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第11話 王太子クラウスの憂鬱
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王太子のクラウスは、執務室で優雅にワインを口にする。
「まさか、ここまで上手くいくとはな」
クラウスの父である国王が病気で寝込んでいるうちに、あの研究バカな婚約者であるルシルとの婚約を破棄することに成功した。
婚約者であり王太子であるクラウスのことよりも、存在しない竜のことしか頭にない頑固な令嬢と、やっと縁が切れたのだ。
嬉しくて仕方ない。
「まあ、処刑することには失敗したが……」
処刑を決行する寸前に、謎のモンスターがルシルを攫った。
王都の精鋭魔法使いたちでも手が出なかったあのモンスターは、エサを求めるようにルシルに食らいついたのだ。
「いま頃、あの女はモンスターの胃袋の中だろうな」
ルシルを処刑することには失敗したが、生きたままモンスターに食われるというのは、首を断たれるよりも苦しいことだろう。
それについては少しは同情するが、婚約破棄をすると決めた時から、クラウスの頭からはルシルは存在しない令嬢となった。
むしろ、うるさい小姑みたいな婚約者がいなくなって清々する。
「だが、あの黒いモンスターはいったい……」
ルシルを攫ったあのモンスターは、守護竜ではないかという噂が出ている。
見た目が、どう見ても竜だったからだ。
さらに大勢の人間たちが目撃したこともあり、守護竜信仰が復活の兆しを帯びているという報告すらある。
「竜なんて空想の存在だ。あれは竜に似ただけのモンスターなのだから、なにも心配する必要はない」
「そうですわ、クラウス様。あんなのただの大きくて飛べるだけのトカゲですもの」
クラウスの発言に同意したのは、新しく婚約者となったカテリーナだ。
派手なアクセサリーや宝石を身に着けているカテリーナは、ルシルのように地味な女ではない。
クラウスの言うことを聞く従順な令嬢であり、しかもスタイルも良かった。
さらに王国でも随一の魔法使い一族のマーズ家の令嬢であり、女神信仰を推し進めている教会の現教皇とは遠縁の関係を持つ女である。
マーズ家は新興の子爵家であるため血筋だけはルシルのほうが上なのが気になるが、それを差し引いてもクラウスにとって理想の女性だった。
そのはずだったのだが──
「ねえ、クラウス様ぁ~。今日はこれお願いしますね」
「……なんだ、これは?」
「なにって、新しく買ったお洋服の請求書に決まっているじゃないですかぁ~。こういうのは殿方が支払うものでしょう?」
カテリーナは、金遣いが荒かった。
しかも、想像以上の浪費家だ。
「この請求書一枚で、王宮で仕事をしている一般官僚の一年分の給金になるが?」
「わたくしは王太子妃になる人間ですもの、これくらい着飾らなければ、国の威信が丸つぶれですわ」
「…………わかった。なんとかしよう」
「さすがはわたくしのクラウス様ですわぁ~。次もよろしくお願いしますね」
女というのは、こんなにも金がかかる生き物だったのかと、クラウスは頭を抱える。
ルシルとの婚約期間は長かったが、その間一度たりともブランド品をねだってきたことはなかった。
それなのに、カテリーナときたら王城の金庫を空にする勢いで金を湯水のように消費している。
──我慢するしかない、この女は教皇とコネクションを持っているうえに、魔法使いという武力も持ち合わせているんだ。
ルシルを排除したことで、ウラヌス公爵家の援助は望めない。
だからクラウスが王位を得るためには、カテリーナの一族の魔法使いたち、そして親戚だという教皇の後ろ盾が必要なのだ。
──けれども、これ以上金を使うと国が傾きかけないな。
「だが、オレには策がある」
頼みの綱は、ドラッヘ商会だ。
我がカレジ王国が誕生した300年前からこの国を支えてきた大商団。
それが、ドラッヘ商会だ。
いつものように融資を受ければ、なにも問題はない。
「クラウス殿下、大変です!」
突如、執務室に官僚の一人が駆けこんできた。
「おい貴様、無礼であろう! 約束もなく急に部屋に入って来るなんて、オレが誰だかわかっているのか?」
「そ、それが、緊急事態でして……あのドラッヘ商会が、我が国からの完全撤退を表明しました!」
「な、なんだって!?」
それからは早かった。
カレジ王国の流通を300年間支えてきたドラッヘ商会がいなくなったことで、数日のうちに王国の物流は完全にストップしたのだ。
王都には物が何も入って来ず、たちまち国民は食糧難に陥った。
