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第一章 吸血鬼の王
少女の声
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オレには挑む資格なんかない。
オレが立ち向かったところで結果は見えている。
オレは夢を追い求め続ける反面、いつからか直接対決する選択肢を無視していた。
だが、何の運命のイタズラだろうか
今、オレの目の前にはあの憧れた男が、オレを敵と認識して、オレの存在をその赤い眼で見て、オレに確かな感情を向けてくれている。
「うれしいねぇ」
「……」
奴は無言のままだ。だがその表情には絶対に逃さないという明確な殺気がある。
生半可な攻撃は通用しない。たとえ不死があろうとなかろうと、根本的な強さは変わらないのだ。
故に、自分の最高、最善、最強を一撃に込める。
「……どうだ?我ながら凄い魔力だろ?」
オレが突き出した両手の先に、凝縮された火球が生み出される。これは昔、まだ自分の可能性を信じていたころに到達したオレの最高峰だ。
「御託はいい。撃つなら撃て。」
「それでこそ……それでこそオレが憧れた男だ!」
矛盾する気持ちを孕みながら、オレは魔法を放った。
爆音が轟き、一直線に奴へと向かう。
奴は微動だにしない。
それでもなお炎は進んでいき、ついにその男へと直撃する。
直撃した際の衝撃波がオレの頬を揺さぶる。
「へへ、まじかよ……」
黒い煙の中から出てきたが、その姿には傷どころか汚れすらない。
「ふむ。……惜しい、な。」
「え?」
「キサマ、生きた年数の割に魔法に対する研鑽をしていないだろう。あと数年程度あればあるいは、俺に傷くらいはつけられたかもしれんな。」
賞賛ともとれるその言葉に気持ちが軽くなる。
自分は一体今まで何をしていたんだろうか。
「はは、なんだよ。最初からこうやってれば良かったじゃねぇか」
「キサマの最高はもう見た。もう終わらせてやろう」
そう言って奴は、今のオレの半分にも満たない火球を生成し、放つ。
「ぐぅぅぅ!」
風魔法で何重にも盾を張るが、それが何の意味もないのは分かっていた。
そう、ただ――
ただオレはこの甘美な時間を、命が燃え尽きるまで楽しみたかったのだ――
先程とは比にならない爆音が鳴り響く。
「もっと早く出会っていれば、何か違ったかもな」
その男なりの最大の賛辞は、ついに届くことはなく、雷鳴に掻き消されたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
初めはただ、似た存在が居ると気になっただけだった。
そのくせ、いざ顔を合わせたら何も言えずにその時は逃げてしまった。
そして、少し月日が流れたあと、隣からとても弱々しい何かが聞こえてきた。
きっかけを探していた私は、今度こそと考え、思い切って声をかけた。
彼の話は、私では到底力になれそうにない話だった。何かしたいと思って声をかけたはずが、結局何も出来なかった。
彼はそんな私に友達になって欲しいと言ってきた。実は私も友達がいないから、それが何だか嬉しかった。
彼は決して強くない。人並み以上に弱さを抱えて、それなのに気丈に振る舞うその姿はカッコイイと思う反面、とても心配だった。
さっきだって、腕を失っても戦うことをやめず、誰かを助けるために奮闘していた。
そんなことをして欲しくない。危ない目に遭ってほしくない。これは私のわがままだろうか。
そんな気持ちとは裏腹に、私は彼に頼ってしまっている。彼ならどうにかしてくれると、そう自分の理想を勝手に押し付けてしまっている。
そして今この瞬間も――
私は彼に助けて欲しいと、彼が来てくれることを願ってしまっている。
「へへ、嬢ちゃん。やっと見つけたぜ……。あの王の娘なんだってな。生け捕りって言われてるが、俺にはそんなことどうだっていいのさ。あの王の吠え面が見れればそれだけで十二分にいいのさ」
父親が来て、安心して隠れ場所から出てきた所に偶然現れたこの男。
その手には剣が握られていて、私を通して父親の影を見ているようだ。
「こ、こないで!」
「そうはいかないさ、嬢ちゃん。あの野郎が嫌がることを俺はしたいのさ」
男は恍惚な笑みを浮かべ、ゆっくりゆっくりと近づいてくる。
