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「それでは陛下。私たちは早々に出発させていただきます。報告事項がございますので」


「待ちなさい。もう少しゆっくりしていってはどうかね」


カイトさんが退出の挨拶をしたところ、国王が引き止めた。おそらく、まだ利用価値があると考えているのだろう。時間を稼いで何かを企んでいるに違いない。


「申し訳ございませんが、近隣諸国への情報共有が急務ですので、すぐにでも出発させていただきたく」


「……異世界の者たちは置いていけ」


本音を露骨に表した。深いため息をついたカイトさんは、毅然とした態度で切り返す。


「陛下は異世界召喚を実施されましたが、召喚された方々は誰かの所有物ではありません」


カイトさんの断固とした姿勢に、私は心強さを感じた。異世界の理性的な代表として、頼もしい存在だ。


「彼らは我々に保護を求めており、能力が低い者なら認めると仰いましたね。この三人はまさにそれに該当します」


「確かにそうだが……」


実際には能力の高低に関係なく強制は避けるべきだが、当人たちが激しく抵抗していない以上、カイトさんにもできることは限られているのだろう。

能力の低い者を軽視する傾向のあるこの場に三人を残せば、どのような扱いを受けるか想像もつかない。そのための保護が主目的なのだ。

私がクロエさんにステータスの偽装を勧めたのも、正面から反抗した彼がこの国に残された場合、どんな目に遭うか分からなかったからだ。


「保護を希望される方々は、我が国で責任を持って対応させて頂きます」


カイトさんは国王に一礼して退出した。私たちも後に従い退室する。


「あの、ありがとうございます」


クロエさんが小声で感謝を伝えてきた。


「いえ、お礼を言うのはこちらです。あなたが声を上げてくれたおかげで、私も助かりました」


「私はただ……悔しくて……」


彼女の目に涙が滲んだのを見て、思わず抱きしめたくなったが、何とか自制した。


「ありがとうございます」


カイトさんが穏やかな笑顔で礼を言う。身分を考えれば不敬な行為だったが、彼の優しさに救われた気がした。


「それでは皆様、ご案内します。どうぞこちらへ」


ロックさんの先導で、私たちは王城の外へと出た。城門の前には馬車が待機しており、その周囲には護衛と思われる兵士たちが整列している。


「勇者様はこちらの馬車へ」


バーンズさんが案内したのは、装飾が美しく目立つ一台の馬車。勇者様はテンション高めに乗車する。私はカイトさんのエスコートで、もう一台の質素な方に乗った。女性陣は対面式になったもう一台に同乗している。


「それでは出発します」


御者の合図とともに、馬車はゆっくりと動き出した。異世界ファンタジーらしい世界観と景色を堪能できるかと思ったが、窓の外には畑や牧草地が続くばかりで風情がない。舗装されていない道もガタガタで、お尻が痛い。なの、でしっかり掴まって揺れに備える必要がある。


馬が疲れを見せると、私は回復魔法を使って回復させる。それで自分たちも癒され、馬車の揺れに耐える力も戻ってくるのだ。

とはいえ、回復魔法は相当な魔力が必要だ。火傷の治療に必要な魔力が10なら、疲弊した馬を癒すにはには300はいる。しかし、幸いにも十万という膨大な魔力があるので、かなりの回数を使うことができる。それに比べ、あのチャラ男たちは数千しか魔力がなかった。彼らと私の差を実感して、思わず自分の魔力量に遠い目をしてしまうほどだった。


途中、道を塞いでいたバリケードと兵士たちも、全体に張った強化結界で突破した際に、かなりの魔力を使った。どのくらいこのペースを続けるかわからないが、5分おきにヒールをかけている。結界と回復を同時に維持するのはきついなと思っていると、クロエさんが話しかけてきた。


「私にも魔法の使い方を教えてください」


クロエさんが結界魔法を担当してくれれば、私は回復に集中できる。


「さっきも言ったけど、まず魔力を感じ取ることから始めてください。使い方は……なんとなくというか……」


「なんとなくですか……」


「RPGとかのゲーム、やったことありますか?」


「それなりに……」


「じゃあ、結界のイメージとか、わかります?」


「……なんとなくなら」


「では、そのイメージを持ちながら魔力を込めてみてください。魔力が自分にあるって意識して」


彼女は少し考えた後、困ったようにこちらを見た。


「そう言われても……」


「魔法はイメージで使えるみたいですから、しっかりイメージすれば使えます」


「イメージ……」


彼女はもう一度、魔力を込めることに意識を向けた。魔力量と操作能力が高いためか、意外と早い段階でコツを掴みそうだ。私は彼女の背後に回って背中に手を添える。


「今感じてるのは?」


「なんかモヤッとしたもの」


「それを手の方に押し込んでみてください」


「……こんな感じですか?」


彼女が手に力を込めると、身体全体が光に包まれた。同時に馬車が急停止し、バランスを崩した私はクロエさんにもたれかかる体勢になった。慌てて離れようとするが、彼女の手が私を抱き寄せた。


「あの……クロエさん?」


「ごめんなさい! でも今、手から何か出たんです」


「それが魔力です。そのまま手に力を込め続けてください」


彼女は言われた通りにすると、手から光が溢れ出した。その光はやがて大きくなり、馬車全体を包み込む。


「すごい……」


「これが結界です。そのまま維持してください」


「はい!」


彼女の手から光が消えたのは、それから数分後のことだった。私は回復魔法を一旦中止し、馬車を降りる。そして、再び魔力を込めて馬車全体を包み込んだ。これでもう安心だ。


「クロエさんは魔法の才能があるみたいですね」と声を掛けるが、返事がなかった。振り返ると、彼女は自分の両手を呆然と見つめている。


「……あの……私、本当に?」


信じられないといった様子で呟く彼女に、私は「魔力を感じ取ること、それが大事なんですよ」と教える。


「試しに自分の中に意識を向けてみてください」


クロエさんは目を閉じて集中を始めた。しばらく待っていると、彼女の手が再び発光し始めた。私が慌てて手を離すように言うと、彼女はすぐに反応し手を引っ込めた。そして再び目を開けるが、まだ呆然としている。


「あの……」


「……すごい……私、魔法使えるんだ……」


感動に打ち震える彼女に私は微笑んだ。これで彼女も立派な魔法使いの仲間入りだ。
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