異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?

雪詠

文字の大きさ
上 下
24 / 138
第二章 再来の悪夢

贖罪

しおりを挟む
「なっ、なんでここに!」

「ふふ、なんでだと思います?」

 前屈みのまま躙り寄ってくる。ふわりと香る匂いはどこか甘ったるくて、思考を妨げるようだ。

「前にも言いましたよね、好きにしていいって」

「そ、れは」

 以前の風呂での出来事が甦ってくる。あの時はメアのおかげで正気を取り戻したが、これはヤバイ。

「あの言葉はそのままの意味ですよ。それに、魔力量を増やすのに必要な事なんですよね?」

「なんでそれを!?」

 フリードに言われた魔力を増やす方法。食事・睡眠は大丈夫なのだが、最後のピースが足らない。

「シャロもあの時、聞いていたんですよ。もっとも、フリード様は気づいていらしたと思うんですけどね」

「あのやろぉ、分かっててあの話を……」

 シャロにも聞こえるようにベラベラと話していたと思うとタチが悪い。裏で指示しているようなものだ。

「ご主人様は相手に困っているんですよね? だったらシャロを選んで下さい。わたくしも初めてですけど、頑張りますので」

 ある程度の段階を踏んでからなら、まぁ分かる。だが、その提案は流石に受けることができない。

「いや、だからそういうことは好きな人同士がだな……」

「シャロはご主人様のことが好きですよ」

 そう、あたりまえかのように言い切る。

「んなっ!」

「シャロの気持ちに何の問題もありません。ご主人様が望めば……」

 そう言って、服を少しずらし甘く誘惑してくる。理性に反してその行動に目が釘付けになり、逸らしたくても逸らせない。
 いや、もはや俺の理性すら味方をしているように思える。

 固まったままの俺を見ながら、吐息が聞こえるほどの距離までゆっくりと近づいてくる。

「だ、めだって……」

「したいこと、されたいこと全部言ってください。あなたに尽くしますよ?」

 もう、無理かもしれない。

 これは仕方がないんだ。健全な19歳なら反応しない方がおかしい。据え膳食わぬは何とやら、だ。 

   俺は……


「――――――雷撃」

「え?」

「がっ!」

 自分の限界を悟った俺は、手を自分に向け電撃を放った。

 一瞬の電雷だが、俺の意識を落とすには十分すぎる。ちょっと痛いがこれは自分への戒めだ。

 そう、これでいい。

 衝動的な感情に呑まれるな。

 余計な情をこれ以上持つべきじゃないんだ。


 無理やり意識を消して、俺は眠りに落ちた。


 ――――――――――――――――――――



 「ロナーン!シリアー!いたら返事をしてくれーー!!」

 必死に叫ぶが反応がない。辺りからは焦げ付く臭いと鉄、いや血の臭いだろうか、嗅ぎなれない臭いが鼻を刺激する。

 「おーーい!どこだーー!!頼む、返事を、、返事をしてくれーーー!!」


 村の住民がどこにもいない。この状況は明らかにおかしい。俺ともう1人の男、ヘルドは声を上げながら村の中心に向かった。
 そこには村の皆が倒れており、近くに人が立っていた。

