23 / 28
17. どうすればよかったのだろうか
しおりを挟む
一日の仕事がひと段落した夕方、アナスタシアはドーロン伯爵邸に立ち寄った。
「ご用件は?」
アナスタシアはどっかりと待ち構えている両親に何の感慨を持たずに聞いた。両親に対して、こんな顔だったかなどという懐かしさは微塵もなく、ただ不快感を持て余していたため、早くこの家から出たいと気が急いていた。
「まず、仕送りが少なすぎます。もっとこちらに渡しなさい」
伯爵夫人がムスッとしている夫に代わって口を開いた。
「もうかなりの額をあげていると思いますが……」
アナスタシアは給料の半分を家に送り、残りの半分で日々の生活をやりくりしていた。アナスタシア専用の研究室をぶんどれたため、居住費にお金を割く必要がなかった。それにも助けられて、給料半分でぎりぎり生活ができていた。
「もっとよ、よこしなさい!」
「……そんなにお金がないんですか?キャシーを甘やかしすぎですよ」
キャシーのわがままを叶えるためには多額の費用を必要としていた。両親はキャシーのために巨額の借金をしており、首がそろそろ回らなくなっている。アナスタシアは家の経済事情を詳しく知らないが、それでも、伯爵の仕事や領地からの収入、キャシーの散財の様子からおおよその察知はついていた。
「なんですって!!!」
「生意気な口を聞くな!!!」
ドーロン伯爵夫妻は図星をさされたため、喚き散らした。二人はキャシーのために借金をしていることはわかっているが、かわいい娘のわがままを叶えることはやめられなかった。ずっと続けていたことを止めることは難しいのだ。
「このままでいたいなら、あなたが働くか、生活を切り詰めればいいでしょう」
アナスタシアは働いていない伯爵夫人を指差した。
「お黙り!!!研究費とかももらってるんでしょう。よこしなさい!」
「そのお金の私的利用は許されていません」
「私の娘でしょう!母や父のために何とかなさい!!お前だけが裕福になろうなんて、幸せになろうなんて許しませんからね!」
伯爵夫人はアナスタシアに掴み掛かろうとしたが、その腕は無情にも振り払われた。この人の中で私は幸福となることさえ許されていないのかとアナスタシアは少し悲しく思った。
「もうこれ以上、あなた達とは関わりたくたい」
「それはこっちのセリフだ!お前の顔なんぞ見たくもない。いっそのこと職を追われて死んでしまえばよかったものを…!」
アナスタシアは伯爵に情を感じさせない冷たい目を向けた。この人に死を願われているほど嫌われているのかと解り、一刻も早く関わりを断って、ドーロン伯爵邸から脱出したかった。
「では、あなたは何の用ですか?」
「ダニエルという若造をキャシーに譲れ!」
「それで私はアランと結婚しろと?」
「……ああ」
「それは嫌です。それにダニエルさんは私のものではありませんから、私に言われても困ります」
「お前が邪魔しているらしいじゃないか。キャシーを妬んでいるのだろう?」
「……はぁ」
アナスタシアは話の通じないドーロン伯爵夫妻に嫌気がさし、大きなため息をついた。もう声を聞き、顔を見て、存在を感じることさえ不快に感じていた。
「……していませんよ、そんなこと。あの女じゃあるまいし」
「なんだと?」
伯爵は愛娘をあの女呼ばわりされ、しわがれた声で反応した。
「私は誰の邪魔もしていませんよ。あなた達のかわいいキャシーに魅力がないんじゃありませんか?」
アナスタシアは眉一つ動かさず、顔色ひとつ変えずに言った。
「そういえば、私からも一つ用があったのです。先程も話に出た仕送りの件ですが、もうやめにします」
「なんですって……?」
「あんなこと言う人間に私のお金をあげたくはありませんから」
あんなことというのはこの場だけのやり取りだけではない。今までのこと全てを指していた。
「あんなこと?そんなのは関係ないでしょう。両親に尽くすのは当然です。馬鹿なことは言わないでちょうだい!」
「私はあなた達のことを両親と慕い、孝行を尽くしたいと思ったことはありません。あなた達も私のことは娘と想っていませんでしたね。都合の良い時だけ親ヅラをしないでいただきたい!」
アナスタシアは初めて両親に対して声を荒げて反抗をした。
「なまいきな……!」
伯爵夫人はアナスタシアに刃向かわれて、わなわなと震えた。伯爵は怒りのあまり言葉も出ないようだった。
「さようなら」
アナスタシアはせいせいしたとばかりに清々しい足取りで、ドーロン伯爵邸を後にしようとした。
「待て!」
ドーロン伯爵はくるりと後ろを向いたアナスタシアの背を追いかけた。そして、近くにあった花瓶で頭を殴りつけ気絶させた。
「こいつをあの部屋に運べ」
伯爵は使用人に偉そうに命じた。あの部屋とは仕置き部屋のことである。そこに置いておけば、少しは冷静になり、自分達の言い分に従うだろうという算段であった。たとえ、こちらの言いなりにならなかったとしてもアナスタシアが死ぬだけである。別にそうなっても構わないと伯爵夫妻は思っている。
「ご用件は?」
アナスタシアはどっかりと待ち構えている両親に何の感慨を持たずに聞いた。両親に対して、こんな顔だったかなどという懐かしさは微塵もなく、ただ不快感を持て余していたため、早くこの家から出たいと気が急いていた。
「まず、仕送りが少なすぎます。もっとこちらに渡しなさい」
伯爵夫人がムスッとしている夫に代わって口を開いた。
「もうかなりの額をあげていると思いますが……」
