりと分かる。こいつはここの生徒じゃねぇ。

「いやはや、まさかバレるとは思わなかった。案外頭がいいのだな、キリヤ・ゲイル」

「てめぇ、なんで俺の名前を……」

 今はそんなことはいい。まず周りのやつらにコイツの事を言わなきゃだ。

「————っ」

 口を開こうとした瞬間、何かに取り憑かれたかのように言葉が出なくなる。意識が深い、深い海に沈められていくようで―――

 ぼやけた世界で声が俺の意識を拾い上げた。

「君! 大丈夫か!?」

「あ……れ?」

 警備兵の呼びかけに、自分が道のど真ん中に立っていることに気が付く。

「俺は……なにを……」

「長いこと立ったまま、虚ろな顔をしてたぞ! 具合でも悪いのか?」

「ああ、いや。大丈夫だ……」

 俺は確か夕飯を買いに来て、それで……

 一体何をしていたのだろうか。

 結局、それ以上思い出すことはできず、いつの間にかそんな出来事を気にしなくなっていた。


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