「私を、殺しても、きっとお父さんに、殺されますよ、?」
「そんなことはどうだっていいのさ。アイツが帰ってきた時点でそれは確定事項なのさ。だったら、俺の命を賭けてでも一矢報いるべきなのさ」
その中年の男は涎を垂らしながらどんどん近づいてくる。逃げ場はなく、男の後ろのドアまで行かなければならない。
「だ、誰かぁ……」
絶望的な状況に涙がこぼれ落ちる。
「はぁはぁ、どうしようかな。四肢を全部切り離してもいいなぁ。皮を全部剥ぐか?それとも犯し尽くして、心を壊す方がいいかなぁ、なぁ!!」
壁までもう追い込まれた。いよいよ捕まってしまう。
「決めたぁぁ!犯してから全部剥ぎ落として、バラバラにしてやるぅぅ!」
男はそう叫び、こちらへ走ってくる。
「お願い……誰か……」
終わった。私はもうダメだ。
「誰か……私を……」
不快な声と足音が近づいてくる。
「誰か……イスルギ……」
絶望の中、ふとその名前が自然とこぼれた。
「私を…………助けて――――」
「ああ、任せろ。」
その瞬間、暗闇を照らすかの如く、一番会いたかった人の、一番聞きたかった声が聞こえてきた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
気づくのが遅れた自分を責めつつ、俺はひたすら足を動かしていた。
焦りと不安で冷や汗が流れる。
「メア!……くそっ、部屋にはいないか」
唯一のアテだった彼女の部屋には誰もいない。争った形跡がないから最初からいなかったのだろう。
どこだ。どこに行く。どこに隠れる。
思考を巡らせつつ、片っ端から部屋を見ていく。
「こんなことしてる場合じゃねぇのに!」
しかし、それ以外に手段がない。そうせざるを得ないのだ。
「どうやって探せばいい、何か……何かないか」
体を動かしながらも、並列して脳を働かせ続ける。
「……あ、そういえば」
1つ思いついた方法。
少し前に、リーメアから血を吸われて以降、まるで彼女のように耳があらゆる音を拾うようになった。
1度立ち止まり、目をつぶって音だけに集中する。
思ったより雑音が少ない、ソルヴァが襲撃に合わせてそんな術式を組んだのだろうか。
何でもいい、何か手がかりがあれば――
「………」
「――誰か――」
「……聞こえた、あっちだな!」
俺の耳に微かに聞こえた声。それを手繰り寄せて、そこへ向かう。
進んだ先には1箇所、扉が空いている部屋が見えた。
「あそこだ」
音の出処はたしかにその部屋だ。転びそうになりながらも、その部屋に駆け込む。
部屋には、目をつぶったまま祈るように座りこんでいる少女と、今まさに飛び掛ろうとする男が見えた。
どうする、このままじゃ間に合わない。
刀は今無い。
あとは魔法……
そう考え、この間の訓練を思い出す。
「くそ、一か八かだ」
少女が俺の名前を呼んでいる
「誰か……イスルギ……」
少女は他でもない、俺に助けを求めている
「私を……助けて――」
だったら俺は――
「ああ、任せろ。」
体の奥底から全てをねじり出し、右腕を突き出して、そのイメージを言葉にして叫ぶ。
「――――雷槍!!」
「ぐぁぁぁぁ!」
俺の手のひらから生み出された雷の槍は、稲妻のような速さで男に直撃し、その体の自由を奪った。
「はぁ、はぁ、土壇場で上手くいって良かった……。メア、大丈夫か?」
「い、するぎ?」
「ああ、そうだ。石動さんだ。間に合って良かった。」
「い、する、ぎ……いす、る、ぎ。わたし、、わたし、もう……」
相当怖い思いをしたのだろう、泣きながら俺に抱きついてくるので、俺はその頭を優しく撫でた。
「もう大丈夫だ」
「わたしっ、もうだめだって、思ったけどっ、、いするぎがっ、たすけてくれてっ、」
「ああ。ゆっくりでいい、とにかく一旦呼吸を落ち着かせよう」
「ああああ、許さん。許さんぞぉ。どいつもこいつも俺の人生を邪魔しやがってぇぇぇ!!」
魔法が直撃したはずだったのだが、男は執念で無理やり立ち上がってくる。
「くそ、吸血鬼ってのはしぶといな」
かなりまずい状況だ。俺はさっきので見事に魔力枯渇を起こして、正直今にも倒れそうだ。しかも、今日は己の限界を何度も超えた。足が動かない。
「イスルギっ!」
「メア、下がっててくれ。俺がどうにかする」
くそ、どうする。メアを逃がすことは最優先だ。俺が取っ組みあってなんとか抑えるしかないか?
「女だ、女を俺に寄越せぇぇ………ぇえ?」
「は?」
男が体を起こして走り出した瞬間、その首から刃が出てきた。いや、刃に貫かれたのだ。
「ひゅー、ひゅー、ひゅー」
男は何が何だか分かっておらず、声を出そうにも上手く出ていない。そのまま刃が横へと動き、首を掻っ切った。
男は何も言えないまま倒れ、その後ろには赤毛の女が立っていた。
「あら、さっきぶりね」
「お、前はっ」
ここにいるはずがない。だって、、だって戦っていて、それで――
「ロイドは……お前が戦っていた相手はどうした?」
「うーん、分からないわ。途中で動かなくなったからそのままにしてきたもの」
とても他人行儀で、まるで一切関与していないような言い方に鳥肌が立つ。
こいつはまさしく狂人だ。
「えっと、クラリスだったか。俺を……殺しにきたのか?」
「えぇ、そうね。依頼主が死んじゃって、報酬の残りが貰えないから、せめてあなたの死体を持って帰ろうかと思って」
「はは、冗談きついぜ……」
ロイドに勝ったのなら、俺が勝てる訳がない。今の口ぶりから類推するに、もうフリードはソルヴァを倒したはずだ。なら、俺はアイツが来るまで時間を稼げばいい。
「そう思っていたのだけれど、やっぱりやめるわ」
「え?」
「だってあなた……私を名前で呼んでくれたもの」
確かに俺は名前で呼んだが、それは別に意図して言ったわけではない。思わぬ光明が差してくる。
「てことは見逃してくれるってことでいいのか?」
「それも嫌ね。何も成果が無いなんてあまりに私が可哀想じゃない?」
「そ、それもそうだな」
とにかく今はこいつの機嫌を損ねちゃダメだ。そしたら、一発アウト。俺だけでなくリーメアも殺される。
「かといって今殺すのは違うし……あら?」
クラリスは俺の後ろに隠れている、リーメアを見て表情を変えた。
「ふーん……決めたわ。あなた、名前は?」
「……石動健一だ。」
「それじゃあイスルギ君。私の目の前まで来て。痛くはしないから」
俺に拒否権は無い。リーメアが俺の服の裾を掴んで行かせないようにしているが、それをゆっくり解かせて俺は言われた通りにした。
目線が近い。意外に身長が高いようだ。目算で俺と大体5cmくらいの差だろうか。
間近で見ると、かなり容姿は整っていて、街なんかで見かけたら2度見をしそうなくらいだ。
「で、これで俺にどうしろと?」
「ふふ、そうね。どうしてしまおうかしら」
「いきなりさよならって言って、殺すのはナシだからな」
「分かってるわ。じゃあ今から1分間、目をつぶったまま何もしちゃダメよ」
「なに?」
「抵抗するのも、目を開けるのもダメ。それを破ったらうっかり後ろの子、殺しちゃうかも?」
一体何をされるんだ。抵抗も出来ないって、爪とか剥いだりされたら我慢できる自信がない。
「分かった分かった。やるよ、耐えればいんだろ?」
しぶしぶ俺は目を瞑る。何をされるか分からない恐怖に体がビクビクする。
「じゃ、いくわね」
そう一言いうと、俺の唇に柔らかい感触が伝わる。
「……!!??」
「えっ!」
あまりに衝撃的な行動に思わず目を開きそうになるが、ギリギリで耐えた。
これは……あれだ。
例の、以前フリードにもやられたアレだ。
「んっ。んんっ。んん……」
クラリスからは吐息に混じった、あまい声が発せられてる。
「なっ……なっ!」
リーメアが狼狽えているのがよく分かる。そりゃそうなる。俺だって意味がわからない。
クラリスは容赦なく俺の口内に舌を差し込み、背中に手を回してくる。体が密着して、胸が当たる。
「んっ、ん……」
舌が俺の舌を絡めとって離さない。以前とは違う、まるで全てを貪り食うかのように濃厚で、だんだんと互いの身体が火照ってくるのがわかる。
