異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?

雪詠

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第三章 王立学校

祝勝の夜は爆音と共に

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「せんぱーい!!」

 会場を出ると、水色の髪の少女が駆け寄ってくる。喜びの中に一寸の不安が窺える表情で、最初に会った時との違いに何とも言えない気持ちが浮かんでくる。

「よかった、生き残ったんだね」

「運よく、だけどな」

 肩を落として自嘲気味に笑った。そして俺は目を閉じ、瞼の裏にあの男を描く。

 正直、あの場で雷鳴鬼を出していたとしても、事態は良くならなかったかもしれない。それだけあの上級生は強かった。二つ名持ちは伊達じゃないということだな。

「ありがとね、その……逃がしてくれて」

「あの時はあれが最善だったってだけだ。あ、あとゲルニカを逃がしてくれてありがとな」

「それは別に……借りっぱなしは癪だし」

 そう呟く姿が、遠く離れた少女と重なって、思わず頭に手が伸びそうになる。

「……なに、その変な顔」

「いんや別に」

 クロバは頬を膨らませながら俺を小突き、

「もぉー、腹立つから何か奢って!」

「嫌に決まってんだろ! なんで俺が」

「えぇ~、ケチだとモテないよ?」

「モテなくて結構」

 俺には可愛い可愛いシャロにティア、それにメアもいるんだ。

「つまんないのー。ま、先輩っぽいかも」

「どういう意味だよ……」

「あはっ、べっつにぃー。これからも仲良くしよーねって話」

「ああ、そうだな……でも、」

 表示されている勝ち残った者達の名前を見上げ、

「……いや、なんでもねぇ」

 決勝のルール的に、安易に組むことはできない。次会うときは、おそらくだが……

「ま、お互いがんばろーぜ」

 別に今から気を張る必要はないか。今は知り合いが増えたってことを純粋に喜ぼう。

 ▷▶▷

 お昼を過ぎ、Bブロックの試合が始まる。団体戦と個人戦も気になるが、決勝に進む以上、多少の情報収集はしておきたい。

 キルバスはどっかいっちまったし、他の奴らは試合だしで俺は絶賛一人で観戦中だ。

「おー、すっげぇな。こんな感じなのか」

 映像が空中に映し出され、戦いの瞬間が見やすく放送されている。武道館とかのライブとかに近いな。攻防が繰り返される度、歓声が響いて、熱狂の渦に飲み込まれそうになる。

 俺のときもこんなだったのか、と思うと少し恥ずかしい。『金獅子』との戦いもしっかり映されてたらしいしな。

 ボーっと眺めていると、いくつか表示されている映像の一つに見知った顔が写り込む。

「おっ、グラント達だ」

 グラントはクラスメイトの女子二人と共に行動している。自主性が薄い生徒達なので、グラントが頑張ってリーダーを務めているっぽいな。

 と、ここで彼らが他の生徒と出会う。あれは三年生だな。

 グラントが指示を伝え、戦闘が開始する。見た感じ攻撃、防御、支援、役割分担がしっかりしていて、隙がない。

 グラントは防御を担当していて、すぐにでも魔法を展開できる体勢に入っている。そんな中、仲間の放った魔法が敵を捉えて、勝負が決まったかに思えた。

 が、二重に展開された防御魔法によってかき消され、上級生が放った一つの魔法にいとも容易く連携が崩される。

 これはグラント達は悪くない。あの三年の魔法の威力がそもそも桁外れなのだ。運が悪かったとしか言いようがないな。

 そうして水流に飲み込まれ、あえなくグラント達が敗北した。

 その後も戦闘があちこちで行われ、サバイバルは終盤に差し掛かり、結局、三年生が枠を独占して試合は終了した。

 空中には生存者の名前が上げられ、そこに載っているのは誰も彼も三年生ばかりだ。

 グラント達が負けた以上、生存者の名前を見ても仕方ないと思ったが、一つ気になる名前を見つける。

 イコ・ユーリシア

 クロバの姓も確かユーリシアだった。そこから考えるに、

「これって、クロバの姉ちゃんか?」

 つまり、決勝で姉妹対決が行われるかもってことか。何とも熱い展開だな。

 あのクロバの姉か……どんな人なのだろうか。クロバと似た性格なら、大分面倒くさそうだな。

 ▷▶▷

 そして俺は、帰りがてら個人戦と団体戦の結果を覗き見ることにした。

「おっ、勝ってんじゃん」

 個人戦はガルドもトウヤも勝ち上がっている。明日は二人共、同学年と当たるっぽいな。そしてそこを勝ったら―――

「げ、これはまた……」

 クローリー・アルフレッド、現生徒会長に当たる可能性がある。一方、トウヤの方はと言うと、グラミー・ブラッド、こちらは現副会長だ。準々決勝でまさかの、どちらも優勝候補とぶつかることになる。

 とはいえ、二人の強さは俺もよく知っている。個人的にこの試合は見に行かねば。

 そして、団体戦。こちらも順当に勝っているようだな。さっきグラントに明日の試合を見に行こうと誘われたので、どんな試合を見せてくれるのか楽しみだ。

 知り合いがこうやって出ていると、部活の応援なんかを思い出してなんだか懐かしくなる。

 昂った気持ちを抑えながら、俺は帰路に着いた。

 ▷▶▷

「おかえりなさい、ご主人様」

「ただいま、シャロ」

「おーっす、イスルギ。おかえり」

「ただいま……って凄いなこれ」

 食卓にはずらーっと、肉を中心とした豪華な料理が並べられていた。買い食いをしなかったので、俺のからっぽの腹が叫びをあげる。

「決勝進出祝いにシャロと二人で作ったんだ」

「まじか! すげー嬉しい! ありがとな!」

「あらためて、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう……って、なんかあんま活躍できなかったから、素直に喜びづれぇな……」

 撃破数は二人だから、奮った結果とは到底言えない。うまい具合にタイミングを見極めて逃げてただけだしな。

「ま、勝ってればそれでいいんだよ」

 ティアがご飯をよそって俺の前におき、俺も気にすることないかと箸を握る。

「そう……だな! よし、じゃあ冷める前に食べようぜ」

「あーずるい、ボクも~」

 さっきまで寝ていた鬼が匂いに釣られて顕現してくる。

「ちゃんと雷鳴鬼の分もあるから、安心しろ」

「えへへ、肉は全部ボクのものだ」

「いや、流石に弁えろよ……」

 肉にテンションが上がっている雷鳴鬼を宥めていると、シャロが大きな瓶を奥から持ってきた。

「今日はこれを開けましょうかねぇ」

 屋敷から持ってきたワインを開け、俺達は豪勢な食事を心ゆくまで楽しんだ。

 なお、ティアは途中、酒で酔い潰れてしまった。

 ▷▶▷

「く……非常にまずい……」

 夕食の片付けは俺とシャロの二人で行い、風呂に入ったのでもう寝るだけなのだが、心臓の鼓動が鳴りやまない。

 これは俺にとっての吸血衝動……もとい、欲望の暴走だ。

 原因はおそらく、久々に因子をフル稼働したことによるものだろう。後は、雷鳴鬼に食わせた欲望もそうだ。

 食欲はさっきの飯で十分満たされた。後は残る二つ……

 俺がベッドで蹲っているとノックがかかり、銀色の髪が目に映る。その瞬間、理性が弾け飛んだように、ドアのところへと向かい、

「失礼します、今日はシャロの―――ぇ?」

 強引にその手を引いて、ベッドに押し倒していた。

 甘い、甘い匂いが俺を欲望の海に沈めるかのように、優しく香る。シャロは最初、驚いた表情をしたものの、すぐに優しく微笑みを浮かべた。

「ごめん、ちょっと我慢できない」

 俺の言葉を肯定するかのように腕を首に回し、

「ふふっ、いいですよぉ。好きに召し上がってください」

 そう蕩けるように囁いた。そこから、唇を重ねるまでに時間はいらなかった。

「……はむ……んっ……んんっ」

 ゆっくりと、しかし段々と激しく逢瀬が繰り返される。あまりに甘美な時間。一度離れても、すぐに互いを求めあい、何度も口づけをかわす。

「シャロの髪、めっちゃ綺麗だ」

「ふふっ、ご主人様のために、前よりしっかりケアをしてるんです」

 俺のために、俺の好きな人が、俺の好きなものを、俺が好きなようにしてくれている。温かい気持ちが胸いっぱいに広がり、また吐息が聞こえる距離まで近づく。

 時間なんか忘れて、俺達はただひたすら愛を確かめ合った。

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 ガーフィールド王国の中心部、そこから少しほど離れた薄暗い路地。月明りを雲が遮るこの夜に、俺は『怪人』に出会ってしまった。

「ふぅむ、祭典には『ドラマ』が付き物……そうは思わないかい?」

 見上げる先には、とても顔とは思えない異形の姿がそこにはあった。見るのも恐ろしく、恐怖で失神してしまいそうになる。

「失敬。口が塞がれている相手に質問を投げかけるのも、酷な話であるな」

『怪人』は丁寧な口調で語りかけてくる。

「計画のためとはいえ、何もできないのも苦しいものだよ」

 噂で聞いた野蛮な様子とはかけ離れた性格に、一縷の希望を見出すが、

「だから、許してくれたまえ。名も知らぬ若人よ」

 指を鳴らした音と共に世界が爆ぜ、俺のくだらない事で満ちた人生が唐突に終わりを告げた。

 ▷▶▷

「誰だっ、そこのお前! 一体何をしている!」

「おや、吾輩としたことが、こうも失態を犯すとは……少々気が立ってしまっているな」

 いくら人気が少ない夜だからといっても、見回りの兵士がいるものだ。それは十分に理解していて、いつものように対策をしたつもりだったのだが、どうも穴があったらしい。

 何はともあれ、次から気を付ければいい。それに、こんな事などさしたる問題ではないのだ。

「なっ! その顔、貴様―――」

「『吾輩は犯行現場に偶然にも通りかかった一般人だ。そして、君はこの現場の第一発見者である』」

「……」

 言葉をかけられた兵士は、意識がなくなったように立ち尽くし、すれ違い様男に肩を叩かれ、

「では、職務を全うしたまえ。さらばだ」

 そう言い残し、現場を後にする『怪人』を目で追うことすら叶わなかった。

「もはやこれだけでは満足できぬな……我が欲求にも困ったものだよ。まぁ、もう少しの辛抱ではあるな」

 種を蒔かずとも、自然に花を咲かせる大地を見つけたのだ。あとはそこに芽吹くのを待つだけ。

「ともあれ、あれでは些か『ドラマ』が足りぬな」

 順調に事は運んだ。しかし、まだ己を納得のいく、満ち足りた展開には届きそうにない。であるならば、やることは一つ。

「少し動くとしようか」

 王国の中央で、『異形の怪人』が誰にも聞こえない声で宣言する。

「楽しみにしているよ……石動健一」

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