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第10話 メイドが前髪を伸ばした理由
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「ここがトマトジュース屋の店ね」
あれから一週間。
毎日トマトジュースを飲んで過ごした。
特に娯楽のない私にとって、もはやトマトジュースとは生き甲斐といっても過言ではありません。
こんなに美味しい飲み物を見つけてくれたメイドのハートには礼をしなければならない。
なので毎晩、寝る前に部屋で一緒にトマトジュースを飲むのが習慣になっています。
最初は怯えていたハートだけど、一緒にトマトジュースを飲むことで次第に慣れてくれたのでしょう。
いまでは元気にメイド業に励んでくれています。
だけど、問題がひとつあります。
──なぜか、私の魔力が戻らないの!
トマトジュースをいくら飲んでも、血を飲んだときのように魔力が回復しない。
いくら人工の血だといっても、これはおかしい。
そもそも血の味がしないのだから、もしかしたらこれは血ではないのかも……。
そう思い立った私は、ハートに頼んでトマトジュースを販売しているジュース屋を視察することにしました。
この目で確認すれば、トマトジュースの秘密がわかる。
今日こそ私は、トマトの謎を解明するのだ!
そうして私は、メイドのハートと一緒に街に繰り出した。
1000年経ったことで、私が知っていた人間の街とは大きく変わっています。
正直言って、街の風景を見るだけで楽しい。
これで太陽の日差しさえなければ完璧だったのだが、文句は言うまい。
事前にハートへ日傘を用意するよう命令していたから、苦なく外を歩けるのだから。
そうして私は、トマトジュース屋にたどり着いた。
果物のようなイラストが描かれた看板が特徴的な店です。
店先にトマトジュースをはじめとした色とりどりの液体が入った瓶が飾ってあるのにも、目を引かれてしまう。
見たところ、まるで普通のお店のようでした。
──人工の血液を製造しているようには、見えないわね。
もしかしたら、人工の血液の販売は大っぴらにはできないのかもしれない。
だから外観からは、違う印象を与えるようにしているのだろう。
きっとそうに違いない。
「さあ、テレネシア様。中に入りま──きゃあ!」
突如、ハートが通行人とぶつかった。
倒れるメイドを咄嗟に受け止めます。
「あ、ありがとうございます、テレネシア様」
「いいのよ。それよりも……」
嫌な相手と出会ってしまったわね。
ハートにぶつかってきた男。
それは、いまのところ私がこの国で一番嫌いな人間だったのです。
「無礼者! 王族であるこのオレにぶつかって来るとは、良い度胸だなあ」
この男は、国王の側に立っていた軍人風の男。
国王の隣で私に暴言を吐いていた、あの王子だ。
今日もあの日と同じように、軍服を着ている。
彼の部下と思わしき人間も、周囲に四人控えているのがわかった。
全員が軍人のようです。
その姿を見たハートが、怯えるように体を震わせる。
そして王子の前に移動すると深く頭を下げました。
「に、ニコラス王子!? ご、ごめんなさい、あたし、わざとじゃなくて……」
「ごめんで許すと思うよ。オレの服に汚れがついただろうが」
見たところ、まったく服は汚れていない。
言い掛かりね。
そう思っていると、彼の背後にいる軍人がこんなことを口にするのが耳に入る。
「王子の馴染の娼婦が死んだから、気が立ってるんですね」
「新しいオモチャを見つけるまでは、この調子だろうな」
その会話は彼らにしか聞こえないほどの小さな声だったけど、ヴァンパイアである私にはしっかりと聞こえました。
聴力は人間の何倍もあるのだ。
「オレの服を汚した罰だ。ちょっと来てもらおうか」
「や、やめてくさい……きやっ!」
──バシンッ!
ニコラス王子が、ハートの頬を叩いた。
「うるさい女だ……んん、おい女、その顔どうしたんだ?」
頬を叩かれたことで、ハートの長い前髪がふわりと浮き上がる。
隠れていた右側の顔が、露わとなりました。
その素顔を見て、私も驚いてしまいます。
だからハートは前髪で顔を……。
「こいつ、顔半分が爛れているぞ! しかも見ろよ、右目がペチャンコだ!」
第二王子がハートの髪をまくり上げる。
そこには火傷の痕と、潰れた右目がありました。
──護衛騎士のハルクはいったい、何をしているの?
