異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?

雪詠

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第三章 王立学校

俺はお前を愛している

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「私……一度国に帰ろうと思うの」

「何だと?」

「あっちには病気に詳しい昔の友人もいる。もしかしたらメアを助ける方法が見つかるかも」

「駄目だ。第一、どうやって説明するつもりだ? 吸血鬼と繋がっていることが発覚したら、お前の身だって危ないんだぞ」

 不干渉条約により、互いの国に入国することは禁じられている。もし、それを破る者がいれば、一生を牢の中で過ごす事になるか、最悪の場合死刑だろう。そんなリスクをリーリヤに犯させる訳にはいかない。

「でも、他に助かる方法がないでしょ? それにバレても大丈夫な人に頼るつもりだから心配しないで」

「……それでもっ―——」

「私は私ができることをしたい。だから、フリード君も絶対に諦めたりしないで」

「……」

 諦めるな、そう言われて今一度考える。人間の国を攻めることは数日あれば成す事ができる。タイムリミットから逆算すればまだ余裕があるのは確かだ。リーリヤの言う通り彼女に頼りつつ、俺ができる限りその時間を稼ぐことが今は最善かもしれない。

「私は母親として、あの子を救いたい。こればっかりはフリード君にも譲れないよ」

 リーリヤの覚悟はその眼を見れば十分に伝わってくる。俺が彼女の立場でもそうするだろう。故に、俺は彼女の決断を妨げることができない。

「……わかった。そのかわり、絶対に無茶をするなよ」

「もちろん! しばらくは会えなくなるけど、寂しがらないでね!」

 無邪気な笑顔に照らされて、俺も再度決意を固める。この生活をもう一度取り戻す、と。

「手を出せ。もしもの時の保険をつけておく」

「保険?」

「本当に命の危機を感じて、どうしようもなくなった時は俺の名を叫べ。いつ、どこにいても必ず駆けつける」

「すごい……そんなことできるんだ……。分かった、その時は頼らせてもらうね」

 触れ合った手の平が磁石のように離れない。不透明な未来に対する不安と、思いが通じている感覚が混ざり合って、泥のように胸の奥に沈んでいく。行って欲しくない、そんなことは言えず、自分に言い聞かせるように彼女を抱擁した。

 ▷▶▷

 それから二年が経ったある時、向こうにいるリーリヤから魔石を使った連絡が突然来た。

「……はぁはぁ、ごめんね……ドジしちゃった……」

「どうした!? 何があった!?」

 息が荒く、とても平気とは思えないような声が聞こえてくる。

「はぁ……メアの体質を治す薬、なんだけど……はぁはぁ……どうにか、作ることができたよ……」

「本当か!? いや、今はそれよりお前の事だ。一体どうしたんだ!?」

「うーん……簡単に言えば……もう、先は長くない……かな……」

「なんだと?」

「薬を手に入れる過程で……はぁはぁ……どうしてもやらなくちゃいけないことがあって……だから、ごめん」

「な……にを……」

 何を言っているんだ。そんな言葉、受け入れられるわけがない。

「早く俺を呼べ! すぐに治してやる!」

「無理……だと思う。手遅れって感じ。流石にもう助からないの、自分でも分かる」

「馬鹿言うな! 俺なら治せるかもしれない。諦めるな!」

「呼んで、さ……仮に君が来てくれたとして……そしたら人間と吸血鬼はどうなると思う? 賢い君なら分かる、よね」

「そんなこと関係ない、お前が……リーリヤが俺の全てだ! それ以外何もいらない! お前がいない世界なんか———」

「だーめ。それ以上は駄目だよ。君に言いたくない事言わせるつもりはないんだ……まぁ、その言葉は割と嬉しいけどね……」

「リー……リヤ……」

 拒絶されては、俺にできることはない。無力感が肩にのしかかり、心を沈めてくる。

「結構……限界近いから、先に薬のこと話させて……お願い……」

 声に微かな震えが乗っている。そうまでして伝えようとする覚悟を、俺を尊重するしかなかった。

「……分かった。聞かせてくれ」

「ありがと。まず、薬なんだけど、二つ作れて一個は私の研究室にある、隠し金庫の中に入ってる。それで二個目は、私を手伝ってくれてたメリッサって子が持ってる。彼女は私達のことも知った上で助けてくれてて、昔からの知り合いなの」