「なぜドラッヘ商会が…………こんなこと、いままで一度もなかったのに」
「どうやら、ルシル様を処刑しようとしたことに対して、ドラッヘ商会が激怒したようです」
「なぜドラッヘ商会がルシルごときのために、こんなことをする? あいつといったい何の関係がある?」
ドラッヘ商会は謎が多い組織だ。
商会の発祥は隣の大陸だという噂があるが、300年前から我がカレジ王国を本拠地とし、国を支えてくれた大商会であることには間違いない。
その経済規模は、小国をも軽くしのぎ、商会長の発言は一国の王をもしのぐという。
「うちの国で、ドラッヘ商会と一番コネを持っている者は誰だ? そいつに交渉を当たらせろ」
「そ、それが……ドラッヘ商会と最も交流のあった人物が、ルシル様なのです」
「ルシルだと? どういうことだ!?」
あのルシルが、ドラッヘ商会と繋がっていた。
そういえばルシルのウラヌス公爵家は、10年前からドラッヘ商会より多額の支援を受けていたと聞いたことがある。
「ルシルはもう死んだ。いや、だからドラッヘ商会は我が国を捨てたというのか?」
たかが頭の固い研究女を一人を殺しただけで、ドラッヘ商会には何の損害もないはずだというのに。
そういえばルシルといつも一緒にいた黒髪の助手が、ドラッヘ商会の会長と仲が良いとルシルが話していたことがあった。
「あの助手は、いまどこにい────な、なんだこの揺れは!?」
王城が大きく揺れる。
このまま足元が崩れ落ちるかというような、激しい揺れが城を襲った。
「や、やっと収まったか……いまのはまさか、地震か?」
「た、大変です、クラウス殿下!」
クラウスの執務室に、官僚が飛び込んで来た。
「地震だろう、それくらいわかっている。すぐに被害状況を確認させろ」
「そ、それが…………地面が割れて、王都が!」
「なに!?」
その時、クラウスの脳裏に、かつての婚約者の声が蘇る。
『竜の山の遺跡で、守護竜を失うと国に天変地異が起こるという記述を見つけました』
「まさか、ルシルが言っていたことは、本当だったのか? た、たしか、ルシルはこうも言っていたな……」
『まず始めに山鳴りが起きます。ですが、それはほんの始まりにすぎません。それから地震が起き、大地が割れ、川が干上がり、そして国が火に包まれ、最後には人が住めなくなる暗黒の地帯となることでしょう』
「お前たち、いますぐルシルの竜研究の書物を確認してこい!」
だが、クラウスは忘れていた。
その研究内容は、すべて自分が燃やしたことを。
「まさか、ここまで上手くいくとはな」
クラウスの父である国王が病気で寝込んでいるうちに、あの研究バカな婚約者であるルシルとの婚約を破棄することに成功した。
婚約者であり王太子であるクラウスのことよりも、存在しない竜のことしか頭にない頑固な令嬢と、やっと縁が切れたのだ。
嬉しくて仕方ない。
「まあ、処刑することには失敗したが……」
処刑を決行する寸前に、謎のモンスターがルシルを攫った。
王都の精鋭魔法使いたちでも手が出なかったあのモンスターは、エサを求めるようにルシルに食らいついたのだ。
「いま頃、あの女はモンスターの胃袋の中だろうな」
ルシルを処刑することには失敗したが、生きたままモンスターに食われるというのは、首を断たれるよりも苦しいことだろう。
それについては少しは同情するが、婚約破棄をすると決めた時から、クラウスの頭からはルシルは存在しない令嬢となった。
むしろ、うるさい小姑みたいな婚約者がいなくなって清々する。
「だが、あの黒いモンスターはいったい……」
ルシルを攫ったあのモンスターは、守護竜ではないかという噂が出ている。
見た目が、どう見ても竜だったからだ。
さらに大勢の人間たちが目撃したこともあり、守護竜信仰が復活の兆しを帯びているという報告すらある。
「竜なんて空想の存在だ。あれは竜に似ただけのモンスターなのだから、なにも心配する必要はない」
「そうですわ、クラウス様。あんなのただの大きくて飛べるだけのトカゲですもの」
クラウスの発言に同意したのは、新しく婚約者となったカテリーナだ。
派手なアクセサリーや宝石を身に着けているカテリーナは、ルシルのように地味な女ではない。
クラウスの言うことを聞く従順な令嬢であり、しかもスタイルも良かった。
さらに王国でも随一の魔法使い一族のマーズ家の令嬢であり、女神信仰を推し進めている教会の現教皇とは遠縁の関係を持つ女である。
マーズ家は新興の子爵家であるため血筋だけはルシルのほうが上なのが気になるが、それを差し引いてもクラウスにとって理想の女性だった。
そのはずだったのだが──
