異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?

雪詠

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第三章 王立学校

武闘祭開幕

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「いよいよ明日ですねぇ、シャロ達も見に行きますよぉ」

 食器を机に並べながら、合間で座っている俺の真後ろに立ち、上から覗き込んでくる。

 ふわりと香る甘いバニラのような匂いが鼻をくすぐり、俺は垂れ下がってくる銀色の髪を優しく撫でる。

「おう。だったらなおのこと頑張んねぇとな」

「そんで、イスルギは一日目だったよな」

 ティアがエプロンを外しながらリビングへと戻ってくる。

「そうなんだよ。まじでくじ運ないんだよなぁ」

 せめて試合がどんな感じで動いていくのかを実際に見てからが良かったが、四分の一を引き当ててしまうとは。

「ま、どこに出てもイスルギなら決勝は行けるだろ!」

 ティアは楽観的に言うが、そう上手くいくもんか?

「う、期待が重い……仮病で休みてぇ……」

 こんな学校行事、久しぶりすぎて胃がキリキリする。できることなら休んでしまいたい。

「駄目ですよ。クラスの方に迷惑が掛かってしまいますから」

 俺を叱責するように頬をつまみ、ぐにぐにとこねくり回してくる。明日の心配に脳が支配されている俺は、人形のように弄ばれる。

「そうだぜ、それに久しぶりにカッコいい姿、見たいからな」

 この二人、段々と俺の扱いが上手くなってる気がする。

 不満とかそういうことではなく、単に分かってもらえてるという事実が俺にとってはなんだか嬉しい。

「ま、ベストは尽くすよ」

 二人のためにも、カッコ悪い姿は見せられないな。

 ▷▶▷

 翌日

 王直々の挨拶から始まり、いよいよ武闘祭が始まる。周囲の空気は浮ついていて、進路がどうとか、あの人に告白を、なんて会話が聞こえてきた。

 武闘祭は今日から五日間だが、俺が出るのは最高でも二日間だけだ。そういう意味では楽な部類に入るだろう。

 屋台みたいなのもあるから、暇なときにシャロ達と来てもいいかもしれないな。スポーツ観戦デートとか最高じゃんか。

「おはよう、石動健一! 会場はあそこだぞ!」

 キルバスが俺の背中をどついて、奥を指さす。かなり強めに叩いてきたから軽く復讐をし、時計に目をやる。

「もう俺たちの出番か」

 すれ違う一般の観客を横目に入場場所へと向かった。

 午前は俺達Aブロックの試合だ。会場の付近には大勢の人がごった返している。顔が厳つくなっている人もいれば、余裕の表情で鼻歌を歌っているやつもいる。今からここにいる人達と戦うのか。

 会場入り口にある放映用の魔石にはステージの様子が映されていた。

「すげぇ、あれがステージか」

 学校の校庭部分が一晩にして、木々が生い茂る野生環境へと変わってしまった。ジャングルとまではいかないが、森林といって差し支えない大自然の環境だ。

「教師陣の努力の賜物だね」

「流石に外部に頼んでるだろ」

 何人この学校に教師がいるかは知らないが、運営の者が疲労で倒れてはいけない。きっと国とかにお願いしているのだろう。

「ふぅむ、確かに。ならば大変なのは校長か」

「この人数を一気にってのもすごいな……」」

 どの試合も、例の如く校長の木人形が配られる。安全が保障されるのはありがたいが、この人数を守るのに校長は大丈夫なのだろうか。負担がすごそうだ。

 木人形の登録を済ませ、番号の書かれた紙と地図を渡される。この地点に行けばいいんだな。
 この時点ではもう他の人との会話は禁止されている。だが、落ち合う場所は決めたから平気なはずだ。

