恋愛小説2

七海美波

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駒沢さんと小平さんは、チキンステーキセットを注文した。注文した料理が運ばれてきたところで、小平さんが食べながら話し始める。
「ボクは後藤とは、同じ教育学部で、世界史と日本史教育学を専攻してたんだ。後藤は一回生の頃から、『戦争体制、天皇制、君が代、日の丸反対。日本を民主平和共和国にしよう』なんて息まいてるやつでさ。で、ボクを反戦行動委員会に誘ったのも、後藤だ。当時の反戦行動委員会は、大学生に授業ボイコットを呼びかけたりしてて、大学生の反感を買ってたから、入るやつなんて稀だったからな。後藤は一人でも仲間が欲しかったんだ。ボクは当時、政治に興味ある左寄りの反戦派だったから、反戦行動委員会の理念に共感して入った」
「授業ボイコットですか。学生が授業ボイコットしても、先生が単位を落とせば済むだけの話では?」
「そうなんだよな。今から考えると、いかにも『義』の無い行為だったと反省している。でも、当時のボクは、それが『義』だと信じて活動していた。反戦や共産革命が『義』だと信じていたんだ。今から考えると、相当おめでたい野郎だったよな」
「わかります。あたしも劉備の『義』にあこがれましたから」
「テロ組織『東トルキスタン・イスラム運動』が中国共産党と命をかけて戦ってるし、中国共産党に『義』があるはずがないんだよな。なのに、反戦行動委員会のやることは、日本を非武装中立にして、中国共産党を利するだけだよ。だから、ボクは反戦行動委員会を三回生のときに辞めたんだ。後藤は八回生まで在籍し続けて、何とか卒業したけどな」
ただ、そうなると、卒業した年度が、小平さんと後藤先生と、違ってくるんじゃないのか?
「虹崎さんは、卒業の年度について気にしているみたいだけど、ボクは五回生のときに卒業しているんだ。ただ、卒業後もフリーターとして働く傍ら、O大学の文芸部に入り直して、学内の様子を見に来ていたから、だいたいのうわさは耳に入ってたしな。だから、後藤のことは、だいたい知ってる」
「それで、反戦行動委員会内の活動内容について知りたいんですが」
「地味な作業だよ。学生の前で演説したり、ビラの原稿を書いたりできるのは上級生だけで、一回生や二回生は立看板を作ったり、ビラを刷ったりなどの雑用だ。活動費はどこかの上部の地下組織から出てるらしいが、会長以外は知らない。ボクらは会長の小間使みたいなものだった」
「組織のボス以外は、誰も上部の地下組織のことを知らないなんて、まるでドストエフスキー『悪霊』に出てくる革命組織みたいですね」
「へえ、虹崎さんは、高校生でドストエフスキーなんか読んでるんだ。革命通だね」
こういうときに、ドストエフスキーの長編を読んでおいて良かったと、つくづく思う。あたしとしては、読書感想文を書くために、父の書斎にあった不気味そうなタイトルだというだけの理由で、読んでみると意外にハマっただけだが。話のタネにはなるものだ。
「でも、後藤先生は、その小間使みたいな活動を何年もやり通して、上級生になったんですよね」
「ああ、後藤は、そういうところだけは、妙に熱心だからな。まるで日本で革命をやるためなら、何を犠牲にしたっていいと思ってるような、本物の革命バカだった。まるで、幸せそうな日本人を呪っているのかと思わせるような」
「その熱意を、もっと世のため人のためになることに使えないんでしょうかね。これじゃ、中東あたりのイスラム過激派と同じじゃないですか」
「そうなんだよ。幸せそうな人を呪うあたりは、極左もイスラム過激派も同じじゃないかと思う。だから、『共産主義は宗教だ』なんて言われるんだろうな」
「だいたいのところは、わかりました。それで、後藤先生の醜聞というか、弱みみたいなものはありませんか?」
小平さんは少し考えこんで言った。
「弱みになるかどうかはわからないが、後藤は大学時代に家庭教師をしていて、教え子の女子高生とできちゃったといううわさがある。女子高生の両親は、後藤に責任をとらせようとしたが、当時、反戦行動委員会の四回生だった後藤は、下級生を兵隊のように使って、女子高生の両親を脅して、泣き寝入りさせたらしい。まるでヤクザみたいな手口だが、反戦行動委員会は、そういう自分本位なバカどもが、けっこういたみたいだからな」
「その女子高生のお名前とかは、わかりますか?」
「知ってるけど、誰にも口外しないと約束できるか?」
「約束します。何なら誓約書も書きます」
「なら、信用して、その中の一人だけ教えよう。O県O市在住の内田由真さんだ。ボクも何度か、彼女の悩み相談にのったことがあるから、連絡先はわかるしな。内田さんを説得して味方につけられたら、他の女子生徒の連絡先も教えよう」
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