双子姉妹神による救国の調べ

麗月

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第一章 妬みと裏切り

月の女神ルナリア

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 麗しの月、夜を照らす光の恵み。
女性の月経にも影響を与えると言われるその波動は、暗闇からの守りと偽りを看破する力を与え、時にはその魔力故人を狂気へと追いやることもあった。

「ふぅ。これで今日の分は終わりね」
 
 黒曜石で造られた祭壇の前で1柱の女神が一息をつく。

 美しいプラチナブロンドのストレートの長い髪を後頭部で月のデザインを施したバレッタで止め、その髪が縁取る涼やかな美貌は儚くもあり、また眩くもあった。淡いブルーのロングドレスは背中やデコルテ部分が大きく開き、その艶めかしくきめ細かい素肌を惜しみなく晒していた。
 世界中の月の満ち欠けを操り、闇を穿つ光を人々に恵みとしてもたらすのは月の女神たるルナリアにとっては日課であった。

「そういえば、今日は姉様が来ると言っていたわね。あちらも仕事が終わり次第来るはずだからそろそろかしら?」

 ルナリアは自らの神力を込めた宝珠オーブから手を離すと、ふと感じた気配に身構えた。

 空気が振動する音が耳に響く、ああ。彼が来たのだ。耳障りな音も彼を想うと愛しくすら感じた。

 空間がブレたと同時に彼は姿を現し跪く。
短めに刈られた髪は硬めの赤毛で、袖無しのフード付きのローブから伸びた腕は太く逞しい。今は俯いて見えないその風貌は、意志の強そうな太めの眉と凛々しく男らしい鼻、鋭い眼光の奥には確かな知性を感じさせる光を宿す偉丈夫だ。

「ルナリア様、突然のご無礼をご容赦頂きたい。前触れもなしの訪問の理由を述べさせて頂きたく存じます」

「そんなに慌ててどうしたのですか。ライオット、さぁ顔をあげて?跪く必要もありません」

 月の女神であるルナリアは一級神であり神格が高い。一方のライオットは伝令神の中でも下級である四級神。その格差は歴然であり、当然の配慮ではあるものの。

「ルナリア様今までのご無礼をお許し下さい。今後はこのライオット、誠心誠意の対応をさせて頂きます」

 ルナリアはライオットを好ましく思っており、ライオットもそれは同じであった。格差など気にもしないかのように、ライオットは伝令で赴いた各地の話しを土産に、滅多矢鱈に領地から離れることの出来ないルナリアへと持ち帰った。
 2柱の神は身分の垣根を越えてそれは仲むつまじく交流を重ねていた矢先のことである。

「どうしたというの?ライオット。いつもと同じで良いのよ?」

 ルナリアは何かを感じたものの、それを振り払うかのように彼へ詰め寄る。
 しかし、ライオットはさらに頭を深く垂らすと

「最高神スタミアール様からの召喚をお伝えにあがりました。明日、鷹の刻に神殿へ来るようにとの伝令を預かっております。ご返答をお聞かせ下さい」

 ルナリアには、かねてよりスタミアールの不興を買っているとの自覚はあった。しかし、突然の召喚とは相当な強攻策である。

(まさかここまで深刻化していたのか)

 ルナリアは内心歯噛みをするが、それよりもライオットの態度に心を痛めていた。

「ライオット。わたくしを見限ると、その態度からはそう受け取っても宜しいのですね?」

「……」

 ライオットは一瞬はっとした表情を浮かべてルナリアを見るが、すぐにまた頭を垂れて俯く。

「すまない……ルナリア。俺は……!」

 一度何かを言いかけたが、頭を振ると決心した顔つきでルナリアを見据えた。

「ルナリア様、ご返答をお聞かせ頂きたく。召喚に応じられますか?」

 彼女は絶望した。彼からのそれは拒絶と同じ意味を持っているといっても過言ではないであろう。彼は屈したのだ、最高神スタミアールの圧力に。

 仕方のないことだ、一級神のルナリアをもってしても、最高神スタミアールの神力は凄まじい。ましてや四級神のライオットなど、赤子と同然であろう。

「わかりました。召喚に応じ、馳せ参じると返答を願います」

「はっ!確かにお預かり致しました」

 そういうがいなや、ライオットはさっさと転移の為に神力を練りこの場を離れようとする。

「ライオット!」

 ルナリアの悲痛な叫びに一瞬神力の解放を遅らせて振り返る。

 その顔には苦悩がにじみ出ていた。彼は神々としては珍しく家族で伝令神をやっている。そして、家族仲は良好だ。これは奇跡ともいえるし、彼にとっては足枷でもあった。

 ルナリアはそのことを知っていたし、スタミアールは確実に弱点をついてくる。計算高く、非情であった。

(まさか、家族に危害を加えられているの?)

「ルナリア、俺のことを許さなくていい。むしろ忘れてくれ。これまでのことは夢であったと」

「ライオット……」

「すまない。もう、俺には君を愛する資格がない」

「待って!」

 空間がブレてライオットはその姿を消した。

「ライオット……。わたくしが貴男を苦しめてしまうなんて」

 宝珠オーブを撫でながらルナリアは、一筋の涙を流した。

「良い夢でした。覚めたくないと思うほどに」




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