アナスタシアは給料の半分を家に送り、残りの半分で日々の生活をやりくりしていた。アナスタシア専用の研究室をぶんどれたため、居住費にお金を割く必要がなかった。それにも助けられて、給料半分でぎりぎり生活ができていた。
「もっとよ、よこしなさい!」
「……そんなにお金がないんですか?キャシーを甘やかしすぎですよ」
キャシーのわがままを叶えるためには多額の費用を必要としていた。両親はキャシーのために巨額の借金をしており、首がそろそろ回らなくなっている。アナスタシアは家の経済事情を詳しく知らないが、それでも、伯爵の仕事や領地からの収入、キャシーの散財の様子からおおよその察知はついていた。
「なんですって!!!」
「生意気な口を聞くな!!!」
ドーロン伯爵夫妻は図星をさされたため、喚き散らした。二人はキャシーのために借金をしていることはわかっているが、かわいい娘のわがままを叶えることはやめられなかった。ずっと続けていたことを止めることは難しいのだ。
「このままでいたいなら、あなたが働くか、生活を切り詰めればいいでしょう」
アナスタシアは働いていない伯爵夫人を指差した。
「お黙り!!!研究費とかももらってるんでしょう。よこしなさい!」
「そのお金の私的利用は許されていません」
「私の娘でしょう!母や父のために何とかなさい!!お前だけが裕福になろうなんて、幸せになろうなんて許しませんからね!」
伯爵夫人はアナスタシアに掴み掛かろうとしたが、その腕は無情にも振り払われた。この人の中で私は幸福となることさえ許されていないのかとアナスタシアは少し悲しく思った。
「もうこれ以上、あなた達とは関わりたくたい」
「それはこっちのセリフだ!お前の顔なんぞ見たくもない。いっそのこと職を追われて死んでしまえばよかったものを…!」
アナスタシアは伯爵に情を感じさせない冷たい目を向けた。この人に死を願われているほど嫌われているのかと解り、一刻も早く関わりを断って、ドーロン伯爵邸から脱出したかった。
「では、あなたは何の用ですか?」
「ダニエルという若造をキャシーに譲れ!」
「それで私はアランと結婚しろと?」
「……ああ」
「それは嫌です。それにダニエルさんは私のものではありませんから、私に言われても困ります」
「お前が邪魔しているらしいじゃないか。キャシーを妬んでいるのだろう?」
「……はぁ」
アナスタシアは話の通じないドーロン伯爵夫妻に嫌気がさし、大きなため息をついた。もう声を聞き、顔を見て、存在を感じることさえ不快に感じていた。
「……していませんよ、そんなこと。あの女じゃあるまいし」
「なんだと?」
伯爵は愛娘をあの女呼ばわりされ、しわがれた声で反応した。
「私は誰の邪魔もしていませんよ。あなた達のかわいいキャシーに魅力がないんじゃありませんか?」
アナスタシアは眉一つ動かさず、顔色ひとつ変えずに言った。
「そういえば、私からも一つ用があったのです。先程も話に出た仕送りの件ですが、もうやめにします」
「なんですって……?」
「あんなこと言う人間に私のお金をあげたくはありませんから」
あんなことというのはこの場だけのやり取りだけではない。今までのこと全てを指していた。
「あんなこと?そんなのは関係ないでしょう。両親に尽くすのは当然です。馬鹿なことは言わないでちょうだい!」
「私はあなた達のことを両親と慕い、孝行を尽くしたいと思ったことはありません。あなた達も私のことは娘と想っていませんでしたね。都合の良い時だけ親ヅラをしないでいただきたい!」
アナスタシアは初めて両親に対して声を荒げて反抗をした。
「なまいきな……!」
伯爵夫人はアナスタシアに刃向かわれて、わなわなと震えた。伯爵は怒りのあまり言葉も出ないようだった。
「さようなら」
アナスタシアはせいせいしたとばかりに清々しい足取りで、ドーロン伯爵邸を後にしようとした。
「待て!」
ドーロン伯爵はくるりと後ろを向いたアナスタシアの背を追いかけた。そして、近くにあった花瓶で頭を殴りつけ気絶させた。
「こいつをあの部屋に運べ」
伯爵は使用人に偉そうに命じた。あの部屋とは仕置き部屋のことである。そこに置いておけば、少しは冷静になり、自分達の言い分に従うだろうという算段であった。たとえ、こちらの言いなりにならなかったとしてもアナスタシアが死ぬだけである。別にそうなっても構わないと伯爵夫妻は思っている。
3
お気に入りに追加
324
あなたにおすすめの小説
強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します
天宮有
恋愛
私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。
その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。
シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。
その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。
それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。
私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。
お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?
朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。
何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!
と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど?
別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)
公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」
「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」
公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。
* エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
【 完結 】「平民上がりの庶子」と言っただなんて誰が言ったんですか?悪い冗談はやめて下さい!
しずもり
恋愛
ここはチェン王国の貴族子息子女が通う王立学園の食堂だ。確かにこの時期は夜会や学園行事など無い。でもだからってこの国の第二王子が側近候補たちと男爵令嬢を右腕にぶら下げていきなり婚約破棄を宣言しちゃいますか。そうですか。
お昼休憩って案外と短いのですけど、私、まだお昼食べていませんのよ?
突然、婚約破棄を宣言されたのはチェン王国第二王子ヴィンセントの婚約者マリア・べルージュ公爵令嬢だ。彼女はいつも一緒に行動をしているカミラ・ワトソン伯爵令嬢、グレイシー・テネート子爵令嬢、エリザベス・トルーヤ伯爵令嬢たちと昼食を取る為食堂の席に座った所だった。
そこへ現れたのが側近候補と男爵令嬢を連れた第二王子ヴィンセントでマリアを見つけるなり書類のような物をテーブルに叩きつけたのだった。
よくある婚約破棄モノになりますが「ざまぁ」は微ざまぁ程度です。
*なんちゃって異世界モノの緩い設定です。
*登場人物の言葉遣い等(特に心の中での言葉)は現代風になっている事が多いです。
*ざまぁ、は微ざまぁ、になるかなぁ?ぐらいの要素しかありません。
【 完 】転移魔法を強要させられた上に婚約破棄されました。だけど私の元に宮廷魔術師が現れたんです
菊池 快晴
恋愛
公爵令嬢レムリは、魔法が使えないことを理由に婚約破棄を言い渡される。
自分を虐げてきた義妹、エリアスの思惑によりレムリは、国民からは残虐な令嬢だと誤解され軽蔑されていた。
生きている価値を見失ったレムリは、人生を終わらせようと展望台から身を投げようとする。
しかし、そんなレムリの命を救ったのは他国の宮廷魔術師アズライトだった。
そんな彼から街の案内を頼まれ、病に困っている国民を助けるアズライトの姿を見ていくうちに真実の愛を知る――。
この話は、行き場を失った公爵令嬢が強欲な宮廷魔術師と出会い、ざまあして幸せになるお話です。
化け物公爵と転生令嬢の事情 〜不遇からの逆転〜
長船凪
恋愛
人の心の声が聞こえる化け物公爵と、その公爵に嫁がされる貴族令嬢のお話。
家では貴族としての素養と言える魔法が使えないせいで不遇な少女ウィステリア。
家門の恥とされる上に支度金欲しさにあっさりとクズ家族により公爵家に売られる。
ウィステリアは異世界から事故死し、憑依転生した元女子高生。
普通の貴族女性とは違う感覚と知識を持っていた。
そんな彼女の心の声を聞いた化け物公爵は初めての感覚に戸惑い、いつしか愛する事になる。
本作はダブル主人公となっておりますのでわりと
視点が切り替わります。
カクヨム先行。なろうでも公開予定です。
【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。
エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。
地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。
しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。
突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。
社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。
そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。
喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。
それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……?
⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎
あなたを許さない
四折 柊
恋愛
ルーシーは平民だったが学園での成績を認められヒューズ公爵家に養女に迎えられた。そして学園を首席で卒業し、そのあとの祝賀会を兼ねた夜会で国王陛下に言祝がれるはずだった。ところがその場に向かう途中でヒールが折れて階段から落ちてしまう。幸い無事だったが一歩間違えれば死んでいたかもしれない。義理の姉オフィーリアの婚約者のマイロ王太子殿下がそれはオフィーリアの仕業だと言う。慕っていた義姉がそんなことをするはずがない。義姉は罰として領地で軟禁されることになった。一週間後に殿下は言った。「ルーシー。喜んでくれ。私とルーシーの婚約が無事にまとまった。愛し合う二人が結ばれるのは当然のことだ」私は殿下を愛していない。愛する人は別にいる。どうしてこんなことになってしまったのか? 真実を知るためにルーシーは部屋を抜け出した。
※注意:残酷な表現あり。暴力や怪我などの描写があります。ご不快な方はくれぐれも自衛をお願いします。ブラウザバックして下さい。全7話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる