2 / 20
2
しおりを挟む
犬への愛着は、彼女の魂の根幹をなすものだった。幼少期から広大な領地で育った彼女の人生は、まさに犬たちとの喜びと共に彩られていた。
「カイン……マックス……ジェニー……アドルフ……マリー……」
涙を堪えながら、特注の犬のぬいぐるみを一つ一つ丁寧に抱きしめる。それは彼女にとって、大切な家族の形見のようだった。
「お嬢様、たった3日後には再会できるのですよ」
ロザリーが諭すように言うと、クロエは燃えるような視線を向けた。
「たった、ですって!? 春の休暇以来、何ヶ月も会えていないのよ! 毎日毎日、再会の日を指折り数えて待ち続けて……やっと夏休みが来るというのに、まだ3日も……いいえ、王都の屋敷に立ち寄らなければならないから実質4日も待たなければならないなんて!」
その声は悲痛な叫びにも似ていた。
「そもそも、この理不尽な運命は何なの!」クロエの声には、深い憤りと悲しみが込められていた。
「殿下の婚約者という称号と引き換えに、私の大切な家族と引き裂かれて……あの子たちと共に過ごした幸せな日々が、まるで夢のように遠くなっていく。もう3年よ。3年もの間、私の心は引き裂かれ続けているの!」
怒りと共に溢れ出る感情の奔流に、アナは冷静さを保とうと努めた。「お嬢様、声が。最上階とはいえ……」
「うっ……」イザベラは唇を噛んだ。
「王家では可愛らしい小型犬を……」
「それじゃダメなの!」切実な思いが言葉となって溢れ出る。
「確かに、小型犬も愛らしいわ。でも……」彼女は胸に手を当てた。「この腕の中の軽さが、逆に心を重くするの。それに……誰があんな……」
突如として矛先を変えた彼女の言葉に、アナは思慮深げに頬に手を当てた。
「しかし、大型犬を王都で飼うのは……現在の社交界の潮流からすると……」
イザベラは窓の外に広がる王都の景色を見つめた。そこには、貴婦人たちが愛らしい小型犬を抱える姿が点々と見える。かつての領地での、犬たちと駆け回った青々とした広大な草原とは、あまりにも違う世界。
「絶望的ね……」彼女の声は掠れていた。
「どうして誰も分かってくれないの? 大型犬との暮らしがどれほど素晴らしいか……確かにチワワは可愛いわ。でも……」
その「でも」という言葉には、言葉にできない深い思いが込められていた。
沈黙が部屋を支配する。クロエはゆっくりとベッドから立ち上がり、決意に満ちた表情でロザリーの方を向いた。
「ねえ、ロザリー……」
「存じ上げております」ロザリーは即座に遮った。「殿下への想いは……」
「まだ何も……」
「お嬢様の心の中で、殿下への愛情と犬たちへの愛情が揺れ動いているのは承知しております」
その言葉に、クロエは袖口をもじもじといじりながら、複雑な表情を浮かべた。「殿下のことは……嫌いではないわ」
その言葉には、愛情と戸惑い、そして未来への不安が混ざり合っていた。ロザリーの言葉を借りて、彼女は自分の気持ちを整理するように続けた。
「確かに……殿下の黄金の瞳は犬たちのように慈悲深くて、黒髪は夜の闇のように……いえ、むしろ愛犬たちの美しい毛並みのように……」
言葉を選びながら、クロエは自分の本心と向き合っていた。彼女の中で、殿下への想いと犬たちへの愛情が複雑に絡み合い、まるで解けない糸のようになっていることを、誰よりも自覚していた。
「……お嬢様は犬のどこがお好きなんですか?」
ロザリーが問いかけると、クロエは間髪入れずに答えた。
「全部よ! あのモフモフしたお腹も、短い手足も、大きな耳も……それに……」
「お嬢様」ロザリーは優しく諭すように言った。
「……ごめんなさい。とにかく……犬たちへの愛情と殿下への想いが混ざり合っていて、自分でもよく分からないの。だから……その……」
クロエは恥ずかしそうに俯いたまま続けた。
「……もう少し時間を置きたいの。自分の気持ちに整理をつける時間を」
「承知いたしました」彼女は静かに答えた。
「ありがとう」
「では、私はこれで失礼いたします」そう言って、ロザリーは部屋を後にした。
「カイン……マックス……ジェニー……アドルフ……マリー……」
涙を堪えながら、特注の犬のぬいぐるみを一つ一つ丁寧に抱きしめる。それは彼女にとって、大切な家族の形見のようだった。
「お嬢様、たった3日後には再会できるのですよ」
ロザリーが諭すように言うと、クロエは燃えるような視線を向けた。
「たった、ですって!? 春の休暇以来、何ヶ月も会えていないのよ! 毎日毎日、再会の日を指折り数えて待ち続けて……やっと夏休みが来るというのに、まだ3日も……いいえ、王都の屋敷に立ち寄らなければならないから実質4日も待たなければならないなんて!」
その声は悲痛な叫びにも似ていた。