柔らかく、それでいて優しい。なのに荒々しく感じる。矛盾に満ちたその一時の逢瀬が俺の脳をひたすら刺激して、侵して、蹂躙して、支配する。
2人の唾液が何度も混ざり、まるで口腔が一体化しているかのような感覚だ。最初は多少の抵抗感もあったのだが、今はもう何も考えられない。2人の温度が同じになって、もはや気持ちが良いとしか感じなくなっている。
早く終わってほしい。だけどまだ、もう少しだけしていたい。そんな相反する感情がグルグル渦巻く。
そんな中、終わりは訪れた。
「……こんなものかしらね?」
ゆっくりと離されるその唇に、糸が引いているのが見える。
「こ、これで満足か」
「そうね。ひとまずは満足したわ。一瞬、あなたからも絡めてくれたし、ね?」
そう言って部屋の奥に目配せする。
「なっ!」
「そ、そんなことしてねぇよ!」
正直、途中から理性が働かなくなっていってたから断言ができない。
「今日のところはこれで引くわね。また会いに行くわ」
「それはちょっと……検討させてほしい案件だけどな」
「次会った時は必ず、あなたの心と体を貰うわ。」
「へっ、髪伸ばしてから出直してこい」
俺のなけなしの嫌味は届かず、あの狂った女は部屋を出ていった。
俺の唇に甘い香りだけを残して。
オレが立ち向かったところで結果は見えている。
オレは夢を追い求め続ける反面、いつからか直接対決する選択肢を無視していた。
だが、何の運命のイタズラだろうか
今、オレの目の前にはあの憧れた男が、オレを敵と認識して、オレの存在をその赤い眼で見て、オレに確かな感情を向けてくれている。
「うれしいねぇ」
「……」
奴は無言のままだ。だがその表情には絶対に逃さないという明確な殺気がある。
生半可な攻撃は通用しない。たとえ不死があろうとなかろうと、根本的な強さは変わらないのだ。
故に、自分の最高、最善、最強を一撃に込める。
「……どうだ?我ながら凄い魔力だろ?」
オレが突き出した両手の先に、凝縮された火球が生み出される。これは昔、まだ自分の可能性を信じていたころに到達したオレの最高峰だ。
「御託はいい。撃つなら撃て。」
「それでこそ……それでこそオレが憧れた男だ!」
矛盾する気持ちを孕みながら、オレは魔法を放った。
爆音が轟き、一直線に奴へと向かう。
奴は微動だにしない。
それでもなお炎は進んでいき、ついにその男へと直撃する。
直撃した際の衝撃波がオレの頬を揺さぶる。
「へへ、まじかよ……」
黒い煙の中から出てきたが、その姿には傷どころか汚れすらない。
「ふむ。……惜しい、な。」
「え?」
「キサマ、生きた年数の割に魔法に対する研鑽をしていないだろう。あと数年程度あればあるいは、俺に傷くらいはつけられたかもしれんな。」
賞賛ともとれるその言葉に気持ちが軽くなる。
自分は一体今まで何をしていたんだろうか。
「はは、なんだよ。最初からこうやってれば良かったじゃねぇか」
「キサマの最高はもう見た。もう終わらせてやろう」
そう言って奴は、今のオレの半分にも満たない火球を生成し、放つ。
「ぐぅぅぅ!」
風魔法で何重にも盾を張るが、それが何の意味もないのは分かっていた。
そう、ただ――
ただオレはこの甘美な時間を、命が燃え尽きるまで楽しみたかったのだ――
先程とは比にならない爆音が鳴り響く。
「もっと早く出会っていれば、何か違ったかもな」
その男なりの最大の賛辞は、ついに届くことはなく、雷鳴に掻き消されたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
初めはただ、似た存在が居ると気になっただけだった。
そのくせ、いざ顔を合わせたら何も言えずにその時は逃げてしまった。
そして、少し月日が流れたあと、隣からとても弱々しい何かが聞こえてきた。
きっかけを探していた私は、今度こそと考え、思い切って声をかけた。
彼の話は、私では到底力になれそうにない話だった。何かしたいと思って声をかけたはずが、結局何も出来なかった。
彼はそんな私に友達になって欲しいと言ってきた。実は私も友達がいないから、それが何だか嬉しかった。
彼は決して強くない。人並み以上に弱さを抱えて、それなのに気丈に振る舞うその姿はカッコイイと思う反面、とても心配だった。
さっきだって、腕を失っても戦うことをやめず、誰かを助けるために奮闘していた。
そんなことをして欲しくない。危ない目に遭ってほしくない。これは私のわがままだろうか。
そんな気持ちとは裏腹に、私は彼に頼ってしまっている。彼ならどうにかしてくれると、そう自分の理想を勝手に押し付けてしまっている。
そして今この瞬間も――
私は彼に助けて欲しいと、彼が来てくれることを願ってしまっている。
「へへ、嬢ちゃん。やっと見つけたぜ……。あの王の娘なんだってな。生け捕りって言われてるが、俺にはそんなことどうだっていいのさ。あの王の吠え面が見れればそれだけで十二分にいいのさ」
父親が来て、安心して隠れ場所から出てきた所に偶然現れたこの男。
その手には剣が握られていて、私を通して父親の影を見ているようだ。
「こ、こないで!」
「そうはいかないさ、嬢ちゃん。あの野郎が嫌がることを俺はしたいのさ」
男は恍惚な笑みを浮かべ、ゆっくりゆっくりと近づいてくる。
「私を、殺しても、きっとお父さんに、殺されますよ、?」
「そんなことはどうだっていいのさ。アイツが帰ってきた時点でそれは確定事項なのさ。だったら、俺の命を賭けてでも一矢報いるべきなのさ」
その中年の男は涎を垂らしながらどんどん近づいてくる。逃げ場はなく、男の後ろのドアまで行かなければならない。
「だ、誰かぁ……」
絶望的な状況に涙がこぼれ落ちる。
「はぁはぁ、どうしようかな。四肢を全部切り離してもいいなぁ。皮を全部剥ぐか?それとも犯し尽くして、心を壊す方がいいかなぁ、なぁ!!」
壁までもう追い込まれた。いよいよ捕まってしまう。
「決めたぁぁ!犯してから全部剥ぎ落として、バラバラにしてやるぅぅ!」
男はそう叫び、こちらへ走ってくる。
「お願い……誰か……」
終わった。私はもうダメだ。
「誰か……私を……」
不快な声と足音が近づいてくる。
「誰か……イスルギ……」
絶望の中、ふとその名前が自然とこぼれた。
「私を…………助けて――――」
「ああ、任せろ。」
その瞬間、暗闇を照らすかの如く、一番会いたかった人の、一番聞きたかった声が聞こえてきた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
気づくのが遅れた自分を責めつつ、俺はひたすら足を動かしていた。
焦りと不安で冷や汗が流れる。
「メア!……くそっ、部屋にはいないか」
唯一のアテだった彼女の部屋には誰もいない。争った形跡がないから最初からいなかったのだろう。
どこだ。どこに行く。どこに隠れる。
思考を巡らせつつ、片っ端から部屋を見ていく。
「こんなことしてる場合じゃねぇのに!」
しかし、それ以外に手段がない。そうせざるを得ないのだ。
「どうやって探せばいい、何か……何かないか」
体を動かしながらも、並列して脳を働かせ続ける。
「……あ、そういえば」
1つ思いついた方法。
少し前に、リーメアから血を吸われて以降、まるで彼女のように耳があらゆる音を拾うようになった。
1度立ち止まり、目をつぶって音だけに集中する。
思ったより雑音が少ない、ソルヴァが襲撃に合わせてそんな術式を組んだのだろうか。
何でもいい、何か手がかりがあれば――
「………」
「――誰か――」
「……聞こえた、あっちだな!」
俺の耳に微かに聞こえた声。それを手繰り寄せて、そこへ向かう。
進んだ先には1箇所、扉が空いている部屋が見えた。
「あそこだ」
音の出処はたしかにその部屋だ。転びそうになりながらも、その部屋に駆け込む。
部屋には、目をつぶったまま祈るように座りこんでいる少女と、今まさに飛び掛ろうとする男が見えた。
どうする、このままじゃ間に合わない。
刀は今無い。
あとは魔法……
そう考え、この間の訓練を思い出す。
「くそ、一か八かだ」
少女が俺の名前を呼んでいる
「誰か……イスルギ……」
少女は他でもない、俺に助けを求めている
「私を……助けて――」
だったら俺は――
「ああ、任せろ。」
体の奥底から全てをねじり出し、右腕を突き出して、そのイメージを言葉にして叫ぶ。
「――――雷槍!!」
「ぐぁぁぁぁ!」
俺の手のひらから生み出された雷の槍は、稲妻のような速さで男に直撃し、その体の自由を奪った。
「はぁ、はぁ、土壇場で上手くいって良かった……。メア、大丈夫か?」
「い、するぎ?」
「ああ、そうだ。石動さんだ。間に合って良かった。」
「い、する、ぎ……いす、る、ぎ。わたし、、わたし、もう……」
相当怖い思いをしたのだろう、泣きながら俺に抱きついてくるので、俺はその頭を優しく撫でた。
「もう大丈夫だ」
「わたしっ、もうだめだって、思ったけどっ、、いするぎがっ、たすけてくれてっ、」
「ああ。ゆっくりでいい、とにかく一旦呼吸を落ち着かせよう」
「ああああ、許さん。許さんぞぉ。どいつもこいつも俺の人生を邪魔しやがってぇぇぇ!!」
魔法が直撃したはずだったのだが、男は執念で無理やり立ち上がってくる。
「くそ、吸血鬼ってのはしぶといな」
かなりまずい状況だ。俺はさっきので見事に魔力枯渇を起こして、正直今にも倒れそうだ。しかも、今日は己の限界を何度も超えた。足が動かない。
「イスルギっ!」
「メア、下がっててくれ。俺がどうにかする」
くそ、どうする。メアを逃がすことは最優先だ。俺が取っ組みあってなんとか抑えるしかないか?
「女だ、女を俺に寄越せぇぇ………ぇえ?」
「は?」
男が体を起こして走り出した瞬間、その首から刃が出てきた。いや、刃に貫かれたのだ。
「ひゅー、ひゅー、ひゅー」
男は何が何だか分かっておらず、声を出そうにも上手く出ていない。そのまま刃が横へと動き、首を掻っ切った。
男は何も言えないまま倒れ、その後ろには赤毛の女が立っていた。
「あら、さっきぶりね」
「お、前はっ」
ここにいるはずがない。だって、、だって戦っていて、それで――
「ロイドは……お前が戦っていた相手はどうした?」
「うーん、分からないわ。途中で動かなくなったからそのままにしてきたもの」
とても他人行儀で、まるで一切関与していないような言い方に鳥肌が立つ。
こいつはまさしく狂人だ。
「えっと、クラリスだったか。俺を……殺しにきたのか?」
「えぇ、そうね。依頼主が死んじゃって、報酬の残りが貰えないから、せめてあなたの死体を持って帰ろうかと思って」
「はは、冗談きついぜ……」
ロイドに勝ったのなら、俺が勝てる訳がない。今の口ぶりから類推するに、もうフリードはソルヴァを倒したはずだ。なら、俺はアイツが来るまで時間を稼げばいい。
「そう思っていたのだけれど、やっぱりやめるわ」
「え?」
「だってあなた……私を名前で呼んでくれたもの」
確かに俺は名前で呼んだが、それは別に意図して言ったわけではない。思わぬ光明が差してくる。
「てことは見逃してくれるってことでいいのか?」
「それも嫌ね。何も成果が無いなんてあまりに私が可哀想じゃない?」
「そ、それもそうだな」
