異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?

雪詠

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第二章 再来の悪夢

悪夢

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「う……」

 目が覚めると、俺は再びベッドの上にいた。

 カーテンは開かれていて、窓からは冷たい風が吹いている。

 部屋には誰もおらず、とても静かだ。

 時計を見ると14時を指している。確か目覚めた時はまだ辺りが暗かったから、明け方くらいだろう。それから考えると、相当長い時間寝てたみたいだ。

 衣服は替えられており、俺の吐瀉物は綺麗に片付けられていた。

 何をしようにも、今はなんとなく誰とも会いたくない。

 原因はあの夢のせいだ。俺の心を直接抉ってくるような、そんな悪夢だった。

「恨みを忘れるな……か」

 アレは幻影に思えて、ある種俺の心の底を表していたのではないのだろうか。

 最近は矛盾する心があったのも事実。

 それに、前の世界の話を聞いたから、きっとあんな夢を見たんだ。

 大丈夫。今は冷静だ。

 馬鹿な真似はしない。


 ――――――――――――――――――――


「体は平気なのか?」

「ああ、今は大丈夫だ。ちょっと悪い夢見ちまっただけだ」

「念の為、今日は休んでおけ。メアにも言ってある」

「悪ぃ、そうさせてもらうわ」

 フリードの部屋を後にして、俺は自室に戻った。

 やることが特にないのだが、今は安静にしておくべきだろう。病は気からって言うしな。

 それに同調するかのように、腹が鳴る。

「そっか、もう飯の時間すぎてるもんな」

 朝、昼と抜かしたことになるので、流石に腹が減った。ティアは何か作ってくれているのだろうか。

 そんなことを考えていると、扉からノックが聞こえてきた。

 返事をすると、タイミング良くティアがご飯が乗ったお盆を持ってきてくれた。

「イスルギ、大丈夫か? 何でも急に吐いたらしいじゃんか」

「今は平気だ。念の為、今日はゆっくりするよ」

 ティアの顔を見ても何ともない。アレはうなされたから吐いただけだ。きっとそうだ。

「これ、おかゆな。多分胃が空っぽだからゆっくり食べろよ」

「悪い、助かるわ」

 料理は温かくて、俺の体を内側からあっためてくれる。
 だが、食べている最中でも夢の内容が頭から離れることはなかった。


「そういえば、シャロって今どこにいるか知ってるか」

 部屋を掃除してくれたのも、服を着替えさせてくれたのもきっとシャロだろう。一言お礼が言いたい。

「あー、さっき街に薬を買いに行っちまった。もうしばらくは帰ってこないと思う」

「そう、か……」

 シャロには悪いことをした。昨夜のアレ……は置いておいて、起きて早々吐いたんだ。あの時、ずっと背中をさすってくれていた気がする。感謝しかない。

 そう、感謝しかない……


 数時間後、シャロが俺の部屋に入ってきた。

「体調は大丈夫ですか?」

「ああ。色々とありがとな、シャロ」

「いえいえ。びっくりしましたよ、起きたと思ったら急に吐いたんですもん」

「はは、悪い。なんか調子が良くなかったみたいだ」

「気をつけなきゃダメですよぉ。これ、お薬です。吐き気とかにはこれが良いと思います」

 そう言って手渡されたのは紫色の液体。

 でも、ただの紫じゃない。グレープジュースとかの色合いならまだ分かるが、これは毒々しい色をしている。本当に大丈夫か?

 シャロはキョトンとした顔でこちらを見ている。

 うーむ、飲みたくはないが厚意は受け取るべきだろう。覚悟を決めて一気に飲み干す。

「…………んぐッ!?」

 喉が熱い!

