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16. けりをつけたい

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 アナスタシアが朝から研究室でサクサク仕事を続けていると、ドーロン伯爵家から使いの者が来た。それだけで鬱屈とした気持ちになった。
「旦那様と奥様がお呼びです。仕事が終わり次第おいでください」
 使いはアナスタシアに用件だけ告げるとそそくさと帰って行った。ドーロン伯爵家の除け者とあまり関わりを深くしたくないのだろう。
「行きたくないな……」
 アナスタシアは両親に会いたいと思ったことは一度もない。嫌い合っている人間に会いたいと思う人はいないだろう。
 父にはなぜか見下した冷たい目で見られるため、アナスタシアはひどく憎まれているように感じている。母はいつからかこちらに全く興味関心を示すことはなく、たまにアナスタシアの方から近づくと怪訝な顔で見下ろしていた。働くようになってからは、母はそこそこいい金づる程度としか見ていないだろう。父は魔術研究所で務めると知ってから憎しみが殊更に増したように感じる。
 顔を合わせることは煩わしいことこの上ないが、行かないと面倒くさいということをアナスタシアは知っていた。あの二人はアナスタシアが命令通りに動かないと気に入らないとばかりに強硬手段に出ることもある。要はとりあえずドーロン伯爵邸に行かないと、何をされるかわからないのだ。
 それに、アナスタシアはもう家族のことで煩わされるのはごめんだった。給料を家に仕送りすることはまあいいとしても、結婚まで好き勝手されるのは不快、しかもアランと結婚するなんていろいろと嫌な予感がした。両親がよからぬことを考えている気がしてならない。言いたいことを言ってから縁を切ろうとアナスタシアは決意した。
 その前にアランの両親のところに行こうと思いついた。アランの母に何かあったら頼ってもいいという優しい言葉をかけてもらったこともあって、もし、何かあったとしても、アランの両親には迷惑がかからないようにアランの動きを伝えておこうとアナスタシアは思った。そして、あわよくばキャシーをドーロン伯爵邸にはいない状態にしたいと考えた。両親と妹が揃っていると、ドーロン伯爵家のムーブ全開で、何を言っても無駄になってしまう可能性があって、煩わしさ百万倍なのだ。聞くところによると、これから、キャシーはアランと二人でどこぞのパーティーできゃっきゃっするらしい。
 アナスタシアは考えをまとめると、アランの実家を訪れた。恐らく、アランの母がいるはずだ。
「アナスタシアさん、どうしたの?」
 予想通りアランの母が家にいて、顔を出してくれた。何も知らせず訪れたため、いないか、面倒で居留守を使われるかもしれないとアナスタシアは危惧していた。
「突然申し訳ありません」
「いいのよ、お久しぶりね」
 アランとアナスタシアの婚約破棄を行ってから、二人は顔を合わせていなかった。
「何かあったの?」
「その、先日息子さんから結婚しろと要求されたのです」
「何ですって……!」
 アランの母にとって青天の霹靂だった。アランがアナスタシアと結婚する話どころかキャシーと離婚する可能性すら知らされていなかった。
「私の両親には話を通したと言っていましたが、あなたは何も聞いていないようですね……」
「ええ」
 アナスタシアはそうではないかと思っていた。アランはキャシーにべったりで、実の両親を気にかけている様子はあまりなかったのだ。
「アランに話を聞いてみます」
「ありがとうございます。妹の方にも話を聞いた方がよいかもしれませんね」
「そうね。二人は家にいるかしら……」
 アランの母はやると決めたことはすぐに実行に移すタイプで、今夜にでも話を聞こうと思案した。
「小耳に挟んだのですが、今日は二人でどこかのパーティーに行っているらしいですよ」 
「そう、ありがとうね。こちらで探してるわ」
 アランの母は使用人にパーティーが終わった後、すぐにアランとキャシーをこちらに来させるよう伝えた。
「あの、二人が来るまでに時間があると思うの。その間、少しお茶していかない?」
「申し訳ありませんが、今日は……」
「ごめんなさい、研究がお忙しいものね。ご活躍は聞いているわ」
「ありがとうございます。ですが、今日はこれから両親に呼ばれて実家に寄るので……」
「え……!」
「ですから、もしよろしければ、いつかご都合がよい際にご一緒させてください」
 アナスタシアは口角を少し上げて微笑んだ。
「ええ、もちろん!」
 アランの母はお茶の誘いや自分のちょっとしたお節介ムーブをアナスタシアが煩わしく思っていないようで安心した。
「では、失礼いたします」
 アナスタシアはその足でドーロン伯爵邸に向かった。
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