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第一部「密室1日目」(対象…14歳のマリア名の少女、40名)

第二通路。

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第二通路。



 腰下まで伸びる長い黒髪の痩せた少女が、人一人分だけの狭く暗い通路の壁を掌で触れながら通り抜けた先。天井二メートル程広さ三畳程の真っ暗な部屋に入ると、真正面壁一面だけがスクリーンパネルの光で明るくなり、室内と黒髪の少女がパネル光で照らされた。スクリーンにはホールスクリーンに映った白仮面より肩幅が広い白スーツ姿の白仮面が映る。頭を下げてスカートの両端を指先で摘まむ少女の前で、小さなスピーカーから雑音と電子音声が鳴る。
『陽動役のマリア、地下二階の隠し部屋へようこそ。最初の陽動お疲れ様です』
「いいえ。このバトルロワイヤルの仕掛人の一人として当然の事です。銃の隠し場所も予め教えていただいてましたし」
『次に手伝ってもらうのは三室目での陽動です。貴女にはそこで決められた選択肢を選択してもらい、その後で死んだフリをしてもらいます』
「お安い御用ですわ。他に何かする事は?」
『他のマリア達がその部屋を去った後はお役御免です。その時にはこの依頼から解放致します』
「御意。この依頼が終わりましたら、この件を私の小説にさせていただきますわ。楽しみにしていらして下さ、」
 スクリーンパネルが映像を映す光を消し、室内も真っ暗になる。暗闇の中で少女が「あ~もう、」と高い声を出す。
「つれないですわ~またお会いできるのを楽しみにしていますわね白仮面様…」



 通常より多めに痩せている長い黒髪の少女の監視映像を前に、暗い監視映像室の白テーブル横で湯気の出るコーヒーマグを手にしていた社長と新米秘書が口を半開きにしたまま映像が途切れるのを見届ける。白目を剥いて下顎を前に出し嫌悪感を露わにした新米秘書が「…社長!」と隣の社長へ振り返る。映像を前にしながら粉のミルクと砂糖両方を入れ延々と混ぜていた社長が「うん?」と力無い返事をしカフェオレになったコーヒーを口にしてから砂糖を二杯足した。新米秘書がまだ湯気の立つマグを自分側のサイドテーブルに置く。
「何スか今の激キモヲタク女!」
「陽動をお願いした子だねえ。中々見た目といいキャラが濃いかな? あとキモい」
「ですよね! 何でアイツ? すげえキモかったスよ! アイツ用のマネキンだけ他の映像と違うガタイ良い方のマネキンにしてて良かったスね!」
「まあそうだねえ。まあ重鎮の方々の中にあのモデルの方がいるんだけど、その御方はあーいう下衆い女が嫌いだから後で大変な目に遭うんだろうなあ。まあ私がする事じゃないし」
「てか経歴の中に他人の小説とかのネタパクってるのとかあるじゃないスか! しかもアマチュアの全部丸っとパクったりとか! それで何回か賞獲ってお金貰ったり何本かパクネタでプロとして活動したりとか! マジ下衆い!」
「だよねえ。他人のもの盗むのは犯罪なのにこれは違うとか言い出すらしいよ下の項目とかにもあるけど」
「うっわ最低じゃないスか! 後でどんな扱い受けたか教えてほしいッスね~」
「そうだねえ。まあ下衆い女は置いておいて。IQ少女の動きが中々良かったねえ…ちょっと惚れ惚れしたよ。あーコーヒー甘くし過ぎた…」
「あーあれはマジ格好良かったスね~ちゃんと全部飲んで下さいねコーヒーのおかわりはありますんで」
「はい…。ただこう…この子も一応過去に犯罪犯してはいるんだよねえ、万引きの数がちょっと…まあ親の権力で全部何とかしたみたいだけど」
「へえ…別人じゃないスか?」
「思う? やっぱり?」
「だってこの9歳前の経歴見たら凄え少年院に住んでるのかっていうくらいの犯罪少女なのにこれくらいからもうパッタリッスもんねえ。まあ犯罪犯す度に引越ししてた家ッスけど…あーでも性犯罪の類は全く皆無だったんスねこれの前も後もへえ…」
「まあでもその時期から引越しも無く家族仲は普通なんだよね、寧ろ平和、この子が家族から疎まれて触りたくないと思われてる以外は」
「へえ」
「とある人達の証言では容姿と性格がこの辺りの頃からいきなり変わって人当たりも普通くらいになったらしいし、まあでも家族からの評判は悪いみたい触りたくないくらいには、まあでもこの子は普通に良い子らしいけどねその気が起きないくらいには」
「へえ…あっ家族がこの子のせいにしたりえっ、この頃まで容姿が度々変わってた? へえ…あっそういう…うーん、」
「で調べても整形した事も無いみたいだしんで戸籍上家族の実子記録ある戸籍使用してるんだけど血液上は全く繋がり無いんだよねえ先祖遡っても寧ろ遡っても繋がりあるのが有り得ない遺伝子だったんだよね色んな諜報機関に調べてもらってもだからこう…」
「え、それお金かかってません? 予算オーバーじゃないスか?」
「うーん、それがこう…一部の人達が口利きして下さってお得価格になったから大丈夫なんだけど」
「…色々と謎のある子ですね…まあでもあの動きは堅気じゃないッスよ。場慣れしてますもん」
「だよねえ。あーあれで容姿がモブくなければ本当存在自体が可愛いのに」
「ファンになっちゃいそうスよね社長」
「それ~まあでも年齢ちょっと離れてるから難しいかなあ」
「まあそうスね軽くロリコンッスよねせめてあと二歳スね」
「だよねえ~私まだ二十一だからねえ~」
「いよっ、若社長マジ痺れるッス格好良いッス!」
「あ~もっと言って新米秘書君、あ~待って暗くて酔ってきた、」
「はい上の階~」
「すいません~」



 白床と白壁の室内、二面壁の硝子窓の向こうに。平らな砂色の大地、高く遠く連なる濃緑の樹木林、薄蒼の高空に白い霧雲が流れるパノラマが広がる。
 白い部屋中央の白テーブル中央に大きなスクリーン状のタッチパネルが置かれ、40人の少女達の顔写真付きプロフィールが表示されている。40人の内15人のプロフィールだけが他の少女のプロフィールよりグレーがかり、さらにプロフィール全体に上から赤いバツを重ねられていた。
 艶のある黒髪に背の高い黒スーツの若い男性が白デスクから立ち、窓を開ける。暴風が少しの砂と共に室内へなだれこみ、白壁を強い風が打って鈍い音を立てる。黒いワイシャツと黒スーツの女性の座る白デスク横のサブテーブルに、白湯気のたつコーヒーが置かれた。サブテーブルに置かれていた砂糖と粉状のミルクをどちらも入れ、波打つ金髪のポニーテールを強風に揺らし、襟元で金のチェーンの光る彼女がティースプーンでコーヒーをひたすら撹拌する。
「奥様、そんなに混ぜなくてももうしっかり溶けていますよ」
「わかっているわ。貴女もわかっていて聞くのね」
「そうですね」
「わけもわからない状況でこんなに呆気なく人を殺すようなイカれた女の子達の殺し合いをあと三日も眺めていなくちゃならないなんてね」
「一日で終わらせてもいいんじゃないかな」
「一日だと緊張感が無くて殺し合いさせる意味がないわ、ダーリン」
「でも気持ち悪くて見てられないなら、一日で終わる方法の方が良くない?」
「上の方々でイイ趣味の重鎮の方々がいらっしゃって」
「スポンサーになるから余興を見せろと。5年以内に次の事件、10年以内に世界的大事件が起こるのは免れないようだね」
「どうせ見るならもっと骨があって能力値の高い可愛い子達の殺し合いの方が良いのに。まあ同性愛者でもないしロリータ趣味も無いからどっちにしろ途中で飽きちゃうけど」
「私も興味が無いな。君以外には」
「奥様、旦那様、私共は別室に行きましょうか?」
「失礼、素で言っていただけです。仕事中は控えますね」
「ここは仕事部屋ですから結構です。…それにしても、この中に可愛子ちゃんはいないのかしら? 能力値が高くて引き抜きたくなるようなとんでもない女の子がいいのだけど」
「奥様、」
「あーもう変な趣味の重鎮がいなければ私が全部殺して確認するのにー!」
「君の手を煩わせなくても他の誰かにやらせればいいと思うよ、彼女達汚そうだから」
「…、」
「そうよね。経歴を見たらとんでもない子達しかいないもの。聖人だとかいうとんでもない逸話の人達の、マリアの名前をもらう子達なだけあると思うわ」
「聖書を見ていても思うよ、彼らは殉教したのではなく罰を受けた。相手の領域を土足で踏み込むようなマナー違反をしたから。まあでも登場人物がどれも同じ側の人間しかいないけど」
「やっぱり好きだわ、結婚したくないくらいには」
「まあ当たり前の話ではあるね」
「仕事中は控えるのではなかったのでしょうか?」
「失礼、」
「あらやだごめんなさいね。そういえば執事の彼は?」
「とんでもない女子、…女子だけのバトルロワイヤルという事もあって、男性陣のみ別室に控えております」
「私もそちらに行こうかな。執事に混ざって彼も遊びに来ているよね? 彼で遊んで暇潰ししよう」
「そうねえ、女子しか映らない画面だし、貴方は最終日に生き残った女の子の選抜時だけ来てもらうわ。その時には女の子達のシャワー時間も全部終わっているから。…って、もういないわね」
「この部屋は奥様と旦那様のお二人の仕事部屋ですが、そろそろ女性陣の集う部屋に行かれますか?」
「ええ、そうするわ。まあこの部屋は景色が良いだけの部屋よね」
「ええ。窓をお閉めします」
「ありがとう。先に部屋へ行っているわ」
 金髪の女性が立ち上がったところで扉の向こうから悲痛な若い男性の叫び声が響き、先程部屋を出た男性の起伏のない声が叫び声を飽和させる。金髪の女性を見送ったメイドがシワ一つない口元の微笑を戻し、先程黒スーツの若い男性が開いた窓を閉じた。外から真っ黒に見えていた建物の一番上の角にある広い窓からのぞく白部屋が、同時に真っ黒な壁に戻る。後ろに緑の森が続く荒野を、強風が暴れて砂を巻き上げ散らせていく。



 小さな白い照明がところどころに垂れ下がる暗く狭く高い天井の下、黒い鉄の螺旋階段を25人の少女達が駆け上がっていく。
「…、叫び声…?」
「? 大丈夫ブライアン?」
「えっ、ああうん、大丈夫だよスミス」
「何だブライアン風邪ならこの将来の名医スミスちゃんに診てもらいなよ~女子しかいないからここでやっても良いよむしろヤれ」
「キャーマジ危ない香りいい!」
「大丈夫かブライアン? 風邪なら私の胸の谷間で汗かいてもいいんだぜ~」
「キャーマジデカパイ危ない香りいいっ」
「おいコラそろそろウィルソン呼べミラー!」
「ハハハ、」
 乾いた笑いで三人のじゃれあいを眺めていたブライアンの首へ、後ろから白い二本の手がのびる。のびた両腕がブライアンの首周りを包み「あーその反応」と持ち主の声が彼女の耳元で囁く。肩をびくつかせたブライアンが声の持ち主へ振り返った。ピンクと青が入ったホワイトブロンドを頭頂部でお団子にし巻かれた髪先を少し垂らした少女が、明るい桃色のリップをひいた唇を少し尖らせてから、少しビックリした様子のブライアンに口角を上げて笑いかける。