 まるで食道を焼き払われているみたいだ。

 味も辛味と苦味が合わさったようなもので、未知の味覚に混乱する。

 良薬口に苦し、だと言い聞かせるが、全身が拒否反応を示して、汗が吹き出る。

 一言で言うなら不味い。
 これ以外に言い表せないだろう。

「……はぁ、、はぁ、、飲みきった……」

 せっかくシャロが俺のために、わざわざ買いに行ってくれたのだ。それを無下にする訳にはいかない。男を見せたんだ。

「それ、美味しくないですよね……」

 シャロはどこか虚空を見ている。きっと経験済みなのだろう。分かるぞ、その気持ち。

「すぐに眠くなってくると思います。そのまま寝ていてください」

 たしかに猛烈な眠気が急に来た。些か即効性がありすぎるのではないか?

 そんな疑問をかき消すかのように意識が飛んでいく。

「ではでは、シャロは添い寝をさせてもらいますねぇ――」

 眠る直前、そう聞こえた気がした。



 ――――――――――――――――――――



「また……かよ……」

 目に映るのはあの夜の業火。

 ヘルドが横にいて、あの夜の再現が開始する。

 どうすればいい……

 逃げる、わけにはいかないか。

 それならば、

「ヘルド、村の中央に向かうぞ」

 ヘルドはポカンとした顔をしているが、すぐに俺の言いたい事を理解したのか顔つきが変わった。

「逃げなければいいんだろ。悪夢を終わらせてやるよ」

 村の中心にはやはり、あの死体の山と白髪の吸血鬼が立っている。

 俺は因子を意識するが、いつものように体が熱くなる気配がない。

「くそッ、ここまで再現されてんのかよ……」

 だが、そんな恨み言を言っている暇は無い。気づかれた。

 ヘルドは俺に逃げるよう言ってくるが、それを無視して真っ向から向き合う。

「右腕ないけど、こうするしかねぇ」

 腰に巻いてあった、素材を取る用の短刀を左手で構える。

 相手はユラユラと近づいてきて、そのねっとりとした視線に鳥肌が立つ。

 でも、二人がかりなら可能性はある。
 俺が無理やりにでも押さえて、ヘルドがその首を切り落とせば俺らの勝ちだ。

「……よし、行くぞッ!」

 そう高らかに開戦を宣言した瞬間、頬に何かが飛んできた。

「え?」

 血だ。血飛沫が飛んできた。

 その飛んできた場所は―――

 横を見ると、ヘルドの首から上が無くなっていた。切られたことに気づかず、体だけが棒立ちしている。

「は?」

 そこで初めて、黒髪の吸血鬼が背後まで来ていることに気がついた。

「なッ―――」

 俺が言葉を発するのと同時に視界が回りながら落ちる。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 あの時の再現が止まらない。

 両足を再び切り落とされたのだ。

 夢のはずなのに、痛覚が、焼け付くような痛みが脳を打ちつける。

「ぐぁ……うぅ……」

 悶えて動き回ることができない。

 そうやって横たわる俺の目の前に、ドスンと何かが飛んできた。

「あ……あぁ……」

 視界に入ってきたのは紛れもない、あの老夫婦の首であった。

「な……んで……」

 実際とは違う結末だ。だが、それよりも遥かに残酷で俺の心の傷を更に深く抉りとる。

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 今度は残った腕の方を切られた。

 身動きが完全に封じられる。

「何で……うぅ……俺がこんな目に……」

『迷っているからさ』

 そう、黒髪の男が俺に話しかけてくる。

『これはお前自身が作り出した幻影。お前の迷いそのものが表れているのさ』

「俺の……迷い?」

『分かるまでこの悪夢は続く。せいぜい苦しめ』

「待ッ―――」

 視界に刃の先端が近づき、俺はその時、紛れもなく殺された。



 ――――――――――――――――――――



「あぁぁぁぁぁぁ!」

 意識が急に覚醒した。
 あまりにも絶望的な目覚めだ。

「ご主人様!? 大丈夫ですか!?」

「はぁ、はぁ……しゃ、しゃろぉ」

   震えている俺をシャロが心配しながら、必死に抱きしめてくれている。

 情けないのは百も承知だ。

 けれど今は、涙が止まらない。

 恐怖が明確に刻まれて、植え付けられて、脳を蝕んでくる。


 ―――分かるまで、この悪夢は続く―――
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