とにかく今はこいつの機嫌を損ねちゃダメだ。そしたら、一発アウト。俺だけでなくリーメアも殺される。
「かといって今殺すのは違うし……あら?」
クラリスは俺の後ろに隠れている、リーメアを見て表情を変えた。
「ふーん……決めたわ。あなた、名前は?」
「……石動健一だ。」
「それじゃあイスルギ君。私の目の前まで来て。痛くはしないから」
俺に拒否権は無い。リーメアが俺の服の裾を掴んで行かせないようにしているが、それをゆっくり解かせて俺は言われた通りにした。
目線が近い。意外に身長が高いようだ。目算で俺と大体5cmくらいの差だろうか。
間近で見ると、かなり容姿は整っていて、街なんかで見かけたら2度見をしそうなくらいだ。
「で、これで俺にどうしろと?」
「ふふ、そうね。どうしてしまおうかしら」
「いきなりさよならって言って、殺すのはナシだからな」
「分かってるわ。じゃあ今から1分間、目をつぶったまま何もしちゃダメよ」
「なに?」
「抵抗するのも、目を開けるのもダメ。それを破ったらうっかり後ろの子、殺しちゃうかも?」
一体何をされるんだ。抵抗も出来ないって、爪とか剥いだりされたら我慢できる自信がない。
「分かった分かった。やるよ、耐えればいんだろ?」
しぶしぶ俺は目を瞑る。何をされるか分からない恐怖に体がビクビクする。
「じゃ、いくわね」
そう一言いうと、俺の唇に柔らかい感触が伝わる。
「……!!??」
「えっ!」
あまりに衝撃的な行動に思わず目を開きそうになるが、ギリギリで耐えた。
これは……あれだ。
例の、以前フリードにもやられたアレだ。
「んっ。んんっ。んん……」
クラリスからは吐息に混じった、あまい声が発せられてる。
「なっ……なっ!」
リーメアが狼狽えているのがよく分かる。そりゃそうなる。俺だって意味がわからない。
クラリスは容赦なく俺の口内に舌を差し込み、背中に手を回してくる。体が密着して、胸が当たる。
「んっ、ん……」
舌が俺の舌を絡めとって離さない。以前とは違う、まるで全てを貪り食うかのように濃厚で、だんだんと互いの身体が火照ってくるのがわかる。
柔らかく、それでいて優しい。なのに荒々しく感じる。矛盾に満ちたその一時の逢瀬が俺の脳をひたすら刺激して、侵して、蹂躙して、支配する。
2人の唾液が何度も混ざり、まるで口腔が一体化しているかのような感覚だ。最初は多少の抵抗感もあったのだが、今はもう何も考えられない。2人の温度が同じになって、もはや気持ちが良いとしか感じなくなっている。
早く終わってほしい。だけどまだ、もう少しだけしていたい。そんな相反する感情がグルグル渦巻く。
そんな中、終わりは訪れた。
「……こんなものかしらね?」
ゆっくりと離されるその唇に、糸が引いているのが見える。
「こ、これで満足か」
「そうね。ひとまずは満足したわ。一瞬、あなたからも絡めてくれたし、ね?」
そう言って部屋の奥に目配せする。
「なっ!」
「そ、そんなことしてねぇよ!」
正直、途中から理性が働かなくなっていってたから断言ができない。
「今日のところはこれで引くわね。また会いに行くわ」
「それはちょっと……検討させてほしい案件だけどな」
「次会った時は必ず、あなたの心と体を貰うわ。」
「へっ、髪伸ばしてから出直してこい」
俺のなけなしの嫌味は届かず、あの狂った女は部屋を出ていった。
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※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
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