護衛のハルクが、遠くからこっそり付いて来てくれているはず。
それなのに、さっきから姿を現さない。
役に立たない護衛ね。
できればヴァンパイア特効の規格外の神器を持っている王族とは、諍いを起こしたくはなかったというのに。
「ん、待てよ……このメイド、どっかで見たことあるな」
王子がハートの顔をじっと眺める。
そして、ハッと大きな声をあげた。
「思い出した。この女、何年も前に貧民街で泣いてた孤児のガキじゃねえか」
「あ、あぁ……」
ハートの左目から、涙が零れ落ちる。
その様子を見て、ハートにとってこの王子はただの王子ではないことを悟ってしまいました。
「娼婦の母親が死んじまって、ひとりぼっちになっていたんだよなぁ。王族であるこのオレに物乞いをしてきたから、罰として躾けてやったんだっけ」
ビクリと、ハートが体を震わせた。
まるで何かに怯えるように。
「まだその右目は見えないのか? 髪で隠しても、その醜い顔は元には戻らないぞ」
なるほど、そういうことだったのね。
ハートが顔の右側を隠している理由。
火傷のように爛れたその肌、そして光を失った眼球。
これらはこの王子によって、もたらされたものなのだ。
「ふんっ、相変わらず汚らわしい顔だな。これじゃ母親と同じ娼婦になるか、どこかの金持ちの愛妾としてメイドになるくらいしかなさそうだ」
「お、お見苦しいところを、お見せしてしまい、もうし、わけ、ありません…………」
酷い扱いを受けているのに、ハートは王子に謝っている。
それが身分というもの。
私もヴァンパイアの王女であったから、それはよくわかる。
王族には、何があっても逆らうことはできないのだ。
それはわかるけど、これはさすがに見逃せない。
「その子は私のメイドなの。汚い手で触らないでちょうだい」
王子の手を跳ねのけ、つかまっていたハートを助けます。
同じ王族として、その行為は見苦しいわね。
「お、お前、この前の聖女! 平民のくせに、王子であるこのオレの手を叩くとは…………許せん」
ハートを背後に隠して、前へと進みます。
そうして王子と目を合わせながら、大きく胸を張ってこう告げます。
「無礼者はあなたです。この私のメイドに手を出すとは、たとえ王子であろうとどうなるかおわかりかしら?」
「封印することしか脳のない1000年前の骨董品の女が、オレに何ができる?」
ブワッと、王子の手から炎が膨れ上がりました。
どうやら火炎魔法が使えるみたい。
それで私が引き下がると思っているなら、面白い冗談です。
そう思っていると、ひとつの事実に気が付いてしまいました。
「まさか、その火炎魔法でハートの顔を?」
「よくわかったな。悲鳴はうるさかったが、その女は良い練習台になってくれたよ」
「あなた、最低な男ですね」
よくわかりました。
王族が、自分の民を傷つけるなんて、あってはいけないこと。
同じ王族として、それは断じて許せません。
なによりも、ハートは私の大切なメイドです。
背後から、ハートのすすり泣く声が聞こえてくる。
この子にこんな怖い思いをさせた相手を、このまま帰すわけにはいきません。
吸血姫テレネシアのメイドに手を出すとどうなるか、身をもって教えてあげましょう。
あれから一週間。
毎日トマトジュースを飲んで過ごした。
特に娯楽のない私にとって、もはやトマトジュースとは生き甲斐といっても過言ではありません。
こんなに美味しい飲み物を見つけてくれたメイドのハートには礼をしなければならない。
なので毎晩、寝る前に部屋で一緒にトマトジュースを飲むのが習慣になっています。
最初は怯えていたハートだけど、一緒にトマトジュースを飲むことで次第に慣れてくれたのでしょう。
いまでは元気にメイド業に励んでくれています。
だけど、問題がひとつあります。
──なぜか、私の魔力が戻らないの!
トマトジュースをいくら飲んでも、血を飲んだときのように魔力が回復しない。
いくら人工の血だといっても、これはおかしい。
そもそも血の味がしないのだから、もしかしたらこれは血ではないのかも……。
そう思い立った私は、ハートに頼んでトマトジュースを販売しているジュース屋を視察することにしました。
この目で確認すれば、トマトジュースの秘密がわかる。
今日こそ私は、トマトの謎を解明するのだ!
そうして私は、メイドのハートと一緒に街に繰り出した。
1000年経ったことで、私が知っていた人間の街とは大きく変わっています。
正直言って、街の風景を見るだけで楽しい。
これで太陽の日差しさえなければ完璧だったのだが、文句は言うまい。
事前にハートへ日傘を用意するよう命令していたから、苦なく外を歩けるのだから。
そうして私は、トマトジュース屋にたどり着いた。
果物のようなイラストが描かれた看板が特徴的な店です。
店先にトマトジュースをはじめとした色とりどりの液体が入った瓶が飾ってあるのにも、目を引かれてしまう。
見たところ、まるで普通のお店のようでした。
──人工の血液を製造しているようには、見えないわね。
もしかしたら、人工の血液の販売は大っぴらにはできないのかもしれない。
だから外観からは、違う印象を与えるようにしているのだろう。
きっとそうに違いない。
「さあ、テレネシア様。中に入りま──きゃあ!」
突如、ハートが通行人とぶつかった。
倒れるメイドを咄嗟に受け止めます。
「あ、ありがとうございます、テレネシア様」
「いいのよ。それよりも……」
嫌な相手と出会ってしまったわね。
ハートにぶつかってきた男。
それは、いまのところ私がこの国で一番嫌いな人間だったのです。
「無礼者! 王族であるこのオレにぶつかって来るとは、良い度胸だなあ」
この男は、国王の側に立っていた軍人風の男。
国王の隣で私に暴言を吐いていた、あの王子だ。
今日もあの日と同じように、軍服を着ている。
彼の部下と思わしき人間も、周囲に四人控えているのがわかった。
全員が軍人のようです。
その姿を見たハートが、怯えるように体を震わせる。
そして王子の前に移動すると深く頭を下げました。
「に、ニコラス王子!? ご、ごめんなさい、あたし、わざとじゃなくて……」
「ごめんで許すと思うよ。オレの服に汚れがついただろうが」
見たところ、まったく服は汚れていない。
言い掛かりね。
そう思っていると、彼の背後にいる軍人がこんなことを口にするのが耳に入る。
「王子の馴染の娼婦が死んだから、気が立ってるんですね」
「新しいオモチャを見つけるまでは、この調子だろうな」
その会話は彼らにしか聞こえないほどの小さな声だったけど、ヴァンパイアである私にはしっかりと聞こえました。
聴力は人間の何倍もあるのだ。
「オレの服を汚した罰だ。ちょっと来てもらおうか」
「や、やめてくさい……きやっ!」
──バシンッ!
