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第三章 王立学校

脱落者

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 あの三年生を避け、南東方向へと少し歩いた。しかし、あまり中央から離れすぎても人と会えないので、今はやや中心寄りにいる。

 道中、二人組の二年生と遭遇したが、苦戦することなく撃破することができた。

 というのも、この一年生、クロバが思ったよりも戦えたのだ。彼女が操る水と俺の使う雷の相性が良く、対複数相手にも通用する連携が取れる。

 一方、ゲルニカとキルバスは騒いでいるだけで何もしない。ゲルニカは……まぁ一応、最低限の支援はしてくれているから置いておいて、キルバスにはしっかりと仕事をしてもらいたいものだ。

「あれ、そういえばお前って、どんな魔法使ってたっけ?」

「おい、石動健一! 忘れるなんてひどいじゃないか!」

 くねくねと体を動かし、俺の肩を揺すって抗議してくる。

「なんかこう、お前ってあんま印象に残んねぇんだよな」

 特徴のない顔をまじまじと眺めながら、俺はコイツの記憶を探るのだが……

 こう、言動のインパクトはあるが、なんか記憶に残らない。影の薄い奴が無理に目立っても、数日経ったら忘れられるアレに近い。

「んなぁ!? この私が……影が薄いだとっ!?」

 キルバスはショックに悶え、そのまま後ろに倒れ込み、ブリッジの姿勢になる。

「一人称崩れてるじゃねぇか……で、実際のとこ何だっけか」

 気味の悪いブリッジ姿のまま、変なところから声が聞こえてくる。

「俺さんは火、だね」

「他は?」

「ないっ!」

 威勢よく起き上がって言うが、これは本当に……

「まじかよ……使えねー」

「おいおい! 君だって雷だけじゃないか!」

「俺は光魔法も少し使えるんだよ」

 実際は雷だけだが、別に俺は今後も増えていくし……

「むむむぅ……俺さんだって、固有魔法持ってるもん」

 気色の悪い言い方で衝撃的な事を言う。

「え、ほんとか!?」

「ああ! そうだとも! ひれ伏すがいいさ!」

 だが、喜ぶのはまだ早い。その内容次第だ。

「肝心の能力は?」

「相手の感情を少し操れる」

「なんだそれ?」

 感情を操る……なんかフワッとしてて分かりにくいな。

 悩む俺を指差し、

「実演してみせよう! 私の眼をよーく見たまえ」

「お、おう……」

 おもむろに顔を近づけてきて、目と目が交差する。

 うん、異世界に来て、ここまで特徴がない目は初めてだ。それに顔立ちも……この世界は美形が多いから逆に珍しい。いや別に醜悪な顔をしているのではなく、普通に普通の顔なのだ。

 しばらくすると、何か胸の奥あたりに違和感が浮き出てくる。胸……いや、頭の中? 

「どうだい? 何か変わったかい?」

「なんかこう、少しイライラするような……しないような……」

 雀の涙ほどのものだが、たしかに感情が変化している……と思う。たぶん。気分が若干悪いというか。

「そう! それこそが俺さんの魔法、『感情操作』さ!」

 ドヤ顔を振りまき、俺もクロバもそれにドン引くが、おかまいなしだ。ともあれ、言っちゃ悪いが、これは正直……

「いや、なんかもっとこう、この操作を強めにできたりしないのか?」

「これが最高だね」

 急に真顔に戻って、能力の限界を語る。その表情からは哀愁が漂っているように思えた。

「期待して損した」

「何を言うか!?」

「だってこれ、違和感がちょっとあるくらいにしかなってねぇんだよ!」

「ま、ままままぁそんな時もあるさ! これは元の相手の感情に依存するからね」

「つまりめっちゃ怒ってるやつにやったら、怒り倍増……みたいな?」

「その解釈で構わないよ」

「まぁ、それなら使い方次第か……」

 有効的な手段を考えるなら、挑発に使って囮になったり、相手の仲間割れを誘ったりとかか?

 そう思うと強そうだが、結構使いにくそうだな。

「それで、話変わりますけど、あと何人くらいだと思いますか?」

 キルバスの固有魔法に少しの興味も示さず、クロバは尋ねてくる。確かに、こんな事に時間を使っている場合じゃない。次の作戦を考えなければ。

 これまでの情報を整理しながら、残りの生存者を予想していく。

「それなぁ……まず、俺達が知っている限り、最低でも10人は退場してる。戦闘音を考慮すればその倍くらいはいなくなってんじゃね?」

 不親切にも、決勝以外では脱落者がわからない仕様になっている。

 この試合中盤の段階で、攻めにでるか逃げに徹するか……

「ここは一旦隠れたまま―――」

『健一! 何か来たよ!』

 クロバが隠れる提案をしかけたところで、雷鳴鬼が反応を示し、同時に後方からガサガサっと音が鳴る。

「……ッ!?」

「なっ!」

「ひぃっ!?」

「こいつ……クマ?」

 一斉に振り返ると、そこには体長約4~5メートルはある、クマの見た目の魔導人形が漆黒の眼でこちらを覗いていた。

「—————————雷槍!」

 考えている余裕もなく、咄嗟に魔法を行使する。

 手から放たれた雷の槍は、相手を飲み込もうとぐんぐん進んでいき、その顔面にヒットしたのだが……

「うっそだろ?」

 何事もなかったかのようにピンピンしている姿に、俺達はすぐ逃げる判断を下した。

 だが、案の定クマはそれを追ってきている。その巨大な体躯で木々を薙ぎ倒し、地面から振動が伝わる。

「やばいやばいやばい!」

「追っかけてきてます!」

「俺さん死んじゃう!?」

 クマの時速ってどのくらいだ? てかそんなこと考えてる暇ねぇ。とにかく逃げなきゃ。捕まったら確実に逝く!

「て、あれ? ゲルニカはどうした!?」

「たっ、多分これが出た瞬間に真っ先に逃げました!」

「まじかよ! まぁそれならそれでいい!」

 俺達を置いていったことにはなるが、判断としては正しい。生き残るのが優先だ。それでも、声くらいはかけてほしかったが。

「くそ、このまんまじゃ追い付かれるっ!」

「仕方ない! 俺さんの魔法を食らわせてやろう!」

「キルバス!?」

 突然キルバスが足を止めて後ろを振り返り、クマと対峙する。そして、指が揃えられた手の先を相手方向に向け、

「————エクスプローーーーージョンッ!!!」

 キルバスの大々的な詠唱と共に壮絶な爆発が……

 起こらず、指の先の空間が少し爆発した。範囲で言うなら、野球ボールくらいだ。

「うべしっ!?」

 そんなバカなことをしたバカに降りかかるのは当然、クマのクマパンチ。字面で見れば可愛いものだが、実際はかなりグロッキーだ。

 木人形が爆ぜる音が聞こえ、キルバスの死が確定する。

「何やってんだよ!!」

「とにかく逃げましょう!」

 仲間の脱落を悲しむ間もなく、次の得物認定された俺達は駆けていく。それでも、クマの方が早い。俺だけなら逃げられそうだが、このままだとクロバが次の犠牲になりそうだ。

「せっ、先輩! やばいってぇ!」

「くっ……なら、一瞬止まれ!」

「え?」

「いいから!」

「わ、わかった」

 俺も立ち止まり、クロバの背中と脚に手を回し、

「えっ、きゃッ!?」

「我慢しろよ、少し速いからな」

「せ、せんぱい、これって……」

「しっかり掴まれ」

「あ、うん……」

 頬を少し赤らめ、クロバはしおらしく頷く。そんな変化に突っ込む暇は今は無い。

 お姫様抱っこの状態のまま、俺は脳内でイメージを描く。道具に纏わせられたなら、これもできるはずだ。

「よし――――――纏雷」

 俺とクロバを包むように、雷の魔法が取り巻く。走り出した足の速度は、もはやクマが遠く及ばない域に達した。

「せぇぇぇぇんぱぁぁぁぁぁい! しぬぅぅぅぅぅ!」

 クロバの断末魔が森に響き渡り、草木が揺れる。俺をガシッと掴んだ腕が骨を粉砕する勢いで強まっていく。確かに、慣れなきゃこれは結構怖いか。

 目まぐるしく変わる風景に途中からクロバは声をあげなくなった。これ、死んでないよな?

