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第110話 俺、いらない知識が増える

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いたエスカは微動だにせず、まっすぐ俺を見つめている。

「うーん……。ちょっとなぁ」
「何故です!?」

 俺は後頭部を左手で掻き、タバコの端を親指を引っ掛け軽く揺らす。吸い殻が折れ落ちていく。

「とりあえず飯食い始めたばっかだし、食い終わったら理由を言う」
「わかりました……」

 エスカは立ち上がり、自分の席へと座るとハンバーガーに思いっきりかじりつき、4口程で完食してしまった。

「食べましたので、理由を聞かせて下さい!」

 俺はクリーンを起動させる。エスカの口元にベッタリと付いたトマトケチャップが跡形もなく消え去った。

「まず第1の問題。ノイズと戦いたいという理由を教えてほしい」
「それは――」

 俺は彼女の前に人差し指を立てて喋るのをさえぎり、小さくなったタバコを自分の口に押し付け、空気を吸い込み煙を鼻と口から排出する。

「第2、俺のノイズと戦ったら間違いなく死ぬ。冗談じゃないぞ。なんで大切な妹を傷つけにゃならんのだ」
「た、大切な、たいせ……大切ゥ……」

 エスカの顔がみるみるピンク色に染まっていく。

「以上。終わり! 閉廷!」

 吸いきったタバコを握り潰し床に放った。


「大切……たいせつ……ウゥ。エ、エヘヘ」

 俺から目を完全に伏せ、うわ言様に何かを呟いている。

「お、おい俺の話聞いてるか?」
「お兄様!! もう一つでは別のわがままをお許し下さい! ほしいデザートがあります!」
「ん? なに急に」
「今し方欲しくなったデザートがあります!」

 デザートだって? まぁ確かにハンバーガーだけでは足らないだろうからな。

「で、そのデザートとは?」
「お兄様が欲しいです」

 おーっと。絶賛食事中に剛速球レベルの直球ストレートですよ。
 さっきまでノイズと戦いたいと跪いてまで言っていた騎士然とした君は何処何処いずこへ。
 切り替わり早すぎるでしょ。スイッチ式の信号機か。このダークエルフは。いや、顔だけ今真っピンクだけど。

「えっと、エスカさんそういう話題はちょっとその――ん?」

 後ろの席でパフェの掘削作業をしていたエルが突如手を止め、食事処から退出していくのが見えた。

 どこ行くんだあいつ? あぁ、トイレか。
 便所は自分の部屋に個別で付いてるからな。

「エスカさん、あなたさっきまで跪いてまでやりたい事あったんじゃないの?」
「優先順位が違い過ぎます」
「えぇ……」

 俺が困惑しているとエルが戻ってきた。手には紫のハードカバーで六法全書並に分厚い本を両手で抱き抱える様に持ってエスカのそばに置くと、ペラペラとページをめくりだした。何か調べているようだ。

「あった……。これ……ここ読んで」
「なになに? ほう……なるほど。こういう言葉が」

 エスカがしきりにふむふむと相づちをうち、エルはドヤ顔しながら俺の方を見ている。

「よし、覚えたぞ。お、お兄様!!」
「な、なに?」
「よ、夜伽よとぎ

 夜伽ってなんだ? 俺の知らねぇ言葉出てきた。
 エスカの顔はピンクを突破し顔から煙でも吹くんじゃないかと言っても差し支えないレベルで紅潮しきっている。

「ここ……読んで」

 エルが謎の辞典を俺の前に差し出してきた。

「んーと、なになに」

【夜伽】
 よとぎ。寝所で女性が男性の夜の相手をする事。この他にも意味はあるが割愛する。ぶっちゃけ性行為の事である。

 なんだこの無駄にフランクな文章の辞典は。いや、つーかそもそもこの辞典はなんなんだ。

「エル、なにこれは」
「私の……尊敬する"エロイコトスキー"先生……の完全監修した性のあれこれ大辞典。私のバイブル……」

 エルは何故か胸を張り、渾身のドヤ顔を俺に見せてくる。

 エロイコトスキーって誰だよ。なんつーものバイブルにしてんだエルは。
 つーか、この辞典の作者ってまごうことなき転生者だろ。なんで性知識の辞典なんて作ってんだよ。他にもっと教えることあんだろ。
 いつか出会う事があったらば、ノーモーションで顔面パンチお見舞いしてやろう。

「ありがとう。使うかわからないけど知識が増えました……」

 彼女は満足そうにうんうんと頷いて、本を抱え自分の席へと戻っていった。

「夜伽ですか」
「ハイ、そうですお兄様」
「一緒だよね。火の玉ストレートなの変わってないよ。青い火の玉かピンクの火の玉かって違いだよね。行き着く先は同じですよ。俺のベッドっていう受け止め先だよ」
「ハイ、お願いします」
「もう最初の話はどうでも良くなっちゃったの? 俺的には願ったり叶ったりだけど」
「わ、私をその――大切に思ってくれているっていう所ですよね」
「うん、それももちろんだけど――」
「ぁ……し、下着が……」

 エスカがもじもじしている。
 彼女はビキニアーマーを着用しっぱなしだ。エスカは下着と言っているがあれは下着じゃない。彼女の下半身を今し方チラ見すると光沢を帯びたパンツがいつもよりも一層テカって見えるのは気のせいではないだろう。

「ねぇねぇ、兄弟の非常に生々しく物理的な愛を確かめあってる所悪いんだけどさ。いい方法があるよ」

 ポテトをつまみながらアルジャ・岩本が話かけてきた。

「夜伽の話か?」
「違うよ。ノイズとの戦いの話さ。ドッペルゲンガー君っていう未実装のアイテムがある。それに君とノイズをそのアイテムにコピペすれば疑似的に戦闘が可能になるよ」
「そんなアイテムがあるのか!?」
「うん、だからまず彼女をどうにかしたら」
「ハァハァ……大丈夫だ。下腹部がどうしようもなく熱くなってるだけだ」
「とりあえず俺の部屋に行こう! な!」

 ひとまずカウンターを出た俺は完全に発情状態のエスカと食事処を出ていき、自分の部屋へとエスカを招き入れた。

 ――そのあとは色々と大変だった。
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