ニコラス王子が、ハートの頬を叩いた。
「うるさい女だ……んん、おい女、その顔どうしたんだ?」
頬を叩かれたことで、ハートの長い前髪がふわりと浮き上がる。
隠れていた右側の顔が、露わとなりました。
その素顔を見て、私も驚いてしまいます。
だからハートは前髪で顔を……。
「こいつ、顔半分が爛れているぞ! しかも見ろよ、右目がペチャンコだ!」
第二王子がハートの髪をまくり上げる。
そこには火傷の痕と、潰れた右目がありました。
──護衛騎士のハルクはいったい、何をしているの?
護衛のハルクが、遠くからこっそり付いて来てくれているはず。
それなのに、さっきから姿を現さない。
役に立たない護衛ね。
できればヴァンパイア特効の規格外の神器を持っている王族とは、諍いを起こしたくはなかったというのに。
「ん、待てよ……このメイド、どっかで見たことあるな」
王子がハートの顔をじっと眺める。
そして、ハッと大きな声をあげた。
「思い出した。この女、何年も前に貧民街で泣いてた孤児のガキじゃねえか」
「あ、あぁ……」
ハートの左目から、涙が零れ落ちる。
その様子を見て、ハートにとってこの王子はただの王子ではないことを悟ってしまいました。
「娼婦の母親が死んじまって、ひとりぼっちになっていたんだよなぁ。王族であるこのオレに物乞いをしてきたから、罰として躾けてやったんだっけ」
ビクリと、ハートが体を震わせた。
まるで何かに怯えるように。
「まだその右目は見えないのか? 髪で隠しても、その醜い顔は元には戻らないぞ」
なるほど、そういうことだったのね。
ハートが顔の右側を隠している理由。
火傷のように爛れたその肌、そして光を失った眼球。
これらはこの王子によって、もたらされたものなのだ。
「ふんっ、相変わらず汚らわしい顔だな。これじゃ母親と同じ娼婦になるか、どこかの金持ちの愛妾としてメイドになるくらいしかなさそうだ」
「お、お見苦しいところを、お見せしてしまい、もうし、わけ、ありません…………」
酷い扱いを受けているのに、ハートは王子に謝っている。
それが身分というもの。
私もヴァンパイアの王女であったから、それはよくわかる。
王族には、何があっても逆らうことはできないのだ。
それはわかるけど、これはさすがに見逃せない。
「その子は私のメイドなの。汚い手で触らないでちょうだい」
王子の手を跳ねのけ、つかまっていたハートを助けます。
同じ王族として、その行為は見苦しいわね。
「お、お前、この前の聖女! 平民のくせに、王子であるこのオレの手を叩くとは…………許せん」
ハートを背後に隠して、前へと進みます。
そうして王子と目を合わせながら、大きく胸を張ってこう告げます。
「無礼者はあなたです。この私のメイドに手を出すとは、たとえ王子であろうとどうなるかおわかりかしら?」
「封印することしか脳のない1000年前の骨董品の女が、オレに何ができる?」
ブワッと、王子の手から炎が膨れ上がりました。
どうやら火炎魔法が使えるみたい。
それで私が引き下がると思っているなら、面白い冗談です。
そう思っていると、ひとつの事実に気が付いてしまいました。
「まさか、その火炎魔法でハートの顔を?」
「よくわかったな。悲鳴はうるさかったが、その女は良い練習台になってくれたよ」
「あなた、最低な男ですね」
よくわかりました。
王族が、自分の民を傷つけるなんて、あってはいけないこと。
同じ王族として、それは断じて許せません。
なによりも、ハートは私の大切なメイドです。
背後から、ハートのすすり泣く声が聞こえてくる。
この子にこんな怖い思いをさせた相手を、このまま帰すわけにはいきません。
吸血姫テレネシアのメイドに手を出すとどうなるか、身をもって教えてあげましょう。
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