 白髪で眼が赤く、そしてその手には血が滴っている剣が握られていた。

 村の住民達は腕や脚をバラバラに切断されており、その変わり果てた姿に思わず吐きそうになる。

 男はこちらに気がつくと、その赤い眼をギョロっと動かし、不気味な笑みを浮かべ近づいてきた。

「△△△△△△△△!! △△△△△△!!」

 ヘルドが俺の名前を叫びながら必死に今来た道をさす。おそらく逃げろ、という意味なのだろう。

 皆を置いて行くことに迷いがありつつも、ヘルドのその真剣な顔を見て、俺は死にものぐるいで村の出入口に走った。

『また逃げるのか?』

 誰かが語りかけてくる。

 でも逃げるしかない。

 怖い。ただ、とてつもなく怖いんだ。

 死にたく……ない。


 走っていると、村の出入口が見えてきた。

 あと少しで―――

 ふと目の前に何かが飛んできて、驚いて足が止まる。暗闇の中、辺りの業火に照らされて、その顔が露になる。

 「え、、へ、、、ヘルド??」

 眼が見開いて光がなく、口が空いている。首から下がキレイに切り落とされたようになっている。

「ああああああああぁぁぁ!!なんでっ!?ヘルド!!おい!」


『……俺を見捨てたな?』

「うわぁぁぁぁ!」

 俺が近づくと、ヘルドの顔が急に動き、恨みを、怨念を、怒りをぶつけてくる。

 驚いて後ろに下がると、誰かにぶつかった。そう、背後にあの男が立っていたのだ。悲しみと恐怖で声にならない声が出る。

 やばい、殺される。逃げなきゃ。

『立ち向かいもしないのか?』

 逃げようとするが腰が抜けて立てない。
 
『無様だな』

 男の手には血の着いた剣が握られている。

 俺は片腕を使ってどうにか後ろに下がる。

「嫌だぁ、やめろぉ、くるなぁぁ!!」

『大声で喚いて情けない』

 そんな俺の姿をみて男は、またあの不気味な笑みを浮かべながら俺に追いつかないようにゆっくりと近づいてくる。

 男の方を見ながら後ずさりしていると、再び何かにぶつかった。

 「え?」

 後ろを振り向くと、今目の前にいる男と同じ様相をした黒髪の男が立っていた。
 赤い、赤い眼が俺を見下ろしてくる。その手にはやはり剣が握られていて、暗闇の中でもきらりと光って見える。

『見ろよ、これが今のお前だよ』

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 剣に反射した俺の顔は、まるで別人かのように絶望した顔をしている。

 どうにか這いつくばって横から逃げようとするが、その瞬間足に痛みが走った。

 「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 両足が燃えるように熱い。遅れてじわじわと痛みがやってきて、それが正常な思考を奪ってくる。

「俺のっっ、あしがぁぁっっ」

 痛みに悶え、涙が溢れてくる。

死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ

「死にたく……なぃ……」

『自分だけ逃げて、生き残ってそれか』
 
「あぇ?」

 俺の視界の先には、体の一部がないロナンとシリアが血の涙を流しながら立っている。


『私たちを置いていって、心は痛まなかったの?』


「な……んで……」


『最近は楽しそうだなぁ? 俺らのことなんか忘れて、仇に媚びへつらって』


『内心ではもうどうでもいいんでしょ? お前は自分のことしか考えられないんだよ』

   2人の見た目をした何かが、俺に語りかけてくる。

『俺の死だって見たはずだ。怒りは湧いてこなかったのか? 少し時間が経ったからって忘れていいものなのか?』


「ヘル、ド?」


『百歩譲って逃げたのはいいとしよう。なら、今の体たらくはなんだ? 友人なんかつくって、色恋に現を抜かし、仇に頼る』


『それが私達への冒涜だって思わなかったの?』


「ちがッ! おれはッ!」


『違わないさ。何も違わない』


『お前は罪を忘れている。忘れようとしている』


『お前の罪は消えない』


「やめ、ろ」


 俺にこの世界で初めて居場所を与えてくれた人達が、口々に言い放つ。


『この世界で明確にやりたいことなんかないんだろ?』


 そんな事、俺は言ってほしくない。


『いや、前からだったな。お前には夢も目標も何も無い』


「やめて……くれ」


 その声で、その顔で言わないでくれ。


『無いものだらけのお前に、俺たちは生きる理由を、意味を与えてやってるんだよ』


 そんな事、俺は聞きたくない。


『復讐しろ。恨みを忘れるな。アイツらを憎んで憎んで、憎み続けて、決して許すな』


『心を傾けるな。相手に触れ合おうとするな』


『絶望を忘れるな。希望を持つな』


『それが逃げたお前の贖罪になる』


「しょく……ざい……?」



『そもそも、あの屋敷に居場所はないんだ』


『いや、屋敷どころかこの世界にさえ、居場所はないんだよ』


『だってお前は』


『『『この世界の人間じゃないんだから』』』


「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」



 ――――――――――――――――――――



「はぁ、はぁ、ゆ、めか?」

 汗がぐっしょりしていて、心臓の鼓動が速い。

 とんでもない悪夢だ。

 三人の言葉が耳に焼き付いて離れない。
 何度も何度も、今も繰り返し響いている。

「ご、しゅじんさま?」

「シャロ……」

 俺が意識を失ったあとも、ここにいたのだろうか。寝ぼけ眼を擦りながら俺に話しかけてくる。

「大丈夫ですか?」

 その表情が、俺に心を許しているような様が、今の俺には気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、

「うッ!」

 胃からせり上がってくる。

「おぇぇぇぇぇ!」

「ご主人様!?」

 咄嗟に布団から出たが、床に食べた物をぶちまけてしまった。

 意識が朦朧とする。

 何か話しかけられているが分からない。

 俺は……どうすればいい?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...