「そもそも、この理不尽な運命は何なの!」クロエの声には、深い憤りと悲しみが込められていた。
「殿下の婚約者という称号と引き換えに、私の大切な家族と引き裂かれて……あの子たちと共に過ごした幸せな日々が、まるで夢のように遠くなっていく。もう3年よ。3年もの間、私の心は引き裂かれ続けているの!」
怒りと共に溢れ出る感情の奔流に、アナは冷静さを保とうと努めた。「お嬢様、声が。最上階とはいえ……」
「うっ……」イザベラは唇を噛んだ。
「王家では可愛らしい小型犬を……」
「それじゃダメなの!」切実な思いが言葉となって溢れ出る。
「確かに、小型犬も愛らしいわ。でも……」彼女は胸に手を当てた。「この腕の中の軽さが、逆に心を重くするの。それに……誰があんな……」
突如として矛先を変えた彼女の言葉に、アナは思慮深げに頬に手を当てた。
「しかし、大型犬を王都で飼うのは……現在の社交界の潮流からすると……」
イザベラは窓の外に広がる王都の景色を見つめた。そこには、貴婦人たちが愛らしい小型犬を抱える姿が点々と見える。かつての領地での、犬たちと駆け回った青々とした広大な草原とは、あまりにも違う世界。
「絶望的ね……」彼女の声は掠れていた。
「どうして誰も分かってくれないの? 大型犬との暮らしがどれほど素晴らしいか……確かにチワワは可愛いわ。でも……」
その「でも」という言葉には、言葉にできない深い思いが込められていた。
沈黙が部屋を支配する。クロエはゆっくりとベッドから立ち上がり、決意に満ちた表情でロザリーの方を向いた。
「ねえ、ロザリー……」
「存じ上げております」ロザリーは即座に遮った。「殿下への想いは……」
「まだ何も……」
「お嬢様の心の中で、殿下への愛情と犬たちへの愛情が揺れ動いているのは承知しております」
その言葉に、クロエは袖口をもじもじといじりながら、複雑な表情を浮かべた。「殿下のことは……嫌いではないわ」
その言葉には、愛情と戸惑い、そして未来への不安が混ざり合っていた。ロザリーの言葉を借りて、彼女は自分の気持ちを整理するように続けた。
「確かに……殿下の黄金の瞳は犬たちのように慈悲深くて、黒髪は夜の闇のように……いえ、むしろ愛犬たちの美しい毛並みのように……」
言葉を選びながら、クロエは自分の本心と向き合っていた。彼女の中で、殿下への想いと犬たちへの愛情が複雑に絡み合い、まるで解けない糸のようになっていることを、誰よりも自覚していた。
「……お嬢様は犬のどこがお好きなんですか?」
ロザリーが問いかけると、クロエは間髪入れずに答えた。
「全部よ! あのモフモフしたお腹も、短い手足も、大きな耳も……それに……」
「お嬢様」ロザリーは優しく諭すように言った。
「……ごめんなさい。とにかく……犬たちへの愛情と殿下への想いが混ざり合っていて、自分でもよく分からないの。だから……その……」
クロエは恥ずかしそうに俯いたまま続けた。
「……もう少し時間を置きたいの。自分の気持ちに整理をつける時間を」
「承知いたしました」彼女は静かに答えた。
「ありがとう」
「では、私はこれで失礼いたします」そう言って、ロザリーは部屋を後にした。
10
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
そして乙女ゲームは始まらなかった
お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。
一体私は何をしたらいいのでしょうか?
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています
平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。
自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。
婚約破棄された公爵令嬢は、飼い犬が可愛過ぎて生きるのが辛い。
豆狸
恋愛
「コリンナ。罪深き君との婚約は破棄させてもらう」
皇太子クラウス殿下に婚約を破棄されたわたし、アンスル公爵家令嬢コリンナ。
浮気な殿下にこれまでも泣かされてばかりだったのに、どうして涙は枯れないのでしょうか。
殿下の母君のカタリーナ妃殿下に仔犬をいただきましたが、わたしの心は──
ななな、なんですか、これは! 可愛い、可愛いですよ?
フワフワめ! この白いフワフワちゃんめ! 白くて可愛いフワフワちゃんめー!
辛い! 愛犬が可愛過ぎて生きるのが辛いですわーっ!
なろう様でも公開しています。
アルファポリス様となろう様では最終話の内容が違います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる