最強の吸血姫、封印から目覚めたら聖女だと誤解されてました ~正体がバレないように過ごしていたら、なぜかみんなから慕われたのですが

水無瀬

文字の大きさ
上 下
8 / 35

第8話 《side:シャーロット》

しおりを挟む
 わたくしの名前は、シャーロット・ダルウィテッド。
 ダルウィテッド公爵令嬢として、王都の貴族学院で学生しております。

 わたくしにとって学生という時間は、モラトリアムのようなもの。

 なぜなら公爵家の令嬢ともなれば、自由な人生を過ごすことは不可能だから。
 好きでもない相手と結婚しなければならない未来なんて、誰が望みましょうか。
 だからせめて、いまのうちに恋がしてみたいと思っていた。

 無理だとわかっていても、できることなら好きな人と一緒になりたい。

 そう思っていたのですが、ついに運命の相手と出会ってしまったようです。


「わたくし、好きな人ができました」


 ダルウィテッド公爵であるお父様にそう告げると、あんぐりと大きな口を開けながらわたくしの体を確認してきます。

「す、好きな人!? それよりも体は大丈夫か? 昨日あんなことがあったっていうのに、朝まで帰ってこないものだから心配したんだぞ!」


 昨日、わたくしが街中を馬車で移動している際に、魔物に襲われました。

 巨大な犬の化け物の禍々しい姿を──唾液だえきがしたたる牙が迫ってくるあの瞬間を、わたくしは生涯忘れることはできないでしょう。

 逃げようと必死にあがいたけど、わたくしは化け物に食べられてしまった。
 そうして失ってしまった──体の右半分を。

 それなのに即死しなかったこと、襲われた場所が教会の前だったこと、そしてあの『封印の聖女』様が目を覚ましていたことは奇跡でした。


「お父様、聞いてください。わたくし、あの伝説の『封印の聖女』様に命を助けられたのですよ!」

 1000年前、建国王である勇者とともに魔王を封印した謎の聖女。
 この身を犠牲にして世界を救った、尊いお方です。

 名前もわからないような正体不明の聖女だというのに、その功績が計り知れないせいで世界中の誰もが知る歴史上の人物になっています。

 彼女の影響力はすさまじくて、学院の教科書に載っているだけでなく、物語の中でも有名人になっていました。
『封印の聖女』の小説を読んだことがないこの国の女学生は、一人もいないことでしょう。

 女の子であれば、誰もが憧れる存在です。

 ──そんなお方に命を救われたなんて、まるでおとぎ話みたい。

 聖女テレネシア様のことを想うと、胸が張り裂けそう。


「それだけではありません。わたくし、テレネシア様に大切なものを捧げてしまったのです」

「な、なんだそれは……?」

「わたくしの純潔です」


 再びあんぐりと大きな口を開けるお父様。
 驚くのも無理ありません。
 なにせわたくしも記憶がないので、いまだに信じられないのです。

 ですが、これはきっと女神様が与えてくれたプレゼントだったのでしょう。

「テレネシア様には一生分の恩義があります。だからその恩を返すために、生涯をあっけて、わたくしはあの方の手助けをしたいのです」

 ワインを浴びるほど飲んで、何も覚えていないことは黙っておくことにしました。
 とはいえ、ベッドのシーツに赤い染みができていたので、きっとヤってしまったのでしょうね。

 でも、このまま一夜の過ちとして終わらせるつもりはない。
 責任は取ってもらいますとも。
 むしろこの出会いは、運命だったのです。

「な、何を言っているんだシャーロット。お前には婚約者がいるのだし、それにシャーロットの気持ちが何よりも大切だ」

「でしたら問題ございません。先ほども言いましたが、わたくしはテレネシア様のことをおしたい申し上げています」

 ギュッと自分の体を抱きしめてしまいます。
 首にキスされたあの時のことが、まだ忘れられない。

「だからお父様、王室にはこう連絡してください。シャーロットは魔物に襲われた際に純潔を失ってしまったので、教会に入って命の恩人である聖女様のお手伝いをしますと」

 ああ、こんなに嬉しいことって存在するのですね。

 恋を知っただけでなく、あの第二王子と結婚しなくて済むなんて!


 わたくしは第二王子と婚約関係を結んでいました。
 でも、それが嫌だった。
 なにせあの第二王子は、わたくしのことをただの後継ぎを産む道具としてしか見ていない。

 だから婚約者の王子と結婚しなくていい方法を、ずっと考えていた。
 けれども、国王陛下によって承認されたこの婚約を、破棄する口実は何も思いつきませんでした。

 でも、ひとつだけ方法を見つけた

 それは、王家の花嫁は純潔でなければならないということ。

 処女性を重視する王族に嫁ぐのだから、当然です。
 だからといって、その辺の誰かに初めてを捧げる気にはなかった。
 残念ながら好きな殿方もいないので、どうしたものかと悩んでいたのです。


 そんな時、わたくしは街で巨大な犬の魔物に襲われた。

 ──あ、これは死にましたわ。

 噛まれた瞬間、そう思いました。

 いっそ死んでしまえば、第二王子に嫁ぐことはない。
 これで良かったんだ。

 一度はそう思いましたが、それ以上に恐怖が体を支配しました。

 体の右半分の感覚が完全になくなって、温かい液体が流れ落ちるのを感じます。
 痛い、怖い、痛い、なにこれ、死ぬほど痛い。


 わたくし、このまま死ぬの?

 い、いや。
 まだやりたいことはたくさんある。
 好きな相手だって、見つけてない。

 し、死にたくない!

 でも、頭ではわかっていました。
 半身を失ったのです。
 わたくしは、このまま死ぬのだと。


 ──少しでいいから、幸せになりたかったな……。


 そんなときです。
 命を諦め、絶望したわたくしを、あのお方が救ってくださった!


 神聖ウルガシア王国の誰もが知っている伝説の人物。
 1000年前に魔王を封印したという、『封印の聖女』テレネシア様が、私を助けてくださったのです!

 わたくしを襲ったヘルハウンドも、テレネシア様が退治してくださったと聞きました。
 しかし、テレネシア様は1000年の眠りから覚めたばかり。

 部屋で倒れてしまうほど、衰弱していたのです。
 自分の体のことをないがしろにしてまで、わたくしのことを助けてくださった。
 そのことを知ったとき、どれほど胸が苦しかったか……。

 この方のためなら、何でもできる。
 生涯をかけて、この恩を返そう。
 わたくしはそう、決めたのです。


「我がダルウィテッド家には『恩義には恩義を』という家訓があります。お礼を述べに部屋を訪問したところ、テレネシア様はわたくしを所望しょもうされました」

 その結果、テレネシア様と寝てしまった。
 正直、記憶がないので本当に致してしまったのかわからないですが、この際真偽は関係ありません。
 第三者から見て、という既成事実があればいいのです。


「娘に手を出したのは許せないが、聖女様には感謝もしている。実はシャーロットが魔物に襲われて命はないと連絡を受けたとき、私は生きる意味を失うくらいの絶望を味わったのだ。それをテレネシア様が救ってくれたのであれば、どう礼をすればいいのか見当もつかない」

 そうでしょうとも。
 それに大神官から聞いたのですが、テレネシア様はわたくしを助けるために《神聖完全再生セイクリットリジェネレート》という伝説級の大魔法を使ってくださったらしいです。

 女神にしか使えないとされる奇跡を、この身に受けてしまった。
 この多大なる恩をどうやって返せばいいのか、考えるだけで頭が痛い。

「シャーロットが第二王子との婚約を解消したかったのも知っている。あの男は悪い噂ばかりだから、それには同意見だ」

 軍籍に身を置いているのをいいことに、秘密裏に違法行為をしているという話を耳にしたことがあります。
 第二王子の野営地に春を売りに行った娼婦たちが、そのまま行方不明になっているという噂をメイドたちから聞いたこともありました。

「シャーロットには幸せになって欲しいからな、国王陛下に話をしてみよう。これでも私はこの国の宰相だ、上手くしてみるさ」


 こうして婚約破棄の話が、秘密裏に進むことになりました。
 いきなり夢が叶うなんて、信じられない。

「急に恋を知ってしまったからでしょうか。今朝から胸の動悸どうきが止まりませんの。少し頭痛や、めまいもいたします」

 他にも立ちくらみや、息切れもする。
 こんな気持ち、生まれて初めて

「ヘルハウンドに襲われて、血を大量に失ったのだろう。貧血気味なのかもしれないな、しばらくは安静にしなさい」

 そういえばわたくし、死にかけていたのでした。
 いろいろありすぎて、すっかり忘れていましたわ。

「そういえば大神官が、テレネシア様専属のメイドを探していると聞いた。恩義には恩義をという家訓を忘れたわけではないが、シャーロットの望み通りに教会にやるつもりはない」

「そ、そんなぁ!」

 せっかくテレネシア様と一緒に暮らせると思ったのに。
 ですがわたくしはまだ学生です。
 卒業してからチャンスがあるかもしれません。

「だからシャーロットの代わりに、あの子・・・を送ろうと思う」

 あの子・・・というのが誰のことか、名前を聞かずともわかりました。

「母親が死んだと聞いたときに貧民街から助けたが、あの子がこの家で過ごすのはつらいものがある。外に出した方が、のびのびとできるだろう」

 たしかに、そうかもしれません。
 お優しいテレネシア様であれば、あの子のことも良くしてくれるはずです。


「だが、テレネシア様が《神聖完全再生セイクリットリジェネレート》を使えるとはな。もしも大神官にかかっている呪いが解けるようなことがあれば……」

 お父様が何かを考えるように、窓の外を眺めました。
 その先には、テレネシア様が住まわれる教会があるはずです。


「それにしても『封印の聖女』様か…………建国王である勇者と同じくらいの多大なる功績と影響力を持つお方だ。もしかしたらこの国は、今後テレネシア様を中心に大きく変わるかもしれないな」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

大草原の小さな家でスローライフ系ゲームを満喫していたら、何故か聖女と呼ばれるようになっていました~異世界で最強のドラゴンに溺愛されてます~

うみ
ファンタジー
「無骨なドラゴンとちょっと残念なヒロインの終始ほのぼの、時にコメディなおはなし」 箱庭系スローライフが売りのゲームを起動させたら、見知らぬ大草原に! ゲームの能力で小屋を建て畑に種を撒いたりしていたら……巨大なドラゴンが現れた。 「ドラゴンさん、私とお友達になってください!」 『まあよい。こうして言葉を交わすこと、久しく忘れておった。我は邪黒竜。それでも良いのだな?』 「もちろんです! よ、よろしくお願いします!」 怖かったけど、ドラゴンとお友達になった私は、訪れる動物や魔物とお友達になりながら牧場を作ったり、池で釣りをしたりとほのぼのとした毎日を過ごしていく。

【本編大改稿中】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!

七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

勇者がアレなので小悪党なおじさんが女に転生されられました

ぽとりひょん
ファンタジー
熱中症で死んだ俺は、勇者が召喚される16年前へ転生させられる。16年で宮廷魔法士になって、アレな勇者を導かなくてはならない。俺はチートスキルを隠して魔法士に成り上がって行く。勇者が召喚されたら、魔法士としてパーティーに入り彼を導き魔王を倒すのだ。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

処理中です...