 入場口から特設ステージへと入っていき、人工的に作り出された自然のリアルさを体感しながら持ち場へと歩く。

 俺の初期位置は南西の真ん中あたり。合流場所は東端だから少し遠いな。

 指定の場所に着くと、地面には35と書かれた円盤が埋め込まれていた。

 事前の説明のとおりに、番号に自分の紙を乗せると、光の粒子になって消える。これで準備ができたことを知らせることが出来るらしい。

 しばらく待っていると、アナウンスが流れる。

「ただいまより、Aブロックの試合を行う。撃破されたものは直ちに退出口へと戻るように。では、はじめっ!」

 スタートの合図とともに歓声が飛び交う。試合映像は至るところにある魔石を通して放映される。恥をかくような真似はできないな。

「なんか思ったより、ぬるっと始まるんだな」

 とりあえず地図を見て、東へと進んでいく。すると早速、爆発音が聞こえてくる。もう戦闘が始まったのか。

 でも、それはあまり賢くない。撃破ポイントみたいなのがあれば話は別だが、これは十人以内に生き残ればいい。つまり、逃げるが勝ちだ。

 時間経過で魔導人形が追加されるので、いつまでも隠れられるわけではないが、しばらくは身を潜めるのが有効だ。他の生徒もそうするだろう。

 とにかく、最初の皆が元気な内に戦うのは愚策。早く合流して隠れつつ、積極的に漁夫の利を狙うのが良いだろう。

 東にひたすら進んで行く。木がひらけているところは見通しが良すぎるので、草木を踏みしめながらだ。

「うぉっ!」

 木々を抜けると、背が低い男と目が合う。向こうも驚きの表情を浮かべているが、咄嗟にこちらへ杖を向けてきた。どうやらやる気のようだ。

「ファイヤー―——ぐはっ!」

「先手必勝ってな」

 相手を視認してからすぐさま放った『雷槍』が敵を穿つ。今のは一年生っぽいな。会話もなしに攻撃してしまったが、それはお互い様ということで。

 結果オーライだとはいえ、これからはもう少し慎重に動こう。

 音を聞かれたかもしれない。急いでその場から立ち去った。

 ▷▶▷

「よし、とりあえずは着いたが……」

 東へと辿り着いたが、まだ二人の影は見えない。俺はかなり離れたところから来たから、もう居るものだと思っていたのだが。

 ともあれ、ここは木が少なくてちょっと目立つな。そこの草陰に隠れて待っていればいいか。

 茂みに隠れようかと思った矢先、

「ね、先輩」

「なっ!?」

 俺のすぐ真後ろで声を掛けられる。突然の人の声に心臓が縮こまって、背筋が凍り付きそうになった。寿命が減った気がする。

「あはっ、今私が攻撃してたら、先輩死んでたよ?」

 恩を売るような言い方で少女が笑う。先輩……ということは一年か。

 水色の髪の少女はにやっとして、前屈みであざとい視線を送ってくる。緩い胸元を強調しているあたり、本人は己の武器を十分に理解しているだろう。

 でも、この一瞬で俺の警戒心はマックスだ。ひとまず目的を聞き出さなければ。

「き、君は誰だ」

「私はクロバ・ユーリシア。一年C組だよ」

 一年……とはいえ油断ならない。第一、俺が全く気がつかなかった。ここに来るまでも音にはかなり気を張っていたし、周囲への警戒も一層強めていた。

「で、どういうつもりだ。なぜ攻撃しなかった」

「そのまえに、そっちの名前、教えてよ」

 不満そうに腕を組んで俺を指さす。

 まぁたしかに、名乗られたのにこちらの名前を言わないのは筋違いだ。

「悪い。俺は石動健一だ」

「イスルギ先輩……ね。よろしくでーす」

「あ、ああ。よろしく……ってそうじゃなくて!」

「なんで攻撃しなかったか、だっけ? んー、単刀直入に言うと、私と組まない?」

「組む……だと?」

「うん。実はさっきの戦闘みてて、この人ならいい壁……良い味方になってくれるって思って」

「壁……てか、そんな前から居たのかよ……」

「だから組んで欲しいなーって。だめ?」

 あざとい感じで言うが、そんなものに俺は惑わされない。こちとら、幾度となくシャロの誘惑を振り切ってきたんだ。頭を整理して、俺は冷静に思考する。

 いや、あまりに怪しすぎる。俺と組んでもクラスが違う以上、いつかは争うことになる。

 もし、一時凌ぎで声をかけてきたとしても、それはつまり周囲に、あるいはこのブロック内に仲間がいないことと同じだ。クラスメイトと協力していないから、生き残るために仲間を作ろうとしていると考えられる。それなら俺は今この瞬間、攻撃してしまえばいい。

 反対に、俺を仲間のとこに誘い込んで、なんて可能性もある。いくらなんでも多対一は不利すぎる。袋叩きにあうくらいならいっそこの場で……

 いや、関わらないが吉だな、うん。

「俺にメリットがない。それにリスクがデカすぎる。ひとまず見逃すから、会わなかったことにしてどこかに行け」

 無駄な戦いを避けられつつ、穏便に済ませられる。これが最善だ。

 しかし、

「いいのかなぁ。これ、見える?」

 彼女は小指を立て、見せつけてくる。そこには水色の糸?らしきものが結ばれていて、垂れ下がっている。それもどこかにつながっているようで―――

 ゆっくりと糸の行く末を見ていると、段々と俺の方に近づいてくる。そして、

「なっ!?」

 その終点はあろうことか、俺の小指だった。擦っても、爪で引っ搔いてもなんともない。結ばれているという感覚もなくて、それがとても気味が悪い。

「なんだこれ!?」

「あははっ、とれないよ、それ」

「俺に何をした!?」

「これはねぇ……」

 彼女は自分の小指をおもむろに口の中へといれ、なまめかしく吸い付く。すると、俺の小指に生温かい感触が走る。舌が指を這い、唾液に包まれる感覚がある、のだが自分の指には実際に何の変化もない。

「今、私と先輩は繋がってるの。感覚もそう、それに痛みも……ね」

「それって……」

「想像のとおり、私がやられたら先輩も道連れ~。パチパチパチ」

 ふさざけた言い草で手を叩いているが、俺からすれば事態はかなり深刻だ。

「なんてことを……」

「だからね、協力してね」

 してやったと言わんばかりの笑顔を見せびらかしてきて、俺は選択権が潰えたことを悟る。

「だいじょーぶ。私は決勝に行ければいいから、この試合の間は仲良くしよ、ね?」

「くそ……他に選択肢はない……か」

 こうして小悪魔のような後輩が仲間?になった。不本意ながら。

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