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剣聖の娘、裏組織を叩き潰す!

望まぬ決着

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 その場に突然現れた前王バルド。
 彼はレジーナを捕らえていた男を拳の一撃で昏倒させ彼女を救い出し、娘に危害を加えようとしていた者たちに怒りを向ける。
 しかし娘が戸惑うように声をかけると、それも幾分か和らいだ。

「お、お父様……?」

「立てるか?」

「は、はい……」

 腕に抱いていた娘を降ろしたバルドは、ミゲルや謎の男たちを一瞥する。


「ほぅ……随分と懐かしい顔がいるな。特に感慨深くも無いが」

「貴様……バルド!!大人しく隠居してれば良いものを!!」

「それはお前もだろう。その様子だと、また性懲りもなく悪事を働いていたようだな」

 バルドが後宮を廃して聖女たちを解放さえしなければ自分が追放されることもなかった……と、ミゲルは怒りをあらわにする。
 もちろん完全な逆恨みなのだが。


「今も昔も……聖女を拐って何を企んでいる?……よそ者・・・が関わっているのは予想していたが」

 そう言って彼は謎の集団に視線を向けた。
 突然の闖入者に驚き、バルドの怒りに飲まれて固まっていた男たち。
 その中でも、リーダーらしき男だけは落ち着いた様子で成り行きを見ていた。
 その彼が、バルドに語りかける。


「そうか……貴殿があの『つるぎの王』か。色欲に溺れて落ちぶれてしまった愚王などと聞いたものだが……噂など当てにならんな」

 彼はどうやらバルドの名と噂を知っていたようだ。
 そして、その当人を目の前にして……その雰囲気と言動から噂はあくまでも噂であり、実際は侮りがたい人物である……と判断したらしい。


「……いや、その噂は間違っておらぬな。守るべき者を守れなかったばかりか、多くの者を虐げた愚か者だ。だが……そんな愚か者であっても、たった一人の娘を護ることくらいは出来る」


 そう言って彼は腰の佩剣を抜き放つ。
 そして、未だ膝をついていたモーゼスに目を向けて言った。

「立て。お前も過去の因縁を断ち切りたいなら自らの手で成し遂げよ」

 その言葉にハッ……となったモーゼスは、先ほど手放した剣を拾い上げて再び立ち上がった。

 彼の祈りは届き奇跡は成った。
 ならば……バルドが言う通り、ここから先は自らの手で過去の因縁を断ち切る。
 そんな決意を胸にモーゼスは剣を構えた。


「くっ……!たった二人だけで何ができるか!!セルヴァン、やつらを殺せ!!」

 先ほどモーゼスに数的優位を覆されそうになった事実を忘れているわけではないが、ミゲルはあくまでも強気の姿勢だ。
 そして謎の集団のリーダー……セルヴァンに二人を倒せと指示するが……

「……断る」

「な、何ぃっ!!?」

 まさかの応えにミゲルは目を剥いて驚愕した。
 そんな彼を小馬鹿にしたような目を向けながら更に続けた。


「どうやら勘違いしているようだが、俺はお前の部下ではない。故にお前から指図を受ける謂れもない」

「だ、だとしても!!やつらを放っておくわけにはいかぬだろう!?」

「ここで下手に王族に手を出すリスクを冒すことはできん。……今の段階では・・・・・・な。それに、剣を交えればこちらもただでは済まないだろう」

 そう言いながら彼は懐に手をやり、何かを取り出す。
 そしてそれを天高く放り上げると、眩い光の柱が立ち昇った。


(何だ?攻撃魔法の類では無さそうだが……)

 特に危険がある雰囲気ではなく、おそらく何らかの合図だろうか……と、バルドは予想し、次に起きるであろう事態に備え身構える。

 すると、セルヴァンと彼の部下たちの身体が光に包まれた。


「転移魔法!!?お父様!!彼らはここから逃げるつもりです!!」
 
 いち早くそれに気が付いたレジーナが叫ぶが、その時には既に男たちの身体は消えようとしていた。

 バルドは娘の言葉に即座に反応し、神速の踏み込みでセルヴァンに肉薄し斬撃を振るう。
 しかし彼は自らの剣での一撃を受け止めた。

(!……強い!!)