「同性愛系割と引いてる系?」
「あ、まあその率先してはちょっとレベルが高過ぎるかなあと…ええと、」
「私ジョンソン! さっきの話だと貴女がブライアンだよね? 何か顔どっかで見た事あるう~! 私は割と有名なんだけど知ってるかなあ国内の大会で優勝したんだけど体操だとそんな知らないかなあ皆~新体操じゃなくて体操の方ね~」
「あ、平行棒で優勝してた人?」
「いやったああああああブライアンちゃんさすがIQ少女なだけあるうううやっぱりIQ高くて学生新聞載ってた子だよね? ファンじゃないけどお近付きになれて嬉しいい」
「あ、どうも…」
「えっ何ジョンソン? 国内で優勝した子じゃん! 何か鉄棒の凄いバージョンみたいので!」
「あっそうそう鉄棒の凄いバージョン! いや~割と有名でちょっと嬉しいんだけど~!」
「えっ鉄棒のやつって何か凄いやつだよね!」「え~マジすげえ~」
「あーヤバいあの子私の鬼門だわ…」
「何ブラウン、苦手なタイプ?」
「そうそうあっ声落としてくれてありがと…何ていうか私普段から猫かぶってるからさあ~ウィルソンはわかってると思うけど」
「まあ私お前と同じタイプだからな~…まあ何か裏ですげえ他人の事見下してそうではあるよな」
「ねーだよねえ…マジ怖い」
「自分も他人の事言えないじゃん~」
「げっミラー」
「ミラーも同じタイプだよな?」
「まあお二人程じゃないけどね~」
「いやぜってえ同じレベルだわ。スミスも割と裏では思ってそうだけどな医者の娘だし」
「まあね~。そう思うとこう、ブライアンって何かこう不思議ちゃんだよね」
「あ~わかる、そういう次元で生きてないよな」
「やっぱIQ高いからじゃん?」
「かなあ。まあ味方にしておいて損はなさそうだよねえ勘も良いみたいだし」
「教室での銃発砲の時のな。あれはマジ鳥肌立った」
「まあ4人までだから4人残る一歩手前で落ちてもらっていいかなって感じの」
「あ~それな」
「わかる~」
「まあ万が一の時には盾にしちゃおうよ、何かお人好しそうだし大丈夫じゃん?」
「だな」
「だね~。ふふっ、」
 黒人に笑顔で話しかけられ微笑で返事をするブライアンの姿を視界に。プラチナブロンドの髪をツインテールにした少女が目尻と眉を吊り上げ、隣を走る明るい栗色のブルネットヘアを綺麗に巻いた少女へ話しかける。
「なーんか、皆にモテるからって良い気になってないあの子?」
「ん~まあIQ高い子ちゃんだからなあ~。まあこっちは私とジョーンズ二人で銃計三本あるしい」
「さっすがガルシアちゃん抜け目ないな~。その銃さっき死んだ刑事の娘とかいう女の持ってたやつだよね? アイツ撃たれた後すぐにスってたじゃん、やるう~!」
「そうそ~。アイツすげえ癪に障る女だったからさ~、マジ死んでくれてラッキー! アイツに比べたらIQ少女なんて大人しいし頭も良いから放っておいていいじゃん? 何かあったら助けてもらうか盾にすればいいし」
「アイツが机盾にしたからこっちもすぐにマネして銃弾防げたしね~。まあしばらくはいいかな…銃も持ってないみたいだし。問題はあの黒人だよなあ。何でか銃二丁持ってるし」
「だよね~絶対スラムとかで場慣れしてどっかでスった口だよねえ~マジ警戒強めにしなきゃ~」
「私らなんか他人より秀でたところそんなにないし、あざとく賢くいかなきゃね。ねえガルシア?」
「…、うん、そうだね~…」
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