「薬はどうすればいい?」

「メリッサが届けてくれるって言うから、お願いするつもり。もし、領地に辿り着いたら、すぐに保護してあげて」

「分かった、そうしよう」

「ひとまずこんな感じかな。伝えるべきことは全部言ったと思う」

「リーリヤ、やはり俺の名を———」

「呼ばないよ、呼んであげない。そうしたら、君が無茶しちゃうから」

 向こうからの呼びかけが無ければ、俺は駆けつけることが出来ない。助けられるかもしれない、なのに他でもないリーリヤがそれを必要ないと言う。

「お母さん!」

 俺とリーリヤの会話を聞きつけたのか、メアが泣きながら部屋へと駆けつける。

「メア、あなたはきっと助かるから安心して。お母さんが絶対に助ける」

「い、いやぁ。お母さんがいなくなったら、私……いやだよぉ……」

「私が死んでも、メアの事、ずっと見守ってるから」

「生きてて……ほしいよ……傍にいて……それで……」

 メアから言葉が溢れ出て、涙とともに吐き出される。

「一緒に……かぁ。それが聞けただけで十分! もう未練はないかな」

「そん……なぁ……」

「そうだ、メアに一個お願いしてもいい?」

「おねがい?」

「そう、私の昔の夢……世界を旅するっていう夢。それをメアに託してもいいかな?」

「世界を……旅する……」

「体が良くなったら、メアには外の世界を見て欲しいんだ。だから、ね。お母さんとの約束」

「……うん。お母さんが……そう言うなら……」

「ふふっ、ありがと。メアはやっぱり、優しくて可愛くて、世界一な私の娘だわ」

「お、かあ……さん……」

「二人とも……元気でね。私は二人が幸せに暮らしてくれるのが一番嬉しい」

 その声に力がだんだんと無くなっていく、そんなことから嫌でももう終わりが近づいていることが分かってしまう。

「メア、生まれてきてくれて……あり、がとう……」

「おかあさん! お、かあさんっ!」

「そして、私に……そんな幸せを……くれて……あり、がとう……」

「リーリヤ……俺はっ!」

 今まで、数回しか言わなかったことを今になって後悔しながら、

「俺はお前をっ!」

 彼女がこの世界から離れないように、訴えかける。

「お前を、愛している!」

「わた、しも……だい、すきだよ———」

「……フリード、くん」


 通信は途切れ、メアの嗚咽が部屋に響き渡る。頭が現実を受け止められず、激しく痛む。

 最後に呼ばれた名前を辿ろうとするが、その信号はもはやない。その答えは明白で、しかし、実感が湧いてこない。

「リーリヤ……」

 虚空にその名を呟いても虚しくなるだけだと分かっている。それなのに、思い出が昨日の事のように甦ってきて、頬に流れる光とともに零れる。

 月の光が眩しくて、俺はカーテンを閉めた。

 ▷▶▷

 完全に立ち直ることはできず、それでも停滞は許されない。気を紛らわせるようにいつもの雑務をこなすが、胸のつかえは取れない。

 その原因は、メアが未だに危機的な状態にあることが関係している。
 リーリヤが命を賭して獲得した薬、それが一向に届けられない。もう二か月だ。

 何かトラブルがあったと考えるしかないだろう。だとすれば、希望はリーリヤの研究室にあるスペアの分だ。しかし、吸血鬼は立ち寄ることが出来ない。それに、あそこは王立の学校だ。容易に侵入できないというのもある。

「やはり攻めるしかない……か」

 思いつく手がこれしかない。薬さえ手に入れれば、人を襲う必要はない。その結果、戦争に発展する確率はかなり高いが。それをリーリヤはきっと良しとしないだろう。それでも、いい加減覚悟を決めねば。

『だから、フリード君も絶対に諦めたりしないで』

 ふと、あの日のリーリヤの言葉が甦ってくる。諦めるな、と俺を奮い立たせ、期待をするあの眼差し。

 俺は本当に、出来ることをすべてやったか?

 否、まだできることはあるはずだ。リーリヤの死を犠牲にするわけにはいかない。俺が平和を壊すなど、彼女は絶対に望まない。

 何かないか? 人間の国に侵入し、薬を手に入れる方法が……

「……異世界人」

 魔力をもたない異世界人。それに俺の因子を与え、命令を聞かせれば……

 可能性は低い。だが、幸運にも異世界人が出現する場所の目星はある程度ついている。

「一か八かだ」

 期限は大体一年と少し。その間に出会わなければ、俺は国を滅ぼす。

 未来を賭けた、一世一代のギャンブルを俺は始めた。

 ▷▶▷

 人員を配置し、できる準備は整えた。後は肝心の異世界人だが、やはりそう上手くいくこともなく、数か月が経過している。

「今日も無理か……」

 そう思った矢先、扉がノックされる。

「どうした?」

「殿下、ご報告です。ロイドが異世界人の荷物と思われるものを発見しました。そこから考えて、今は近くの村にいるかと」

「本当か!? すぐに村に二人を向かわせろ!」

 希望が見えてきた。俺は……賭けに勝ったんだ。

 ロイドとレイズが連れてきた異世界人は半殺しの状態であった。ひとまず、欠損した部位を治し、キスをして因子を与える。

「そういえば、なぜわざわざ城で迎えるのですか?」

「その方が、『王』らしいだろ?」

「ふふっ、そうですね———」

 ▷▶▷

「ぐ、ここ、、は?」

「ようやく目が覚めたか。異界の人間よ」

  こうして俺は、今後の未来を決定する、希望に満ちた運命の出会いを果たすのだった。
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