 自信の本気の一撃を難なく受け止められ、バルドは敵が自分と同等以上の力の持ち主であることを悟る。
 一方のセルヴァンは、それ以上は戦う姿勢を見せることはなく、その姿はもはや朝日に溶ける霞のように消えかかっていた。

 そして完全に消え去ってしまう直前に……

「悪いがここは退かせてもらう。……あぁ、お前たちも逃げた方がいいかも知れんぞ。もう遅いとは思うがな」

 そう言い残し、部下たちとともにその場から消えてしまった。


「逃がしてしまったか……。しかし、最後の言葉はいったい……」

 口惜しげに呟くバルド。
 彼はセルヴァンが最後に言い残した言葉に不穏なものを感じ取っていた。
 まだこれで終わりではない……そう受け取れる言葉だった。


 取り敢えず一旦それは頭から振り払い、先ずはミゲルの方を何とかしようと考えた時のことだった。


「……っ!!?ミゲル!!」

 モーゼスの悲鳴のような叫び声に、バルドとレジーナがそちらに注目する。

「ひっ!?」

「何っ!?」

 目にした光景に、二人も思わず悲鳴と驚愕の声を上げた。

 ミゲル、そして彼の護衛たちは……皆、事切れていた。
 全員が喉をかき切られ、そこから大量の血を流しながら。


「レジーナ、見るな」

 バルドは彼女の前に立ち視界を遮る。
 戦いとは縁のない少女にはあまりにも刺激が強すぎるだろう。


(口封じ……か。あの時だな)

 撤退の合図と思われる光を放った時のことだ。
 空にバルドたちの視線を誘導し、その僅かな隙を突いて声すら上げさせずに皆殺しにしたのである。
 その、おぞましくも見事な手際に彼は戦慄を覚えた。
 そして。

(……撤退してくれて助かったのは、むしろこちらの方か)

 自分だけなら何とか切り抜ける事は出来たかも知れないが、果たしてレジーナまで護り切ることができたかどうか……彼はそう思い、敵が結果として見逃してくれたことに安堵を覚えた。


 その一方でモーゼスは……

「…………」

 物言わぬ屍となったミゲルを無言で見つめる。
 その瞳には様々な感情が渦巻いていた。

 それは……
 自らの手で決着をつけられなかった悔しさ。
 逆に、自らの手を下さずに済んだ安堵。
 悪業の報いとは言え、無残な最期を遂げた事に対する哀れみ。
 そして……かつて、曲がりなりにも『義父ちち』と呼んだ者を喪った哀しみ……

 いすれにせよ彼の過去の因縁は断ち切られた。
 それが、彼が望む形ではなかったのだとしても……




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 王都より遠く離れたとある場所にて。

 青白く光り輝く巨大な魔法陣を取り囲むように、複数人の魔導士たちが声を合わせて詠唱を行っていた。
 複数人を擁してもなお一人一人に莫大な魔力消費を強いる大規模儀式魔法に、魔導士たちの額には珠のような汗が浮かんでいた。

 やがて、魔法陣からひときわ大きく強い光が放たれる。
 そしてそれが消え去ったあと……セルヴァン率いる部隊の姿が現れた。
 それを見届けると魔導士たちは詠唱を止め、肩で大きく息をしながらその場に座り込んでしまった。



「ご苦労。しばらく休んでいろ。だが、ここもなるべく早めに撤収するぞ」

 セルヴァンは魔導士たちに労いの言葉をかけつつ言った。


「セルヴァン様……よろしかったのですか?」

 部下の一人が聞く。
 目撃者を残したまま撤退したことに問題がなかったのか……それを気にしているのだ。

 しかしセルヴァンは特に気にしてる風もなく答える。

「かまわん。あの場でも言った通り、まだエルネアと大々的に事を構えるわけにはいかん」

「……しかし、我々の存在が知られてしまったのはマズイのでは無いでしょうか?」

 なおも言い募る部下だが、それでもセルヴァンの答えは変わらない。

「やつらも馬鹿じゃない。ミゲルがいかに用意周到であっても……遅かれ早かれ、いずれは我らの存在に辿り着いていただろう。しかし確たる証拠は無い。『我が国を陥れようとする者の策略だ』とでも言っておけば、それを否定することもできん」

 それはあまりにも楽観的と言える言葉だったが、彼自身は別にどうなっても良いと考えていた。
 まだ大々的に事を構える段階ではない……その言葉は彼自身の意志によるものでは無かったのだろう。


(もっとも……ミゲルの『置き土産』がもたらす結果いかんによっては……どう転ぶか分からんがな)

 それこそが、バルドが不穏に感じた言葉の正体だ。

 ミゲルの死をもっても未だ事件は終わらず……
 王都には更なる暗雲が立ち込めようとしていた。



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