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第50話 守護竜の聖女

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 私たちが王都に到着すると、民たちの大歓声が上がりました。

 どうやら城壁にいた兵士たちが私たちを見ていたそうで、すでに王都内へと情報が知れ渡っていたみたいです。
 そのせいか、思わぬ大歓迎を受けました。


「見ろ、守護竜様だ!」
「守護竜様が来てくださったぞ!」
「俺たちの願いを聞いて、王都を助けにきてくれたんだ!」
「それに見たか、外で魔物を蹴散らしてくれていたぞ!」
「最後の希望だ!」


 みんな、黒竜様であるアイザックのことを、守護竜だと讃えている。

 荒廃こうはいしたカレジ王国で、民を救ってくれるのは、古くから続く守護竜信仰しかないと悟ったのでしょう。
 王都の民はみな、守護竜を模した旗を掲げたり、竜の形をした木彫り人形などで私たちを歓迎します。


「まさか、こんなに歓迎されるとは思ってもいなかったわね」

「王都中の民が、ルシル様と守護竜様が来られるのを心待ちにしておりましたのじゃ」


 そう説明してくれるのは、王太子から助けたばかりのデイゼン老です。

 サンセット子爵領での噂も王都に伝わっているらしく、みんな今か今かと守護竜の来訪を待ち望んでいたみたい。

 逆に、女神信仰を推し進めていた教会は廃墟のようになっていました。
 カレジ王国が滅亡の危機に瀕しているのは、女神信仰のせいだと言われているようです。

 この数か月の間で、守護竜信仰と女神信仰の立場が入れ替わっている。
 世の中、本当に何が起こるかわからない。


「そういえばアイザックは、人の姿にならないの?」

「あとで戻るが、まだその時ではなそうだ」


 黒竜様の姿のままのほうが都合が良いと判断したのか、アイザックは人の姿にはなりませんでした。

 ──でも、それもそうかもね。

 ここは、私が処刑されそうになったあの広場です。
 そんな場所に、数えきれないくらいの民衆が詰め寄っている。

 まるで、いまにも暴動が起きそうな雰囲気です。

 しかも彼らはみな、黒竜様が運んできたとある馬車へと視線へ怒りの視線を向けていました。
 あの馬車に誰が乗っていたのか、みんなすでに知っているんだ。

 そして民たちの一部が、デイセンさんへと話しかけます。


「デイセンさん、無事で良かった!」
「街の顔役のあんたが王太子に誘拐された日には、どうなるかと思ったぜ」
「馬車に縛られていたけど、怪我はないかい?」
「外には魔物の群れがいたみたいだが、何事もなく戻ってきて本当に良かった」


 どうやらデイセンは、王都の民たちの中では有名人だったみたい。
 そんな人を捕まえて魔物の餌にしようとしたなんて、クラウス王太子はやっぱりどうかしているわね。


 民たちの声を受けたデイセンが、広場にいる民衆へと証言します。


「ワシらは、王太子殿下に殺されそうになったのじゃ! そこをこちらのルシル様と守護竜様に、助けてもらったのじゃよ!」


 王太子がデイセンたちをおとりにして、魔物の餌にしようとしたことが、民たちに知れ渡ります。

 その結果、広場にいた人たちの感情が湧き上がりました。
 広場中が、王太子への怒りと侮蔑ぶべつの声に満ちていきます。


「平民ふぜいが、王族であるオレの役に立てるんだから、死んで本望だろうが!」


 しかもクラウス王太子がそんなことを言って火に油を注ぐもんだから、民たちの怒りは最高潮に達します。
 もう、こうなったらどうすることもできない。

 民たちが立ち上がり、馬車を囲みました。
 そしてクラウス王太子とカテリーナを外へと連れ出し、縄で縛り上げたのです。


「お前たち、王族であるこのオレになにをするつもりだ!」

「王都を捨てたお前は、もう俺たちの王族じゃない」
「平民だから魔物の餌にしようとしたなんて、王族失格だ」
「そもそもカレジ王国をこんなふうにしたのは、王族だったはずだ!」
「カレジ王族こそ諸悪の権現!」
「王族はいらない!」
「王族を打倒しよう!」
「王太子とこの貴族女を幽閉しろ!」


 怒りの矛先は王族へと向けられ、民たちはクラウス王太子たちを幽閉することにしたようです。
 だけど、王都民の怒りはそれだけでは収まりません。

 王族のせいで国が滅びかけているというのに、その王族は民を見捨てて犠牲にしようとした。
 その怒りの感情は、すでに身分という壁すらも破壊してしまいます。


「王族を許すな! 国を捨てた王族を倒せ!!」


 このままでは革命が起きてしまいそうな様子。
 放っておいたら、城にいる王のもとへみんなで押し寄せそうな流れです。

 でも、いまはそんなことをしている場合ではない。
 いまにも魔物の大軍が、王都に迫っているのだから。

 なんとか、しないと!


「みなさん、落ち着いてください!」


 私が声を発すると、あれだけうるさかったのに広場の喧騒が静寂に包まれます。

 しかもどういうわけか、「ルシル様だ」「守護竜の聖女だ」とあちこちから声が聞こえてきました。


「守護竜の聖女?」

「サンセット子爵領での活躍を聞いた王都民たちの間では、ルシル様のことを『守護竜の聖女』と呼んでいるのですじゃ」


 まさか『守護竜の聖女』だなんて呼ばれていたなんて、なんだか恥ずかしい。
 私は、自分にできることをしていただけなのに。


 だけど、それだけ王都の民の信頼を得ているのなら、話は早い。
 私は黒竜様の背に乗ったまま、みんなに聞こえるように大声で訴えます。


「王への直談判は、私がします。どうか、私たちに任せてくだい」
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