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「異世界の勇者たちよ、我が国を救いたまえ!」


贅沢な衣装に身を包んだ太った中年男性が威厳のある声で宣言した。私はいつものように電車に乗っていたはずだ。

ネットでそういう作品を読んでいたから即座に理解したが、おそらくこれは異世界召喚という奴なのだろう。

贅沢な衣装の男性は国王らしく、何でもこの国は、瘴気の蔓延と魔獣の大量発生という差し迫った危機に瀕している。その対策として、強大な魔力を持つ者たちを異世界から召喚したという。


冗談じゃない。自分たちの問題は自分たちで解決すべきだ。他世界から人々を強制的に連れてきて戦わせるなんて、正気の沙汰とは思えない。

しかも、危機を訴えながら贅沢な暮らしぶりを見せつける国王。周囲の雰囲気も切迫感とは程遠く、この「危機」がどこまで本当なのか疑わしい。


それなのに男子三人組は「やったぜ! 異世界召喚だ!」と浮かれている始末。まるでこの国王が召喚した人々を都合よく利用しようとしているのが見えていないかのように。


召喚されたのは約10人。電車に乗っていた全員ではなく、一部の人々だけが選ばれたようだ。

異世界の住人たちは最初に、私たちにステータス確認用の鑑定石に触れるよう指示した。

はしゃいでいた男子の一人が率先して石に触れると、空中にゲームのステータス画面のような表示が現れた。

信じられない光景だが、そもそも異世界召喚自体が非現実的なのだから、驚くことでもないのかもしれない。


「ステータスオープン」と私も小声で試してみると、周りには見えていない個人用の画面が出現。


安堵したのも束の間、私のステータスを見て愕然とした。職業欄には『聖女』の文字。これは間違いなく目を付けられる要因になる。

若者と比べても、私の魔力値は桁違いに高い。魔法関連の能力値も突出していて、スキルも特殊なものばかり。

目立たないように、まずは持ち物を亜空間収納に格納。次にステータス画面の改変を試みる。

幸い、名前と職業は変更可能だったので、職業を『料理人』に変更。危険なスキルは非表示にし、能力値も桁を隠して平凡な数値に見せかけた。


「お願いします! 元の世界に戻してください!」


隣で響いた懇願の声に振り向くと、西洋人らしい女性が立っていた。店で接客業を続けてきた経験から、この状況を冷静に観察する。王や周囲の態度を見る限り、彼女を帰すつもりはないだろう。利己的な考えしか持ち合わせていない様子が見て取れる。


案の定、王は傲慢な口調で返した。


「世界を超えて帰還する手段など存在しない」


優しげな目をした女性は、唇を噛みしめて俯いた。その姿に胸が痛む。そこへ軽薄な態度の男性三人組が近づいてきた。


「ステータスをチェックしようぜ!」


「もしかしたら聖女とかかもね!」


「せっかくのゲーム世界だし、楽しまなきゃ!」


彼らは女性を半ば強引に鑑定石まで連れて行き、触れさせた。


「なーんだ、しょぼ!」


「使えないじゃん!」


「そりゃ帰りたくもなるよなー!」


彼らの嘲笑に、同じ日本人として恥ずかしさを覚えた。周囲の異世界の人々までもが侮蔑の目を向けている。


その時、壁際から一人の金髪の青年が進み出た。


「我が国で彼女を保護させていただきます。非人道的な召喚に加え、このような侮辱は看過できません」


どうやらこの世界にも理解ある人物がいたようだ。希望が見えた瞬間だった。


「この国に残ることを望まない方々は、我が国で保護させていただきます」


「お願いします!」女性は即座に返答した。


自分もこの機会に保護を申し出ようと考えた。しかし、この世界の事情も分からないまま動くのは危険だ。まずは異世界の常識を学ぶ必要がある。


渋々と頷いた王に、チャラ男の一人が「こんなクズ、いらねーよ」と吐き捨てた。召喚された者たちの中では、彼らに同調する者はいなかったが、異世界の住人たちの多くは蔑みの目を向けていた。


その時、私たちの前に立っていた金髪の男性が声を上げた。


「いい加減にしろ! これは世界を越えた拉致ではないか! 私も保護を求める」


「そういうわけにはいかん。我々が召喚したのだ」


「拉致犯に従えというのか!」


こっそりと金髪の男性を鑑定してみると、『賢者』の文字が浮かび上がった。特殊スキルと高い魔力を持つ彼は、間違いなくこの国に狙われるだろう。


そこへ体格のいい男が進み出て、「まずはステータス確認を」と提案した。彼を鑑定すると『勇者』。これは使える。


「あの、勇者様! ステータスを見せて頂けないでしょうか!」


甘い声色で話しかけると、男は赤面した。接客業で培った話術が役立つ時が来た。


「だって、すごく強そうですし! 王様が勇者様とおっしゃってたので、ずっと気になってたんです!」


褒め言葉を重ねながら、次の一手を練る。ファミレスでの接客で身についた、同時並行の思考が活きる。


「今の雰囲気、ちょっと怖いんです。勇者様が出てくださったら、きっと良くなると思って……」


上目遣いを織り交ぜた演技で、男は完全に心を開いた。

勇者が鑑定石に向かう間に、カーディガンの袖で口元を隠し、可愛らしい仕草を装って遮音結界を張る。


「申し訳ありませんが、あなたのステータスを確認しました。このままでは国に狙われます」事務的な口調で賢者に告げる。


「名前と職業は書き換え可能です。数値は部分的に隠せます。これなら低いステータスに見せかけられる」


勇者が戻ってくるのを見て、急いで結界を解く。「すごいです! やっぱり勇者様だったんですね!」


「君のステータスも、きっと素晴らしいはず」


「いえ、私なんて……でも保護していただけるなら、それで十分です」


イケメンの異世界人は眉をひそめていたが、今は侮られる方が都合が良い。保護さえしてもらえれば、後は何とかなる。
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