別れの理由

梨花

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あたしの話

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『明日から出張になりました。
今週末は会えません。
ゴメン。』
ピコンという音と共に画面に表示されたLINEのメッセージ。
『残念ですが仕方ないですね。
お仕事頑張ってください。
お部屋の片付けだけしておきます。』
あたしは当たり障りのない返信を打ち送る。
既読はつかない。
画面をスリープさせてスマホを鞄に入れた。
「浮かない顔だねぇ?」
声をかけられて顔をあげる。
「木瀬さん。」
地下鉄の構内。
電車の待ち時間にスマホを弄るのは別に不思議なことでもない。
あたしはその人に言われたような浮かない顔をしていたのだろうか。
「明日はようやく彼氏の家に遊びに行けるって言ってなかった?」
昼休み、声をかけてきたこの人を含め何人かと社食でお昼を食べた時に話をさせられたのだった。
あたしはその人に顔を向けると笑みを作った。
「出張になったそうです。」
「おやおや。」
こんなことは初めてではない。

もともと合コンで知り合った相手だった。
人数合わせのために参加した合コンだったからあたしは男性に興味も持たず、適当に食事をし、アルコールを摂取し、二次会にすら参加せずに帰った。
3日後に幹事をしていた友人から連絡が来てこちらの連絡先を知りたいと言ってきたと知らされた。
相手の顔も名前も覚えていないのにはいそうですか、とは答えられず、1度会いましょう、その時に連絡先を教えます、と伝えてもらって会うことになった。
約束の日の昼休み、友人から、相手が仕事が長引きそうなので別の日にしてほしいと言っている、と連絡が来た。
その時、あたしは断った。
連絡先が知りたいのも、日時を指定したのも相手であってあたしではない。
1度しか会ったことのない見ず知らずの人に振り回されるのは不快だった。
万が一、相手と付き合ったとしてもその後振り回されるのは目に見えていたから。
しかしその翌週、さらに翌々週とその相手はあたしの職場に押しかけた。
月曜日から金曜日まで毎日。
計10日間。
最終的にあたしはその人に絆されてしまい、最初は友達から、ということだったのに1ヶ月でベッドに連れ込まれる関係になっていた。
しかし相手があたしに対して真摯だったと感じたのは1年ほどだった。
週末に会えない時には平日に時間を作り食事だけでもと言っていたのに、会う間隔は2週に1回から3週に1回、電話での会話も週に1回になった。
現在では月に1回、会う前に電話で会話し、会ってデートするだけだ。
本当に仕事が忙しいのか浮気しているのかあたしは知らない。
しかし3年付き合ってこの状態は正直おかしいとは思う。
いい加減あたしは腹をくくらないといけないのかもしれない。

「そんなすれ違いの彼氏の事でも好きなの?」
木瀬さんは言った。
木瀬さんはあたしの勤める会社、飲料メーカーの生産管理部の主任であり上司である。
「まぁ、一応?」
好きなのかとは難しい質問だ。
最初から好きではない、どちらかと言えば苦手だし付き合いたくないと思っていた相手だった。
それでもクリスマスやホワイトデーなどのイベントにはアクセサリーをくれて、あたしを束縛したいのかな?と思わせるほどにはしてくれていたからあたしも応えるようにしていた。
今でもそれは、それだけは変わらない。
先日のホワイトデーにもスワロフスキーのピアスをくれた。

「一応って…。
それは本当に愛情なの?」
「どうでしょう?
ご想像にお任せします。」



土曜日。
あたしは相手から貰った合鍵を使って相手の家に行った。
1人暮らしのマンション。
2DKの部屋に足を踏み入れる。
さほど散らかっていないとはいえ、台所には多少の洗い物があるしワイシャツが2枚ソファーにかかっていた。
部屋中の窓を開けて空気の入れ替えをし、ベッドのシーツや布団カバーを外す。
布団は外に干し、乾燥機付きの洗濯機を回す。
掃除機をかけ、台所に立つ。
流しの洗い物の中にマグカップが3つあった。
1つはあたしが置かせてもらっている白地にピンクのカップだ。
誰か人が来て使ったのか、相手が使ったのかは分からない。
あたしは流しの洗い物をした。
手が滑り、ピンクのマグカップを流しに落としてしまった。
その拍子に取っ手が取れてしまった。
これでは使い物にならない。
ため息をつき、取っ手と本体をすすぐ。
その時にあたしは見てしまった。
本体に残る真っ赤な口紅。
誰か女の人がこの部屋に入ったのだ。
あたしは苦笑した。
何してるんだろう、あたし。
彼女面して、男の家に押しかけて。
もう、この人から別れよう。
そうあたしは決めた。
思ったのではなく、決めたのだ。

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