 ある程度距離が離れると、クマは追いかけることを止めた。どうやら危機は去ったようだが、勢いそのままに南東の端まで来てしまった。

 虚ろな表情のクロバをゆっくりと地面に下ろし、その様子を覗き込む。

「…………」

「おーい大丈夫か?」

「…………」

「こりゃ重症だな」

 苦手な人が無理に絶叫アトラクションに乗った後みたいになっている。眼から光が消えて、意識がどこかに彷徨ってしまっている。

「まぁ、あれが最善だったんだ。許せ」

「———て」

「なんて?」

「返してっ! 私のドキドキを!」

「はぁ?」

「人生で初めてお姫様抱っこされて、不覚にもときめいたのにっ! こんな人間列車聞いてない!」

「あー……悪かった悪かった。まぁノーカンとかでいいんじゃないか」

「そっ、それはさ、違うじゃん! もしかしたら今後こんな経験ないかもだし……」

 さっきもだが、これがこの子の素の性格か? なんというか、こう……

「なんか思ったより純情でかわいいな」

「えっ?」

「んっ?」

 俺の呟きにクロバは食いついてくる。

「私のこと、かわいいって言った?」

「いやまぁ……他意はないぞ?」

 ギャップを感じて純粋にそう思っただけだ。

「ふふーん、だめだよー先輩! まだ会って数分しか経ってないのに。でも、仕方ないかぁ。私の魅力が強すぎるからねー」

「だから他意は……はぁ、めんどくせぇ」

 こういうのは否定したらもっと面倒くさくなる。放置でいいだろう。

 と、あらためて自分たちの状況を確かめる。

「キルバスは脱落、ゲルニカは……どこに行ったか分かんねぇ。合流も難しいな」

「せんぱーい」

「なんだ」

「ふたりっきりだねぇ」

「そうだな、絶望的だ」

「そうじゃないでしょ! こんな可愛い後輩と二人っきりなんだよ! デレを隠さなくてもいいんだよ?」

「はいはい、かわいいかわいい」

「だからそうじゃなくてぇ!」

 俺の一個下の学年ってことは、実際の年齢差は4コくらいか?

 二十代、三十代になれば変わるかもしれないが、この今の俺の年齢でこれほど差のある年下に何か邪な感情を持つってのも無理な話だ。

 コイツも顔は良いと思うが、だからといって何か思うわけでもない。テレビ越しで見る芸能人にカッコいいとかいう感覚に近い。

「話戻すぞ。さっきの襲撃は、俺達があそこでじっとしてたからってのが有力だと思うんだが」

「運悪くってこともあるけど」

「まぁ、それなら仕方ないで済むけど、できることはするべきだ。一か所に隠れんじゃなくて、移動しながらとか」

「いいんじゃなーい。今せんぱいと二人でじっとしてたら、後ろから刺しちゃいそう」

「おまっ!」

 クロバは明後日の方向を向いて、誤魔化す。それは本当に洒落にならないからやめてほしい。

「はぁ……ここは端で逃げ場がない。もう少しだけ中央に―――」

 行こう、そう言おうとした瞬間、木々の間から小太りの男が吹き飛んできた。

「が……あぁ……」

「ゲルニカ!?」

 まさに満身創痍といった状態で、木人形がボロボロになっている。一応、まだ脱落といったことにはなっていなそうだが……。

「何があった!?」

「ぐ……うぅ……」

 痛みに喘ぎ、かすれた声しか聞こえない。俺らと別れた後、何が起こったんだ?

 すると、ゲルニカが飛んできた方向、森の奥から足音が聞こえてくる。

「まったく、逃げるなんて情けナイ。それでも漢かネ」

 徐々にその姿が日の光を浴び、露わになる。

「フム、まぁいいサ。新しい子羊たちが二人も……」

 裸の上半身にその凶暴な筋肉、輝かしい金髪のオールバック。

「ふふ、胸が高鳴るネ」

 実力に裏付けられた確かな自信が宿るその瞳に、俺達はすでに捉えられていた。






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