「ねえ、クラウス様ぁ~。今日はこれお願いしますね」
「……なんだ、これは?」
「なにって、新しく買ったお洋服の請求書に決まっているじゃないですかぁ~。こういうのは殿方が支払うものでしょう?」
カテリーナは、金遣いが荒かった。
しかも、想像以上の浪費家だ。
「この請求書一枚で、王宮で仕事をしている一般官僚の一年分の給金になるが?」
「わたくしは王太子妃になる人間ですもの、これくらい着飾らなければ、国の威信が丸つぶれですわ」
「…………わかった。なんとかしよう」
「さすがはわたくしのクラウス様ですわぁ~。次もよろしくお願いしますね」
女というのは、こんなにも金がかかる生き物だったのかと、クラウスは頭を抱える。
ルシルとの婚約期間は長かったが、その間一度たりともブランド品をねだってきたことはなかった。
それなのに、カテリーナときたら王城の金庫を空にする勢いで金を湯水のように消費している。
──我慢するしかない、この女は教皇とコネクションを持っているうえに、魔法使いという武力も持ち合わせているんだ。
ルシルを排除したことで、ウラヌス公爵家の援助は望めない。
だからクラウスが王位を得るためには、カテリーナの一族の魔法使いたち、そして親戚だという教皇の後ろ盾が必要なのだ。
──けれども、これ以上金を使うと国が傾きかけないな。
「だが、オレには策がある」
頼みの綱は、ドラッヘ商会だ。
我がカレジ王国が誕生した300年前からこの国を支えてきた大商団。
それが、ドラッヘ商会だ。
いつものように融資を受ければ、なにも問題はない。
「クラウス殿下、大変です!」
突如、執務室に官僚の一人が駆けこんできた。
「おい貴様、無礼であろう! 約束もなく急に部屋に入って来るなんて、オレが誰だかわかっているのか?」
「そ、それが、緊急事態でして……あのドラッヘ商会が、我が国からの完全撤退を表明しました!」
「な、なんだって!?」
それからは早かった。
カレジ王国の流通を300年間支えてきたドラッヘ商会がいなくなったことで、数日のうちに王国の物流は完全にストップしたのだ。
王都には物が何も入って来ず、たちまち国民は食糧難に陥った。
「なぜドラッヘ商会が…………こんなこと、いままで一度もなかったのに」
「どうやら、ルシル様を処刑しようとしたことに対して、ドラッヘ商会が激怒したようです」
「なぜドラッヘ商会がルシルごときのために、こんなことをする? あいつといったい何の関係がある?」
ドラッヘ商会は謎が多い組織だ。
商会の発祥は隣の大陸だという噂があるが、300年前から我がカレジ王国を本拠地とし、国を支えてくれた大商会であることには間違いない。
その経済規模は、小国をも軽くしのぎ、商会長の発言は一国の王をもしのぐという。
「うちの国で、ドラッヘ商会と一番コネを持っている者は誰だ? そいつに交渉を当たらせろ」
「そ、それが……ドラッヘ商会と最も交流のあった人物が、ルシル様なのです」
「ルシルだと? どういうことだ!?」
あのルシルが、ドラッヘ商会と繋がっていた。
そういえばルシルのウラヌス公爵家は、10年前からドラッヘ商会より多額の支援を受けていたと聞いたことがある。
「ルシルはもう死んだ。いや、だからドラッヘ商会は我が国を捨てたというのか?」
たかが頭の固い研究女を一人を殺しただけで、ドラッヘ商会には何の損害もないはずだというのに。
そういえばルシルといつも一緒にいた黒髪の助手が、ドラッヘ商会の会長と仲が良いとルシルが話していたことがあった。
「あの助手は、いまどこにい────な、なんだこの揺れは!?」
王城が大きく揺れる。
このまま足元が崩れ落ちるかというような、激しい揺れが城を襲った。
「や、やっと収まったか……いまのはまさか、地震か?」
「た、大変です、クラウス殿下!」
クラウスの執務室に、官僚が飛び込んで来た。
「地震だろう、それくらいわかっている。すぐに被害状況を確認させろ」
「そ、それが…………地面が割れて、王都が!」
「なに!?」
その時、クラウスの脳裏に、かつての婚約者の声が蘇る。
『竜の山の遺跡で、守護竜を失うと国に天変地異が起こるという記述を見つけました』
「まさか、ルシルが言っていたことは、本当だったのか? た、たしか、ルシルはこうも言っていたな……」
『まず始めに山鳴りが起きます。ですが、それはほんの始まりにすぎません。それから地震が起き、大地が割れ、川が干上がり、そして国が火に包まれ、最後には人が住めなくなる暗黒の地帯となることでしょう』
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